気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 十八話 烏VS虎(?)

 対峙する私とカナリオ。

「「相変わらず、お美しい……」」

 ムルシエラ先輩の感嘆が聞こえる。

 先輩は、この覆面レスラーのどこを見てそう思っているんだろう……?

 まぁ、今はいいや。
 戦いに集中しなくちゃ。

 動いたのは同時だった。
 互いに互いを目指して全力疾走。
 瞬く間に距離は詰まり、互いの手が届く位置へ迫る。

 互いの拳が振り抜かれる。
 防御はない。
 同時に顔面を打ち合う。

 いや、同時では無い。
 若干私の拳が速く届いた。
 動作補助と無色性柔軟繊維の差だ。

 二人して仰け反る。

 次いで放たれるカナリオのハイキック。
 しゃがんで回避。
 立ち上がり様のアッパーで反撃。
 スウェーで回避される。
 スウェーから復帰する勢いと腰の捻りを加えた拳による反撃が来る。
 拳を受け止め、空いている方の手で肘打ちを返す。
 カナリオはその肘打ちを手の平で受け止めた。

 両手が塞がった状態。
 次に考える事は同じだった。

 膝蹴りを同時に放つ。
 膝と膝がぶつかりあった。
 連続で放たれる膝と膝がぶつかり合う。

 最後に一際強烈な膝蹴りをぶつけ合うと、互いに後退して距離を取った。

「カナリオ! 誤解だ!」

 リオン王子が何か叫んでいる。
 でも、今はそんなのどうでもいい。

 きっとカナリオも同じ気分だろう。

「ガーーーッ!」

 雄叫びを上げ、こちらへ向かってきた。
 腕と腕がぶつかり合う。

 拳と蹴りのラッシュをぶつけ合う。
 いつもなら、このラッシュの勝敗は五分五分といった所。
 しかし、強化装甲を身につけた今、私の方が若干押している。

 ちっ、本当に脱いでしまいたいよ……。
 キャストオフしてやろうか。
 無糸服と同じ原理が応用されているので不可能ではない。
 パワーダウンするけど。

 いや、ダメだダメだ。
 まだやる事が残ってるんだから。

 そう自分に言い聞かせて、その欲求を抑え込む。

 拳と拳がぶつかり合い、私の拳がカナリオの拳に打ち勝つ。

 体勢を崩したカナリオの脇腹を強かに蹴りつける。

 キーンッ! という音と共に、カナリオが上斜めへ吹き飛ばされる。
 近くにあった家屋の二階部分へ打ち付けられそうになる。

 が、流石はカナリオだ。
 空中で体勢を立て直して、壁へ着地。
 しかし、着地した壁はその衝撃に耐えられなかった。

 家屋の角が崩れ、上空へ浮いた。

 ……王都の復興費用は多めに寄付しよう。

 私はそれを追って飛び上がった。

 カナリオの立つ家屋の壁へ着地し、壁走りの要領で張り付く。
 天地逆の状態で互いに壁の下へ立った私とカナリオは、そこでも殴り合う。

 不利と見たカナリオが、壁から跳んで逃れる。

 が、私はそれを読んでいた。
 彼女が視線を外した隙に、死角から背後へ飛び込む。
 両手を組み合わせたハンマーパンチで下へ叩き落した。

 家屋の屋根へ落ち、二階の床を抜き、カナリオは一階の床へ叩きつけられた。
 屋根の穴を見下ろすと、もうもうと土煙が舞い上がっていた。

 やったか……?

 そう思った瞬間、土煙の中に赤い二つの小さな光が見えた気がした。
 さながら、それは双眸のように見え……。
 気付けば、弾丸の如く飛来したカナリオが私の腹部へ拳をめり込ませていた。

 痛みに耐え、反撃する。
 そこからまたラッシュが始まった。

 上空から、落下しながらの攻防である。

 地面へもう少しで着地する。
 その直前、隙を衝かれて強烈な蹴りを見舞われた。
 反撃を無視したブッパである。

 私は吹き飛ばされ、家屋の壁へ突っ込んだ。
 壁を突き破り、それどころか反対側の壁も突き破り、並び立つ家屋を次々と貫通していった。

 ようやくその勢いが収まり、私は地面に立つ。
 が、一息吐く暇もなくカナリオが私の開けた家々の穴を通って迫って来ていた。

「ガーーーッ!」
「うおおおおぉっ!」

 カナリオの拳と私の蹴りが互いに放たれた。



 あれからどれだけ戦ったか……。
 きっと、それほど時間は経っていないはずだ。

 それでも、私には濃厚な時間に感じられた。

 決着が私の勝利で終わった時、私達は最初に対峙した位置へと戻っていた。
 周囲には、私達の戦いの名残として倒壊した家や地面のクレーターなどができている。

 大の字になって倒れるカナリオへ、私は手を差し伸べた。

 カナリオは虎のマスクを脱ぎ、私の手を取る。

「流石ですね」

 カナリオは笑顔で言う。
 途中から、私の正体に気付いていたのだろう。

 何度も戦った事のある間柄だ。
 互いの手の内を知っている以上、気付くのも当然か。

 いつ気付いたのか……。
 実は最初に殴りあった時からだったりして。

 私達の方へ、リオン王子が近付いてきた。

「何度も叫んでいたのだがな……。しかし相変わらずだな、そなたらは」
「え?」

 私は間の抜けた声を出した。
 リオン王子も気付いている?

「カナリオと互角に渡り合え、しかも勝利してのける人間などほとんどいない。気付いて当然だ」

 まぁ、それもそうだ。

「それにしても、二人共王都に来ていたのだな」
「ええ。少し、陛下へ直接報告したい事がありまして……」

 そんな話をしていると、子供達もこちらへやってくる。

「何はしゃいでるんだよ、母さん」
「お父さん、ずっと呼んでたのに」

 グリフォンくんとキャナリィちゃんが呆れた様子で言う。

「はは、ちょっとね」

 カナリオは苦笑いしながら答えた。

 私はアクイラ王女……リーオーを見る。
 リーオーは憮然とした表情で、黙り込んでいた。
 どうしたんだろう?

 まぁいいや。
 それより今は……。

「見ての通り、今の王都では暴動が起こっている。国衛院が臨時の避難所になっているから、そこへ避難してくれ」
「わかった」

 リオン王子が答える。

 アクイラ王女はどうしよう。
 王宮へ連れて行くべきなんだろうか?

 いや……。

 カナリオを見る。

 彼女のそばにいる方が安心かもしれない。
 よく考えれば、避難所にはヴァール王子、コンチュエリ、オルカくん、ティグリス先生やナミルさんと戦える人間が多くいる。

 そこにカナリオとリオン王子、そして双子が加われば、正直負ける気がしない布陣である。
 むしろ、王城よりも安全かもしれない。

 なら、そっちに向かってもらうべきか。

「あなたも、そちらへ行ってもらうがよろしいな?」

 私はリーオーに言う。
 けれど、彼女は答えなかった。

 リオン王子が溜息を吐いた。
 そして、声をかける。

「行くぞ」

 言って王子が肩に手をやると、リーオーは王子を睨み付けた。
 強かにその手を払いのける。

「あなたと一緒なんて嫌です」

 リーオーが言い放つ。
 そのまま続ける。

「あなたのような、国よりも一人の女を選ぶ無責任な人間なんかと一緒に居たくありません!」
「…………」

 リオン王子は黙り込んだ。

「父上が、その事でどれだけ悩んでおられるか……。
 苦しんでおられるか、知っていますか? 
 今の王族は、王の器にあたわぬ者ばかり。
 王の利権に目を眩ませた俗物ばかりです。
 そんな連中から選ばなければならない苦悩があなたにわかるか!?
 ……あなたさえいれば、と漏らした事だってある……。
 それほどの期待をかけられながら、どうしてそのような短慮をなさったんですか!」
「そうだな。それは全て、私の責任だ」

 リオン王子が答えると、リーオーは背を向けた。

「だから……「僕」は……。王になろうと決めたんです」
「だが、それは――」
「僕は男ですよ!」
 そういう事か……。

 そういう事か……。
 リーオーが男として学園に在籍しているのは、そういう理由か……。


「「少し違いますね」」

 チヅルちゃんの声がする。

「そうだね」

 小さな声で答えた。

 原作のゲーム世界。
 SEでのリーオーは、兄であるリオン王子が行方不明になった事で自分が兄の代わりとして王になろうと思い、男装をするのだという。
 この国の王は、男性でなければならないからだ。

 ゲームにおいてのその行動には兄への尊敬があり、しかしこの世界では違うようだ。
 むしろ、兄の事を嫌っている。

 きっとそれは、私が運命を変えたからなんだろうな……。

 後悔はしていないけれどね。
 あそこでアードラーを助けた事、あれは自信を持って正しい事だったと思えるから。

 私はリーオーに声をかける。

「リーオー殿……。我儘は言わぬ事です。あなたは自身の危険が、御身だけの物だとお思いですか?」

 身分の高い人間。
 それも王女だ。

 彼女が身の危険に晒されてしまえば、軍の人間なら命を張って守ろうとするだろう。
 それだけでなく、誰がどのように被害を受けるかわからない。

 彼女だってそれを理解しているはずだ。

「それもまた、責任です。感情だけでその責任を放棄したいと申されるのですか?」

 それはリオン王子と同じよ。
 と暗に含ませて言う。

 リオン王子には「ごめんなさい」の意味を込めて小さく会釈しておく。

「それは……。いいだろう。僕は、兄とは違う」

 何とか説得に応じてくれたか。

「では、この方も一緒に避難所まで送ってもらえるか?」

 リオン王子に頼む。

「わかった。任されよう」
「あの」

そんな時、カナリオが口を開く。

「何だ?」
「私は手伝わなくていいんですか?」

 どうしよう?
 確かに、それは魅力的だ。

 でも、もう事件も終息が近いらしいしなぁ……。
 それに、今の戦いのダメージもあるだろう。

「困っている人間が居たら助けてやれ、それだけでいい」

 頼むとすれば、これくらいが妥当だろう。

「わかりました! お任せください!」

 頼もしい。

 その後、不承不承という感じのリーオーを伴って、アールネス親子は避難所へ向かった。

 さて、私も早く行かなくちゃな。
 肩部装甲をバイクへ変形させて、私は道を走り出した。

 しかし……。
 何だかんだで、ダメージを受けたな……。

 流石はカナリオだ。
 痛てて……。

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