気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

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時の女神編 二話 白い闘技者

 馬車に立ち塞がる謎の黒い人物。
 その人物から奇襲の蹴りを受け、私は仰け反ってそれを避けた。

 そのまま地面へ倒れこむようにし、手をついて後転する。
 距離をとって構えた。

「クロエ!」

 後ろからアードラーの声。
 見ると、馬車から出ようとしている。

「来ちゃだめ」

 言うと、アードラーが足を止める。

 襲撃者が一人とは限らない。
 彼女にはリオン王子とカナリオを守っていてほしい。

 アードラーはそれを察してくれたようだ。

「さて……。何者かな? あなたは」

 言いながら、私は構えを取る。
 相手も構えを取った。

 ビッテンフェルト流の構えだ。

 しかも形だけなら完璧。
 まるで、父上と相対しているような錯覚に陥るほどだ。

「今のあなたには、わかるまい」

 言葉少なに答える。
 と同時に、初撃の左ジャブが来る。
 受けて流すと右のストレート。
 続いて右ミドルキックのコンビネーション。
 間髪入れぬそれらの攻勢をしのぐ。

 ミドルキックを戻しつつ、左ストレートが来る。
 それを見切り、私はカウンター狙いの右ストレートを放った。
 が、左ストレートが途中で止まる。
 と同時に右アッパーが私の顎を狙って突き上げられる。

 誘われた!?

 左ストレートは囮だ。
 私のカウンターを誘い出して、さらにそれをカウンターで取るための布石だったのだ。

 私の顎《あご》に拳がめり込む。
 同時に、限界まで首を仰け反らせ、顎関節を一時的に外し、体を跳ね上げさせてダメージをできるだけ殺した。

 宙に浮いた体を一回転させて着地する。
 顎関節をはめなおす。

 人に見せていい顔ではない。

「並みの人間ならば、今の一撃で終わりだろう。流石と言うべきか」
「あなたもすごいね。ちょっと油断してた。何だか知らないけれど、敵だと思えないんだよね。あなたの事」

 言い訳にしかならないが、相手が強い弱い以前にこの相手に対して警戒心が働かない。
 力量は私と同じぐらい……かな?
 不思議な相手だ。

「私など、敵にすらなりえないと言うのか?」

 怒りを含んだ声。
 物凄い邪推《じゃすい》をされた。

「いいだろう! ならば見せ付けてやろう。その身へと刻み付けてやろう! 私という人間の強さを刻印として!」

 なんか言葉の端々に厨二臭がするな、この人。

 相手はその言葉と同時に、猛烈な攻勢を仕掛けてきた。

 私はその攻撃をしのぎつつ反撃する。
 だが、戦いにくい。

 いつもなら強い相手と戦う時は、もっと気分が高揚するのに……。
 どういうわけか、この相手には闘志が湧かない。
 楽しくない。

 ただそれでもちゃんと戦えているのは、この相手の動きが父上ととてもよく似ているからだ。

 動きを知っているから、何とか互角にやり合えている。

 やりにくさを覚えつつ、攻防を交えているそんな時だった。

「何者!」

 背後からアードラーの声が聞こえた。
 思わずそちらを見る。

 すると、別の襲撃者と相対するアードラーの姿があった。
 その襲撃者の姿に私は驚いた。

 襲撃者は着物姿の少女だった。
 白地に淡い青の模様を散らした綺麗な柄の着物だ。

 日本人?
 いや、倭の国の人間か。

「よそ見とは、嘗められたものだな」

 近くで声がした。
 同時に、脇腹に痛みが走る。

 本当に、相手を前に気が緩み過ぎだ。
 普段なら、よそ見しても警戒は解かないのに……。

 相手のショベルフックが私の脇腹に突き刺さっていた。
 しかもそれだけに留まらず、拳がさらにメリメリと体内に侵入してくる。

 この技は、リオン王子の?
 いや、この当たってからさらに内部へ押し入ってくる打ち方はむしろ……。

 なんとか身を捩って威力を殺そうとするが、遅かった。
 肋骨が折れ、内蔵にも威力が伝わっている。
 もはや、受けてしまったダメージは消せない。

 そのまま私は地面に倒れ伏した。
 白色を使って回復を図る。

「回復などさせんよ」

 折れた肋骨を踏みつけられる。

「あがぁぁぁぁっ!」
「それが私を嘗めた代償だ。高くついたな。このまま、戦えない体にしてやる。もう、二度と……」

 私を踏みつける足へ、さらに力が込められた。

「ああぁ……っ!」

 痛みに悲鳴が上がった。

 このままでは本当に……。

 その時だった。
 白い何かが謎の襲撃者へと飛び掛った。

「ちっ」

 襲撃者は舌打ちして飛び退き、白い何かは私と襲撃者を隔てるように立った。

 その白い何かは、一人の人間だった。
 見えていた白は、髪の毛の色だ。
 服装は黒いパンツ、白いシャツ、黒い上着のモノクロームコーディネート。

 ティグリス先生?
 そう思った。

「あなたの気持ちはわからないでもない。でも、このやり方はいけない」

 その白い人物の声もまた、襲撃者と同じく歪んでいた。

「私の前に立ち塞がるか!」
「そうだね。間違っている事をしているなら、何度でも高い壁として立ち塞がってあげるよ。私は、先生だからね」
「立ち塞がる壁が高いなら、ぶち破って押し通るのみだ!」

 襲撃者が白い人物に襲い掛かる。

 コンビネーション攻撃を仕掛ける襲撃者。
 白い人物はその攻撃を難なくいなす。
 その戦いを見るだけで、白い人物と黒い襲撃者の格の違いがわかる。
 格上なのは、白い人物だ。
 断然に。

 そして……。

「ちゃんと防ぎなよ?」

 相手のガードの上から、強烈な拳を打ち付けた。

 その一連の動作を私は綺麗だと思った。
 芸術的だとすら思った。

 洗練された動きだ。
 その一撃を放つために使われた筋肉の躍動が見ているだけで伝わってくる。
 まるで拳を振るうためだけに存在するような、そんな体である事がわかる。
 そこから放たれた一撃はあまりにも速く、そして重い……。

 見るだけでその威力がわかった。

 襲撃者はその拳を確かに防いだ。
 完璧なガード姿勢だった。
 だが、その威力を受け止めきれず、後退する。
 膝を地に着けた。

「くっ……これほどとは……」
「さぁ、自由行動はこれでおしまい。それよりも早く、私達の目的を果たそう」
「いや、ならぬ……。まだ、終われぬ……。私は……」

 白い人物は溜息を吐いた。

 その時だった。
 もう一人の襲撃者が、空から黒い襲撃者のそばに下り立った。

「カカシさん!?」

 白い人物がその名を呼ぶ。
 同時に、カカシと呼ばれた少女が足元から白い霧を発生させた。
 魔法だろう。

 白い霧がその場にいた四人を包む。

 そして霧が晴れた時、そこに襲撃者二人の姿はなかった。

 残るのは、私と白い人物だけである。

 白い人物が私に振り向く。
 その時に初めて顔が見えた。
 顔には、襲撃者と同じ黒い仮面がつけられていた。

「大丈夫ですか?」

 倒れる私に、彼女は手を差し伸べてくれる。

「はい。大丈夫です。あなたは?」
「私は……白の闘技者とでも呼んでください」
「……わかったよ。アルエ……白の闘技者さん。助かった」
「……。無事で何よりです」
「本当にありがとう。アルエ……白の闘技者さん」
「…………。もう、アルエットでいいです。クロエ姉さん」

 渋々ながら、彼女は認めた。

 なんとなく、そんな気がしていたのだ。
 彼女が何で大人の姿で私の前にいるのかはわからないけれど、この世界は前世と比べて不思議がいっぱいだ。
 今更、こんな不思議があったとしても驚かない。

 白い人物は顔を隠す仮面を取った。
 そこには、成長して大人びた顔つきになったアルエットちゃんの素顔があった。

「説明、してくれるよね?」
「こうもあっさりバレてしまえば、言わないわけにもいきませんね。クロエ姉さんだけには、話しておきます」

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