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復讐者編 十二話 ヴァール王子救出作戦 後編



「先輩。どうやら、人質を取られてしまったようです」
「「把握しています」」

 モニターで、万能ソナーによって知り得た情報を確認したのだろう。

「どうしましょう? ヴァール王子だけならいざ知らず、三人を一気に助ける事は難しい」
「「少なくとも、真正面から行くのはやめた方がいいでしょうね。ちょっと待ってください」」

 先輩が無言になる。

 その間、屋敷内での会話を万能ソナーが拾う。

「その者達がどうかしたか?」

 ヴァール王子は態度を崩さないまま訊ね返した。

「ここにいる女性。コンチュエリ・ヴェルデイドはあなたの情婦であるそうですな。そして、こちらの男子はあなたの息子。世が世なら、私が主と仰いだかもしれない方だ」

 ヴァール王子は鼻を鳴らす。

「知らんな」
「そうですか。ならそれでもいいでしょう。このまま二人の首をここで切り落としたとしても、あなたにはなんら問題はないという事。そういう事ですな?」
「……」

 男は王子の表情をうかがうようにしながら訊ねるが、王子は表情を崩さないまま黙り込んだ。

「しかしもし、あなたが自ら命を絶つと言うのなら、この二人を助けてもいい。そう思っております。まぁそんな提案をしたとしても、あなたにはなんら関係は無いのでしょうが」
「ふん」

 相手は、短剣を王子へと投げた。
 王子はそれを受け取る。

 相手は、それで命を絶てと言っているのだ。

「挑みかかってきてもよろしいのですよ? ただ、その時は反撃せねばなりません。この無関係な母子の命も可哀相ですが失われる事となりましょう。どうするか、しばしお考えください。五分程度なら猶予を差し上げますゆえ」
「……」

 タイプビッテンフェルト着用者が三人。
 同じ部屋にいる。

 三人を救出するには、奇襲を仕掛けて三人を一気に叩きのめす必要がある。
 その部屋へ到達するには、警備のチンピラ達を突破しなければならない。
 物音を立てず、気付かれずにそれを成す事は難しいだろう。
 絶対にできなくはないが、できればもっと確実な方法が好ましい。
 何せ、失敗は人質の死を意味する。

 部屋は恐らくダイニング。
 奥には厨房がある。
 料理人が調理してすぐに持ち運べる作りだ。

「「お待たせしました」」

 先輩の声が通信機から聞こえた。
 そのまま続ける。

「「その部屋の奥に厨房があるのは確認していますか?」」
「はい」
「「そこの水場は、近くの水路から直接水を取り入れる仕組みとなっているようです」」

 注意してみると、確かにそうなっているようだ。
 水を取り入れる口も人が通れるほどの大きさだ。

「そこから侵入すれば直接その部屋へ入れるわけですね」
「「はい」」
「ありがとうございます」

 事態は一刻を争う。
 早くしなければ、この場の誰かが死んでしまう。

 私は屋根の上から飛び立った。
 万能ソナーの情報を元に、近くの水路へ向かう。
 水の中へ飛び下りる。

 同時に、脚部装甲を肩部装甲へ変形装着させる。

「フルステル……気密モード」

 音声認識が作動し、首もとの部分がせり上がった。
 口元を覆って、完全密閉する。

 変な単語を言いかけてしまった。
 焦っているみたいだ。
 チヅルちゃんのせいだ。

「「申し訳ありません」」

 チヅルちゃんが謝罪する。
 状況が状況なのでネタは自粛したらしい。

 水の中へ潜り、屋敷へ続く水路を探した。

 あった。
 人一人が入れるような大きな水路だ。

 その中へ身を滑り込ませた。
 肩部装甲の装着された腕。
 そこにあるタイヤを水路の両壁へつけた。
 タイヤを回転させる。

 そうして水路を高速で移動した。
 瞬く間に厨房の水場へと辿り着く。

 無色の魔術で周囲を覆う。
 水音を伝わらせないようにする配慮だ。
 余程大きな音でなければ、これである程度は音が消せる。
 水場から厨房へ出る。

「気密モード解除」

 私は足音を立てないようにしつつ、厨房の入り口へ向かった。
 身を屈めて、厨房の入り口からダイニングをうかがった。

 入り口から見える範囲には、コンチュエリとオルカくんの姿が見える。
 その首には、タイプビッテンフェルト着用者が持つ短剣の刃が突きつけられていた。

 オルカくんは、恐怖と緊張のせいか冷や汗を流している。
 コンチュエリはわからない。
 冷や汗も流していないし、表情も至って普段通りだ。
 涼しげな顔をしている。

 交渉に長けるヴェルデイド家の女からその内心を察する事は難しいな……。
 本当になんとも思っていないのか、内心ではハラハラしているのかわからない。

 ヴァール王子のいる場所はここから死角で見えなかった。
 万能ソナーで王子の状況を把握する。
 変わらずふてぶてしい格好のままだ。

 さて、どうしたものか。
 一か八か、攻撃を仕掛けて三人の救出を試みるか……。

 でも、流石は王族が抱える組織だけはある。
 こんな状況でも、警戒は緩めていない。

 何かあれば、すぐさま人質の首に刃が這う事となるだろう。

 気をそらしてでもくれないだろうか……。

「そろそろ五分が経ちますね」
「……」

 男が言うと、王子は溜息を一つ吐いた。

 その手に短剣を取る。
 鞘から抜いた。

「これもまた、面白くはある」

 そう言って、ヴァール王子は抜いた短剣の刃を自らの首筋へ突きつけた。

 その瞬間、場にいた誰もが王子の行動に目を釘付けとした。
 周囲への警戒が緩む。

 今だ!

 私はダイニングへ跳び出した。

 同時に魔力縄《クロエクロー》で奥にいた相手の短剣を捉える。
 引いて短剣を取り上げると、近くにいたタイプビッテンフェルト着用者の短剣を持つ手を掴んだ。

「なっ!」

 武器を取り上げられた相手が驚きの声を上げる。
 奇襲され、戦闘態勢の整っていない相手の顎を殴りつける。

 手前の相手が倒れるのと同時に、奥の相手へ跳びかかった。
 頭を掴み、床へ叩きつけて昏倒させる。
 そして、先ほど殴り倒した手前の相手が起き上がる前に、飛びかかる。
 空中回転し、勢いをつけて顔面へ拳を落とした。

 奇襲の混乱が冷めないうちに、ヴァール王子の近くにいた影の頭へ魔力縄を放つ。
 避けられる。

 が、立ち上がったヴァール王子がそれを追撃。
 ミドルキックで男の脇腹を打った。

 男がヴァール王子へ振り返る。
 同時に、ヴァール王子の振るった短剣が男の首筋を狙う。

 しかし、男は容易くその腕を取って極めようとする。

 させるか。

 飛び込みながらのヤクザキックで、私は男の頬を蹴りつけた。

 ヴァール王子から手を放し、男が後方へ倒れこむ。

「くっ」

 男は床に倒れこんだ。
 かと思った次の瞬間、白い煙が男から噴出した。
 魔法による煙幕だ。

 次いで、ガラスの割れる音がした。

 万能ソナーで探る。

 男は窓ガラスを割って、外へ逃げたようだ。
 相変わらず、動きの気配は感じられなかった。
 たいしたもんだ。

 追うべきか……。
 いや、今はみんなの安全を確保しよう。

 私はヴァール王子とヴェルデイド母子を見た。

「あ、あなたはまさか!」

 コンチュエリが目をクワッと見開いて声を上げた。

「漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様では!?」
「イエス。アイアム ブラックノーブルマン(はい。私は黒の貴公子です)」
「やっぱり! サインをくださいまし!」

 案外余裕だね、コンチュエリ。
 マスクの形とかが違うのに、よくわかったな。

「ふむ」

 ヴァール王子が私を見る。

「これが例の……」
「ええ。そういえば殿下には幾度か話聞かせた事がございましたわね。そう、この方こそ漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様ですわ」
「なるほど……」

 ヴァール王子がにんまりと笑顔を作る。

 こ、これは何度か見た事のあるいじめっ子の顔だ。
 嫌な予感がする……!

「ア、アイアム ブラックノーブルマン」
「そうか。礼を言おう、クロ……の貴公子よ」

 何言いかけたし!

「「バレてるじゃない」」

 アードラーが呟く。

 そうだね。

「どうしてだ……」

 不意に、オルカくんが口を開いた。

 私達はオルカくんを見る。
 同時に、オルカくんはヴァール王子を見た。
 見た、というよりも睨んだと言った方が近いか……。

「どうして、あの時命を絶とうとした? あんたにとっては、僕達なんてどうでもいい人間だろ?」
「……」

 ヴァール王子は冷ややかな表情でオルカくんを見る。
 やがて、その表情を笑みに変える。
 ふん、と鼻で笑った。

「知れた事だ。そこの貴公子が機会をうかがっている事がわかったのでな。その機会をくれてやった。それだけの事よ」

 ヴァール王子が答えると、オルカくんは怒りとも落胆とも取れるしかめ面を作る。

「そんな事だろうと思った。やっぱり僕はお前の事が……」

 そこまで言って、オルカくんは背を向けた。

 機会をうかがっているのがわかった、か。
 私が隠れていた場所は、死角になっていて王子を見る事ができなかった。
 それは王子からも同じ事だ。

 どうやって見たんだろうねぇ。

「では、全員国衛院まで避難してもらおう。そこならば、安全だ」

 私は言う。

「俺をここから出してもいいのか?」

 ヴァール王子が訊ねた。

 大丈夫だとは思うけれど……。

 念のために、私はアルマール公と連絡を取る事にした。

「アルマール公に繋いでほしい」
「「わかりました」」

 チヅルちゃんの声が答える。

 研究室と私の通信は常時行なっているが、アルマール公との通信は通信機のスイッチが入っている時だけだ。
 そして、こちらからかけるには研究室の設備から繋いでもらう他ないのである。

「「何かね?」」
「ヴァール王子を救出しました。どうしましょうか?」
「「人を送る。だから、屋敷で待っていたまえ」」
「わかりました」

 通信を終えて、決定を伝える。

「さてと、では安全の確保に移るとするか」

 私はそう言って、タイプビッテンフェルトから水晶を引き千切り、着用者の関節を外し、屋敷内のチンピラを一掃した。

 安全を確保してから王子達を屋敷の外へ出し、隊員を待つ。

 その間の事。

 私は王子に話しかけた。

「王子。面白いってどういう事?」

 正体がバレているようなので、砕けた口調で問いかける。

「ん?」
「刃を首に突きつけた時に言っていたでしょう?」
「ああ。あれか」

 不思議に思っていたのだ。
 あんな時に、あんな事を言うなんて。

 王子は自分の危機すら楽しむ変態ではあるが、死ぬ事すらも楽しめるような狂人ではない。
 だから、余計に不思議だった。

「想像すらした事のない予定外に遭遇するのは面白いだろう?」
「それは、復讐された事?」

 ヴァール王子は首を横に振った。
 否定だ。
 王子はすぐに続けず、前置きを挟む。

「ここだけの話だ」

 オフレコって事か。

「はい」

 答えると、王子は続けた。

「俺が、俺以外の人間を貴いと思うなんて事は絶対にないと思っていた」

 それってつまり、自分の命よりもコンチュエリとオルカくんの命を守りたくなったって事かな。
 あの時短剣を首へ突きつけたのは二人の事を助けたいと思ったからって事だ。

 やっぱり、あれは二人を想っての行動だったんだな。

 王子は、誰に対しても自分の気持ちは明け透けに宣言する人だと思っていたけれど……。
 本心を隠したい人間もいるって事なんだろうな。

「ふふ」
「何がおかしい?」
「いえ、少し王子の事が好きになりましたよ」
「今更だな。……残念ながら、今俺の心を囚える女は一人だけだ」
「生憎と、私の心を囚える男と女も一人ずつですよ」
「二人もいるではないか……。不貞な女だな。ふふふ」

 王子は楽しげに笑った。

 それからほどなくして、国衛院隊員が屋敷まで来た。

 隊員達に保護され、馬車へ入っていく王子達を見送る。
 そして、私は再び夜の町をバイクで走り出した。



 タイプビッテンフェルトの数、残り19着。

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