気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 戯れる鯨《くじら》と孔雀《くじゃく》
「ごきげんですわね。殿下」
向かいのソファに座るコンチュエリが言った。
場所は俺が軟禁されている屋敷。
その応接室。
テーブルを挟み、俺達は互いにそれぞれソファに座り、向かい合っていた。
供された紅茶入りのカップを手に、コンチュエリは俺にそんな事を言ったのだ。
「わかるか」
実際、俺は機嫌がよかった。
「はい。全身から楽しさが滲み出しておりますわ」
ふむ。
普段から内心を隠すようにしているのだがな。
無論、今も。
流石は外交を取り仕切るヴェルデイド家の娘といった所か。
それとも、隠し切れない程に俺の心が高揚しているという事か……。
「ふふ」
小さく笑みが零れた。
「何か楽しい事でもございまして?」
「良い夢を見たのだ。楽しい夢だった」
「そうでしたの。奇遇ですわね。私《わたくし》も今日は良い夢を見ましたわ」
「ほう……」
良い夢を見た時は、その日の気分も良くなるというものだ。
「殿下は、どんな夢を見ましたの?」
「俺か? そうだな……。事の始まりはどこからかけたたましい音が聞こえた事。その音で俺はベッドから跳び起きた」
「夢の中での話ですか?」
「うむ。そうだ。起きたつもりがまだ夢の中にいたわけだ。それで、夢の中の俺はとても理解力が高くてな。その瞬間に、暗殺者が屋敷へ侵入した事を察したのだ」
「それで?」
「俺はベッドから出て、部屋の外へ向かった。
外へ逃れようと、廊下を走り出したわけだ。
するとどうだ。
気付けば長い長い一直線の廊下が続いていた。
目を眇《すが》めても先が見えないほどの廊下だ。
この屋敷は広いが、そんなに長い廊下などあるはずがない。
夢の中の敏い俺でも、流石にそれは異常だと思った。
だから戻ろうとしたら、振り返った先にも長い廊下が続いている。
出てきたはずの部屋の扉もなかった。
どうしようもないから、さらに進もうとした時だ。
行く手にあいつがいた」
そこまで語り、俺は紅茶に口をつけた。
「誰がいましたの?」
「クロエだ。彼女が立っていた」
「なるほど。クロエちゃんが助けに来てくれた夢だから嬉しかったという事ですのね?」
「いや、違う。確かに姿を見て安堵したが、クロエはおもむろに構えを取った。つまり、暗殺者はクロエだったのだ」
まぁ、とコンチュエリが声を出す。
「それだけでもう絶望的な状況だ。相手が相手だ。打倒する事はもちろん、逃げる事も叶わぬであろう。だが、それで終わらなかった。背後に、もう一人現れた」
「それは誰ですの?」
「アルディリアだ。奴もまた、俺の背後で構えを取っていた。もうこうなってはどうしようもない。これは助かりようが無い。と、いう所で目が覚めた」
コンチュエリが微妙な表情で俺を見ていた。
「私《わたくし》には少し独創的過ぎてよくわからないのですが、どの辺りが良い夢ですの?」
「とても刺激的で楽しい夢ではないか。それに絶望的なまでに脱する事ができないであろう状況だ。そこからどうすれば脱する事ができるか、という事を考えるのも楽しいではないか」
「よくわかりませんわ」
で、あろうな。
俺も自分の特殊性は理解しているつもりだ。
「では、お前はどんな良い夢を見たのだ」
「そうですわね。ヴァール殿下が出てきましたわ」
「ほう……。この身はそんなにお前から慕われていたか」
「ええ。勿論ですわ。そして、もう一人アルディリアちゃんも出てきましたわ」
「二人に、それも人の夫にも想いを寄せるとはなんとも欲の深い事だ」
「自覚しておりますわ。わたくしは欲張りですの」
「それで、二人にいいように弄ばれでもしたか?」
「いいえ、殿下とアルディリアちゃんが絡み合っている所を間近でじっくりと観察していましたわ。見ているだけですの!」
まぁそうであろうな。
知っていた。
この女はこんな奴である。
俺も特殊な感性を持っているが、この女も特殊だ。
だから楽しいのだ。
一緒に居て飽きない。
ふと、未来からの来訪者の事を思い出す。
つい先日、俺の命を狙って屋敷へ襲撃した輩《やから》だ。
あれは恐らく、俺の息子。
それも母親は、この女であろう。
確かに俺は、この女を憎からず想っている。
それはあの来訪者の存在に影響されてという事ではない。
前々から、俺はこの女の事が気に入っていた。
好みの女ではある。
それは見た目もさる事ながら、気性に対しての評価でもある。
俺はクロエを自分の物にしたいと思った。
その欲求は今も消えたわけではない。
あれは良い女だ。
ただ、その感情とコンチュエリへ向ける感情は少し違う。
クロエという女を例えるなら、それは宝石であろう。
キラキラと美しく輝き、見る者を魅了する至宝だ。
眺めているだけで満足してしまう類のもの。
そういう物は、手中へ収めたくなるものだ。
だから俺は、クロエが欲しかった。
だが、コンチュエリは俺にとってどこまでいっても女だ。
才覚に富み、人としても価値があれば、道具としての価値もあろう。
しかし俺はこの女に、女としての価値しか見ていない。
共にいて、言葉を交わし、指を絡め合いたいという情動を覚えるくらいだ。
例えようもなく、俺にとってこの女は女でしかないのだ。
「ふふ」
「どうしまして?」
「コンチュエリ。もし、ここで俺がお前を抱きたいと言ったらどうする?」
戯れに訊ねる。
珍しく慌てふためく姿が見られるか、とも思ったが。
コンチュエリは冷静に言葉を受け止めた。
「多分、応じると思いますわ」
「ほう。意外だな」
「わたくしのさっきの言葉、嘘ではございませんのよ?」
慕っているかと聞き、肯定した事か。
ならば、遠慮はいらぬな。
俺はソファから立ち上がり、コンチュエリの方へ向かう。
「俺もお前の事を愛しているというわけではないが、嫌っているわけでもない。その身を召してやってもいいと思える程度には、気に入っている」
言いながら、隣に座る。
「そうですの? 光栄ですわ。ふふふ。一国の王子からそのような栄誉を賜れるというのは、なかなかある事ではありませんもの」
答える彼女の肩へ腕を回す。
彼女は特に抵抗する事もなく、むしろ身を寄せてきた。
そんな彼女の顎へ手をやり、軽く持ち上げた。
「それこそ、一国の姫君でもなければ得られぬ事でしょう。だからこうして求められる今は、まるで自分がお姫様になった気分を覚えますわ」
「そうだな。今だけは、姫であるがいい。俺も今は、お前だけの王子でいてやる」
俺は答え、コンチュエリの唇を奪った。
そして、ソファの上にその身を押し倒した。
向かいのソファに座るコンチュエリが言った。
場所は俺が軟禁されている屋敷。
その応接室。
テーブルを挟み、俺達は互いにそれぞれソファに座り、向かい合っていた。
供された紅茶入りのカップを手に、コンチュエリは俺にそんな事を言ったのだ。
「わかるか」
実際、俺は機嫌がよかった。
「はい。全身から楽しさが滲み出しておりますわ」
ふむ。
普段から内心を隠すようにしているのだがな。
無論、今も。
流石は外交を取り仕切るヴェルデイド家の娘といった所か。
それとも、隠し切れない程に俺の心が高揚しているという事か……。
「ふふ」
小さく笑みが零れた。
「何か楽しい事でもございまして?」
「良い夢を見たのだ。楽しい夢だった」
「そうでしたの。奇遇ですわね。私《わたくし》も今日は良い夢を見ましたわ」
「ほう……」
良い夢を見た時は、その日の気分も良くなるというものだ。
「殿下は、どんな夢を見ましたの?」
「俺か? そうだな……。事の始まりはどこからかけたたましい音が聞こえた事。その音で俺はベッドから跳び起きた」
「夢の中での話ですか?」
「うむ。そうだ。起きたつもりがまだ夢の中にいたわけだ。それで、夢の中の俺はとても理解力が高くてな。その瞬間に、暗殺者が屋敷へ侵入した事を察したのだ」
「それで?」
「俺はベッドから出て、部屋の外へ向かった。
外へ逃れようと、廊下を走り出したわけだ。
するとどうだ。
気付けば長い長い一直線の廊下が続いていた。
目を眇《すが》めても先が見えないほどの廊下だ。
この屋敷は広いが、そんなに長い廊下などあるはずがない。
夢の中の敏い俺でも、流石にそれは異常だと思った。
だから戻ろうとしたら、振り返った先にも長い廊下が続いている。
出てきたはずの部屋の扉もなかった。
どうしようもないから、さらに進もうとした時だ。
行く手にあいつがいた」
そこまで語り、俺は紅茶に口をつけた。
「誰がいましたの?」
「クロエだ。彼女が立っていた」
「なるほど。クロエちゃんが助けに来てくれた夢だから嬉しかったという事ですのね?」
「いや、違う。確かに姿を見て安堵したが、クロエはおもむろに構えを取った。つまり、暗殺者はクロエだったのだ」
まぁ、とコンチュエリが声を出す。
「それだけでもう絶望的な状況だ。相手が相手だ。打倒する事はもちろん、逃げる事も叶わぬであろう。だが、それで終わらなかった。背後に、もう一人現れた」
「それは誰ですの?」
「アルディリアだ。奴もまた、俺の背後で構えを取っていた。もうこうなってはどうしようもない。これは助かりようが無い。と、いう所で目が覚めた」
コンチュエリが微妙な表情で俺を見ていた。
「私《わたくし》には少し独創的過ぎてよくわからないのですが、どの辺りが良い夢ですの?」
「とても刺激的で楽しい夢ではないか。それに絶望的なまでに脱する事ができないであろう状況だ。そこからどうすれば脱する事ができるか、という事を考えるのも楽しいではないか」
「よくわかりませんわ」
で、あろうな。
俺も自分の特殊性は理解しているつもりだ。
「では、お前はどんな良い夢を見たのだ」
「そうですわね。ヴァール殿下が出てきましたわ」
「ほう……。この身はそんなにお前から慕われていたか」
「ええ。勿論ですわ。そして、もう一人アルディリアちゃんも出てきましたわ」
「二人に、それも人の夫にも想いを寄せるとはなんとも欲の深い事だ」
「自覚しておりますわ。わたくしは欲張りですの」
「それで、二人にいいように弄ばれでもしたか?」
「いいえ、殿下とアルディリアちゃんが絡み合っている所を間近でじっくりと観察していましたわ。見ているだけですの!」
まぁそうであろうな。
知っていた。
この女はこんな奴である。
俺も特殊な感性を持っているが、この女も特殊だ。
だから楽しいのだ。
一緒に居て飽きない。
ふと、未来からの来訪者の事を思い出す。
つい先日、俺の命を狙って屋敷へ襲撃した輩《やから》だ。
あれは恐らく、俺の息子。
それも母親は、この女であろう。
確かに俺は、この女を憎からず想っている。
それはあの来訪者の存在に影響されてという事ではない。
前々から、俺はこの女の事が気に入っていた。
好みの女ではある。
それは見た目もさる事ながら、気性に対しての評価でもある。
俺はクロエを自分の物にしたいと思った。
その欲求は今も消えたわけではない。
あれは良い女だ。
ただ、その感情とコンチュエリへ向ける感情は少し違う。
クロエという女を例えるなら、それは宝石であろう。
キラキラと美しく輝き、見る者を魅了する至宝だ。
眺めているだけで満足してしまう類のもの。
そういう物は、手中へ収めたくなるものだ。
だから俺は、クロエが欲しかった。
だが、コンチュエリは俺にとってどこまでいっても女だ。
才覚に富み、人としても価値があれば、道具としての価値もあろう。
しかし俺はこの女に、女としての価値しか見ていない。
共にいて、言葉を交わし、指を絡め合いたいという情動を覚えるくらいだ。
例えようもなく、俺にとってこの女は女でしかないのだ。
「ふふ」
「どうしまして?」
「コンチュエリ。もし、ここで俺がお前を抱きたいと言ったらどうする?」
戯れに訊ねる。
珍しく慌てふためく姿が見られるか、とも思ったが。
コンチュエリは冷静に言葉を受け止めた。
「多分、応じると思いますわ」
「ほう。意外だな」
「わたくしのさっきの言葉、嘘ではございませんのよ?」
慕っているかと聞き、肯定した事か。
ならば、遠慮はいらぬな。
俺はソファから立ち上がり、コンチュエリの方へ向かう。
「俺もお前の事を愛しているというわけではないが、嫌っているわけでもない。その身を召してやってもいいと思える程度には、気に入っている」
言いながら、隣に座る。
「そうですの? 光栄ですわ。ふふふ。一国の王子からそのような栄誉を賜れるというのは、なかなかある事ではありませんもの」
答える彼女の肩へ腕を回す。
彼女は特に抵抗する事もなく、むしろ身を寄せてきた。
そんな彼女の顎へ手をやり、軽く持ち上げた。
「それこそ、一国の姫君でもなければ得られぬ事でしょう。だからこうして求められる今は、まるで自分がお姫様になった気分を覚えますわ」
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