気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

神々の戦い編 三話 タイムリープ

 目が覚めると、私は思わず体を起こした。

「……夢、じゃないよね」

 呟く。

「どうしたの?」

 隣から声がした。
 見ると、アルディリアがゆっくりと体を起こした。

「アルディリア!」
「?」

 感極まって、私は叫ぶ。

「生きてる?」

 彼の顔を両手で挟み込んで問いかける。

「怖い夢でも見た?」
「……多分、違う。でも……」

 よかった。
 また、アルディリアに会えて……。

 そうだ。

 私はベッドから下りる。
 寝室から出る。

「寝巻きのままだよー」

 後ろからアルディリアの声が聞こえるが、構わない。

 廊下を走って、目的地を目指す。
 部屋の前まで来ると、丁度その部屋の住人がドアを開けて姿を現した。

 それを見て、言葉を失う。

「あれ? どうしたんですか、母上?」

 髪に寝癖のついたヤタが、ぼんやりとした表情で訊ねた。

 ヤタだ……。
 ヤタが、生きてる。

 目が熱くなった。

 距離を詰めて、驚くヤタに抱きついた。

「ど、どうしたんです? 母上。……え? 泣いているんですか?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、こうしたかったんだ」

 ヤタを強く抱き締めて、私は涙を流した。



 困惑するヤタをしばらく抱き締め続け、落ち着いた私は部屋へ戻った。
 身支度を整える。

 そして、あの時の事を思い起こした。
 それは、王都がカラスによって蹂躙された時の記憶だ。

 私はシュエット様の言葉に従って、トキに頼った。

 トキは封印から目覚め、私の言葉を聞くと結界を張ってくれた。
 カラスの死の恐怖を防ぐものだったのだろう。
 今にも死にそうだった私は、それで体が楽になった。

「シュエットがお願い、か……。いいよ」
「え? そんなにあっさり?」

 自分を封印した相手だと言うのに、トキはあっさりと了承した。

「シュエットが頼ってくるなんてあんまりない事だからね。聞いてあげたいじゃないか」
「あ、ありがとう」
「とりあえず、詳しい話を聞こうかな」
「はい。手短に説明します」

 トキはそう言い、私は説明した。

「カラス、か……。シュエットが僕に頼るのもわかるね」

 顎に手をやって思案深げに呟いた彼女は、私に向き直る。

「恐らく、シュエットは君を過去へ送り返すつもりなんだろうね。そして、歴史を変えさせようとしている」
「そうなの? ……あれ? でも、確定された未来は変えられないんじゃ」
「時の女神の力を侮ってもらってはこまるね。とはいえ、神ならば歴史を変えられるというだけだけどね」

 そういえば、そうだったか。
 もう十年以上前の事だったから、忘れてた。

 神様は時間に縛られない。
 だからあの時、アルエットちゃん達は神の血族であるカナリオを連れて行こうとしたのだ。

 確かに、私が旅に出た経緯は女神が介入しない事柄だった。
 たとえ、クロノ・ストーンでヤタ達が過去へ来なかったとしても運命付けられていた事だったのだろう。
 未来を観測した事で、どう足掻いても変えられない強制力が発揮されただけと……。

 あれ?
 それもおかしくない?

 チヅルちゃんの話では、彼女達が過去へ来る事も運命に織り込まれているという事だったはず。
 なら、トキが介入している事にならない?
 神が運命に縛られないなら、それはおかしい。
 トキが介入しているのなら、神に起因する事柄なのだから私だって時の運命に逆らえたはずだ。

 その疑問をぶつけてみた。

「神は時にも運命にも縛られないが、変えるきっかけがなければ決まった行動を取る。
 言わば、神は運命に縛られないが、変えようという意思が生まれない限りは運命に沿う行動を取るわけだよ。
 つまり、僕が復活して封印されるまでの過程は運命に織り込まれていたんだ。
 そして、僕がその運命を変えようとしなかったから、僕は運命に組み込まれたんだろうね」

 どういう事だってばよ?

「運命は彼女の領域。言わば、僕は彼女に組み込まれていた……。彼女の中に僕はいるんだなぁ……」

 待て、そんな事が聞きたいわけじゃない。

 何か自分の世界に入りだしたぞ、この女神。
 ちょっとうっとりしている。

 そんな事より、打開策を聞きたいのに。

「と、これは僕の妄想だけど」
「妄想かよっ!」

 急いでいるのだから、ふざけないでほしい。

「変えようとするきっかけが働かない場合、時を戻して何度やり直しても神は毎回同じ行動をするというのは本当だけどね。
 実際は、僕が介入しなくとも君が十五年の旅を行なう事は確定されていたんだと思うよ。
 未来を知らなくとも、君はそれだけの年月を旅する事になっていたんだ。
 そして、未来を知って変えようとした結果、強制力が働いてしまったんだろう。
 君は運命に縛られないようだけど、時間には縛られているようだからね」

 なるほど……。
 わからん。

「さて、君を過去へ送り返すんだったね」
「はい。でも、確か人間を過去へ送っても三日で戻るんじゃありませんでしたか?」
「人間そのものを送ればそうなるね。これは僕の力でも覆せない世界の真理みたいなものだ。でも、それは同じ人間がその場に存在するから起こる事なんだよ」
「つまり?」
「意識だけを過去の自分へ送り込む。それならば、戻される事はないんだよ」

 意識だけの時間遡行。
 タイムリープってやつか。

「じゃあ、それで過去へ戻れるって事だよね。それなら、すぐにでもお願い」
「うん。これから君を三日前に送るよ。僕はまた封印された状態に戻ってるだろうから、シュエットによろしくね」
「わかった。伝えておく」

 そして私の意識は、三日前に戻った。

 今に至る。



「あの、母上……」
「何? はい、あーん」
「あ、はい。あーん」

 私はヤタの口に朝食のスクランブルエッグを入れてあげる。
 ヤタが少し恥ずかしそうにしながらも、素直にスプーンを口に入れる。

「おいしい?」
「おいしいです。……あの、どうして急にこんな過保護に?」
「可愛がりたくなったんだよ」

 私は答える。

 無残に殺された光景を見たから、今ヤタが生きている事が無性に貴く思える。
 本来なら二度と戻らなかったものが、また私の手の中にある。
 それが嬉しくてならなかった。

 そして、三日前の彼女とはまだ喧嘩していない。
 素直で可愛いヤタだ。
 なおの事可愛い。

「可愛がり方の方向性を考え直した方がいいんじゃないかしら?」

 同じ卓を囲むアードラーが呆れたように言う。

「マミー、僕もあれやってほしい」

 イェラが触発された。

「ほら、この子もこんな事言い出したじゃない」
「だったら、やればいいだろう!」
「何でちょっとキレ気味なのよ?」

 ふふん、子供は大事にしてあげないといけないんだよ。
 でなきゃ……。

 いつお別れする事になるかわからないもの……。

 でもそれは、子供だけじゃないか……。

「アードラー。はい、あーん」
「ちょ、やめてよ! ……あーん」

 目を瞑って口を開くアードラーの口にスクランブルエッグを食べさせる。

「おいしい?」
「おいしいわ」
「イェラにもしてよぉ」

 イェラがむくれて言う。

「僕の家族は仲が良いね」

 アルディリアが呟いた。

 寂しそうだね。
 はい、あーん。



 三日前に戻り、手から零れ落ちた私の大事なものが戻ってきた。

 でも、これからが大変だ。
 だって、三日後に私はまたあの女神と対峙しなくてはならないのだから。

 上手くやらなければ、また大事なものを失うかもしれない。
 そうならないよう、気をつけなければ……。

 そのためにも、カラスへの対策を考えなくてはならない。

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