気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 ビッテンフェルト来々 後編

 サハスラータの王城。
 特使として訪れた私達は陛下との謁見も叶わず、用意された部屋で時間を持て余していた。

「アルディリアとはうまくやっているか?」

 父上が酒の入ったグラスを傾けて訊ねてくる。

「仲は良いよ」
「どう思ってる?」

 萌えキャラだと思ってる。
 が、そんな話じゃないだろう。

「婚約者としてどうか、って話だよね?」

 父上は頷く。

「いまいち、よくわからない」

 答えて、私は父上から顔をそらした。
 改めて思案する。
 が、やっぱりよくわからない。

「そうか。どうしても気が乗らないというのなら、別の相手を選んでもいいんだぞ」

 それは、どうだろう。

「……でも、アルディリア以外は嫌なんだよ」

 その言葉は特に考えず、するりと出て来た。
 本心の言葉だ。

 私が答えると、父上は小さく笑んだ。

「ならいい」

 それから、会話が途切れる。

 会話のタネもそろそろ尽きてきた。

 本当にやる事がなくただの旅行みたいになってしまったので、日帰りでよかったんじゃないかと思わないでもない。
 多分、役目は十分に果たしたと思うし。

 なんとなくサハスラータ王の顔を思い出す。
 かつて牢屋で会った事のあるあの王様。
 父上がいる事で、今も部屋の中で怯えているのかもしれない。

 それを思うとちょっと可哀想だ。
 彼のためにも、今日はここでじっとしておくべきだろうか……。

 しかし……。
 部屋の中にずっといるのは退屈だ。
 ゲームがあれば別だけど、そんな物があるわけもない。

 ゲームかぁ……。
 もう一生できないんだろうな……。

 無い物ねだりはしないが、ならせめて外で体を動かしたい。

 そう思った時、私はアルマール公に言われた事を思い出した。

 確か、第二王子に会っておくようにという話だった。
 どうせ暇なのだから、それに従うのもいいかもしれない。

「ちょっと第二王子様に会ってこようと思うんだけど、パパはどうする?」
「私も行こう。退屈だからな」

 父上も暇だったようだ。

 私は部屋の扉を開けた。
 父上が一緒だった事もあってか、目の前に立っていた衛兵隊長は咄嗟に身構えようとし……なんとか堪えた。

 そんな彼に声をかける。

「あの、第二王子様に謁見したいのですが、叶いますでしょうか?」
「はい。ご案内いたします」

 本人への確認などでもっと時間がかかると思ったが、思いがけずあっさりと私の言葉は聞き入れられた。

 彼の案内で城内を歩く。
 そうして連れられたのは、中庭だった。
 そこでは、数百人の兵士達が訓練を行っていた。

 威勢の良い掛け声を上げ、剣を振るっていたのは若い男達だ。
 彼らは二人ずつに分かれて組み手を行なっていた。
 裸の上半身は鍛え上げられており、その動きは機敏、そして洗練されていた。

 その動きを見るだけで、彼らが精兵である事は疑いなかった。
 ……私の人を見る目はあまり良くないので、自信をもって断言はできないけど。

「ほう。悪くない動きだ」

 父上がそう言うのなら、私の見立ても間違っていないようだ。

「それに……」
「うん」

 父上の言いたい事はわかった。
 この兵士達の動きには、ビッテンフェルト流闘技の技が見て取れた。

 門外不出でも、一子相伝でもないから意外でもなんでもないのだが……。
 よりによって、父上への恐怖が残るこのサハスラータでその技を見るとは思わなかった。

 そんな兵士達の前に、一人の男性が立っていた。
 褐色の肌をしたその男性は、他とは違う上質な服を着ていた。
 文官や軍人のそれではなく、ゆったりとラフないでたちからそれは私服だろう。

 そして、この城内でそのような服装をできる人間は王族ぐらいのものだ。
 それらの点から見て、恐らく彼こそが目当ての人物だと思われる。

「殿下。客人をお連れしました」

 隊長が言うと、男性はこちらに向く。
 細められた目が、私達を舐める。

「これはようこそ。サハスラータへ。ビッテンフェルト公と御息女のクロエ嬢。私は、この国の第二王子――」

 第二王子様は自己紹介する。

 ヴァール王子のお兄さんだけあって、顔立ちは良く似ていた。
 ただ、ヴァール王子と違って身長が高い。

 しかし……。

 丁寧な言葉遣いで言い慇懃に一礼する第二王子だったが、その表情は不敵な笑みだった。
 その様子は態度と本心が伴っていないように見受けられ、彼はそれを隠そうともしなかった。

 父上に対する恐れもなく……。
 何より強い自信を感じる。

 挨拶する第二王子様に、私達も跪いて一礼を返す。
 王族に対する礼儀だ。

「お立ちください。私は王ではないのですから」

 言われて、私達は立ち上がった。

 すると、第二王子は私達から視線を外し、再び兵士達へ視線を向けた。
 私達も同じように兵士達へ目を向ける。

「良い兵ですね」

 父上が言う。

「ええ。私自らが選りすぐり、特別に鍛え上げた三百人の精鋭達です。お解かりでしょう?」

 特別に、か。
 それがビッテンフェルト流闘技なのだろう。

「この国にはある恐怖が蔓延っている。しかし、彼らはその恐怖に屈しない。恐怖そのものを身に宿す事で恐怖を克服したのです」

 なるほどねぇ……。

「並の兵が相手ならば、十人を相手にしても打ち勝てる精兵達です。恐らく、この国で最強の兵士達でしょう」

 第二王子は、嬉しそうに答えた。

 三百人の精鋭達……。
 相手はペルシアかな?

 不意に、第二王子が首を傾げてこちらに視線を向ける。

 シャフ度かな?

「それこそ、あなたにも匹敵するだけの力を持つと私は思っております」

 不敵に言い放つ第二王子。

「ほう……」

 父上もその言葉を受け取り、目を細めた。

 気付けば、兵士達が組み手を止めて私達へ視線を向けていた。
 その目には、この国にいる兵士達と違って恐れは無い。
 代わりに宿しているのは、明確な敵意。
 そして、闘争心だ。

 ビッテンフェルトへの恐怖を克服した。
 それはあながち間違っていないのかもしれない。 

「どうです? 彼らに稽古をつけてやってくれませんか? アールネスの武、その頂点にあるビッテンフェルト公自らと立ち合えば、彼らにも良い経験となるでしょう」

 この人は、始めからそれが目的だったのかもしれない。
 始めから父上と戦うつもりで、だから隊長にもここへ案内するよう話を通していたのではないだろうか。
 そう思えてならない。

「面白そうだ。無聊を慰めるには、丁度良いでしょう」

 父上も、若干挑戦的に答えた。
 そして、私に目を向ける。

「お前も参加するといい」
「はい」

 私も退屈だったので、受けるのもやぶさかではない。
 精鋭揃いなら、きっと楽しめるだろう。

「では……。誰か、挑戦したい者はいるか?」

 第二王子が兵士達へ声をかける。
 すると、その全員が手を上げた。

「ふむ。多いな。絞り込むのが大変だ」

 と、冗談めかして第二王子が苦笑する。

「その必要は無い」

 そんな王子に、父上は一言告げた。

「何故?」

 第二王子は怪訝な顔で訊ね返す。

「全員だ。全員でかかって来い」
「何っ?」

 え?
 嘘でしょ?

 王子だけでなく、私もその言葉に驚いた。

 ちょっとパパ?
 三百人だよ?
 三十人じゃないんだよ?

 十倍だぞ、十倍。

 流石に三百人を相手にするのは、多すぎる。
 父上と一緒でも無理な気がする。

 父上さっきお酒飲みましたよね。
 酔ってるんでしょう?

「それで適当だと判断した。良い勝負にはなるだろう」

 なおも父上は続ける。
 その口調には確信があった。
 決して虚偽ではなく、確かにやれるという自信を感じ取れた。

 その不遜にも取れる自信は、兵士達のプライドを傷付けたらしい。
 態度にこそ出さないが、彼らが殺気立つのを感じた。

 そして、怒っているのは兵士達だけではないようだ。

「……後悔しませんか?」

 問い掛ける第二王子の声が先程よりも低い。

「ああ」

 その問いに、父上は臆する事無く答えた。

「クロエ嬢もそれで?」
「良くないです」

 私は雰囲気に流されないように、きっぱりと答えた。

「と、言っておりますが?」
「……」

 父上は私に向いた。

「大丈夫だ。お前は強い」
「はぁ……」
「それに、可愛い」

 父上、やっぱりちょっと酔ってるでしょう?

「信じろ。私は、娘を危険に晒すような事は言わない」

 まっすぐに向けられる父上の目は真剣そのもので、そこに嘘が介在しているようには思えなかった。

 危険に晒すような事は言わない、か。
 じゃあ、今の私ならこの数を相手でも戦い抜けるわけだ。

 はぁ……。
 そんな事を言われたら、その気になっちゃうじゃない。

 そうだね。
 私は人を見る目がないからね。
 だったら、私の直感よりも人を見る目のある父上の言葉の方がきっと正しいんだろう

「殿下。やっぱり、参加します」
「良いのだな?」
「はい」

 第二王子は頷く。

「徒手の組み手で良いですね」
「どちらでも構わない」

 第二王子の言葉に父上が答える。
 王子は、兵士達に剣を置くように命じた。

 準備が整うと、父上が兵士達の前へ歩み出す。
 私もその後ろへ続いた。

 父上と並び立ち、兵士達を前にする。

 見渡す限りの兵士達。
 それに対する親子二人。

 絶望的な戦力差だ。
 でもどうしてだろう?
 妙に体が疼く。
 楽しく思えてならない。

「手加減はしない。死にたい奴からかかってこい」

 気付けば、そんな事を口走っていた。

「死なない程度に手加減はしろ」

 父上に窘《たしな》められた。

「始め」

 第二王子が合図する。

 同時に、三百人の兵士達が襲い掛かってきた。

 先走った兵士が一人、父上へ向けて跳びかかってきた。
 父上は繰り出される拳を見切って避け、右拳で兵士の腹部を抉る。

 殴り飛ばされた兵士は、向かい来る兵士達の最奥へと殴り飛ばされた。

「背中を任せるぞ」

 私に告げると、父上は兵士の群れへ突撃した。

 手近な相手の攻撃を避け、受け、反撃を加えていく。
 父上は手際よく、手馴れた様子で兵士達を処理していった。

 流石は父上。
 さすちちである。
 さすパパの方がいいかな?

 なんて思っていると、私の方にも兵士達が来た。

 奇襲気味の跳び蹴り。
 その蹴り足を掴み、一本背負いの要領で地面へ叩きつける。

「さ、私も始めようか。任された分だけでも、頑張らないと……」

 私は気合を入れて、拳を固めた。



 やっぱり三百人はきつかった。
 けれど、負ける事もなかった。

 息も絶え絶えで、必死になって相手の攻撃をしのぎ続け……。
 続けば、攻撃が止んでいた。

 戦いの終わった中庭には、倒れ伏す三百人の兵士達と背中合わせに立つ私と父上の姿があった。

 無論無傷とは言えない。
 お互い衣服はボロボロだし、私の鼻からは血まで出ている。
 が、戦いが終わっても十分な余力は残していた。

「なん……だと……!」

 第二王子が驚愕の表情で呟いた。
 綺麗な使い方である。

 その顔色は悪く、呆けた様子だった。

 そんな彼に近付く。

 それに気付いた彼は私を見る。
 次いで、私の後ろにいた父上に目を向けた。

 その目からは先ほどまでの自信がうかがえず、代わりに怯えがあった。

「殿下。良い稽古になりましたでしょうか?」

 父上が声をかける。
 すると殿下は表情を笑顔に取り繕う。

「ええ。良い経験となった事でしょう……」

 何事もないように言う第二王子だったが。
 しかし、それでも父上への恐れは拭い去れないようだった。
 声が震えている。

「では、我々は部屋へ戻らせていただきます」
「ああ……」

 父上が踵を返して歩き出す。
 私もその後に続いた。

 来た時と同じように衛兵隊長へついていく。

 ふと、残された第二王子に振り返る。
 彼はその場でうな垂れていた。

 それから特に何事もなく私達は用意された部屋で過ごし、翌日には帰途に就いた。



 アールネスへ帰る馬車の中。

「旅行と思えば、悪くなかったな」

 父上が窓の外を眺めながら答える。

「うん。こうやって、パパと二人きりっていうのは最近なかったからね」

 昔はよくあった。
 山や川に行って、父上と修行した。

 まぁ、修行内容が洒落にならないくらいヘビーで楽しくはなかったけど。
 あ、でもそうでもないのかな?

 記憶を取り戻す前の私は、父上に稽古をつけてもらう事を嬉しく思っていたから。

「でも、大丈夫なのかな?」
「何の事だ?」
「王子様。面子を潰した形だけど。問題になったりしないかな?」
「それは大丈夫だろう」

 私の不安を父上はあっさりと否定した。

「どうして?」
「アルマールが第二王子と会うよう言ったのは、そもそもあの部隊の面子を潰すためだ」
「え?」
「あの部隊は、私に対抗するための物だったらしい。いや、正しくはサハスラータ全体の私に対する意識を変えるためのものだ」

 意識を変える?

「あの国が過剰にビッテンフェルトの名を恐れているのは知っているな?」
「はい」
「それを払拭する事で、己の功績にしようとしたのだ」
「功績に?」
「あの王子は、第一王子と王位を競っているらしくてな。しかし、あらゆる点において一歩劣っている。たいした功績もなく、このままでは兄王子が次の王位に選ばれる事は間違いない。だから、あの部隊を作ったんだ」

 なんとなくわかってきたぞ。

 第一王子との王位争いに勝つため、第二王子はあの部隊を作った。
 その目的は、功績を作るためだ。
 どうして部隊を作る事で功績になるかといえば、それによってサハスラータに巣食うビッテンフェルトに対する恐怖心を払拭する事ができるからである。

 実力はどうあれ、ビッテンフェルトに対抗する事のできる部隊があるとなれば、ビッテンフェルトを恐れる必要は無い。
 今すぐには無理でも、そんな部隊があれば徐々に恐怖心は薄れていく事だろう。

 そしていずれビッテンフェルトに対する恐怖は消える。
 恐れる事がなくなれば、アールネスとの関係で及び腰になる事もなく強気に対応する事ができる。

 そうなればサハスラータは和平同盟を破棄し、戦争を仕掛けてくる事も考えられた。

 たとえそれが極端な話でも、今現在の平和が崩れる可能性が少し高まるという事だ。

 それを防ぐためには、第二王子の部隊がビッテンフェルトに及ばない事を証明する必要があった。
 だから、アルマール公は私達に第二王子と会うよう言ったのだ。

 私達と会った第二王子は、きっと欲を出したのだろう。
 今は張子の虎同然の部隊であるが、実際に父上と戦い勝利……とまではいかなくとも渡り合えれば確かな実績を得られる。
 一気に、王位へ近付く事ができる。

 そう考えて、父上に稽古を申し出たのだ。

 まぁその結果、功績どころではなくなったわけだが。

 しかし……。
 本当にその部隊に父上が負けたら、アルマール公はどうしていたんだろう?
 アルマール公の事だから、部隊の実力を把握していそうだな……。

 でも、流石に三百人を相手にするなんて言い出すとは思っていなかったはずだ。
 一人一人の実力は到底父上には及ばなかったが、全員を相手にするとなれば負ける事も十分に考えられた。

 その部分はきっと誤算だろうな。
 帰ったらその話をして驚かしてやろうっと。

「パパはそれを潰すために、第二王子の申し出を受けたんだね」
「そうだ」
「でも、三百人を相手にする必要はなかったんじゃないの?」
「正直に言えば、私もそこまでするつもりはなかったんだがな」

 父上は、思案深げな表情を作り、「ふむ」と小さく唸った。

「正直に言えば、私はアルマールの思惑などどうでもいいと思っていた。というよりも、アールネスの行く末などどうでもいい、とな。私にとって、大事なのは国ではなく家族だ。国に何かあっても、家族を連れて逃げれば良い。そう思っていた」

 そういえば、前にも似たような事を言っていたな。
 公人としてはどうかと思うけど。

 家族としては、大事にされている気がして悪い気分じゃない。

 そう思っていると、父上は続ける。

「だが、その考えも変わった」
「どんなふうに?」
「大事な者とは、増えていくものなのだ。関係と関係が連なり、それが新しく大事な人間を作っていく。だが、私の手が届く範囲など限りがある」

 そう言って、父上は私の頭を撫でた。

「大事な者が増えれば、それこそ守るための手が足りない。けれど国が平和であれば、その平和が私では手の届かない範囲を守ってくれるかもしれない。そう思ったのだ。それこそ、私がいなくなった後も……」
「パパ……」

 父上は、私に微笑みかける。

「それにお前は、アールネスが好きだろう?」
「うん」

 私は、第二の人生を過ごしたアールネスが好きだ。
 そこで知り合った多くの人達が好きだ。

 そうか。
 父上は、私達のためにあんな無茶な事をしたんだ。
 少しでも長く、平和が続くように。

「ありがとう」
「私のためでもある」

 父上は、小さく口元を歪めて返した。

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