気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 四話 グラン邸

 私と先生は先生の家、グラン邸へ向かう事になった。

「本当に行くのか? あの兄ちゃんが言ってた通り、大人しくしていた方がいいんじゃないか?」
「もしかしたら、家族の方にも国衛院の手が回るかもしれない。早く合流しておきたいんだ」

 バドさんが言い、先生は応じる。

「家族、か。コトヴィアの姉さんとの子供だからな」
「今はアルエットだけじゃねぇよ」
「そうだったな」
「ああ。……行くぜ」

 先生はバドさんに返してから、私に向けて言った。

「はい」

 二人で店を出る。
 来た時と同じようにカラカラとベルが鳴った。

 ヤドリギを出た私達は、グラン邸へ向かう。
 道中、町のいたる所で国衛院の隊員達が巡回していた。
 そんな彼らの目を避けるようにして、道を選びながら歩く。

「国衛院は動きが早いですね」
「そうだな。急いでるっていうのに……」

 先生はイラついているように見える。
 きっと家族の安否が気になっているからだ。

 行った所で、すでに家族が捕まっているのではないか。
 そんな考えが先生の中にあって、不安を掻き立てられているのかもしれない。

 確かに、こんな状況では平静ではいられない。

 私の方はどうだろう?
 私が先生と一緒にいる事は、国衛院にバレているのだろうか?

 家族に、手が回っていないだろうか?

 いや、私は貴族の夫人でしかなく。
 アルディリアは将軍だ。
 申し開きも十分にでき、申し開きを聞いてもらえる立場でもある。

 だから、アルディリアは大丈夫だろう。
 不安はあるけれど、無理やりそう思う事にした。

 もしもの時、私の独断であった事を示すために、アルディリアへ連絡を取る事も控えた方がいいのかもしれないな。

 そんな事を考えつつ、私達はグラン邸へ辿り着いた。



 グラン邸は貴族街の中でも、町に寄った場所に建っていた。
 貴族の邸宅としては少し狭いが、平民としては広すぎる家だ。
 外から見る限り、グラン邸には何の問題もないように思えた。

 先生が家の戸に手をかける。

「ん?」
「どうしたんですか?」
「鍵が開いてる」

 先生の言葉に、私は緊張する。
 先生も同じだろう。

 居ても立ってもいられないという様子で、戸を勢いよく開いた。

 そのまま先生は中へ走り出す。
 私もその後を追った。
 廊下を走り、そして辿り着いたのはリビングだった。

「これは……」

 リビングを見て、私は思わず声を出した。

 リビングは荒らされていた。
 引き出しは抜かれて放り出され、テーブルはひっくり返っている。

 その惨状を見て、先生は表情を険しくしたまま黙り込んでいる。

 振り返り、廊下へ出る。

「マリノー! ゲパルド!」

 家中に聞こえるような大声で、家族の名前を呼ぶ。
 しかし返事はない。

「くそ……」

 先生は壁を殴った。

「もう、遅かったのか?」

 先生らしからぬ、弱々しい声色で呟く。

 そんな時である。

「やっぱり、親父は流石ですな。ここ来た時は無駄骨かと思いましたけど。親父の言う通りに張ってたら、本当に獲物が飛び込んできた」

 野太い男の声が聞こえた。
 廊下。
 玄関の方向。

 先生が背を向けていた方だ。

 先生が振り返る。
 私もそちらを見た。

 すると、十人の男達がぞろぞろとこちらへ歩いてきていた。
 柄やデザインはそれぞれ違うが、皆一様にスーツ姿である。
 ニヤニヤと笑いながら、近付いてくる。

「何だお前ら?」

 先生が怒気のこもった声で訊ねる。

「誰でもいいでしょうよ」

 先頭に居た恰幅のいい男が答える。
 さっき声をかけたのもこの男だろう。
 リーダー格のようだ。

「あんたは、俺らに大人しくついてくりゃいいんだから」
「無理だな」
「あ?」

 先生は男達へ向き直り、指の骨を鳴らした。

「丁度むしゃくしゃしてたんだ。一度暴れておかなきゃ、収まりがつきそうにねぇ」
「この頭数を相手にやろうってか? 勝てると思ってるのかよ、馬鹿が」
「試してみろ」

 そう言って、先生は構えを取った。
 私も先生に並んで構えを取る。

「お前ら。この計算もできねぇ馬鹿に、現実の厳しさを教えてやりな」

 リーダー格の男は後ろにいた仲間に言うと、全員で揃って私達に襲い掛かってきた。



「うう……」

 最後の相手を叩きのめすと、リーダー格の男が呻きながら起き上がる。
 周囲を見て、自分以外の仲間達が全員倒れている事に気付く。

「嘘だろ……?」

 そんな男へ、先生が近付いていく。
 男がそれに気付いて、怯えた表情を作る。

「ひっ」

 先生は男の襟首を掴み上げた。

「やめてくれ! あんたが強いのはわかった!」
「家族はどこにいる!?」

 先生は怒鳴りつける。

「し、知らねぇ! 俺達が来た時にはいなかった! 本当だ!」
「そうかよ」

 ティグリス先生は男を殴りつけた。
 男が気を失う。

「行くぜ」

 先生は私に一言告げ、玄関へ向かって歩き出す。
 私は先生の後を追った。

「よかったんですか? もっと何か聞いた方が」
「長居すれば、国衛院の連中まで寄ってくるかもしれねぇからな。それに、連中の素性はなんとなくわかる」

 屋敷の外へ出る。

「そうなんですか?」
「あいつらの動きは、戦い方を習った人間のものじゃない」

 先生の言う通りだ。
 連中に、格闘技特有の型は見られなかった。

 軍人特有の闘技の色も、国衛院の捕縛術の色もなかった。
 技もなく、無秩序に拳や蹴りを振り回すだけの素人ばかりだ。

「奴らの戦い方に決まった型はないが、場慣れしてやがった」

 確かに、場数だけは踏んでいるかのように戦い慣れてはいた。

「そして、誰かの命令で動いているようだった」

 つまり、組織的な連中だという事だ。
 軍人でも国衛院でもないなら、第三勢力という事だろうか。

「そういう連中には心当たりがある」
「それは、いったい……?」
「ヤクザもの、だ」

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