気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 仮面騎士BLACK W 第一話「白と黒の仮面騎士」 Aパート

 俺の名前はアドルフ・イングリット。
 商人の息子だ。

 学園からの帰り、俺は町に寄って帰る事になっていた。
 親父に、取引先の店をいくつか回って来るよう言われたからだ。

 その馬車の中、俺は一人ではなかった。

「何でついて来るんだよ?」
「我も町に用事があっただけだ」

 車内にいるもう一人。
 俺の向かい側の席に座るこの女は、ヤタ・ビッテンフェルト。
 俺の幼馴染で、学園においては一歳年上の先輩だ。

 いつも俺につっかかってくる変な喋り方の女だ。

 子供の頃は普通に喋っていたと思うが、学園に入学した辺りからこんな喋り方をするようになった。
 しかも他の生徒には普通の対応をするので、こんな喋り方をするのは俺に対してだけだ。

 昔から何を考えているかよくわからない幼馴染だ。

 彼女は俺が町に行くと言うと、自分も用があるからと我が家の馬車に乗り込んでついてきたのである。

 町に到着する。

 取引先の店へ行こうとすると、ヤタは馬車を降りてからも当然のようについてきた。

「用事があるんじゃないのか?」
「我もこちらに用があるだけだ」
「ふぅん」

 ヤタを連れたまま、俺は店を巡る。

 用事があると言っていたわりに、ヤタはずっと俺と一緒に行動していた。

 こういう事はよくある。
 ヤタは、俺が町に行くと言うとよくついてくるのだ。
 その間に用事を済ませている気配もなく、なのに俺の用事が終わるとヤタもすぐに帰ろうとする。

 実は最近、ヤタの用事は俺なんじゃないかと思っている。

 俺を見張るためなんじゃないか、と。
 ヤタの親父さんは軍人だ。
 その関係で、娘であるヤタに見張るよう命じている可能性があった。

 軍部に目をつけられる事をした憶えはないんだが……。
 俺にないって事は、親父の方かな。

 俺の親父はヤタの親父さんと友人関係にあり、だから俺はヤタと幼馴染なのだ。

 ヤタの親父さんは結構大きな取引先なんだから、喧嘩とかしてくれるなよ。
 親父。

 目的の取引先の店を回り終え、帰ろうとした時だ。
 路地を歩いている途中。

「用事は終わったのか?」

 ヤタが訊ねてくる。

「ああ」
「そうか……」
「そういうお前は?」
「我は……まだだ……」

 聞き返すと、ヤタは言いにくそうに答えた。

「じゃあ、先に帰る」
「ま、待て」
「何だよ?」
「折角だから、我の用事に付き合ってくれぬか?」

 上目遣いで頼まれる。

「やだよ、めんどくさい」
「……っ!」

 ヤタの手が俺の顔に伸びる。

 さりげなく振られているが、その見た目に反して当たると脳を揺さぶられる殺人フックだ。
 長年の経験から、俺はその攻撃に反応して紙一重で避ける。

 俺とこいつの関係は、攻防の歴史と言ってもいい。
 こいつはちょっと怒らせるとすぐに攻撃してくる。
 それを如何にして避けるか、という技術を俺はこいつとの長い付き合いで研鑽していた。

 が、奴のフックが右目の眼帯にかすった。
 眼帯が解《ほど》ける。

 眼帯が解け、右目の視界が開《ひら》けた。

「うっ」

 瞬時に右目を閉じたが、ちらりと見えてしまった。
 すぐに、胸にかけたペンダントを握る。

「す、すまん」
「いいよ。故意じゃないだろ?」

 怒りに任せて殴りかかるのはどうかと思うけどな。

「大丈夫か?」
「ああ」

 俺には、子供の頃から他人に見えない物が見えた。
 それは右目を通してだけの事だったが……。

 この金色の右目には、しっかりとあれが映る。

 親父が言うには、あれは黒色の魔物と呼ばれる化け物だ。
 人の心の闇を糧とする異形のもの達だという。

 町の至る所に設置された白色照射装置。
 あれは人々の健康を維持するための措置だと言われているが、実際はこの普通の人間には見えない魔物を駆逐するための装置だ。
 黒色の魔物は白色に弱く、白色照射装置の設置された往来では活動できない。
 あの装置のおかげで、近年の王都にはほとんど黒色の魔物がいないという。
 だが、白色照射装置の設置されていないこんな薄暗い路地の中ではまだちらほらと見られた。

 黒色の魔物は、目視するだけで気分を害される。
 魂そのものを汚されてしまうような感覚を見るものにもたらす。

 当然だ。
 あれは、人の負の感情が凝り固まったものなのだから。

 そういった物を見ないために、俺は右目を眼帯で閉ざしていた。
 胸元のペンダントは、人の思いを白色に変換するというものだ。
 このペンダントは親父が持たせてくれたものである。
 レプリカで力は弱いが、代々の体質で白色を使えない俺には必要なものだった。
 これがあれば、奴らは寄ってくる事ができない。

 ヤタを見ると、心配と申し訳なさをない交ぜにしたような表情でこちらを見ていた。

「行くぞ」
「……ああ」
「ヤタ」
「え?」
「お前の用事に付き合ってやるよ」
「いいのか?」
「ああ」

 答えると、ヤタは表情を和らげた。
 こいつの沈んだ表情を見るのは好きじゃないからな。



 ヤタに何の用事があったのか、夕方まで付き合ってみたがよくわからなかった。
 当て所なく、目に付いた店を回っていたようにしか見えなかった。
 ただの散策だったのかもしれない。

 もしくは、本当に俺を見張るのが目的かもしれない……。

 明らかに用事らしい用事ではなかったが、それでも付き合ってやると言ったからには付き合うべきだ。
 そう思って、二人で町を回った。

 日が傾き、影が伸びる。
 この時間はあまり好きじゃない。

 影が増えるという事は、黒が増えるという事でもある。
 眼帯で覆えば見えないけれど、それでも見えないなりにそこにあれがいるかもしれないと不安になる。

「付き合わせて悪かったな。そろそろ帰るとするか」

 ヤタが言う。

「そうだな。送ってやろうか?」

 イングリット家は、回る予定だった最後の店から近い。
 順番に店を回り、歩いて帰る予定だったので馬車は帰らせていた。

 だから、当然うちの馬車に乗ってきたヤタも徒歩で帰る事になる。

「べ、別に構わんぞ」
「遠慮するなよ」
「帰るのが遅くなるぞ?」
「ここからなら、そっちの家の方が近いだろ? お前を送っていって、ビッテンフェルト家で馬車を借りた方が楽だ」
「それも……そうだな。では、送ってもらおうか」

 そうして、二人で帰り道を歩みだす。
 その道程で日は落ち、辺りは夜に包まれた。

 町と貴族街の中間。
 その境目は、人が少なくなる。

 そこへ差し掛かった時だった。

「くっ」

 急に、右目が疼いた。
 続いて、体の力が抜ける。

 膝を折ってその場で跪く。

 何だ?
 今のは……?

「どうした?」

 ヤタの心配そうな声。

「何でも……」

 言いかけて、俺は気付いた。

 何かいる……っ。

 気配を感じて、顔を上げた。

 その先。
 路地の影。
 夜の闇よりも一層に暗いその場所に、蠢く何かがいた。

 四足獣のような姿の、けれど頭に口以外の器官が存在しない奇妙な何かだ。

 あれは……黒色?

 だが、右目には今も眼帯がある。

 それに、あれからは今までにない恐怖を感じる。
 人の心の闇なんて、そんな生易しいものじゃない。
 人間の根元にある恐怖のようなものを感じる。

 そう、あれは……。
 死、そのもののようだ。

「何だあれは?」

 ヤタが口にする。
 見ると、彼女は俺と同じように黒色の魔物を見ていた。

「見えるのか? あれが?」
「見える。獣のような、黒い、何か……」

 どういう事だ?
 黒色なら、普通の人間には見えないはずなのに……。
 やっぱりあれは、黒色の魔物とは完全な別物なのか?

 正体不明の怪物。
 それについて考える暇はなかった。

「グラララァ!」

 怪物は吠え、こちらへ向けて駆け出した。

 襲ってくる!

 そう思った時、ヤタが俺を庇うように前へ出た。
 怪物はヤタへ襲い掛かる。

 ヤタは飛びかかってきたそいつの頭を殴りつける。
 だが、殴られる寸前、怪物の頭が縦に割れた。
 その割れた部分が形を変え、顎《あぎと》となってヤタの腕へ食らいついた。

「うっ、この! 放せ!」

 ヤタは腕を引き剥がそうとするが、怪物は離れない。

「ヤタ! 白色を流せ!」

 効くかはわからない。
 だが、一縷の望みに賭けて叫ぶ。

 ヤタは小さく頷き返す。

「……! グギャアアア!」

 怪物がヤタの腕から口を放した。

 解放されたヤタの腕は、火傷のようになっていた。
 白色をかけたのか、腕の傷が元に戻っていく。

 効いた?
 だったら、やっぱり黒色の怪物なのか?

 だが、黒色と白色は対消滅を起こすという。
 なのにそれほど強く効いているようには見えない。

 白色が効かないというのなら……。
 こいつはヤタであっても手に余る。

「ヤタ、逃げるぞ」
「ダメだ!」

 ヤタが拒否する。

「何故?」
「こんな危険なものをここで放っておくわけにはいかない。武門の人間として、こいつはここで倒さなくてはならない!」

 そう言って、ヤタは怪物へ向かっていった。

「くっ……。白色を使え! 少しは効くようだ」
「わかった」

 ヤタと怪物が戦う。
 俺はそれを見る事しかできなかった。

 俺には白色が使えない。
 ヤタほどの闘技も使えない。
 それなのに向かっていって、どうしろと言うのだ。

 だが、それがもどかしい。

 やはり、白色はあまり効いていないように思える。
 怪物の体は変幻自在で、その奇妙な動きにヤタはやりにくそうにしている。
 次第にヤタは、追い詰められていく。

 助けに入りたい。
 しかし、ヤタと怪物の戦いはあまりにも凄まじく、俺ではどうする事もできない。
 介入した所で、足手まといになる事は目に見えている。

 その結果、俺を庇ってヤタが手傷を負うかもしれない。
 そう思えば、助けに行けなかった。

 しかし、悩んでいる間にも事態は動く。

 ついに、強かな一撃を当てられてヤタが壁へ叩きつけられた。
 壁が砕け、もたれかかるようにしてヤタが座り込む。
 そのまま俯き、動かなくなった。
 気を失ったのかもしれない。

 怪物が、体の半分以上を口へ変えて、ヤタへ近付いていく。
 丸ごと飲み込むつもりなのだ。

 その様を見て、俺は今までの考えを捨てた。

「うおおおおっ!」

 俺は叫びをあげて、怪物へ走っていった。
 どうあっても、彼女を殺させたくなかった。

 が、怪物の体から触手が伸び出て俺を殴りつける。
 殴り倒され、転がる。

 体中が痛い。
 今の一撃で、骨が折れたかもしれない。
 動く事も困難だ。

 そんな状態で、うつ伏せになりながらも顔を上げる。

 ゆっくりとヤタへ近付いていく怪物の姿が見えた。
 見る事しかできなかった。

 意識を取り戻したのか、ヤタが顔をあげた。
 目の前の光景を把握し、次に俺の方を見る。

 そして、どういうわけか笑った。

 口元が動く。

「逃げて」

 そう言っているように見えた。
 ペンダントから熱が伝わってくる。
 人の想いから変換された白色だ。
 体の痛みが引いていく。

 きっと、ヤタの俺を想う気持ちなのだろう。
 今まで感じた事のないほどに、強い白色だ。

 自分が今にも死にそうな時に、他人の事を気にかけやがって……。
 こんなに、強く他人を思いやりやがって……。

 そうしてヤタは、今度こそ気を失った。

 そんなヤタを、このまま俺は見ている事しかできないのか?
 ヤタを助ける事ができないのか?

 そんなのは嫌だ。

 力が欲しい。
 彼女を助ける、力が……。

 強く、そう願った。

 その時だった。
 ペンダントから溢れた白色が、俺の体を包んだ。
 力が湧く。

 俺は白い光に包まれながら、怪物へ走った。
 跳び蹴りを放つ。

 その瞬間、白い光は鎧へと変わる。

 纏われた鎧は、純白。
 そして最後に、狼の形をした兜が俺の顔を覆う。

 跳び蹴りが、ヤタへ襲い掛かろうとしていた怪物へ当たる。
 怪物は蹴りを受けて吹き飛んだ。
 地面を転がっていく。

 信じられない光景だった。
 今までの俺では、こんな事などできなかった。

 これが、魔狼騎士の力か……。

 親父から聞いた事があった。

 イングリット家には、代々黒色を滅する力があるのだと。
 それは狼を模った鎧。
 黒色の力を行使する魔狼騎士の力だ。

 だが、これは黒色ではない。
 白色の力によって生じた力だ。

 ならばこれは、魔狼ではない。

「白狼騎士、見参!」

 怪物に向けて、俺は名乗った。

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