気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

時の女神編 六話 状況の説明 裏 下

 私に未来の事情を説明したチヅルちゃんは、次に歴史を改変するつもりがあると告白した。
 それは親友のためだという。

「親友?」
「はい。それについても説明します。その前にまず、過去へ渡ってきた人間について説明しておきたいと思います」

 過去に来た人員と言えば、真っ先に思い浮かぶのは昨日戦った黒い襲撃者だ。
 そして、イノス先輩が遅れを取った女の襲撃者とヴァール王子を襲った男の襲撃者が思い浮かぶ。

「過去に渡ったのは全員で五人。アルエット先生を引率とした、私を含む四人の学園生徒です」
「学園の生徒がこんな大事な任務に送られてきたの?」
「ただの学園生徒ではありません。恐らく、今アールネスで一番腕が立つと言われる生徒四人です」
「それは……?」
「さっきも言いましたが、ビッテンフェルト四天王です」

 それは冗談じゃなかったのか。

 ふと、黒い襲撃者が思い浮かんだ。

「ビッテンフェルトと言う事は……」
「はい。学園でもっとも強いとされる闘技者。その上位四人がビッテンフェルト四天王と呼ばれています。そして何故その名が冠されているかと言えば、その主席となる人物こそがあなたの娘だからです」

 バーン! とチヅルちゃんがポーズを決めながら言い放つ。
 背後に何か立っていそうなポーズだ。

「そう……なんだ」

 予想していた事ではある。
 大アルエットちゃんが出てきた時から、そうじゃないかと思っていたのだ。
 しかし、その事実を改めて告げられると、ちょっと衝撃を受けた。

「彼女の詳しい説明は後回しにして四天王について。一人はチヅル・カカシです。イメージモデルは鶴。倭の国からの留学生で、転生者。転生したきっかけはトラックに轢かれたせいです。私に関してはそれ以上でもそれ以下でもありません。私の事ですね」

 異世界ものでよくある死に方したんだね。

「次に、エミユ・アルマール。名前の通り、ルクスさんとイノスさんの娘です。銀髪で、空中からの投げ技が得意な投げキャラです」

 イノス先輩が遅れを取った相手か。

「ちなみにイメージモデルはエミュー。飛べない鳥ですね」
「なのに空中メインなんだね」

 飛べないのに飛ぶ所は父親と同じだね。

「次ですが」

 次、という事はヴァール王子を襲ったという男の子か。
 私はその特徴をイノス先輩から聞いている。

 肌の色が暗めで、髪の色は金髪らしい。
 きっと目の色は赤だろうな、と私は思っていた。

「オルカ・ヴェルデイド。金髪と褐色の肌と赤い目が特徴的なコンチュエリさんの息子です」
「やっぱりヴァ……ヴェッ!? コンチュエリ!?」
「はい。コンチュエリ・ヴェルデイドの息子で、父親が誰かは不明です。いったい、どこの王子様なんでしょうね」

 よく会っているのは知っていたけれど……。
 そんな関係だとは思いもしなかったよ。

 失礼だけれど、コンチュエリは独身で過ごすと思ってた。
 あ、父親が解からないという事は一応独身なのか。

「イメージモデルはその名の通りオルカ。シャチですね。飛び道具と投げ技を駆使する距離を選ばない戦いが得意です」
「ふぅん。昨日イノス先輩とヴァール王子を襲った二人だね」

 私が言うと、チヅルちゃんは驚いた。

「昨日、二人に襲われたんですか?」
「あれ? 作戦の内じゃなかったの?」
「二人は別行動していました。暴走しがちなエミユをオルカに任せていたんですが……」
「エミユちゃんはイノス先輩を。オルカくんはヴァール王子を狙っていたみたいだよ」
「本当ですか?」

 真剣な顔で聞き返される。
 頷いて肯定する。

「そうですか……。エミユはやりかねないと思っていましたが。オルカ……そんなに思い詰めていたなんて……」

 チヅルちゃんは痛ましい表情を作る。
 そんな顔を軽く左右に振って、彼女は私に向き直った。

「教えていただいて、ありがとうございます。……次は、彼女について話します」

 彼女。
 私の娘か。

「彼女の名はヤタ。ヤタ・ビッテンフェルト。学園最強の闘技者にして、私の親友です」

 ヤタ。
 八咫烏《やたがらす》からついた名前だろうか。

 それが、あの襲撃者の名前。
 私の娘の名前か。

「そして私は彼女のために、歴史を変えたいと思っています」
「何を変えようというのさ?」
「あなたはいずれ、彼女を置いて行方をくらませます。私はその歴史を変えたいのです」

 彼女の言葉に、私はさらなる衝撃を受けた。



「私達の世界に今、あなたはいません。当時の事はよく知りませんが、あなたは当時三歳だった彼女を置いて、どこかへ行ってしまうそうです。アードラーさんと一緒に」
「え、アードラーも一緒に?」

 何でそんな事になっているのだろうか?

「はい。私はその歴史を変えて、あなたが彼女のそばにずっといるようにしたいのです。そしてそれは、ヤタの望みでもあります」
「そうなんだ」

 チヅルちゃんは顔を伏せた。

「ヤタは他人に弱みを見せない子です。でも、人一倍寂しがりやで甘えんぼで、ファザコンなうえにマザコンなんです」

 言葉選びが辛辣だね。
 本当に親友?

「平気そうにしていますけれど、あなたに置いて行かれた事をずっと気にして……。お母さんにずっと会いたがっていたんです」
「だから、戦えない体にしてやるって?」
「そうなれば、どこにも行けないって思ったんでしょうね」

 やり口がヤンデレに近いぞ。

「生真面目な子だから、本当はカナリオさんだけをさらっていくつもりだったんです。あなたにも会わないつもりでした。でも、あなたに直接会って言葉を交わしてしまった。それで、気持ちを抑えられなくなったんだと思います」

 そうだったのか。

「彼女は猫舌で過剰なくらいふーふーしないと熱い物が食べられません。
 普段から、弱い人間が嫌いだとか言いながら闘技の成績が悪い生徒の面倒を付きっ切りで親身になって見て上げます。
 可愛い物が好きで部屋の中がぬいぐるみだらけです。
 秋の行楽で一緒の部屋になった時、寝言で「ママ」って言ってました。
 そんな可愛い彼女をどうして捨てたのですか?」

 確かに可愛いけど、人聞き悪いな。
 正直、こっちが聞きたいよ。

「今の私にはわからないよ」
「まぁ、そうなんでしょうけれどね。だからこそ、歴史を変えたいんですよ。カナリオさんにこの事を話せば、あなたが行方不明になる事態を防げるかもしれません。そうすれば、ヤタはずっとあなたと一緒にいられるでしょう。私は、そうなってほしいんです」

 彼女の言葉には強い気持ちが込められている。

 なるほど。
 親友のため、か。
 友達のためにここまでしてくれる人間はそういないはずだ。

 私の娘は、いい友達を持ったんだね。

「娘に、君みたいな友達がいるとわかって嬉しいよ。うちの娘と仲良くしてあげてね」

 なんとなく、そんな言葉を投げていた。
 娘の前で言えば、「やめてよ、お母さん」と怒られてしまうような台詞だ。

 娘の事を思っての言葉なのだろうが、娘の身としては友達にそんな事を言われると何故か恥ずかしいのだ。

 でも言ってしまう気持ちがわかってしまった。
 まだ親じゃないのにね……。

 内心で苦笑する。

「ええ、それはもちろん。ヤタは私の親友ですから」

 チヅルちゃんはどこからか扇子を取り出して、口元を隠しながら言った。
 照れているのだろうか?

「だから、クロエさんには私の代わりにカナリオさんへ未来の事を話してほしいんです」

 そうして、未来を変えるという事か。

 でも……。

「……私だって、娘には寂しい思いをさせたくない。でも、ちょっと考えさせてくれない?」

 言うと、チヅルちゃんの目が細められた。

 口元を扇子で隠しているだけなのに、どうしてその仕草が胡散臭く見えるのだろう?
 何だか軍師っぽい。

「当然でしょうね。私のやろうとしている事は、あまりにも大それた事でしょうから」

 歴史を変えてしまうという事は、大変な事だ。

 たった一人の些細な事を変えてしまっても、そこからたくさんの人間に影響を与えてしまうかもしれないのだ。

 歴史を変えてしまうと、運命が変わって誰かが泣く事になるかもしれない。
 容易には答えられない。

「じっくりと、考えてみてください。そうですね。今一度、ヤタと会ってみるのもいいかもしれません」
「あの子と、もう一度、か」
「あなたがどんな判断をするにしても、あの子はずっと寂しい思いをしてきたんです。構ってあげてください。甘えさせてあげてください。あなたなりのやり方で」

 真剣な声色だ。
 本当にこの子は、私の娘の事を想ってくれているんだなぁ……。
 私は知らず笑みを作っていた。

「うん。わかった。あの時は相手が誰かわからなくて、よくわからない気持ちで相手していたけれど……。今は正体もわかった。だから、今度はしっかりと相手できる」

 気の持ちようだけれど。
 人は得体の知れない物を恐れるものだ。

 自分を追いかけてくる青い謎の生物だったり、バックミラーから消えないハチロクだったり、よくわからない物は恐いものだ。
 でも、知れてしまえばたいがいは恐くなくなる。

 今の私は、彼女の正体を知った。
 どうしてやる気がでなかったのかもなんとなくわかる。
 きっと、彼女が私と血を分けた存在だと体が理解してしまったからだ。

 なら、今の私はちゃんと戦える。
 それは敵としてではなく、母親として。
 彼女に構ってあげる行為。
 甘えさせてあげる行為だ。

「今ならば、ちゃんと遊んであげられる。長い間、遊んで上げられなかったみたいだからね。今度こそ、たっぷりと遊んであげるよ」



「それにしても、未来から来たかぁ。王道展開だね」
「そうですか?」
「考えてもみなよ。あの伝説的な少年漫画だって、大会の後には宇宙人が攻めてきたり、未来から人が会いにきたりするでしょう」
「ああ、それもそうですね」
「で、サッカーを消す、とか言い出すわけだ」
「あ、そっちですか。引っ張りますね。あと、漫画じゃないですよね」
「フライングゲットして、発売日には最後の章に辿り着いてたのはいい思い出。学校をずる休みして一日中やってたよ」
「結構ダメな人だったんですね」

 まぁ、そう言わないでよ。

「でも、未来人が先という事は、次は宇宙人かな? その場合、きっと私の父上はベジタブルな星の出身で、来るのは父上の兄だね」
「話を強引に戻しましたね」
「きっと、相手の力量を測る壊れやすいマシンを目につけている。そして言うんだ。「地球は狙われている!」と」
「そして第二部で世紀末っぽくなってトンファーを振り回すんですね」
「そう、そして父上のお兄ちゃんが「我が生涯に一片の悔いなし」とか言って昇天しちゃうわけだ」
「そしてビッテンフェルト公は緑色の強敵《とも》ために宇宙へ旅立つんですね」

 それみろ。
 ツッコミがいないとカオスな上に収拾がつかないじゃないか。

「この話はここまでにしておこうか。でも、こういう話ができるのは嬉しいね」
「私も嬉しいです。転生してからは、こういう話ができませんでしたからね」
「……もしかしたら未来でまた君と会えるかもしれないんだよね。その時は友達になってよ。いや、姉妹分《スール》の杯《ロザリオ》を受け取ってもらおうかな。お姉様とでも呼んでもらおう」
「私としても、あなたとは友達になりたいです。でも……未来で会った時って多分、クロエさんは結構いい歳ですよね?」

 ははは、こやつめ。

「それとさぁ。ちょっと、個人的に聞きたい事があるんだけど、いい?」
「何ですか?」

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