気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 十五話 真相

 若干イライラしたままのルクスに案内されて、私と先生は国衛院の本部へ向かった。

 その道中、あれだけ町にいた国衛院隊員の姿がまったく見えない事に気付いた。

「一端、引き上げさせたんだ」

 とルクスは説明してくれた。

 本部に到着する。

 本部の入り口を通る時。

 もしかして罠なんじゃないか?
 実はルクスは裏切っているんじゃないか?

 なんて事を思って少し緊張した。

 イノスを叩きのめした事で怒って裏切っていてもおかしくない。
 何より、ここ数日でいろいろな人間に裏切られているからそんな気がしてならなかったから。

 でも、そんな事はなかった。

 門を通ると、二人の国衛院隊員が出迎えてくれた。

「ご苦労」

 ルクスが労うと、二人は会釈した。

「ねぇ、ちょっと人の数が少なくない?」

 建物の中を歩いていて、少し気になった事を訊ねる。

「親父としては、二人を秘密裏に国衛院へ入れたかったみたいだからな。この建物にいるのは、信用できる隊員だけだ」

 ふぅん。

 私達は、院長室へ辿り着く。

 ここにアルマール公がいるのか。

 やっぱり、一番偉い人間の部屋は一番奥なんだね。

 入って話をしていたら、「準備ができました」とか言ってスーツの男が出てきたりして。
 それでまた国衛院から脱出するなんて事になったらどうしよう……。

 先生も似たような事を考えたのか、ちょっと緊張している。

「入れよ」

 ルクスに促され、私は頷いた。
 扉を開けて、中へ入る。

 私は扉を開いて、室内へ入った。

 すると、部屋には三人の人物がいた。
 三人とも、向かい合わせのソファーにそれぞれ座っている。

 一人はアルマール公だ。
 もう一人は、母上。
 そして残る一人は、父上だった。
 アルマール公の座るソファーのテーブルを挟んだ向かい側のソファーに座り、母上からサンドイッチをアーンしてもらっていた。

 !?

 父上が私に気付いて向き直る。

「クロエか。遅かったな」

 何事もなかったかのように平然とした態度で、父上は声をかけてきた。

「ホワイッ!?」

 私はアルマール公へ声を発する。

「何語かね?」

 アルマール公が笑いながら訊ね返した。

「どういう事なんだ? 何でビッテンフェルト公が生きている?」

 先生が困惑した様子で言葉を漏らす。

「一言で言ってしまえば、ビッテンフェルト公の死亡は嘘。偽装だったという事だ」

 アルマール公が答えた。

 そりゃそうでしょうよ。
 目の前に、動いて喋ってる父上がいるんだから。

 だからと言って「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」と大喜びするには、今までに色々とありすぎた。

「詳しく、聞かせてくれるんでしょうね?」
「そのために呼んだんだ。まぁ、楽にしてくれたまえ」

 そう言って、アルマール公は自分の向かい側のソファーを示した。
 父上達の座っているソファーだ。



「まず、どこから話していこうか……」

 ソファーに着いた私と先生を前に、アルマール公は説明を始めた。
 ルクスも部屋の中にいて、腕組みして壁に寄りかかっている。

「始めから全部お願いします」

 私はそう告げる。

「いいだろう。始まりは、グラン子爵が将軍になるという話が持ち上がった頃だ」
「俺の?」

 アルマール公の話に、先生が訊ね返した。

「ああ。丁度その頃から、ビッテンフェルト公とグラン子爵を暗殺しようとする動きが見られるようになった」
「俺を暗殺?」
「うむ。全て阻止したがな」
「それは……ありがとうございます」

 先生は丁寧に礼を言う。

「でも、どうして父上と先生が狙われたのです?」

 私は疑問をぶつける。

「平民出身の将軍が目障りであるから、そしてその話を陛下に持ちかけたのがビッテンフェルト公だったからだと思われる。確定ではないが、恐らく動機はそれで間違ってはいないだろう」

 そんな事で?

「グラン子爵を平民同様に見る人間は多い。そして、平民を軽んじる貴族もまた多い。これは上位から下位まで広くある価値観だ。そして、そんな平民上がりの人間が軍の最高位に据えられる。それが目障りで仕方なかったのだろうな」

 なるほど……。

「で、だ。国衛院は、できるかぎりその計画を虱潰しにしていたのだが……。捕まえた者を尋問しても大本がわからなくてね。わかるとすれば、その黒幕が余程力のある人物なのだろうという事だけだったのだよ。そして、今回の事件が起こった」
「フレッド・ガイムの殺人?」

 問いかけると、アルマール公は頷いた。

「事件が起こった時、これは例の暗殺計画に関係があると直感した。彼の殺害によって、ティグリス・グランは犯罪者とされた。それによって彼は失脚し、将軍へ出世するという道は絶たれた事になるのだから」

 確かに、暗殺計画もフレッド・ガイム殺害も成功すれば先生は将軍にならない。
 方法は違うが、到達する目的は同じだ。

 黒幕の目的は果たされる事となる。

「軍の動きもおかしく、グラン子爵が冤罪を被せられた可能性は高かった。事実、調べてみればどう見ても冤罪だった」
「調べた? フレッド・ガイム殺害の調査はさせてもらえなかったんじゃ……」
「調べた、というのは語弊だったかもしれんね」
「どういう意味です?」
「一言で言えば、生きていたのだよ。その死んだはずの男が」
「えっ」
「死んだ日の夜に、こそこそと顔を隠して兵舎から出てきたのだ。そもそも死んでいないのなら、事件も何もないだろう?」

 なんじゃそりゃ。

「彼自身はすでに確保している。
 話を聞いてみれば、彼は虎牙会に借金があり、その情報を知ったダストンから借金の帳消しと多額の報酬を渡すという条件を持ち掛けられ、今回の事件の片棒を担いだそうだ。
 兵舎から出た後は、王都を出て西の同盟国へ逃げる予定だったそうだ」

 そういう事か。

「そういう経緯でグラン子爵が冤罪であると知った私は、今回の事件に暗殺計画の黒幕が関与していると見た。
 だから、早急にグラン子爵の身柄を確保して身の安全を図ろうとしたのだが……。
 どうやら、迎えに行かせた隊員も、少しばかり偏った価値観の貴族だったらしくてね」

 私と先生が町で会った日。
 国衛院から捕まりそうになり、逃げた日の事だろうか。

「その上、どういうわけかどこかの貴族夫人と国衛院の内通者が力を貸して逃してしまったわけだ」

 もしかして、これは私が事態をややこしくしたパターン?

 ルクスも顔をそらしている。

「そうでしたか……。すみません」
「いや、そのおかげで事態は面白い方に転がった。むしろ感謝しているよ」
「と、言いますと?」
「本当なら軍部に身柄を拘束されない内に保護し、無罪を証明するつもりだった。だが、それだけでは根本的な解決にならない。裁けるのは、直接的に冤罪を捏造しようとしたダストン将軍だけだっただろう。だから、私は今の状況を利用して、黒幕の正体を暴く手を模索したのだよ」
「利用? 黒幕って、ダストン将軍じゃないんですか?」
「別の人物だ。そして、どうやって利用しようとしたか具体的に言えば、それこそがビッテンフェルト公の死の偽装なのだ」

 どういう事なんだ?

「人間というものはね、自分の思い通りにならない事があればそれに注視し、周りが見えなくなる。そして、自分に都合よく物事が転がっている時ほど油断するものなのだ。今のようにね」

 今のように?

「もしかして、私達を囮に使いましたか?」
「うむ。だがこれは、君の父上の案でもある」

 父上の?

 私は父上を見る。
 父上は頷いた。

「私は、お前の事もティグリスの事もよく知っている。二人とも現状を打破すべく動く人間だ。だから、二人が揃えば場を最大限引っ掻き回す事だろうと思っていた。まぁ、軍部にまで攻め入るとは思わなかったが」

 父上は苦笑する。

 別に攻め入ったわけではないけれど……。

「そして、黒幕は私の死とティグリスの失脚を望んでいた。私が死に、しかもその容疑がティグリスにかかったとなればこれほど喜ばしい事はなかったはずだ」

 私達を囮に使って相手の目をかく乱し、父上の死で油断を誘った。
 そういう事か。

「だからこそ、君達の居場所を知っていながら知らぬふりをしていたし、こそこそと情報収集している息子を見逃しもしたのだ」
「……でも、ダストン将軍に居場所を伝えましたよね?」
「はは、バレていたか。あれは、奴がどこと繋がりを持っているか探るためだ。あの情報で動く人間がいれば、きっと一味だろうからな」

 芋づる式に引っ張り出そうとしたわけだ。

 もしかしてあの時、アルディリアとイノス先輩がダストンを逃そうとしたのは泳がせる目的があったって事か……。

 つまり、アルディリアは今回の事を知っていた……。
 父上が生きていた事も……。

 教えてくれてもよかったのに……。

 しっかし……。

「えらく、穴の多い作戦ですね」
「黒幕は手ごわくてね。手を尽くしても、その正体を掴む事ができなかった。こういう手しか打てなかったのだ。しかし、どう転がるか私にも予想がつかないものだったが……」

 アルマール公はにやりと笑う。

「黒幕の正体がわかったのですか?」
「うむ。君達がダストン将軍を怯えさせてくれたおかげだ」

 軍部で対面した時の事かな?

 怯えさせたって……。
 先生が睨んだだけなんだけど。

「余程怖かったのだろう。彼はあれからすぐに自宅へ帰ってしまってね。その後、ある公爵家へ向かった。それ以降、自宅には帰っていない。匿ってもらっているのだろうな」
「じゃあ、その貴族が?」

 アルマール公は頷いた。

「ただ、それだけではまだ証拠が足りないのだがね。それでも、正体が知れたのならやりようなどいくらでもある」

 そう言って、アルマール公は楽しげに笑った。

「その黒幕の正体は?」
「バルガ・ザクルス公爵。我が国の財務を担当する人間だ」

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