気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 十七話 束の間の交流

「クロエさん」

 アルマール公の話が終わると、マリノーが話しかけてきた。

「マリノー。何?」
「いえ、夫を助けてくださったようで。ありがとうございます」
「助けた……って言っても、私がいなくても先生は何とかしたかもしれないからねぇ」

 素直にその感謝を受け取っていいものか……。

「いえ、どうでしょう。見る限り、大分無理をなさっているように見えます」

 私は先生を見た。
 先生は、離れた場所でアルエットちゃんと話している。

「そうなの? わからなかった」
「もう、お歳ですからね」

 今年で四十四歳か……。
 少なくとも、体力は全盛期からかなり落ちているはずだ。

 そういえば、先生には魔力がないんだ。
 前世の世界の人間と身体的には変わらない。
 ……はずだ。

 なのに、あれだけ動けるから、忘れてしまいそうになる。

 でも、本当は体にかなりの負担がかかっているのかもしれない。

 マリノーはそれを見抜いたのだろうか。

「きっと、あなたがいなければあの人はとうに倒れていたと思います」
「だったら、あの日出会えてよかった。私にも、いろいろと恩があるからね」

 その一端を返せるチャンスだ。

「ありがとう」

 マリノーは、もう一度お礼を言って頭を下げた。


 私は次に、アルエットちゃん達の所へ向かう。

「無事だったみたいだね、二人共」

 アルエットちゃんとレオパルドが、先生から私の方へ向いた。

「クロエ義姉さん」
「姉上」

 二人が私を呼んだ。

「お父さんを助けてくれて、ありがとうございます」
「こっちにも恩があるからね。それを少しでも返そうと思っただけ。それより、二人共無事でよかったよ」
「はい。まぁ、国衛院の方が来る前に襲撃があったのですけれどね」
「そうなの? よく無事だったね」

 虎牙会の連中だろうか?

「レオくんが蹴散らしたので」

 そう言って、アルエットちゃんはレオパルドを見た。

「すごいね。レオ」
「当然です。でも、姉上に比べればまだまだです」

 レオは父上によく似ている。
 体格も似ていれば、顔も似ている。
 若い頃の父上という感じである。
 ただ、髪の毛と目の色は黒だ。
 それは母上の遺伝だろう。

「好きな女の子を助けられるならたいしたものだよ」

 言って、ふとアドルフくんを思い出す。
 溜息が出た。

「どうしました?」
「いやね。うちの子の想い人にも、それくらいの強さがあればいいのになぁと思っただけ」
「ヤタももうそんな年頃ですか。……相手に愛情が足りないのではないですか? 男なら、好きな女のためならいくらでも強くなるものですから」
「そう?」
「父上も、アルディリア義兄上もそうです。俺だってそうでした」

 レオが言うと説得力あるね。
 あの先生を倒したんだから。

「少なくとも、ビッテンフェルト家の男は愛で強くなります。他の男だってそうじゃないでしょうか」

 なるほど、我が家の強さの秘訣は愛だと。
 新説だ。

「かもしれねぇな」

 ティグリス先生が楽しげに笑った。

 先生までそう思うのか。

 もう、我が家の兜に愛の文字でもつけるか?

「面白い意見だったよ。色々考えてみる」

 アルディリアの兜のデザインとか。

「はい」

 軽く挨拶を交わして離れると、私はルクスとイノス先輩のいる方へ向かう。

「さっきはすみません、先輩。体は大丈夫ですか?」

 私は先輩に謝り、訊ねる。
 やったのは私なので、聞くのは差し出がましい気がしたけれど。

「白色を流してくださったでしょう? 少し痛みは残っていますが、支障はありません」
「そうですか。でも、無理はしないでください」
「大丈夫です。手加減してくださったでしょう?」
「まぁ」

 そのやり取りに、ルクスが驚く。

「マジで? 本当に手加減したのか。嘘だと思ってたぜ」
「何で?」
「投げ技の手加減ってどうやるんだよ? 相手掴んで投げつけるだけだろ」

 その質問にイノス先輩が答える。

「ホールドを緩くし、体へ伝える衝撃も少しマイルドにしてくれました」
「ふぅん」

 ルクスは釈然としないふうに唸った。

「そういえば、アルディリアは? あの後どうなりました?」
「なかなか目を覚まさないので、気を失ったまま自宅に運ばれましたよ」

 先生……。
 本当に手加減してくれたんだろうか?

「あなた方を謀って申し訳ありません。改めて、謝罪いたします」
「国衛院の仕事だったんでしょ?」

 だったら公務だ。
 仕方ない。
 私も納得しよう。

 でも、納得できない事もある。

「じゃあ先輩。本当に無理しないでください。お体に触りますよ」
「? 触るのですか?」
「やめろぉ! お前が言うと洒落にならない!」

 先輩が首を傾げ、ルクスが怒鳴った。

 別に私は女の子が好きなわけじゃないよ。
 好きな子が女の子だっただけだよ。

 そんな二人に笑いかけ、その場を離れた。

 次に私は父上の元へ向かった。

「ん? どうした、クロエ」
「ちょっとお話があります。廊下まで来てください」

 私が言うと、父上の隣に座っていた母上が私を見た。

「そうですね。あなた。ちゃんとクロエの気持ちを受け止めてあげてください」
「? わかった」

 母上は、私の気持ちを察してくれたのかもしれない。

 父上を連れて、人のいない廊下へ向かう。
 立ち止まる。

「何だ?」

 後ろについてきていた父上が訊ねる。

「こんな事をするのは子供としてよくない事なんだろうけど……」

 そう前置いて、私は振り向き様に父上の頬を殴った。
 父上は避ける事もせず、素直に殴られた。

「悲しかったんだからね!」

 殴られ、横に向いた父上の顔がこちらにゆっくりと向けられる。

「ああ、すまなかったな……」

 申し訳無さそうに父上は言う。
 そんな父上を見ると、泣きそうになった。

「本当に、悲しかったんだから……」

 今まで圧し留めていた気持ちだ。

 もう会えないのかと思うと、私はとても悲しかった。
 その場に崩れそうになるくらい、心許ない気分にもなった。

 父上が生きていて、それはとても嬉しい。
 でも、今まで悲しかった裏返しで、その分私達を騙していた事に強い怒りを覚えた。

 一発殴ってやらなければ、気が済まない。
 そう思えるほどの強い怒りだ。

 だから私は、その怒りをぶつけた。

「すまないな。本当にすまない」

 父上はただただ謝る。

 そんな父上に思わず抱きついた。

「……よかったよ。生きてて」

 ……こらあかん。
 声がちょっと震えてる。

 ちょっと泣いているかもしれない。
 そんな所、今の父上には見せたくない。

 そう思い、私はそのまましばらく父上の胸に顔を埋めていた。

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