気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 春の始まり、嘘のような日

 それは十五年の旅から帰り、すぐの事だ。
 私は旅の途中で手にいれた土産を持ち、一人で実家へと赴いた。

 屋敷の中へ入ると、母上が出迎えてくれた。

「お久し振りです」
「ええ。よく帰ってきましたね」

 久し振りに見る母の顔は、皺が増えていた。
 けれど、微笑みかける表情はいつものように優しい。

「あの、母上にこれを」

 私は土産の一つを母上に渡す。
 薬膏《やっこう》、簡単に言えばハンドクリームみたいなものだ。

 作り方を異国で習い、私が作ったものである。
 手荒れなどに良く効き、傷薬としても使える優れものだ。

「ありがとう」
「いえ……。あの、父上は?」
「今日、あなたが来ると聞いてリビングで待っていますよ」

 母上に案内されて、私はリビングへと向かった。

 リビングでは、父上がソファに座って待っていた。

「父上」
「クロエか?」

 顔を上げ、私を呼ぶ。
 緩やかな変化ではあったが、父上も歳を取っている。
 髪には白髪が混じっていた。

「久し振りだな。もう会えないんじゃないかと、思っていたが……。また会えて、嬉しいぞ」

 父上はそう言って笑った。

「私もです」

 旅の間、私は家族の事を思っていた。
 でもそれは多分、ヤタの事が一番大きかったと思う。

 けれど、こうして父上に会うとどういうわけか涙が滲み出てくる。

「今日は、ご挨拶に来ました。お土産を持って」
「ほう、何だ?」

 私は、手に持っていたビンを見せた。
 琥珀色の液体が中で揺れている。

「異国で手に入れた、ウシュクという強い酒です。今日は、これを一緒に飲もうと思って来ました」



 暖炉の前。
 私と父上は、絨毯の上に胡坐をかいて向かい合って座る。
 手には、琥珀色の液体が入ったグラスを持っていた。
 一つだけ置かれた、空のグラスは母上の分だ。

 母上はおつまみを作るために台所へ向かった。
 だから、二人きりだ。

「お前の無事を祝い」
「父上と母上にまた会えた事を祝い」
「「乾杯」」

 カツンと、軽く乾杯してストレートのウシュクを飲み干す。

「かーっ、これは強いな」
「でしょう?」

 このウシュクは蒸留酒を木の樽で熟成して作る酒だ。
 前世でいう所のウイスキーである。

 ストレートを一気に飲むと、喉が焼ける。
 喉を過ぎると燃えるような熱さが喉を焦がし、それが心地良い。

「そういえば、お前は酒が苦手だったんじゃないのか?」
「強い分、一杯で酔えるから頭が痛くならなくて済むんです。飲み過ぎて、おかしくなる事もありません」

 この酒なら、私は醜態を晒さなくて済むワケダ。
 本当に良いものを見つけたもんだ。

「そうか……。それはいいな。実はな、夢だったんだ」
「夢、とは?」
「こうして、お前と二人で酒を酌み交わすのが。……でも、お前は酒が苦手だったろう? だから、今までは誘おうにも躊躇われてな」
「そうだったんですか」

 父上は、私のグラスにウシュクを注いでくれる。

「ありがとうございます」

 私もお返しに、ウシュクを父上のグラスに注いだ。

「……お前は私の誇りだよ。私にいろいろな物をくれたからな。私には、勿体無いくらいの良い娘だ」
「……私にとっても、父上は誇りです。私も、父上からは多くの物を貰いました」

 思えば、新しい人生その物を貰ったようなものだ。
 父上と母上が私を生み出してくれたからこそ、今の私はいる。
 いろいろな人に出会って、大切な人もたくさんできた。

 本当に幸せな人生だ。

「ありがとうございます。父上」

 心から、感謝の言葉を述べる。

 少し恥ずかしくなって、照れ隠しにグラスに口をつけた。

 母上が戻ってくる。
 持っているのは、魚のムニエルだ。

 おいしそうだ。
 久しぶりの母上の料理。
 楽しみである。

「えらく楽しそうですね」
「はい。母上も一緒に飲みましょう」
「そうですね」

 私は母上のグラスにもウシュクを注いだ。
 けれど、母上には強すぎたらしく、水割りにした。

 それから、親子三人で楽しい時間を過ごした。

 私は妻でも母親でもなく、二人の娘としてその日を楽しんだ。

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