気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 二話 復讐の始まり

 国衛院と私の探索も虚しく、成果は上がらないまま日が翳り始めた。

 時間が経つにつれて、捜索する国衛院隊員の数が増えた気がする。

 誘拐された人間が無事でいられるとされる時間は、誘拐から96時間だという。
 映画の受け売りだけど……。

 そういう考えもあって、捜索を急いでいるのかもしれない。

 日が完全に落ちる頃、私はスラム街の探索を始めていた。
 夜の闇に包まれる、荒れた街路を歩く。

 不謹慎かもしれないが、少し懐かしく思った。
 学生時代の頃、私はルクスと一緒に盗賊団を探すためにスラム街を探し回ったんだったか。

 あの頃は若かった。
 目的の盗賊団を見つけるために、町のゴロツキを手当たり次第に叩きのめそうなんて提案をしたんだっけ。

 で、最終的には万能ソナーで盗賊団の根城を見つけたんだ。
 あれは確か、スラム街の時計塔……。

 あそこは、公共の施設でありながら、人の寄り付かない場所だ。
 犯罪者が隠れるには良い場所かもしれない。

 ……ちょっと行ってみるか。

 時計塔へ辿り着く。
 すると……。

 時計塔の前には五人のゴロツキがたむろしていた。
 さながら、入り口を見張っているかのようである。

 当たりか?

 聞いてみようか。

 私は時計塔へ近付いていく。
 ゴロツキ達が気付き、私を囲むように広がりながら寄ってくる

「何だ姉ちゃん? 遊んで欲しいのか?」
「そうだねぇ。望むならひぃひぃ言わせてあげるよ」
「ひひひ、こいつは嬉しいね」
「そのついでに、ここで何しているのかポロッと零してくれると嬉しい」
「ん? 何だと?」

 ゴロツキが怪訝な顔をする。

「おい! こいつ、クロエ・ビッテンフェルトだ!」

 ゴロツキの一人が私の顔を見て叫んだ。

「何っ!」

 その叫びで、他のゴロツキ達が目に見えて警戒する。
 全員がナイフを抜いた。

 何でわかったんだろう?

 この町に出入りする事なんてほとんどないから、顔を知られるような機会はないはずなのに。
 それも聞いてみないとね。

「おらぁ!」

 一人の男がナイフを突き出してくる。
 体を捻ってかわし、近付いてきた顎をライトアッパーで狙い撃つ。

 男の右足が若干地面から浮き、そのまま落ちるようにして倒れた。

「てめぇ!」
「死ねぇ!」

 二人が同時にナイフを突いてくる。
 一方の男のナイフを持つ手を掴み、勢いを利用してもう一方へ投げる。

 二人が正面衝突し、重なって倒れこむ。
 私は跳び上がり、二人まとめてダブルニードロップで蹴り潰した。

 残った二人が怯む。

 その一方に迫り、空中後ろ回し蹴りで顎をかするように蹴る。
 相手は脳震盪を起こし、その場で倒れた。

「ひぃ!」

 残った一人がナイフを捨てて逃げようとする。
 さっき、私の正体を看破した男だ。
 そんな相手に魔力縄《クロエクロー》を放った。
 服に引っ掛かり、そのまま引き摺り倒す。

 仰向けに倒れた男の胸を踏みつける。

「ここに何がある? 何故、見張ってるの? それに、どうして私を知っていた?」
「み、見張ってなんてねぇよ! たまたまたむろってただけだ!」
「このまま肋骨をへし折ってもいいんだよ?」

 踏みつけた足に力を込める。

「わ、わかった! 話す! 全部話す!」

 ゴロツキは脅しに屈した。

「ボスに頼まれたんだ」
「ボス?」
「そうだ。俺は昔、盗賊団にいた。あんたの顔もそこで見たんだ」
「盗賊団……。私とルクスが潰した?」
「そうだ!」

 そういう事か。

 なら彼の言うボスは……。

「でかい事をやるからって、呼びかけがあったんだ。それまで、俺は大人しくしてたんだ。悪い事なんか何もしてねぇ! だから、許してくれ!」
「でかい事っていうのは、ルクスの誘拐?」
「わ、わからねぇ。でも、確かにあの時の男はここに捕まってる。これで全部だ! 全部話した」
「そう。ありがとう」

 私は男の胸から足を離し、顔を蹴りつけた。
 気を失う。

 これは、他の国衛院の隊員にも知らせた方がいいな。

 私はゴロツキ達の関節を外していった。
 そして、国衛院を呼ぶための狼煙をあげた。

 ……この作業、懐かしいな。

 さて……。
 私は時計塔を見上げた。

 やっと見つけられた。
 無事でいてよ。
 ルクス。

 私は入り口を通って中へ入った。
 中は驚くほど静かだった。

 中にはあの時のように多くのゴロツキがいるのではないか、と思っていたので少し拍子抜けする。

 時計塔は三層に別れており、壁沿いに作られた螺旋階段で行き来できるようになっている。
 一層目には誰もおらず、二層目にも誰もいなかった。

 残すは三層目。
 最上階の機関部だ。

 そこへ足を踏み入れる。

 すると、部屋の中央に椅子があった。
 椅子には、うな垂れて座る銀髪の男性がいた。
 いや、座っているというより縛り付けられていると言った方がいいか……。
 恐らく、この男性はルクスだ。

「クロエ、か?」

 ルクスが顔をあげる。
 殴られた痕があった。

「ルクス」

 一応、生きてはいるようだ。
 少し安心する。

 そしてそんな彼の隣には、フードを被った男が立っていた。
 背中を向けていた男が、ゆっくりと振り返る。

 男は、右目に眼帯を着け、口元に布を巻いていた。
 顔は左目以外、まともに見える範囲がない。

「クロエ・ビッテンフェルトか……」

 男が声を発する。

「お前が来るとはな……。奇しくも、あの時ここにいた全員が揃ったわけだ」
「お前は、あの時の盗賊団の……。いや、サハスラータの細作か」

 かつて王都を騒がせた盗賊団。
 あれは、サハスラータの諜報員が情報収集のために使っていた隠れ蓑だった。
 そして盗賊団のボスであるこの男こそが、その諜報員の頭だった。

 あの時捕まって、それからどうなったのか私は知らない。

 そんな彼が今、私の目の前にいた。

「何だと? じゃあ、お前は! イノスを傷付けた奴か!」
「まぁ、解からないのも無理はないか。今の俺は、昔と違う」

 そう言って、男は口元を隠したスカーフを解いた。
 思わず眉根を寄せる。

 彼には、唇がなかった。

 よく見れば、布を解いた指はいくつか欠けている。

 これは、拷問の傷痕か……。
 あの右目も……。

「何でこんな事をした? 今のサハスラータとアールネスは敵対国じゃないんだぞ」
「サハスラータか……。そんなものは関係ない。今の俺は、何にも縛られていないのだから」
「何?」
「ただ俺は、復讐したいだけだ。俺を捕らえたこの男とお前。俺に苦痛をもたらした国衛院に、な。そして……」

 男は私を指差した。

「ビッテンフェルトに……。くくく」

 言って、男は笑った。

「そのために、ルクスを?」
「手始めにな」

 そういう事か。
 彼は私とルクスに捕らえられ、国衛院から拷問を受けたのだろう。
 その恨みを晴らすのが目的。

「そして、このアールネスにも! その全てに、復讐する! 俺はそのためだけに生きる復讐者だ!」

 国にも?
 させるもんか!

 男とルクスの距離。
 手が届くか届かないかの距離だ。

 この距離なら……。

 私は男に跳びかかった。
 意外な事に、男は避ける素振りも見せなかった。
 一発殴り、倒れた相手の襟首を掴む。

「でももう、終わりだ! お前はここで、私が捕らえる!」
「終わり? 違うな。始まりだ! 復讐は、これから始まる!」

 男が叫ぶと同時に、頭上から何者かが降ってきた。
 下からではなく、時計塔の上から入って来たのだろう。

 黒一色の装束に身を包んだその人物が拳を振るってくる。
 男から手を離し、それを避ける。

 その隙に、男は私の手が届かない位置へ逃げた。

 反撃の蹴り。
 難なく防がれる。

 固い……。
 ガードが崩せなかった。

 その人物は、後ろへと飛び退いた。

 その間に、私はルクスのそばへ行く。
 ロープを切って拘束を解く。

「すまん」

 自由になったルクスが立ち上がり、謝る。

「話は後で。今は……」

 私は乱入者を見る。
 乱入者は男だった。
 肌は浅黒い。
 サハスラータの人間だろうか。

 その男は、体に黒い軽装の鎧を纏っていた。

 次いで、辺りを見回す。

 乱入者は一人ではなかった。
 周囲には、いつの間にか三人の男達がいる。

 サハスラータの細作……。
 あの復讐者を合わせると、計四人だ。

 乱入者達が構えを取る。

「これは……?」

 その構えを見て困惑する。
 乱入者達の構えは、私のよく知っているもの……。
 ビッテンフェルト流闘技の構えだった。
 それもかなり源流に近い……。
 いや、そんな言葉で誤魔化すのは止そう。
 これは、父上そのものの構えだ。

 明らかに付け焼刃じゃない。
 堂に入った構えだ。
 完璧なまでに、一致している。

 そんな乱入者達の囲みの外で、復讐者は布を口元へ巻く。

「どうやら、奪取に成功したようだな」
「はい。隊長。無事、全てを手に入れました」
「ふふふ。なら、早速見せてやれ。新たに手にしたその力。ビッテンフェルトの力を、な」

 復讐者が言う。
 ビッテンフェルトの力?
 どういう意味?

 復讐者の号令で、乱入者達は私とルクスに襲い掛かった。

 私とルクスは背中合わせに構えて応戦する。

 鋭い蹴りが頭を狙って放たれる。
 腕でガード。

 重い……!

 構えだけじゃない。
 その一撃は、鋭さも強さも父上の一撃と遜色ない。
 本当に、まるっきり同じだ。

「ぐあっ」

 ルクスの悲鳴が後ろから聞こえた。
 次いで、殺気が後ろからぶつけられた。

 頭を動かして避けると、先ほどまで頭のあった位置を拳が通り抜けた。
 ルクスを倒した相手が、そのまま私へ拳を振ったのだろう。

 その腕を掴み、前方へ背負い投げる。
 私の相手をしていた男を巻き込んで、投げられた男は倒れた。

 気絶させようと近付くが、その前に別の奴がフォローに回り込んだ。

 放たれた拳を避けて、ジャブで反撃。
 が、そのジャブをスウェーで避けられ、前蹴りが返される。
 蹴りを掴み受け、ドラゴンスクリューの要領で投げた。

 起き上がって追撃しようとするが、その前に別の相手が蹴りつけてくる。
 腕で防御し、あえて後転する事で威力を逃す。

 すぐさま立ち上がった。

 私の両サイドから、二人の男が蹴りと拳を放ってくる。
 蹴りは防御したが、拳を受けきれず頬へ貰った。
 逆に蹴り返して相手を後退させるが、次は逆サイドの相手からローキックをふくらはぎへ当てられる。

 反撃。
 しかし、また別の相手の攻撃にさらされる。

 そういう展開が続く。

 この乱入者達は力こそ父上と同じだが、まだその力を使いこなせていない部分があるように思える。
 まるで、借り物の力を使っているかのようだ。
 そのためか、攻撃は鋭いが防御が甘い。

 そこに付け入る隙があり、なんとか複数人相手でも戦える。
 だが、勝つ事はできないだろう。

 防御技術が甘いとはいえ、父上と同じ動きをする相手が数人。
 それが一斉にかかってくれば、防ぎきれない。

 数を減らせればなんとかなるかもしれないが……。

 相手を打倒しきる前に別の相手がやられそうな仲間のカバーに入る。
 だから、決定打を与えられない。
 数を減らす事ができない。

 かなり、不利な状況だ。

 このままじゃジリ貧である。
 時間をかけて攻められれば、いずれ負けてしまう。

 戦いは数だよ!
 とはよく言ったものだ。

「ここまでで十分だ」

 そんな時、復讐者が声を発した。
 乱入者達が動きを止める。

「よろしいのか?」

 乱入者の一人が復讐者へ訊ねる。

「三人で互角。それがわかればいい。それに、こんな所で終わらせるつもりはないからな。彼らには足掻き、苦しんでもらわねば。アールネスの滅びる様を見てもらわねばな」
「わかりました」

 復讐者はこちらを向く。

「では、我々は失礼するよ」
「逃げるの?」
「言ったはずだ。まだ始まってもいない」
「何だって?」
「これからだ。これから始まるんだ。俺の……俺達の復讐が! ハッハハハハハッ!」

 復讐者は笑う。
 そして、手から黒煙を噴き出させた。
 魔法による目晦ましだ。

 毒を警戒して口元を覆う。

 風の魔法で煙を晴らす。

 煙が晴れた頃、その場には倒れるルクスと私だけが残されていた。
 どうやら全員逃げたらしい。

 逃げる時に、気配を感じなかった。
 それにあの力量……。
 今回の相手は、思った以上に手強いようだ。

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