黒歴史小説 冬の蝉

味噌村 幸太郎

4-4


「由香ちゃん……ここにいたの?」
 品田 由香は校舎の屋上で座ったまま、ボーッと夕日を見つめている。
 夕貴はそっと由香の隣に座った。

「由香ちゃん、今日は一体、どうしちゃったの? もしかしておやっさんと何かあったんじゃない?」
 夕貴は心配そうに由香の顔色を窺っていたが、由香は夕貴に目も合わせずに顔をあげたままでいた。


「赤穂さん。夕方って好き?」
「え?」
「私は……嫌い。だって、なんか全てが終わっていくように感じるの。何もかも、夜になる前に終わってしまうような気がするの……」
「由香ちゃん……」
 由香はやっと顔を下ろすと今度は逆にうつむいたままになってしまった。


「私…………私、一ノ瀬君に嫌われちゃった。私のこと嫌いなんだって……私のこと嫌いで顔も見たくないから学校辞めたのかな? 私が邪魔だから、私さえいなければ……」
 気づくと由香は泣いていた。背中を震わせて。
 夕貴は動揺を隠せないまま、由香の両肩をギュッと強く掴んだ。

「そんなことない! おやっさんが由香ちゃんのこと嫌いになるなんてありえないよ! 学校を辞めたのも何か事情があったんだよ! 由香ちゃんのせいなんかじゃないって」
 夕貴は由香の目をじっと見つめて確信をこめて強い口調で言いきった。

「でも、私のこと嫌いだって……」
 由香は弱弱しく夕貴に助言を求めた。
「そ、それは……」
 夕貴が言葉に詰まっていると血相を変えた史樹が夕貴のもとへ慌しく駆け寄ってきた。

「大変だ、夕貴! マザーの追手がこの学校にいたらしい!」
 史樹はそう言った直後に後悔した。
 夕貴の隣には由香がいたのだ。
 慌てていたので由香に気がつかなかったのだ。

「マザー? 追手?」
 由香が聞きなれぬ言葉に困惑しているとズズンといった轟音が学校中に響いた。
 その直後に建物全体が激しく揺れる。

「これは……爆弾?」
 夕貴の顔が青ざめる。
 分かったのだ。守が病院で言い残して言った言葉の意味が……。

『……もう俺に関わるな』

 あれは別れの言葉だったんだ。
 一人でマザーの追手と戦うつもりだったんだ。何でそんなバカなことを。

「この音はどこから……」
「多分、記念体育館の方からだぜ」
「史樹、おやっさんが危ない。急ごう!」
 二人は人間離れしたスピードで記念体育館へと向かった。


「い、一ノ瀬君が……」
 
   *

 夕貴と史樹は記念体育館に来ると異変に気がついた。
 ドアが開いている。


「ここは普段、閉まっているのに」
「考えても仕方ねぇ。入るぞ」

 二人は胸に激しく鳴り響く心拍音を必死に抑えて中へと入って行った。
 中に入るとすぐさま、二人は異変を感じ取った。
 全身に鳥肌が立つ。


 建物全体に漂う殺気が彼らをおののかせているのだ。
 更にホールへと進んでいくと二人はその物体から目を離せなくなった。

 ホールの中央で悪魔が目を黒く光らせて、人間の首筋から血を啜っていた。
 血を吸われている人間は気を失っている、力なく手足をだらりと下ろしていた。
 夕貴は恐る恐る近づくとその人間の顔を覗きこんだ。


「おやっさん!」
 驚愕する夕貴に気がついた悪魔は冷たくなった守を床に投げ捨てた。
 視線を二人に移す。


「なんだ……また、保護システムか? てめぇらもしつこいな……」 
「おまえがハイ・エンドか!」

「ああ、だがハイ・エンドじゃなくなったかもな。俺は吸血鬼に魂を売っちまったバケモンさ」
 黒い翼を大きく広げ、背伸びをする。

「ちくしょう……てめぇ、絶対ぶっ殺してやるからな! いくぞ、夕貴!」
「うん!」

 夕貴と史樹の奇襲が始まる。
 史樹が前衛を取り、正面からハイ・エンドに突っ込んでいく。
 拳が小さな光りを放つ。彼の全身から送り込まれた〝気〟が一点に集中するからだ。
 これで彼の拳は〝気〟という鋼鉄に勝るものでコーティングされた。この金色に輝く拳が史樹の最大の武器なのだ。

 金色の拳がハイ・エンドを襲う。
 すかさず、彼も赤の剣で攻撃を防ぐ。

 反撃を繰り出そうとしたその時、標的の人数を忘れていた。
 後衛である夕貴が史樹の背に身を潜めていたのだ。
 夕貴は飛び上がって史樹と同じく〝気〟でコーティングされた脚に重力を掛け合わせたキックをお見舞いした。
 ハイ・エンドは夕貴達の二段攻撃にまんまとひっかかり、夕貴のキックを顔面にくらった。

 絶妙なコンビネーションだ。尚も、夕貴達の攻撃は続く。
 史樹が腹部に向けて肘打ちを一発、更に肘打ちから裏拳に連動させる。

 ハイ・エンドに隙が生じると史樹から夕貴にバトンは渡され、背後からの回し蹴りが炸裂する。
 二人の攻撃は完璧で人間の潜在能力をフルに活用させている。
 一人の攻撃が終わったかと思うと直ぐにバトンタッチで攻撃は継続される。前へ後ろへとハイ・エンドを思うがままだ。

 最後によろめいたハイ・エンドに二人は左右から頭に向けて拳を突き出した。
 常人であれば、頭が吹っ飛んでいただろう。
 夕貴と史樹の手足は〝気〟による強化のため、鈍器を使うよりもダメージは大きいのだ。
 ハイ・エンド頭の中に寺の鐘をつくような轟音が響く。
 鳴り止む鐘に安心したのもつかの間、口から血を吐き出した。

「かったるいことしやがって!」

 ハイ・エンドの漆黒の翼が大きく広がる。
 翼は風を呼び、真空を喰らって攻撃力を高めると一気にそれを解き放った。
 音速を超えるスピードで宙を舞い、翼が凶器へと変わっていく。
 巨大な闇が一瞬にして広がる。
 翼は夕貴達が地に立つことを嫌い、次々と、全身を刻んでいく。
 おびただしい血液が飛び散る。夕貴達はあえなく、床に膝をついてしまった。


 全身の力という力が血液と一緒に流れていく気がした。

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