気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 七話 国衛院解放

 家屋の屋根の上に立っている時だ。
 高速機動装甲は装甲形態に変形させて、足に装備中である。

「「あの、クロエさん」」

 チヅルちゃんが声をかけてくる。

「何?」

 訊ね返すと、精一杯声を低くしてチヅルちゃんが続ける。

「「そんな装備で大丈夫か?」」
「一番いい装備過ぎてむしろ困惑してるよ」
「「どうです? すごいでしょう?」」
「まったくだよ」

 何て高機能な強化装甲なんだろう?

「そういえば、これの開発にはアルマール公からの援助があったんだよね。私が渡していた費用じゃ足りなかったの?」

 まぁ、こんな最新技術の塊にしてしまえば間違いなく渡したメンテ費用じゃ足りないだろうけど。

「「まぁ、それなりには」」
「気になるお値段は?」
「「屋敷が二件ほど建ちます」」
「ワーオ」

 思わず欧米風のリアクションが出る。

 大盤振る舞いじゃないですか。
 ますますアルマール公が何か企んでいる可能性が高くなった。

 ちょっと不安である。

 まぁ、この状況を放っておいた場合を考えると、その不安を受け入れた方がマシなんだろうけどね。

 そう思い、私は家屋の屋根の上から占領される国衛院を見下ろした。
 今は、アルマール公やイノスとエミユちゃんの安否を確認する事が先決だ。

 知り合いの生死を思う方が、企みよりもさらに不安を生む原因なのだから。

 見下ろした国衛院本部。
 入り口には六人の人間が見える。

 うち、三人はタイプビッテンフェルトを装着した影の人間だ。
 他は、統一されていない服装や伸び放題の髭から見て恐らくスラム街のチンピラ達だろう。

 私は屋上から飛び降りる。
 同時に、マントを掴む。
 魔力を通すと、マントがグライダーのような形になる。
 今まではマントに無色の魔力で芯を作って通していたが。
 この新しいマントは無色性柔軟繊維でできており、魔力を通すだけで布そのものがグライダーの形成を行なってくれるようになった。
 手間が省け、使用する魔力量も減ったわけである。

 夜空を滑空し、本部の上に着地する。

 屋上に手を当て、万能ソナーを使う。
 敷地内にあるあらゆるものが感知される。
 建物から、それを囲む塀の内側、敷地内の状況が全て明らかとなった。

 建物内の間取りや何が置いてあるか、中にいる人員まで全てが手に取るようにわかる。
 その上、魔力持ちの相手をなぞっても感知される事がなかった。

 本当にこれは便利だ。

 建物の中には、一箇所に縛られ捕らえられた数十名の人物と屋敷内の至る所を巡回する人間の姿が感知できた。
 恐らく、巡回しているのは国衛院を占拠した連中だ。

「「建物内にいる正確な相手の数は十二名。内三名にタイプビッテンフェルトの着用を確認。よかった。捕らえられている人間の一人が、アルマール公の特徴と一致します。生体反応もあります」」

 先輩の声が告げる。
 万能ソナーによる情報も、先輩達の見ているモニターへ映し出されるようになっているようだ。

「「建物内のタイプビッテンフェルト着用者は、剣を装備しているようですね」」

 チヅルちゃんが言う。

「そうだね」
「「ビッテンフェルト流闘技には剣技もあるのですか?」」
「あるよ。むしろ、戦場ではそっちが主流だ。殺傷能力は、拳の比じゃないからね」

 まぁ、父上の拳は相手の鎧ごと胴体を貫くらしいけど。

「「建物の外も、門の前の六名を合わせて十二人が巡回しているようです」」

 国衛院本部を囲む塀の内側、敷地内には巡回しているチンピラ達がいる。
 ツーマンセルで、計六人が決まった位置を行ったり来たりしている。
 一組がサボって座り込んでいた。

 タイプビッテンフェルトの総数は内外合わせて六。
 やっぱり、他の影達は王都中に散らばったか。

「「どうしますか? 理論上、その強化装甲の性能ならば奪還はできますが」」
「戦いは不確定要素が多いですから、理論どおりにいかないものですけれどね」

 戦いとは死狂《しぐる》いである。

「「そうですね。性能に、あなたの力を加えれば理論以上の結果を出せそうです」」

 えらく持ち上げてくれちゃって。

 じゃあ、その信頼に応えますかね。

 私は、入り口の真上に立った。

 そこから、タイプビッテンフェルトを着用した一人を狙う。
 魔力縄《クロエクロー》を放った。

 魔力縄は見事相手の首へ引っ掛かり、私は魔力縄を引き寄せて高速で相手へ接近。
 後頭部に蹴りを放ち、相手がうつ伏せに倒れる。

「ぐあっ!」

 すぐさま相手の背中装甲へ手をかけた。
 装甲を引っぺがし、露出した水晶を掴む。
 水晶には魔力溶液に染められた糸が繋がっており、それを強引に引き千切って水晶を取り出した。

 後頭部を殴り、昏倒させる。

「何だ!」
「敵だ!」

 丁度、見張り達の中央に着地した私。
 彼らは突如現れた私に驚きの声を上げる。

 怯むチンピラ達だったが、そんな中タイプビッテンフェルトを着用した二人が向かってくる。

 さっきはチンピラ相手に加減ができなくてやりすぎてしまったが、こいつら相手なら手加減は不要だろう。

 一人に対し、牽制のハイキック。
 相手が防ぐ。
 その途端、ガードしたはずの相手の上半身がぐにゃりと傾《かし》いだ。
 蹴りの威力を防ぎきれずに、倒れこんだのだ。

 ガードごと側頭部を強打されたためか、相手が動かなくなる。

 ちょwwおまwwこれww。

 もう一人のタイプビッテンフェルトが殴りかかってくる。
 手の平で拳を受け止め、手首を掴み、腰部のベルトをもう片方の手で掴む。
 そのまま体を持ち上げ、建物の壁へ頭を叩きつけた。

 相手の全身から力が抜けた。
 気を失ったのだろう。

「バ、バケモノだ……」

 チンピラの一人が怯えた声で言う。

 気持ちはわかるよ。
 私も、こんなに簡単に倒せるとは思えなかったし。

 生身では苦戦した相手を子ども扱いだ。
 本当に、この強化装甲はすごい。

「そうだ。私はこれからお前達の心に巣食う夜の怪物だ」
「「クロエ△(さんカッケー)」」

 チヅルちゃんが言う。
 くっ、顔を隠していると無意識に言いたくなってしまう。

 私はチンピラ達へ襲いかかった。



 相手を逃さないよう注意を払いながら戦い、一分足らずでチンピラ達を倒した。
 動く者のいなくなった入り口の前で、タイプビッテンフェルトを着用した二人の背中から水晶を引き千切った。

「タイプビッテンフェルトは脱がした方がいいですか?」

 通信機で判断を仰ぐ。

「「いえ水晶を外してしまえば、それほど脅威にはならないでしょう。あとは身動きを取れないようにしてくだされば大丈夫です」」

 先輩が答えてくれる。

 身動きが取れないように、か……。

 私は、倒れる男達の関節を入念に丁寧に外していった。
 影の人間は生身でもそれなりに強いので、自力で直せないよう四肢と手首の関節を全部外した。

 うーん、こうしていると私が妖怪である事が思い出されるなぁ……。

 関節外そか♪
 人とって食おか♪

 その後、敷地内を巡回していたチンピラ達も全員無力化して関節を外す。

「「水晶は持ち帰ってください。貴重なものなので」」
「わかりました」

 かさばるなぁ……。

 さて、次は建物の中だ。

「それにしても、折角落とした国衛院の守りが二十四人だけというのは少なすぎると思いませんか? あなた」

 無線に語りかける。

 軍の人間が奪還に乗り出すかもしれないのに、この数は少ない気がする。

「「タイプビッテンフェルトを六着配備しているので、それなりに堅い守りだと思いますよ」」
「それは、そうか……」

 十分な戦力かもしれない。
 エミユ理論で考えてみよう。

 タイプビッテンフェルトを1ビッテンフェルトと仮定すれば、それを着用した相手三人とほぼ互角に戦える私は3ビッテンフェルトとなる。
 そして、私は最近の事件でアールネスの軍人40名を相手に勝利を収められる事がわかっている。
 あの時は魔力がなかったから今はそれ以上だろうけど、40名と仮定する。
 すると、3ビッテンフェルト=40軍人の式が成り立つ事になる。

 つまり、単純計算でここにいるタイプビッテンフェルト着用者6名=80軍人という事になるわけだ。

 で、合ってるのかな?
 エミユ理論は難解な学問だからな。
 ちょっと自信がない。

 でも、だいたいそんな感じのはずである。
 これだけでも十分な戦力と言えよう。

「まぁ、3ビッテンフェルトを軽く凌駕するこの強化装甲は何ビッテンフェルトになるんだろうって話なんだけど」
「「唐突に語られたその単位の方が気になるんですけど?」」

 チヅルちゃんにツッコまれた。

 さ、気を取り直して……。

「「これから潜入するんですね」」
「うん」
「「だったら、フルステルスと唱えてみてください」」

 まさか、どっかの金属男みたいな事ができるのか?

「「そんな音声認識を振り分けた機能などなかったはずですが?」」

 先輩が言う。

 ないんかい!

「「本当に申し訳ない」」

 チヅルちゃんが謝った。

 私は国衛院の建物へ侵入する。

 万能ソナーを駆使して相手の位置を探り、一人ずつ相手を排除していく。

 時には部屋の中に待機して引き摺り込み、足音で振り向かせてその隙に背後へ回り、壁をノックして音で呼び寄せ……。

 一人一人の意識を奪い、関節を外していった。

「「クロエさん。私にできる事がありますか?」」
「ああ。お腹が減った」

 思えば、夕食を食べていない。

「「そう、かわいそうに……。じゃあ、美味しいお味噌汁を作って待っていましょうか。カツオと昆布でしっかりと出汁を取った奴を」」
「今は、そんな話はいらない。食欲を持て余す」

 お腹の音で気付かれちゃうよ。

 そしてチンピラ達を秘密裏に全員排除し、タイプビッテンフェルトだけが残る。

 梁《はり》の上に登り、私はその機会をうかがう。
 その真下で、タイプビッテンフェルト着用者二人が会話を始めた。

「しかしすごいな、この鎧は」
「ああ。これがビッテンフェルトの力なんだな」
「俺達が恐怖していた力だ」
「だが今は、アールネスを恐怖に陥れようとしている。皮肉なもんだな」
「こいつさえあれば、この国を手中に収める事ができる」
「いや、それどころか他の国すら落とせるんじゃないか? 西部と南部、それにサハスラータも」
「俺達が恐怖の再来になるわけだな。面白い。用済みだと俺達を放り出した国だ。その報《むく》いを受けさせたい」
「差し当たって、報復できる相手もこの国にいるわけだしな」

 彼らは、ヴァール王子についていた影の一派だ。
 影という組織は、いくつかの派閥があるという。
 その派閥は、王族の数だけあるとか。
 つまり誰が失脚しても、影は必ず存続するようになっている。

 そして、彼らがアールネスで報復を考えるサハスラータの人間というのは一人しかいない……。
 ヴァール王子も狙われている、か。
 あとで様子を見に行った方が良さそうだ。

 私は梁の上から飛び降りる。
 二人の横に降り立ち、両者の頭を掴む。
 互いの頭を掴んだまま、強くぶつけ合った。

 二人は悲鳴を上げられずに昏倒する。
 装甲が固かろうが、中身を揺さぶられれば人間なんてこんなもんだ。
 二人の背中を引っぺがし、水晶を回収して関節を外した。

 一連の作業が終わると同時に、殺気を感じた。

 振り返りつつ腕で防ぐ。
 腕の籠手に装着されたソードブレイカーが剣を受け止める。

 残っていた三人目のタイプビッテンフェルト着用者だ。

「何者だ、貴様は!」
「我は夜、我は闇、我は黒。 我は一撃の拳にてアールネスを脅かす者を殴り潰し、怨嗟を滅する者だ
!!  」

 言葉を返し、ソードブレイカーで剣を折る。

 相手は危険と判断したのか、距離を取る。
 足に装着していた高速機動装甲に魔力を送る。
 タイヤによって高速で相手へ迫る。

「なっ!」

 驚く相手の顔面を狙って拳を振るう。
 しかし、避けられた。

 だが、終わらない。
 その場で高速回転すると、その勢いを乗せて相手の足元を蹴り払う。
 仰向けに倒れた相手の喉へ向けて、エルボードロップを見舞った。

 どうだ!
 私様の妙技は!

 相手は口から「かは……」という空気の漏れるような音を漏らし、そのまま動かなくなった。

 水晶を回収し、関節を外した。

「「お見事です。これで、国衛院の解放は完了しました」」

 先輩の声が無線から聞こえてくる。

「ありがとうございます。あとは、捕らわれた人達を助けるだけですね」

 私は国衛院の人員が捕らわれている部屋へ向かい、みんなの拘束を解いた。



 タイプビッテンフェルトの数、残り24着。

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