気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 八話 妻と夫

 翌日。

「じゃあ、行ってきます」
「ああ。気をつけてな」
「先生こそ」

 ヤドリギの前、先生と言葉を交わし合う。

 そして、互いに背を向けて歩き出した。
 私は実家のある貴族街へ。
 先生は町へ向けて。

 私の目的は、父上の死について調べるため。
 先生はナミル・レントラントの取引相手について調べるためだ。

 実家に辿り着くと、屋敷の周りには国衛院の隊員達が多く配置されていた。

 父上が暗殺されたのは、一昨日の夜。
 殺人事件の調査が目的だろうか。

 しかし、これではそのまま中へ入るという事ができない。

 仕方がない。
 忍び込むとしようか。

 私は周囲をぐるりと観察しながら、警備の手薄な所を探した。

 結果を言えば、警備の手薄な所などなかった。
 流石は国衛院である。

 なので、手薄な所を作り出す事にした。

 四人組で警備する隊員達を瞬く間に昏倒させる。
 壁に持たれかけさせて、外壁を登って中へ侵入した。

 屋敷にも、壁から跳躍して屋敷の壁へ取り付き、二階の窓から侵入する。

 幸いにして、部屋には隊員がいなかった。

 ドアを少し開け、廊下をうかがう。
 警備のための隊員は何人か配置されているが、外ほど警備は厳重じゃない。

 これなら、何とか人目を盗んで屋敷を移動できそうだ。

 父上が殺されたのは自室だったな。

 私は警備隊員の目を掻い潜り、父上の自室へと向かった。
 けれど、自室の前には警備の隊員が二人立っていた。
 二人を昏倒させる。

 先生の無実が証明されても、国衛院隊員への暴行で私は捕まるかもしれないな……。
 と少し心配になりながらも、父上の自室へ入ろうとする。

 その時だった。

 背中に鋭利な何かを突きつけられた。
 肝が冷える。

 背中に何かを突きつけた相手には、隙がなかった。
 少しでも抵抗しようとすれば、すぐに体を貫かれる。
 そんな気配があった。

「クロエ? 何してるのよ」

 けれど、その声を聞いて全身の緊張が解けた。
 安堵の息を吐く。

 私と気付いて、相手の気配も弛緩するのがわかった。

「アードラー」

 背後にいたのはアードラーだった。
 鋭利な何か、とはアードラーの手刀である。

「お義父様とうさまの自室は、調査中の隊員が大勢いるわよ」
「そうなんだ」

 入っていたら、間違いなく中の国衛院隊員達を叩きのめしていただろう。
 ステルスゲームで見つかりまくった末に、全員倒して進むプレイスタイルみたいだ。

「だから、場所を変えましょう」
「うん」

 アードラーに案内されて、手頃な部屋に入る。

「どうしてアードラーがここに?」
「お義母様《かあさま》の様子を見るために来たのよ」
「母上の?」
「ええ。お義父様が殺されたんですもの。きっと落ち込んでいると思って……」

 アードラーは優しいな。
 人のためを思って行動できるんだから。

 確かに、母上は父上をこの上なく愛している。
 そんな最愛の相手が亡くなったとなれば、ショックで心も体も弱ってしまうかもしれない。
 そばに人がいてあげるべきだろう。

 だけど今の私は、そんな母上のそばにいられない。
 だから、アードラーのこの気遣いはありがたかった。

「母上の様子は?」
「うーん……」

 訊ねると、アードラーは困った顔をする。

「それが、思っていたほど落ち込んでいない様子なのよね」
「え、そうなの?」
「とても落ち着いているわ」

 寝込むくらいはすると思ってた。

「今も、国衛院まで事情聴取に行ってるわ。差し入れを持って。……もしかしたら、気を張っているのかもしれないわ。早く犯人が見つかって欲しいから、今は最大限国衛院に協力しようとしているのかもしれない」
「かもしれないね。だったら、犯人が捕まった時に体調を崩すかも」
「ええ、そうね。気をつけないといけないわ。こんな時ほど、人の支えが必要だと思うの」

 不意に、そんな事を言うアードラーが愛おしく思えた。

 私は、アードラーの腰に手を回して抱き寄せた。
 体を密着させる。

「何?」

 私の顔を見上げ、訊ね返すアードラーの顔は赤い。
 うちの嫁はいつになっても反応が可愛いなぁ。

「ありがとう」
「当然の事よ。家族だもの。辛い時ほど、寄り添うものよ」
「そうだね。だから、私も寄り添いたかったんだよ」

 物理的に。

「辛いの?」
「少しだけ……。気を張りっぱなしだったから。でもこれで、元気百倍だ」

 私のアン……チパンチも冴え渡るってもんだ。

「……詳しくはわからないけれど、国衛院に追われてるみたいね。あなたの居場所を聞かれたわ」

 私が何をしたのか知らない?
 国衛院への反抗を出せば、捜査はしやすいはずなのに……。
 どうして、それをアードラーに言わないのだろう?

「そうなんだ。ごめん。迷惑かけるね」
「迷惑なんて思わないわ。そんな事よりも、あなたがそばにいない事が辛いもの」
「アルディリアがいるじゃない」
「あれじゃあ、力不足よ。まだ少し、寂しいわ」

 アルディリアと一緒にいても、少しは寂しさが紛れているって事かな?

「それに、アルディリアは一昨日から家に帰っていないのよ」
「そうなの?」

 アルディリアが?
 一昨日と言えば、私と先生が国衛院を蹴散らした日だ。

 もしかして、その事で拘束されているんだろうか?

 なら、一刻も早く事件を解決しないと……。
 アードラーから体を離す。

「アードラー。父上の事件について、何か知っている事は無い?」
「残念ながら、役に立てないわ。現場にも立ち入らせてもらえないし、第一発見者の母上からも話を聞けなかったから」
「そうなんだ……。じゃあ、やっぱり現場に押し入らないとダメか……」

 と口にした時。

「侵入者だ! 隊員が倒されている!」

 屋敷に声が響いた。

 第一声が響くと、次々に隊員達が「侵入者だ!」と警戒を喚起していく。

 どうやら、時間切れだ。
 現場を調べる事もできそうにない。

 でも、全員倒せば……。
 いや、やめておこう。

「ごめん、アードラー。もう行くよ」
「ええ。気をつけてね」
「……子供達は、どうしてる? 不安がっていない?」
「大丈夫よ。二人共、強い子だもの」

 少し安心する。

 言葉を交わすと、アードラーは部屋の外へ出た。

「夫人! 侵入者です!」
「はい。そのようですね。この部屋にはおりませんでしたわ」

 時間稼ぎをしてくれるつもりらしい。

 私はその間に窓から外へ出て、外壁を登り、実家から脱出した。



 国衛院の隊員達から逃げ果《おお》せた私は、町の中へ逃れた。
 人ごみの中を歩く。

 アードラーに会えたのは嬉しかった。
 家族の事情がある程度知れたのもいい。

 でも、事件の事はいまいちわからなかった。
 それは残念だ。

 これから、どうしよう……。
 先生の調査結果に期待するしかないか……。

 そんな時だ。
 前方の人通りが割れる。

 そうして、軽装の鎧を着た男達がぞろぞろと歩いてきた。

 男達は、私の目の前で止まる。

「お久し振りでございやすね。お嬢。探しやした」
「ジャックさん……」

 男達を率いていたのは、ジャックさんだった。

 という事は、この人達は父上の部隊の人間か。
 よく見れば、見覚えのある人達ばかりだ。

「私を探すって事は、事件関係で?」
「へい。まぁ……探していたのはティグリスの野郎も一緒なんでやすがね」
「先生を?」
「へい。あの野郎には、隊長殺された借りをきっちり返さねぇとならねぇんで」
「先生は犯人じゃない。私は先生と一緒にいたんだから」
「へぇ、そうですかい」
「それでも、先生を捕まえようとするの?」
「ええ。そりゃそうです。俺らは軍人です。軍人にとって、頭の言う事は絶対でやすからね」

 彼らは、命令で行動しているのか……。

「頭って……。誰? あなた達は、誰の命令で動いてる?」

 この人達は父上を慕っていた。
 そして、その娘である私にも信頼を寄せてくれている。
 そんな私の言う事に取り合わない程度に、彼らの信頼の厚い人物が命令を下しているというのだろうか。

「坊《ぼん》……。アルディリア将軍でさぁ」

 アルディリア?
 ……どういう、事?

「わかってもらえやすよね。俺らは、頭の命令でティグリスの野郎を探し出し、お嬢も連れて来いと言われやした。大人しく、従ってもらいやしょうか」
「……嫌だと言ったら?」
「最初から、大人しく従わないだろうとは言われてやす。その時は無理やりにでも、と将軍は言ってやした」
「そう……。じゃあ、戦うしかないね」
「やっぱり、こうなっちまいやすか」

 今は、アルディリアの意図がわからない。
 信じたくないけれど、もしかしたらアルディリアもこの陰謀に関わっている可能性がある。
 だったら、今大人しくついていくわけにはいかない。

 私は、ジャックさん達に向いて構えを取った。

「……手加減はしねぇ。死にたい奴から……」

 殺しちゃダメだな。

「地べたを舐めたい奴からかかってこい!」
「そうさせていただきやす。やるぞ、テメェら。気張れや! ポール、レオ、回り込め。キング、マードック、お前らはサイドだ」

 ジャックさんが的確に指示し、私は兵士達に囲まれた。

「じゃあ、行きますぜ」

 そう言うと、ジャックさん達は私に襲い掛かってきた。



「流石は、父上の部隊だ」

 兵士達が倒れる中。
 一人立つ私は呟いた。

 力量が、今までに戦ってきたどの兵士よりも高かった。
 ここまでの手強さは、世界を巡っていた時でも滅多になかった。

「本当に、手加減する余裕はなかったな」

 そう呟き、私はその場を後にした。

 それにしてもアルディリア……。
 何を考えているんだろう……。

 一度、会いに行くべきかもしれないな。

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