気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 憂鬱な人妻と女神

 最近、私はアルディリアを疑っている。

 アルディリアは今、軍人として城勤めをしている。
 今の所はまだ研修期間のようなもので、父上の部隊で他の兵士達と一緒に訓練を行いつつ部隊の運営に関する事を実地で学んでいる最中だ。

 だからやる事は多く、帰りは他の兵士よりも遅いくらいなのだ。
 けれど、遅くとも八時ぐらいには帰ってくるのが常だ。

 ただ、ここの所は十時を過ぎてもなかなか帰ってこない事が頻繁にあった。

 どうして遅いのか聞くと「友達と呑みに行っていたんだ」と答える。

 そういう事もあるだろう。
 と私も納得していた。
 お酒の臭いがしているのは確かだったし。

 しかしふと最近気付いたのだ。

 帰ってきたアルディリアの体から、お酒の臭いのほかに女物らしき香水の匂いが混じっている時があると……。

 アルディリアに限ってそんな事はないと思うのだが、ちょっとだけ気分が悪い。

 私はその事を相談したいと思い、アードラーにそれとなく話を振ってみた。

「最近、アルディリア遅いよね。今日も遅くなるって連絡がきたんだけど」
「そう、今夜も遅いのね。じゃあ、今夜も二人きりの時間を長く楽しめるのね」

 と手を絡めてきたので、アルディリアが帰ってくるまで二人でイチャイチャしていた。

 まぁ、アルディリアに対するモヤモヤは消えないわけだが。



 自室。

「うーん、どういう事だろう? アルディリアに限ってそんな事はないと思うけど……。でもなぁ。でも本当に浮気とかだったら……」

 と、私は文机に着いて、一人でアルディリアについて考えを巡らせていた。
 その内に、段々と考えが悪い方向へ向かう。
 私の心に黒い物がさした気がした。

 とその時だ。
 私は無意識の内に白色を体から発した。

 どうしてそんな事をしたのかはわからないが、反射的に体が勝手に白色を発したのだ。

「ぎょえええぇ」

 どこからともなく奇怪な叫び声がした。

 そちらを見ると、床に黒い何かが落ちている。
 じたばたと悶えている、それ。

 一瞬、カサカサと動き回るあれかと思って身構えた。
 が、よく見るとそれは人型をしていた。

 小さい人間だ。
 ちょっとシュエットに似ている。

 というかシュエットだった。

 私は手の平サイズのシュエットをつまみ上げ、手の平に乗せた。

 ああっ女神様っ!
 こんなおいたわしい姿になっちゃって。
 初登場時のむせ返るような強キャラ臭はいったいどこにいってしまったのか。

 シュエットは私の手の平の上で立ち上がる。

「ええい! 貴様、何故気付いた!」
「そりゃあ、あんな悲鳴上げて床でジタバタしてたら気付くよ」
「そうではないわ! ワシが入り込もうとした時、白色を全身に巡らせて侵入を防いだじゃろう!」

 そんな事したっけ?
 ああ、今さっき勝手に出ちゃったあれか……。

「別に気付いたわけじゃなくて、勝手に出ちゃったんだよ」
「何じゃと!」
「自覚はないけれど、シュエットが私にとり憑こうとしたのって二回目だよね? 一回目の時の事を体が覚えちゃって、無自覚で防衛するようになっちゃったんじゃないかな」

 適当にそれらしい事を言ってみる。
 実際は知らん。

「そんな事ができるとは……。貴様、人間ではないな?」

 あなたに言われたくないです。

「くぅ、心に闇があったから入り込んでやろうと思っていたのに! 失敗じゃ! どうしてくれる!」

 私の手の平の上で地団太踏むシュエット様。
 痛いじゃないですか。

「でも本当にどこから嗅ぎつけてくるんだか」
「当然じゃろう。ワシはいつも貴様のそばにおるのじゃ。主にこの館の中での!」

 家の中までストーキングされてるのか、私。
 いや、むしろ住み着かれてる感じ?
 こういうのは一匹いたら三十匹はいるというし、これからはたまに部屋で隅々まで効く白色《はくしょく》焚かなくっちゃ。

「しかし貴様、何故そんなに思い悩んでおったのじゃ?」

 シュエットが訊ねてくる。

「それは……」

 咄嗟に言いかけて、考え直す。
 何でよりによってこの女神様に夫婦間の問題を相談せにゃならんのだろう?

 でも、相談に乗ってもらえる人間がいなかったので丁度いいか。
 こう見えても女神様だ。
 もしかしたら女神の英知で解決するかもしれない。

 どうにもならなくても、相手がいるかいないかで大違いだ。

 私はペットに語りかけるような心持ちでシュエットに悩みを話して聞かせた。
 アルディリアやアードラーが、かつてリスに話しかけていた気持ちがちょっとわかった。

「なるほどのう。夫が浮気しとるかもしれんと」
「そうなんです。どうすればいいでしょうか。みの……シュエットさん」
「男なんてだいたいそんなものじゃろう」

 月並みっスね、女神様。

「気になるなら、尾行でもして直接探れば良いではないか。貴様なら相手に悟られずにそれができよう」
「うーん、そうなんだけど……。もし本当に浮気してたら嫌だし……」
「何を言っておる、貴様らしくない。ワシに立ち向かってきた勇気はどこに行ったのじゃ。貴様はワシを打ち倒すほどの豪の者じゃ。そんな事で怖気てどうする?」

 こんなにガチで勇気付けられるとは思わなかった。

 でも確かにシュエット様の言う通りだ。
 私らしくないかもしれないな。
 勇気が湧いてきた。
 勇気リンリン元気百倍である。

「ありがとう、女神様。直接探ってみるよ」
「うむ。よいぞ。……うくく、これであの男が浮気しておれば、心に入り込む隙も生まれる事じゃろうて」

 女神様って、基本的に考えている事がだだ漏れですよね。



 私はシュエットと共に、アルディリアの素行調査をする事にした。

 私は男装し、フードつきのマントを羽織って変装していた。
 シュエット様は、私の肩の上に鎮座ましましている。

 仕事を終えて城から出てくるアルディリアを待った。
 しばらくして、アルディリアと父上とお義父さんが出てきた。
 お義父さんはアルディリアのお父さんの方である。

 思えば私、あんまりフェルディウス公と話した事ないな。

 妻《アードラー》の妻として改めて挨拶しておくべきかな。

 三人は少し雑談しながら歩き、別れた。
 お義父さんは何か用事があるのかもしれない。
 父上とアルディリアだけが、供だって歩き出す。

 父上が一緒か……。
 近付き過ぎると気付かれちゃいそうだ。

 と思っていると、アルディリアが途中で道を外れた。
 よし、と思ってアルディリアの後をつけていく。

「何をしているんだ? クロエ」

 すると、いつの間にか後ろにいた父上から声をかけられた。
 尾行に気付かれて逆に尾行されてしまったらしい。

「アルディリアをつけて何のつもりだ?」
「いえ、それは……」

 これはまずい。
 父上に知られると我が家の問題が、我が家の問題だけじゃなくなってしまうかもしれない。

「ちょっと気になる事があって……」
「気になる事? アルディリアは浮気でもしているのか?」

 パパの勘が鋭い。
 目つきが剣呑なものになる。

「そうじゃないよ。見かけたから、後ろから声をかけて脅かそうと思ってたんだ。それで、一人になるのを待っていたんだよ」
「そうか……」

 パパの表情が和らぐ。
 よし、事なきを得た。
 ついでにちょっと情報収集。

「でも、アルディリアはどこに行こうとしているんだろう? 家の道と違うのに……。パパは何か知ってる?」
「友人と呑みに行く約束があるそうだ」
「へぇ……」

 それは本当なんだ。
 相手は誰なんだろう?

「ありがとうパパ。じゃあ、私はアルディリアを追いかけるから」
「ああ」

 私はパパと別れてアルディリアの後を追った。

「友達と呑みにのう……」

 パパに声をかけられた時、私の髪の毛の中へ避難していたシュエット様が呟く。

「浮気の言い訳としては常套句じゃのう」

 不安を煽るのやめて。

 尾行を再開すると。アルディリアは町の小料理屋へ入った。
 それとなく客を装って、私も店の中へ入る。

 アルディリアを探すと、テーブル席で誰かと相席している彼を見つけた。
 相手を確認する。

 それは見覚えのある相手だった。
 ヴォルフラムくんである。

 私はホッとした。
 本当に友達と呑んでいたんだ。

 私は料理を注文しつつ、二人を観察した。
 何を話しているのかは、そこそこに繁盛している料理屋の騒がしさで聞こえない。
 だが、二人共楽しそうに談笑している。

 しかし……。

 アルディリアは話しながら、両手を合わせて口元を隠すような仕草をする。
 彼が誰かと楽しい会話している時の癖だ。

 かつての可愛らしい頃の彼なら女子にしか見えない仕草だったが、今はちょっと中世的な美女のようである。

 なんか、女子力上がってない?

 でもそんな所もしゅきぃ……。

 母上から料理を習うなどして内面的な女子力はむしろ高まっているんだよね。
 いったい何を目指しているんだろうか?

 私の二人目の妻か?

 そうこうしている内に、二人が食事を終えて席を立った。
 会計へ向かう。

 ちょっと早いかな。
 でも、ちょくちょく会って呑むならこんなもんか。

 私も注文した串焼きを平らげて、外へ出た。

「さて、さっさと帰ろうかな」

 つけていたのがバレたら、怒られそうだ。

「いや、待て。まだ断じるには早いぞ」

 シュエット様が囁いてくる。

「もしかしたら、これはアリバイを作るための行為かもしれぬぞ。友人とここで食事をしていたという証拠を作るために会っていたのかもしれぬ」

 一理あるな。
 家に帰るまでが浮気調査だ。

 彼の浮気はまだ始まったばかりかもしれない。

 という事で、私は尾行を再開した。



 その後の彼は、家に帰らなかった。
 家とは反対方向の道へ行き、そのままどこかの貴族の屋敷へ入っていく。

 シュエットの言う通り、やっぱりあれはアリバイ工作だったのかもしれなかった。

「ほれみろ」

 ほれみろというしたり顔でシュエットは言う。
 言葉に出さなくてもわかるわ。

 私はちょっとだけ緊張しながら、屋敷へ忍び込んだ。
 不法侵入はよくないが、ここまできて引き下がれない。

 私は屋敷の警備をかいくぐりながら、中を探る事にした。

 しかし、妙に警備が厳重だな……。
 警備の人員が多いし、個々人がそれなりに強そうだ。

 高位の爵位を持った家なんだろうか?

 そう思いながら、外から灯りのついた部屋の窓を覗いて確かめていく。
 そして、私はある部屋の様子を見て安堵した。

 ……何の事はない。
 アルディリアは、本当に友人と会っていただけだ。

 部屋の中では、アルディリアとヴァール王子が一緒に酒を呑んで雑談していた。

 会いに来た事がないから気付かなかったけれど、この屋敷はヴァール王子が軟禁されている屋敷だったのだ。

「何じゃ、つまらんの」

 シュエットが呟く。

 つまらなくて結構だよ。
 私は安心したから。

 でも……。
 そういえば、あの香水の匂いは何だったのだろう?

「あら、クロエちゃん。何していますの?」

 後ろから声をかけられた。
 振り返る。

 そこには、コンチュエリが立っていた。

 香水の匂いが鼻をくすぐる。
 アルディリアが前につけてきた匂いと一緒だ。

「コンチュエリ? そっちこそどうして?」

 訊ねると同時に、窓が内側から開かれた。
 そうして顔を出したのは、アルディリアだった。

「クロエ? 何でいるの?」
「えーと、ねぇ……」


 コンチュエリは、ヴァール王子の屋敷へよく遊びに来るらしい。
 異文化交流との事だ。
 アルディリアも時折遊びに来るらしく、コンチュエリは彼が来た時はすぐに帰る。
 ……フリをして、二人の団欒を外からこっそり覗いて楽しんでいたのだそうだ。
 私が部屋を覗いていた窓から。

 その時もそうするつもりであそこに来て、私はコンチュエリに見つかってしまったわけである。

 ちなみに、アルディリアには洗いざらい本当の事を話した。

 怒られた。

「僕が愛情を注ぐのは、クロエとアードラーだけだよ!」

 と怒るアルディリアに私は平謝りした。

「私はそんな汚いものいらないわ」
「酷いや」

 その後、アルディリアとアードラーがそんなやり取りを交わしていた。



「まったく、女神様のせいでえらい目にあったよ」
「決めたのは貴様じゃろうに。ワシは背中を押しただけじゃ」

 そうなんだけどさ。

 彼女は私にアドバイスしてくれただけだ。
 そこに下心があったにしても、おかげで行動できた。
 そして結果、私の疑念は晴れた。

 感謝した方がいいだろうか?

「ん? 貴様、ワシを信仰しておるのか?」

 シュエットに問われる。
 なんとなくそういうのがわかるのだろうか?

「感謝はしてる」
「いらんわ、そんなもん」
「そう。でも、困った人間の悩みを解決するなんて、本当に女神様みたいだね」
「女神じゃからな」

 今は邪神だけどね。

「ねぇ、女神様はどうして人間を滅ぼそうとしたの?」

 気になって聞いてみる。
 しばらく黙り込むシュエット。
 やがて、口を開く。

「……ある信者の運命を見た時に知ったのじゃ。数百年後の未来で、その信者の子孫が妙に目が大きく、幼子のような身体つきのわりに胸が不自然なほど大きい少女の絵を前に「シュエット様萌えー」とかほざいておる姿を……。それがとてつもなく気持ち悪かったのじゃ」
「そんな事でっ!?」
「貴様は知らんから言えるのじゃ! あのおぞましさはその対象にされねばわからんわ!」

 きっと未来で文明が発達して、私の前世の世界と同じようにオタク文化が芽生えるという事なのだろう。
 そして、オタク文化定番の神話やら歴史上の偉人などを美少女化する風潮によってシュエット様も萌えキャラ化されてしまったのだ。

「とまぁ、それは冗談じゃ。ワシとて、そんな事で人を滅ぼそうとなどせんわ」
「そうですか」

 何だ、冗談か。

 シュエット様は窓の外を見やる。
 その表情は、物憂げだった。

「人間とは度し難いものじゃ……。欲望の果てに、自らを育む大地も、罪なき他の生物達も、そして自らをも滅ぼしてしまおうとする……。この世界を壊しておきながら、容易くその世界を切り捨てる……。これほど愚かで醜くおぞましい生き物は他に無い」

 独り言のように言うシュエット。
 その物憂げな表情が何を思っての事かはわからない。

 けれど、私はそんな今の彼女がとても女神らしいと思えてしまった。

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