気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 ビッテンフェルト来々 前編

 サハスラータ王都。
 その日、この町に恐怖が訪れた。

 馬車から降りる私達の姿に……とりわけ私の後から降りた人物に。
 出迎えた衛兵達は身を震わせる。

 彼らは恐怖を覚えているのだろう。
 しかし、それを悟らせまいと必要以上に身を強張らせているのがわかった。

 私の後に降り立った人物。
 それは私の父、ビッテンフェルト公爵であった。



 事の起こりは一週間ほど前。
 私は王城へ呼び出された。
 そこに待っていたのは王様と側近のフェルディウス公、そしてヴェルデイド公とアルマール公だった。
 国の柱石を担う人物が勢ぞろいである。

 呼び出されたのは私だけでなく、父上も少ししてから玉座の間へと訪れる。
 そんな私達に王様は、ある事を命じた。

「相変わらずだな」

 王様が言う。
 何が、とは問わない。

 武芸者というものは、常に相手の目付け(見ている場所)を気にかけるものだ。

 その武芸者としての目を以ってすれば、王様の熱い視線が私の胸に注がれている事を察するなど造作もない。

「陛下も相変わらずご健勝のようで」

 陛下のエッチ! なんて言う事もできないので少し皮肉っぽく答えておく。

「帰ってもよろしいか?」

 ちょっと父上が低い声で訊ねる。
 私にわかる事が父上にわからないはずがない。

「いや待て。悪かった。これは重要な話だ。二人に、サハスラータへ向かってもらいたい。特使として」

 人選ミスではないだろうか?
 と私は思った。

 というのも、サハスラータにとって父上は恐怖の代名詞であるからだ。

 かつて、サハスラータはこのアールネスへ攻め入った過去がある。
 その侵攻を防ぎ、なおかつサハスラータ軍の指揮官であった現サハスラータ王を撤退した後もしつこく追いまわしたのが父上なのである。

 その時の事がサハスラータ王にとって大層なトラウマとなってしまったらしく。
 父上とはもう二度と戦いたくないという思いから王位を簒奪するほどだった。

 そして、彼の父上に対する尋常では無い恐れ方と、多分アルマール公の暗躍により父上に対する恐怖はサハスラータ全体へ拡散されたという経緯がある。

 そんな理由から、父上が特使として向かうのはどう考えても人選ミスである。
 友好の使者というよりも嫌がらせである。

「あの、陛下。僭越ながら申し上げます。この人選でよろしいのでしょうか?」
「うむ。それで良い」

 私が訊ねると、王様はハッキリと答えた。
 ちゃんと考えがあっての事なのか。

「わからぬか、クロエ」

 父上が諭すように言う。

「どういう事ですか? 父上」
「つまり、陛下はサハスラータ王を暗殺してこいと言っておるのだ」

 父上はドヤァと笑みを浮かべて答えた。

「そんな事は言っとらん」

 王様がすかさず否定する。

「私に命じるという事は、そういう事だろう?」

 父上は困惑した様子で訊ね返す。

「違う! 何故そう物騒な考えになる?」
「忘れていないからな。一年前の事は」

 父上が答えると、王様は苦い顔をする。

 一年前、私はサハスラータに捕まった。
 その時の事を父上は根に持っているのだ。

「クロエ嬢にも行ってもらうのだ。そんな事をすれば、生きてあの国を出られないぞ」
「……余裕だろう」

 なぁ?
 と言葉には出さず、私に視線を向ける父上。

 ティグリス先生が一人で大暴れして無傷で脱出できるくらいだから、確かに私達でもできるかもしれない。
 命を賭けてまで試したくはないけど。

「本当にやり遂げそうな気がしてならん」

 不安そうな表情で王様も同意した。

「とにかく。余計な事はしなくていいから、お前はサハスラータへ行って一日滞在して帰ってくるだけでいい」
「それは行く意味があるのか?」

 父上の疑問はもっともだった。
 本当に何をしに行くのだろう?

「あるとも」

 答えたのは王様ではなくヴェルデイド公だった。

「最近、外交でもめる事が多くてね。君が行ってくれれば、速やかに事が進むと思うんだ」

 なるほど。
 特使という名の恫喝か。
 本当に嫌がらせだったんだ……。

「そうそう、それから第二王子には是非会ってきてくれ」

 続いてアルマール公が言う。

 第二王子という事は、ヴァール王子のお兄さんか。

「会ってどうするのですか?」
「会うだけでいいとも。あとは、好きにしてくれるといい」

 そう言って、アルマール公は父上にニヤリと笑みを向けた。

 アルマール公がわざわざ言うという事は、何かきな臭い理由があるんだろうな。



 という経緯があって、私と父上はサハスラータへ訪れたわけである。

 やはり、この国でのビッテンフェルトという物は今でも恐怖の対象らしい。
 ここへ来るまでにも馬車の家紋を見た民の反応は様々で、「この世の終わりだ……」と言わんばかりの表情で力なく膝を落とす者までいた。

 私達を迎える衛兵達ですらこの有様である。
 衛兵達は皆、全身甲冑姿である。

 果たして、何に対しての備えなんだろうか?
 あなた達、多分私達の護衛だよね?

「ここまで来るのは初めてだな」

 父上が声を発する。
 その声に、衛兵達がビクリと反応した。
 腰の剣に手を伸ばそうとする人間が数人……。
 全員が甲冑を着ているため、がちゃがちゃと音が鳴る。

 ビビリ過ぎである。

「ご案内致します」

 衛兵の隊長らしき男が、前に出て告げる。
 他の隊員は兜で顔を隠しているが、彼だけは顔を出していた。

「はい。お願いします」

 私が答えると、男は先導して歩き出す。
 私と父上はそれに続いた。

「滞在する部屋へご案内致します」
「先に、陛下との謁見でも構わないが?」

 父上が言うと、隊長は一度立ち止まって父上を見る。
 小さくため息を吐いたのを私は見逃さなかった。

「陛下は先ほど窓からお二人の姿を伺われ、「僕もう今日は部屋から出ない」と申されて部屋におります」

 ああ、恐怖感与えちゃったか。
 また幼児退行してらっしゃる。

 サハスラータ王は、前に会った時と変わっていないようだ。
 相変わらず、父上が怖いらしい。

 父上の特使としての役割はちゃんと果たされた事だろう。

「なので、お二人の滞在中には姿をお見せにならないかと……」

 それ王様としてどうなの?

 という事はあれか。
 私達は本当にサハスラータ一日お泊りツアーに来ただけか。

 部屋に案内される。

「ごゆっくり」

 案内してくれた人が、そう言って部屋から出て行く。

 案内された部屋は、国賓を向かえるだけあって豪華な内装だった。
 そもそも部屋が広い。
 その広さを全て占める絨毯は新品のようにふかふか。というか多分新品。
 衣装棚もシックで重厚。高級感がある。
 テーブルには色とりどりの果物。
 明らかに高そうな酒もある。

 さながらホテルのスイートみたいだ。

 ただ気になる所があるとすれば……。

 窓に頑丈な鉄格子が嵌っている所かな。

 そして扉。
 指で触れて軽くソナーをかける。
 どうやら、一見して木製に見えるこの扉は、木板と木板の間に鋼鉄の板を挟んだ物のようだ。

 扉を開けて見ると……。

 すかさずガシャガシャと金属音が左右から聞こえ――

「何か?」

 扉の向かい側、廊下に背中を預ける先ほどの隊長が訊ねてくる。
 そんな彼の左右にはさらに重装備の兵士が二人。

 扉の隣に二人、前方に三人という超厳戒態勢である。

 厳重すぎる……っ!

「すごい防備ですね」
「国賓に何かあってはいけませぬゆえ」

 どちらかと言えば「国賓に何かあっては」じゃなくて「国賓が何かしては」という事ですね?
 わかります。

「そうですか」

 私はにっこり笑って部屋の中に戻った。

 警戒の仕方が、前に来た時の非では無い。
 やっぱり、この国の父上への恐怖は大きいようだ。

 父上を見る。
 テーブルに着いて、部屋の中にあった酒をグラスに注いでいる所だった。

「どうだ? 付き合うか?」

 酒の入ったグラスを揺らし、父上が訊ねてくる。

「ううん。私、お酒は飲めないから。知ってるでしょ?」

 二人きりなので、普段通りの口調で返す。

「そうだったな……」

 父上は小さく返した。
 残念そうだ。

「昔から夢だったんだ。子供が大きくなったら、一緒に毎晩酒を酌み交わす事が」

 そうだったんだ。
 なら、悪い事をしたな……。

 お酒に弱い私じゃ、その夢を叶えられない。
 一緒に飲みにいったのも、一度だけだった。

 あの時の事は記憶にないけど、酒屋を壊してしまうほど暴れてしまったらしい。
 ここでそれを再現する勇気はない。

 でも……。

「一杯くらい、飲もうかな」
「無理をするな。私がしたかった事は、楽しい時間を共有する事なのだから」
「それなら、お酒じゃなくてもいいね」

 私は父上の向かい側に座り、リンゴを手に取った。

 一齧りして父上に微笑みかけると、父上も口角を小さく上げて返した。

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