気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 二話 逃走

 私と先生は、町を歩いている時に国衛院の隊員達から囲まれた。

「お前を国軍五番隊千人隊長フレッド・ガイム殺害の容疑で逮捕する」

 国衛院の隊長に、そう告げられる。

 先生が、人を殺した?

「どういう事だ?」
「今告げた通りだ。お前を殺人犯として逮捕する。それだけの事だ。大人しく従ってもらおうか」

 有無を言わせぬような口調。
 上から押さえつけるような高圧的な態度で隊長は言う。

「そんな事はやってねぇ!」
「質問をしているわけではない。証拠が出ているんだ。その証拠が指し示している。お前が犯人だとな。捕縛しろ」

 ティグリス先生は答えるが、隊長は聞く耳を持たずに部下へ命じる。

 隊長が言うと、部下の隊員達がティグリス先生に近付いていく。
 その腕を掴んで手枷をつけようとする。

「放せぇ!」

 先生はそんな隊員を払いのける。
 その拍子に、肘が一人の隊員の胸を強かに打った。
 隊員が倒れこむ。

「抵抗するか……」
「やってもいねぇ事で捕まるつもりはねぇよ!」
「子爵と言えど、所詮は平民生まれの愚か者か。言葉だけでは従えぬらしい」

 言うと、隊長は腰に佩《は》いていた警棒を持って先生へ突きつけた。

「国を守るため、我々は陛下より犯罪者に対する全面的な裁量権を賜っている。つまり我々に逆らうという事は、陛下に逆らうという事だ」

 公務執行妨害みたいなものか。

「その不遜な行い、ここで断罪してやろう。お前ら、痛めつけてやれ!」

 隊長の号令を受けて、周囲にいた国衛院の隊員達が一斉に警棒を手に持った。
 囲みをゆっくりと狭めてくる。

「ちっ」

 先生が舌打ちする。
 構えを取った。

 これは不味《まず》い状況だ。
 先生が人を殺したという話だが、私にはそれが信じられない。

 何より、本人も否定している。
 信じるとするならその発言の方だ。

 どうするべきだろう?
 このままでは先生が捕まってしまう。

 そして、話によれば先生の犯行を裏付ける証拠が出ているという。
 捕まってしまえば、このままなし崩し的に犯人とされてしまうかもしれない。

 それは嫌だ。

 くっ……。
 アルディリア。
 アードラー。
 ごめん。

 もしかしたら、私の行動は家に害を及ぼすかもしれない。
 その時は、縁を切ってほしい。

 私は覚悟を決めた。
 今こそ、助けになる時だろう。

 近くの隊員の腕を掴み、遠心力を利用して振り回した。

「うわぁ!」

 隊員をハンマー投げのハンマーのように振り回し、周囲にいた隊員達を巻き込み倒す。

「ぐおっ!」
「ぐわっ!」

 そして、掴んだ隊員から手を放して別の隊員へ投げつけた。
 囲みの一角に穴ができた。

「先生! 逃げましょう!」
「クロエ、お前……!」
「いいから!」

 先生は頷く。
 破った囲みを抜けて、先生と私は路地の中へ逃げ込んだ。

「逃すな! 追え!」

 隊長の声を背中に、私達は路地を走った。

「何て事をするんだ。これじゃあお前まで……」

 先生が声をかけてくる。

「先生はやってないんでしょ?」
「……ああ。誓って殺しはやってない」
「じゃあ、悔いはありません。疑いを晴らせば、国衛院に捕まる事もなくなるはずです」
「疑いを晴らす? ……そうだな」

 そう。
 まだ、何もかもが終わったわけじゃない。

 疑いさえ晴らせば、先生の捕縛命令も撤回される。

 このまま、アルマール公かアルディリアに渡りをつければ保護してもらえるかもしれない。
 その上で、改めて吟味してもらえばいいんだ。

 そんな時だった。

 前方に国衛院の隊員が三人現れた。
 横並びに路地を塞いでいる。
 最初から、逃げられる事を警戒して配置されていたのかもしれない。

 私は左側の隊員へ殴りかかり、先生は右側の隊員へ殴りかかる。

 二人を殴り倒すと、残った隊員に向けて互いに回し蹴りを放った。

 隊員の頭が、私と先生の足と足に挟まれる形で蹴られる。
 蹴りを受けた隊員はその場で膝を折って倒れた。

 殴られて倒れていた隊員二人の顔を互いに足で踏みつけた。
 二人が気を失う。

 また走り出す。

 それから先も、所々で国衛院の隊員達が待ち伏せていた。
 後ろから追われつつ、待ち伏せを処理しながら私と先生は逃げ続けた。

 実際に追われてみてわかった事だが、国衛院はしつこい。
 追ってくる隊員達の足は皆速く、しかも逃げる先々に待ち伏せした隊員が現れる。
 しかもその待ち伏せの隊員達の多い事多い事……。

 容疑者一人を捕まえるのに、なんとも綿密で執拗な作戦を立てている事だろう。
 強い執念を感じるほどだ。

 これが我が国の誇る対犯罪組織かと思うと頼もしい気もするが、今はありがたくない。

 そして、私達は行き止まりに追い詰められ、足を留めた。
 周囲を塀《へい》で囲まれた空き地だ。
 その目の前には、さきほどの隊長と十人以上の隊員達が待ち伏せしていた。

 追い込まれた……。
 そういう事かな。

「無駄。我ら国衛院からは逃れられない。諦めるんだな」
「……確かに、逃げる事はできねぇみたいだな」

 隊長の言葉に、先生は答える。

「おとなしくする気になったか?」
「いや」

 先生は、隊長と隊員達に向けて構えを取った。

「逃げられねぇなら、倒しちまうしかねぇな。って思っただけだ」
「ふん。舐めた口を……。お前ら。そんな口を叩いた事、後悔させてやれ!」

 隊長の言葉を受けて、返事をした隊員達が一斉に私達へ殺到した。



「うらぁ!」

 警棒を先生へ振り下ろす隊長。
 先生は警棒が自分に到達する前に、その腕を掴んだ。
 そのまま背負い投げの要領で投げる。

「ぐわぁっ!」

 そして、仰向けに倒れた隊長の顔へ拳を叩きつけた。
 隊長の鼻から派手に鼻血が出て、そのまま動かなくなる。

 気を失ったのだろうと思う……。

 これで最後だ。
 辺りを見回すと、すでに動く隊員達はいない。

「ふぅ。これで終わりか」
「いえ、まだみたいです」

 私が言うと、私が見ていた方を先生も見る。
 空き地の入り口だ。

 そこからは、こちらへ向かってくる国衛院隊員達の姿があった。
 隙間なく、道を埋め尽くすほどの量だ。

「切りがねぇな」
「本当に……」

 そんな時である。

「おい、こっちだ」

 声がする。
 見ると、塀の上にルクスがしゃがんでいた。

「ルクス?」
「逃してやる。ついてこい」

 そう言うと、ルクスは塀の向こう側へ飛び降りた。

 一度、先生を見る。
 先生は頷いた。

 今は、従うしかなさそうだ。
 私と先生は塀を登り、ルクスの後を追った。

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