気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 鼻持ちならない奴の話
あれは、私がまだ学生だった頃の話。
確かあれは、マリノーと先生の仲を取り持つために、あれやこれやと考えて、なんとか二人の距離を縮める事に成功した。
……少し後の事だった。
私が一人で廊下を歩いていると。
「待ちたまえ。クロエ嬢」
そう言って、一人の男子生徒が私の前に立ち塞がった。
見ると、それはいつかの男子生徒だった。
マリノーに懸想し、鼻持ちならない態度でちょっかいをかけてきた彼である。
その後ろには、やはり二人の男子生徒が控えている。
あの時一緒にいた取り巻き連中だ。
「何?」
私は、硬い声色で訊ね返す。
彼はマリノーをものにするため、グラン親子を人質に取るという手段に出たのだ。
厳しい態度をとるのも当然である。
ついでに、軽く構えを取った。
「相変わらず、野蛮な方ですね。何事も暴力で解決しようとするなど。貴族にあるまじき野蛮な行為。いや、貴族ならず女性としての品性もない」
お前も相変わらず鼻持ちならないな。
「そうだそうだ! 女のくせに生意気だぞ」
「この野蛮な女め。その様子では嫁の貰い手などどこにもあるまい」
はいはい。君達もね。
……一応、婚約者がいるんだけど。
それにしてもこいつ。
この前あれだけの醜態をさらしておきながら、なんでまたこんなに自信満々の態度で出てこられるのだろうか?
「だが、今日の私の目的には丁度いい」
「あ?」
「私と決闘してもらいましょうか」
断る理由もなく、私は決闘を受ける事にした。
決闘を申し出た彼に連れられて、私は前と同じ中庭の奥へ向かった。
「さて、始めましょうか」
「その前に、どうして私に決闘を挑むのか聞かせてもらおうか」
「ふん。それは当然の事……。貴族の男児たるもの、婦女に腕力で負けたとあっては名折れというもの。これはいつかの醜態を払拭するための決闘です」
ああ、あの時の。
確かに醜態だったな。あの時は。
殴られ、蹴られて、あげくに摩《す》り下ろされ、酷い有様だったな。
米国の軍人から「国に帰るんだな」と言われそうな顔になっていた。
「でなければ、私はマリノー嬢に合わせる顔がないのでね」
その時の事を思い出している内に、彼も構えを取った。
「払拭できると?」
「あの時の私と同じにしないでもらいましょうか」
彼は軽くジャブを数回振った。
「……!」
確かに、前よりも数段動きのキレが増している。
私の密かな驚きに気付いたのか、鼻持ちならない男子生徒は鼻持ちならない笑みを浮かべた。
「あらゆる分野において非凡な才を示し、神童と呼ばれた私。ですが、その肩書きが私を驕らせていた。そしてその驕りが鍛錬を怠らせていた。しかし、今日の私は違う」
ふふん、と鼻持ちならない男子生徒は鼻で笑う。
「驕りを捨て、この日のためにみっちりと鍛錬を積んできました」
「そうみたいだね。見ればわかるよ」
「今日こそは、女性では男に敵わないという残酷な事実をあなたへ思い知らせて差し上げる。そして、その暁には、私は今度こそマリノー嬢を我が物としてみせましょう」
「へぇ、それは楽しみだ」
別に私を倒してもマリノーを手に入れられるわけではないんだけどね……。
まぁいい。
私は笑い、構えに力を入れた。
確かに今回の彼は、一味違うようだ。
今回こそは、楽しめそうだ。
そうして、戦いが始まった。
普通に勝った……。
私の前には、うつ伏せに倒れる鼻持ちならない男子生徒の姿があった。
思ったよりも強かったけど、そこまで強くなかったんや……。
取り巻きらしき二人の男子生徒は、怯えた様子で私を見ている。
「や、止めろ! 俺達に戦うつもりはない」
「そ、そんな血に飢えた目で俺を見るな」
私はそんな戦闘狂ではない。
私の事、どう見えてるの?
「うう、こんなはずでは……」
彼は呻きながら顔を上げる。
「驕りを捨て、鍛錬に打ち込んだというのに……。何故?」
「……まぁ、わかるけどね。技を磨いてきたのは」
実際、反応は申し分ない。
ちゃんと私の動きを見極めて動いてる。
動きも悪くない。
技のキレは良い。
「ただ、ちょっとパワーが足りないかな」
反射神経や動きに問題はないけれど、彼の攻撃には威力が足りないのだ。
魔力運用は巧いようだが、それでもあの程度では私の体にダメージを与える事などできない。
恐らく筋肉の不足が原因だろう。
地力が足りないから、無色の魔力による身体強化だけではパワーを捻出できないのだ。
ダメージを与えられない攻撃なんて怖くない。
こちらの攻撃を防ぐだけの防御力も彼にはなく、一方的に殴り勝てる。
詰まる所、身体のスペックの差が如実に出ているわけだ。
「君、少し細すぎるからなぁ。もっと筋肉をつけないと、私の防御は抜けないし、私の攻撃にも耐えられないよ」
「くっ、なんという事か」
「まぁ、もうちょっと筋肉を付ける事だよ」
「筋肉……。あれだけの鍛錬を行なったというのに、まだ鍛え足りないというのですか? これ以上、どう鍛錬をすれば……」
鼻持ちならない男子生徒は、本気で悔しそうに声を絞り出す。
はぁ……。
仕方ないな。
「良質な筋肉をつけるには、鍛錬だけではダメだよ」
「鍛錬以外に、何が必要だというのです?」
「食事と睡眠かな。鍛錬の前には、鍛錬に耐えられるだけの体力を蓄えるために食事を多く取り、鍛錬が終わったらタンパク質の多い食材を食べる。あ、それから脂質は控えた方がいい」
「タンパク質?」
あー、言ってもわからないか。
「えーと、脂身の少ない鳥肉とか、あとはゆで卵とかだね。タンパク質というのは、筋肉に代わりやすい食べ物と言えばわかりやすいかな」
本当はプロテインとかを摂った方が良いんだろうけど、そんなものここにないからなぁ。
作り方もわからないし。
私が転生モノの主人公だったら、プロテインだって作れたかもしれないのに……。
残念ながら、私に知識チートは備わっていない。
「で、それが終わったら睡眠をとる」
「睡眠を?」
「人間の体は眠っている時に成長する。筋肉もまた然り。だから、鍛錬後に眠った方が筋肉は育ちやすいという事だよ」
成長ホルモンが分泌され、筋肉が育ちやすいそうだ。
「なるほど……」
これらは全部、前世で知り得た知識だ。
かと言って、私が実践していたわけじゃないけど。
前世の弟がそうやってトレーニングをしており、だから私は知っていたのだ。
男というものは、一度は筋肉に夢を見て、とりつかれるものらしい。
「ふふ、しかしよろしいのですか? 私にそんな事を教えてしまって。そのせいで、足元を掬われるかもしれませんよ」
「かもしれないね。でも、足元を掬われたら、その時はまた掬い返してあげるよ」
そうして互いにニヤリと笑い合い、彼は取り巻き二人を連れて去って行った。
それからしばらくして。
あれは確か、夏休みが終わった頃だ。
アードラーと離れたり、くっついたり、転生モノみたいに物作りをしてみたり、といろいろあったなぁ。
廊下を歩いていると、目の前に影が差した。
顔を上げると、見た事のない大男が鼻持ちならない笑顔を向けていた。
その体はアルディリアの父親以上の筋肉質で、肥大した筋肉で着ている服はパッツンパッツンだった。
「お久し振りですね。クロエ嬢」
「え、初対面ですよね」
声をかけられて、思わずそんな言葉を返した。
「やはり、武家の人間というのは体に恵まれていても、知能には恵まれていないようですね」
あ、なんとなくわかった。
この鼻持ちならない感じ。
あいつだ!
しかし、なんという変わりようだ。
骨格変わってるじゃないのさ。
肩幅がおかしいよ!
成長期ってすごいなぁ……。
ちなみに、いつもの取り巻き二人はいなかった。
「ああ。何だ、お前か」
「わかりましたか? ふふん」
そう言って、筋肉を躍動させるようにポーズを取る。
「この私を忘れるとは、信じられない事ですけどね」
多分もう二度と忘れないよ。
もう頭から離れないもん。
ビジュアル的なインパクトが強過ぎて。
「見てください。あなたがうっかりと漏らしてしまったビッテンフェルト家の鍛錬法によって、私の体は鋼の如き強靭さを得るに至りました」
あれは別にビッテンフェルト家の鍛錬法ではないんだけどね……。
「それは見ればわかる」
鍛え過ぎだよ。
鍛えろとは言ったけど。
誰がそこまでやれと言った?
「見るだけじゃなく、触ってもいいんですよ?」
「それは遠慮しておくよ」
「本当にいいんですか?」
残念そうに聞き返してくる。
触って欲しいのか?
……ピクピク動かすなよ。
「さて、こうして私達が相見《あいまみ》えた以上、やる事は一つですね」
そう言う彼の雰囲気が変わる。
これは、闘争の空気だ。
「……そうだね。じゃあ、中庭に行こうか。その筋肉が本物か、見せ掛けか、確かめてあげるよ」
「ええ。望む所です。そしてあなたは知るでしょう。私の体の強さと美しさを」
美しさは別に知りたくないけど……。
私達は中庭で決闘をする事になった。
中庭に着いた彼は、おもむろに服を脱いだ。
何故脱ぐ?
「ハァハァ……」
勝ったけど……。
普通に苦戦した。
負ける事はないだろうが、打たれ強さが半端じゃない。
かといって、鈍重かと言えばそうでもない。
どうやら、彼の肉体は見せかけだけではないらしい。
肥大した筋肉は持久力と敏捷性に欠けるというが、彼の肉体はそんな欠点を感じさせなかった。
持久力があり、動きは速かった。
攻撃力は高く、防御も固い。
こちらの防御を強引にこじ開けるし、私の一撃がうまく通らない。
少なくとも、アルディリアより強い。
下手すれば、アードラーにも勝ってしまうかも……。
神童の名は伊達では無いらしい。
まるでボディビルダーのような身体つきだが、鍛え方はあくまでも実戦向けのようだ。
「ふぅ、まだ勝てませんか。やはり、鍛錬が足りないようですね。究極の肉体には程遠い。まだ80%といった所ですか」
100%を超えたら歪《ひず》みで体が崩れるからほどほどにね。
「食事の量と鍛錬を増やし、もっと効率的なタンパク質の吸収方法を考えなければ……。味からして豆もタンパク質の多い食品のようですし、あれをタンパク源とした鍛錬メニューを研究してみましょうか」
鼻持ちならない男子生徒は、俯いてぶつぶつと鍛錬方法について模索し始める。
すごいな。味でタンパク質の含有量がわかるのか。
不意に、彼は顔を上げて私を見た。
「おっと、あなたの存在を忘れていましたよ」
「そう。別にいいけど」
「……それで、どうでした?」
「どう……とは?」
「私の体は? 打った際の手ごたえはどうでした? すごく力強かったでしょう?」
「え、うん。まぁ……」
「もっとじっくり触ってもいいんですよ?」
多分、こいつは目的と手段が入れ替わってるんだろうな……。
なんか、マリノーよりも筋肉を愛していないか?
どうやら私は、この世界で筋肉に取り付かれた男を一人作り出してしまったようだ。
また、人の運命を変えてしまった……。
私はそんな彼にどう責任を取ればいいだろう?
……放っておこうかな。
幸せそうだし。
「そういえば、いつもの二人は?」
姿の見えない取り巻き達の事を聞く。
「どうやら、鍛錬についてこられなかったようで、私から離れていきました」
そうなんだ。
まぁ、マッチョメン(複数)ではなくマッチョマン(単数)で来た事は素直に喜ぶべきか。
「筋肉の魅力で発憤させるために、ことあるごとに胸筋を触らせていたというのに」
それが原因じゃね?
多分、彼としては「なんて筋肉だ。俺もこんな体に……」という反応を期待していたんだろうけどね。
後日。
マリノーと一緒に廊下を歩いていた時だ。
「そういえば、先生とはあの後進展があった?」
「あ、ピクニックに行きましたよ。一緒にお弁当を食べました」
嬉しそうにマリノーは報告してくれる。
「マリノー。なんか、いつもピクニックしてるね」
「なんだか、他の場所に誘うのが恥ずかしくて……」
マリノーは頬を染めて答えた。
ピクニックには耐性があるから誘えるけど、ほかの場所へのデートは誘いにくいわけだね。
これは、また近い内にお節介した方がいいんだろうか?
と、そんな事を考えていた時だ。
私達の行く手に影が差した。
二人して顔をあげる。
そこには、鼻持ちならない爽やかな笑みを浮かべたマッチョマンがいた。
ボタンを外して肌蹴たシャツからは、肥大した筋肉が丸見えである。
「お久し振りですね、マリノー嬢」
「誰ですか、あなた!?」
マリノーはビクッと怯みながらも声を上げた。
まぁ、そうなるわな。
確かあれは、マリノーと先生の仲を取り持つために、あれやこれやと考えて、なんとか二人の距離を縮める事に成功した。
……少し後の事だった。
私が一人で廊下を歩いていると。
「待ちたまえ。クロエ嬢」
そう言って、一人の男子生徒が私の前に立ち塞がった。
見ると、それはいつかの男子生徒だった。
マリノーに懸想し、鼻持ちならない態度でちょっかいをかけてきた彼である。
その後ろには、やはり二人の男子生徒が控えている。
あの時一緒にいた取り巻き連中だ。
「何?」
私は、硬い声色で訊ね返す。
彼はマリノーをものにするため、グラン親子を人質に取るという手段に出たのだ。
厳しい態度をとるのも当然である。
ついでに、軽く構えを取った。
「相変わらず、野蛮な方ですね。何事も暴力で解決しようとするなど。貴族にあるまじき野蛮な行為。いや、貴族ならず女性としての品性もない」
お前も相変わらず鼻持ちならないな。
「そうだそうだ! 女のくせに生意気だぞ」
「この野蛮な女め。その様子では嫁の貰い手などどこにもあるまい」
はいはい。君達もね。
……一応、婚約者がいるんだけど。
それにしてもこいつ。
この前あれだけの醜態をさらしておきながら、なんでまたこんなに自信満々の態度で出てこられるのだろうか?
「だが、今日の私の目的には丁度いい」
「あ?」
「私と決闘してもらいましょうか」
断る理由もなく、私は決闘を受ける事にした。
決闘を申し出た彼に連れられて、私は前と同じ中庭の奥へ向かった。
「さて、始めましょうか」
「その前に、どうして私に決闘を挑むのか聞かせてもらおうか」
「ふん。それは当然の事……。貴族の男児たるもの、婦女に腕力で負けたとあっては名折れというもの。これはいつかの醜態を払拭するための決闘です」
ああ、あの時の。
確かに醜態だったな。あの時は。
殴られ、蹴られて、あげくに摩《す》り下ろされ、酷い有様だったな。
米国の軍人から「国に帰るんだな」と言われそうな顔になっていた。
「でなければ、私はマリノー嬢に合わせる顔がないのでね」
その時の事を思い出している内に、彼も構えを取った。
「払拭できると?」
「あの時の私と同じにしないでもらいましょうか」
彼は軽くジャブを数回振った。
「……!」
確かに、前よりも数段動きのキレが増している。
私の密かな驚きに気付いたのか、鼻持ちならない男子生徒は鼻持ちならない笑みを浮かべた。
「あらゆる分野において非凡な才を示し、神童と呼ばれた私。ですが、その肩書きが私を驕らせていた。そしてその驕りが鍛錬を怠らせていた。しかし、今日の私は違う」
ふふん、と鼻持ちならない男子生徒は鼻で笑う。
「驕りを捨て、この日のためにみっちりと鍛錬を積んできました」
「そうみたいだね。見ればわかるよ」
「今日こそは、女性では男に敵わないという残酷な事実をあなたへ思い知らせて差し上げる。そして、その暁には、私は今度こそマリノー嬢を我が物としてみせましょう」
「へぇ、それは楽しみだ」
別に私を倒してもマリノーを手に入れられるわけではないんだけどね……。
まぁいい。
私は笑い、構えに力を入れた。
確かに今回の彼は、一味違うようだ。
今回こそは、楽しめそうだ。
そうして、戦いが始まった。
普通に勝った……。
私の前には、うつ伏せに倒れる鼻持ちならない男子生徒の姿があった。
思ったよりも強かったけど、そこまで強くなかったんや……。
取り巻きらしき二人の男子生徒は、怯えた様子で私を見ている。
「や、止めろ! 俺達に戦うつもりはない」
「そ、そんな血に飢えた目で俺を見るな」
私はそんな戦闘狂ではない。
私の事、どう見えてるの?
「うう、こんなはずでは……」
彼は呻きながら顔を上げる。
「驕りを捨て、鍛錬に打ち込んだというのに……。何故?」
「……まぁ、わかるけどね。技を磨いてきたのは」
実際、反応は申し分ない。
ちゃんと私の動きを見極めて動いてる。
動きも悪くない。
技のキレは良い。
「ただ、ちょっとパワーが足りないかな」
反射神経や動きに問題はないけれど、彼の攻撃には威力が足りないのだ。
魔力運用は巧いようだが、それでもあの程度では私の体にダメージを与える事などできない。
恐らく筋肉の不足が原因だろう。
地力が足りないから、無色の魔力による身体強化だけではパワーを捻出できないのだ。
ダメージを与えられない攻撃なんて怖くない。
こちらの攻撃を防ぐだけの防御力も彼にはなく、一方的に殴り勝てる。
詰まる所、身体のスペックの差が如実に出ているわけだ。
「君、少し細すぎるからなぁ。もっと筋肉をつけないと、私の防御は抜けないし、私の攻撃にも耐えられないよ」
「くっ、なんという事か」
「まぁ、もうちょっと筋肉を付ける事だよ」
「筋肉……。あれだけの鍛錬を行なったというのに、まだ鍛え足りないというのですか? これ以上、どう鍛錬をすれば……」
鼻持ちならない男子生徒は、本気で悔しそうに声を絞り出す。
はぁ……。
仕方ないな。
「良質な筋肉をつけるには、鍛錬だけではダメだよ」
「鍛錬以外に、何が必要だというのです?」
「食事と睡眠かな。鍛錬の前には、鍛錬に耐えられるだけの体力を蓄えるために食事を多く取り、鍛錬が終わったらタンパク質の多い食材を食べる。あ、それから脂質は控えた方がいい」
「タンパク質?」
あー、言ってもわからないか。
「えーと、脂身の少ない鳥肉とか、あとはゆで卵とかだね。タンパク質というのは、筋肉に代わりやすい食べ物と言えばわかりやすいかな」
本当はプロテインとかを摂った方が良いんだろうけど、そんなものここにないからなぁ。
作り方もわからないし。
私が転生モノの主人公だったら、プロテインだって作れたかもしれないのに……。
残念ながら、私に知識チートは備わっていない。
「で、それが終わったら睡眠をとる」
「睡眠を?」
「人間の体は眠っている時に成長する。筋肉もまた然り。だから、鍛錬後に眠った方が筋肉は育ちやすいという事だよ」
成長ホルモンが分泌され、筋肉が育ちやすいそうだ。
「なるほど……」
これらは全部、前世で知り得た知識だ。
かと言って、私が実践していたわけじゃないけど。
前世の弟がそうやってトレーニングをしており、だから私は知っていたのだ。
男というものは、一度は筋肉に夢を見て、とりつかれるものらしい。
「ふふ、しかしよろしいのですか? 私にそんな事を教えてしまって。そのせいで、足元を掬われるかもしれませんよ」
「かもしれないね。でも、足元を掬われたら、その時はまた掬い返してあげるよ」
そうして互いにニヤリと笑い合い、彼は取り巻き二人を連れて去って行った。
それからしばらくして。
あれは確か、夏休みが終わった頃だ。
アードラーと離れたり、くっついたり、転生モノみたいに物作りをしてみたり、といろいろあったなぁ。
廊下を歩いていると、目の前に影が差した。
顔を上げると、見た事のない大男が鼻持ちならない笑顔を向けていた。
その体はアルディリアの父親以上の筋肉質で、肥大した筋肉で着ている服はパッツンパッツンだった。
「お久し振りですね。クロエ嬢」
「え、初対面ですよね」
声をかけられて、思わずそんな言葉を返した。
「やはり、武家の人間というのは体に恵まれていても、知能には恵まれていないようですね」
あ、なんとなくわかった。
この鼻持ちならない感じ。
あいつだ!
しかし、なんという変わりようだ。
骨格変わってるじゃないのさ。
肩幅がおかしいよ!
成長期ってすごいなぁ……。
ちなみに、いつもの取り巻き二人はいなかった。
「ああ。何だ、お前か」
「わかりましたか? ふふん」
そう言って、筋肉を躍動させるようにポーズを取る。
「この私を忘れるとは、信じられない事ですけどね」
多分もう二度と忘れないよ。
もう頭から離れないもん。
ビジュアル的なインパクトが強過ぎて。
「見てください。あなたがうっかりと漏らしてしまったビッテンフェルト家の鍛錬法によって、私の体は鋼の如き強靭さを得るに至りました」
あれは別にビッテンフェルト家の鍛錬法ではないんだけどね……。
「それは見ればわかる」
鍛え過ぎだよ。
鍛えろとは言ったけど。
誰がそこまでやれと言った?
「見るだけじゃなく、触ってもいいんですよ?」
「それは遠慮しておくよ」
「本当にいいんですか?」
残念そうに聞き返してくる。
触って欲しいのか?
……ピクピク動かすなよ。
「さて、こうして私達が相見《あいまみ》えた以上、やる事は一つですね」
そう言う彼の雰囲気が変わる。
これは、闘争の空気だ。
「……そうだね。じゃあ、中庭に行こうか。その筋肉が本物か、見せ掛けか、確かめてあげるよ」
「ええ。望む所です。そしてあなたは知るでしょう。私の体の強さと美しさを」
美しさは別に知りたくないけど……。
私達は中庭で決闘をする事になった。
中庭に着いた彼は、おもむろに服を脱いだ。
何故脱ぐ?
「ハァハァ……」
勝ったけど……。
普通に苦戦した。
負ける事はないだろうが、打たれ強さが半端じゃない。
かといって、鈍重かと言えばそうでもない。
どうやら、彼の肉体は見せかけだけではないらしい。
肥大した筋肉は持久力と敏捷性に欠けるというが、彼の肉体はそんな欠点を感じさせなかった。
持久力があり、動きは速かった。
攻撃力は高く、防御も固い。
こちらの防御を強引にこじ開けるし、私の一撃がうまく通らない。
少なくとも、アルディリアより強い。
下手すれば、アードラーにも勝ってしまうかも……。
神童の名は伊達では無いらしい。
まるでボディビルダーのような身体つきだが、鍛え方はあくまでも実戦向けのようだ。
「ふぅ、まだ勝てませんか。やはり、鍛錬が足りないようですね。究極の肉体には程遠い。まだ80%といった所ですか」
100%を超えたら歪《ひず》みで体が崩れるからほどほどにね。
「食事の量と鍛錬を増やし、もっと効率的なタンパク質の吸収方法を考えなければ……。味からして豆もタンパク質の多い食品のようですし、あれをタンパク源とした鍛錬メニューを研究してみましょうか」
鼻持ちならない男子生徒は、俯いてぶつぶつと鍛錬方法について模索し始める。
すごいな。味でタンパク質の含有量がわかるのか。
不意に、彼は顔を上げて私を見た。
「おっと、あなたの存在を忘れていましたよ」
「そう。別にいいけど」
「……それで、どうでした?」
「どう……とは?」
「私の体は? 打った際の手ごたえはどうでした? すごく力強かったでしょう?」
「え、うん。まぁ……」
「もっとじっくり触ってもいいんですよ?」
多分、こいつは目的と手段が入れ替わってるんだろうな……。
なんか、マリノーよりも筋肉を愛していないか?
どうやら私は、この世界で筋肉に取り付かれた男を一人作り出してしまったようだ。
また、人の運命を変えてしまった……。
私はそんな彼にどう責任を取ればいいだろう?
……放っておこうかな。
幸せそうだし。
「そういえば、いつもの二人は?」
姿の見えない取り巻き達の事を聞く。
「どうやら、鍛錬についてこられなかったようで、私から離れていきました」
そうなんだ。
まぁ、マッチョメン(複数)ではなくマッチョマン(単数)で来た事は素直に喜ぶべきか。
「筋肉の魅力で発憤させるために、ことあるごとに胸筋を触らせていたというのに」
それが原因じゃね?
多分、彼としては「なんて筋肉だ。俺もこんな体に……」という反応を期待していたんだろうけどね。
後日。
マリノーと一緒に廊下を歩いていた時だ。
「そういえば、先生とはあの後進展があった?」
「あ、ピクニックに行きましたよ。一緒にお弁当を食べました」
嬉しそうにマリノーは報告してくれる。
「マリノー。なんか、いつもピクニックしてるね」
「なんだか、他の場所に誘うのが恥ずかしくて……」
マリノーは頬を染めて答えた。
ピクニックには耐性があるから誘えるけど、ほかの場所へのデートは誘いにくいわけだね。
これは、また近い内にお節介した方がいいんだろうか?
と、そんな事を考えていた時だ。
私達の行く手に影が差した。
二人して顔をあげる。
そこには、鼻持ちならない爽やかな笑みを浮かべたマッチョマンがいた。
ボタンを外して肌蹴たシャツからは、肥大した筋肉が丸見えである。
「お久し振りですね、マリノー嬢」
「誰ですか、あなた!?」
マリノーはビクッと怯みながらも声を上げた。
まぁ、そうなるわな。
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