気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 私TUEEE!
自宅。
夫婦揃って夕食を取っていた時の事。
「クロエにお願いがあるんだけれど……」
アルディリアが少し言い難そうに切り出した。
「何?」
「実は、城の警備を強化するために警備兵を鍛えて欲しいんだ」
アルディリアの話によれば、最近城の警備の質が問題視されているという事だった。
何でだろうね?
ちなみに、城の警備が突破された事など未だかつてない。
……という事になっている。
そんな事があれば城の警備を甘く見られて、忍び込もうとする人間が出てくるかもしれないし、何より王家の権威にも傷がつく。
そういう事実があったとしても、知られてしまうわけにはいかないのだ。
だから、そんな事は今まで一切なかったのである。
私は知らないったら知らない。
「クロエには今年入りたて新兵を面倒見てほしいんだけど、ダメかな?」
「別にいいけれど、何で私に頼むの? 父上の方が私よりも人に教える経験は豊富なはずだけど」
ちなみに、警備兵と軍の兵士は系統が違う。
父上は軍の兵士を鍛える事はあっても、警備兵の方はノータッチである。
「それはもう、陛下から直接頼まれたらしいんだけど……。お義父さんは断ったそうだよ」
「何で? あ、やっぱ答えなくていい。だいたいわかったから」
父上は陛下からの頼みは基本的に「ノー」と答える仕様になっている。
陛下に対してだけならば、父上はイエスマンならぬノーマンになるのだ。
原因は、私がさらわれた時の事を未だに忘れていないからだ。
お前達がした事を忘れぬぞ、的な事を言っていたらしく、本当にそれを有言実行しているのだ。
「それで僕からクロエに話を通してくれないか、って事になったんだけど……」
そう言うアルディリアもあんまり乗り気じゃなさそうだ。
婿殿は辛いなぁ。
陛下の頼みも断れないけれど、父上に逆らうのも気が引けるんだろう。
「仕方ないなぁ。私もあの警備はまずいと思っていたからね」
「ありがとう。恩に着るよ」
「クロエが行くのなら、私も行くわ」
アードラーが申し出る。
夫婦そろってなので、彼女も当然ながらこの場にいたのだ。
「本当? それは助かるよ」
こうして、私とアードラーは警備兵の鍛錬を引き受ける事になった。
城の警備は、二つに分けられる。
わかりやすくいえば、外側と内側だ。
一つは外郭と中枢外。
もう一つは中枢内。
外郭と中枢外を担当する警備兵は、主に平民の一般公募から取られている。
範囲が広く、数が必要なために安上がりの平民を使っているわけだ。
とはいえ、多分普通の平民の稼ぎと比べても破格の給金が出ているはずだ。
対して、中枢の警備を担当する警備兵は全て貴族出身者だ。
中枢には陛下を始めとする王族がいるからであり、魔力を扱える人間を集めた結果だった。
ちなみに、祭壇の間は中枢を通り抜けなければ入れないので、そこまで突破されるという事は両方の警備兵が蹴散らされてしまったという事になる。
私が教えるのは、外郭と中枢外を担当する警備兵達。
平民出身の魔力を持たない警備兵達だ。
中枢の警備兵に関しては、ムルシエラ先輩が教えているそうだ。
そもそも、闘技という技術は貴族が使う技術ではないらしい。
元々は、魔力を持たない平民出身の傭兵達が戦のために編み出した技術が元であるという。
魔力を持っている貴族が必要とする技術ではなかったわけだ。
しかし今は平民出身者も貴族出身者も関係なく、多くが軍人が闘技を嗜むようになっている。
何故かと言えば、それは一重に私の父上の存在があったからだ。
それまでの戦における貴族の戦い方は、剣と放射系魔法によるもの。
特に魔法による遠距離戦が主であり、剣は魔力切れの際の最後の手段という意味合いが強かった。
しかし元々魔力資質の薄かった父上が戦功を積むためには、肉体による戦い方をする必要があった。
だから、父上は闘技をメインにした闘法を確立したのである。
そんな父上の存在があったからこそ、今のアールネスでは闘技が軍人の必修科目としてあるわけだ。
これは他の国と比べて珍しい傾向らしく、闘技を積極的に戦へ取り込む国はアールネスぐらいだそうだ。
ただ、まだ歴史の浅い分野である事には違いない。
城内。
兵士用の訓練場に私とアードラーはいた。
そんな私達の前には、総勢三十名の新兵達がいた。
今回の事は試験的な部分があるため、比較的優秀な人間を選りすぐったそうだ。
それがこの三十名の若い男達である。
だいたい、十五歳から二十歳ぐらいまでの歳幅であろうか。
ざっと見た感じ、ちょっと態度が悪い。
私達が女だからだろうか?
じろじろと不躾な視線を感じるし、嘗《な》めてかかっているのがよくわかる。
そんな視線にさらされて、アードラーが不機嫌そうだ。
「私が、あなた達の教官になります。クロエ・ビッテンフェルト。じゅうは……十七歳で〜す」
自己紹介する。
ヒュー、と新兵達から歓声が上がる。
馬鹿にした感じは拭えないが。
「何で一歳だけサバ読むのよ?」
アードラーの冷静でいて的確なツッコミ。
私も「おいおい」と心の中でセルフツッコミしておく。
「まぁ、いいじゃない。それより、アードラーも」
「そうね」
やる気がなさそうに答えて、アードラーも新兵へ向き直る。
「アードラー・ビッテンフェルトよ」
「「歳はー?」」
新兵達が声を揃えて聞いてくる。
アードラーは舌打ちして無視した。
「じゃあ、これから訓練を始めます」
「おい、ちょっ待てよ」
宣言した私に対し、新兵達の中から声がかけられる。
どこのイケメンアイドルだ? と思いながらそちらを見る。
私よりも頭一つ分ほど身長の高い、ゴリゴリした大男が新兵達の列の中から出てきた。
見るからに腕自慢、腕力家という雰囲気の若者だ。
顔は厳つい強面で、どう間違っても「メイビー」とか言ってくれなさそうである。
男が私の目の前までくる。
顔を顰めて前へ出ようとするアードラーを手で制する。
「教官ってのはよう、何の教官だ?」
男が聞いてきた。
「それはもちろん、闘技の教官だよ。そう聞いてない?」
「やっぱり、そうだよな。聞き間違いじゃなかったか。でも闘技の教官って言ったら、自分達よりも強い奴がやるもんじゃねぇのか?」
「まぁ、そりゃそうだ」
「じゃあ、何で、俺達がお前らみたいな女に教わらなきゃならねぇんだよ」
「それは私が強いからだよ」
「信じられねぇなぁ。そうだろ、みんな?」
大男は新兵達に声をかけた。
他の新兵達が「そーだそーだ」と賛同の声を上げる。
野次のようなものだ。
「身長も俺より低いし、腕だって俺の方が太い。そんな体で俺達より強ぇわけねぇと思うわけですよ。だからさぁ、実際に見せてもらえませんとねぇ。その強さっていうのを。へへへ」
大男は下品に笑った。
これは下心がありそうだ。
「うん。わかったよ」
まぁ、選りすぐりの人間がどの程度のものか確かめておく必要はあったからね。
一度戦って、実力を見ておくのは悪くない。
私は、新兵達とアードラーが見守る中、大男と向かいあった。
「遠慮なく行くぜ」
大男は言うと、体勢を低くした。
そのまま、突進してくる。
両手を広げている所を見るに、タックルだ。
なかなか様になっているのは、使い慣れているからか。
きっと、喧嘩慣れしているのだろう。
投げ技は、路上での喧嘩などでは有効だ。
石畳に叩きつけるだけで、大きなダメージを与えられる。
私はそのタックルをもろに受けた。
「へへっ」
大男が笑い、新兵達が歓声を上げた。
このまま私を押し倒そうとする。
もう、私を押し倒してどうするつもりなの?
エッチな事でも考えていたんでしょう。
でもねぇ……。
ちょっと力不足かなぁ。
大男の体が、私を押す体勢で動かなくなった。
力を込めているのはわかるが、私の体は一切動かなかった。
大男が顔を上げた。
信じられない物を見るような目で私を見る。
「巨木でも押してる気分かな?」
言うと、大男は怯えたように私から離れた。
今のタックルで、力量差を悟ったようだ。
そんな大男の様子を見て、新兵の誰かが「情けねぇぞー」と野次を飛ばした。
私は大男に近付いていく。
大男は後退りながらも、さっきの野次を気にしてかその足取りは重い。
逃げたい気持ちと立ち向かおうとする気持ちが両方あるのだろう。
その葛藤の間に、私は大男の前に立った。
「次は私の番だ」
言って拳を作り、振りかぶる。
大男が顔の前を腕で防御する。
そして。
「ヤァァァァァァァァ」
気の抜けた声を出しながら、ゆっくりと拳を突き出した。
呆気にとられる大男。
ガードする腕へ、私の拳が当たる。
瞬間、私は拳を加速させて大男のガードごと頭を打ち抜いた。
男はその場で縦に一回転し、地面に倒れてからも何度か転がった。
動かなくなる。
失神したようだ。
楽しげに野次を飛ばしていた新兵達が静かになっていた。
見ると皆一様に顔を引き攣らせていた。
「さて、次の人は?」
びっくりするぐらい誰も乗ってこなかった。
その後、アードラーの実力も知らしめておく必要があったので、彼女にも誰かと組み手してもらった。
アードラーは私よりも全体的にほっそりとした体型なので、弱いと思ったのだろう。
新兵から志願者が出た。
が、それは甘い見通しだ。
アードラーもその新兵をあっさりと倒した。
いや、あっさりじゃなかったな。
むしろ、ねっとりと倒した。
アードラーは相手の攻撃を全てかわしきり、なおかつ手加減した攻撃を当て続けた。
攻撃が一切当たらず、明らかに手加減された一撃を何度も受け続ける新兵。
アードラーの仕打ちは、特殊ステップで攻撃を避けつつ、弱Pだけで初心者を倒すような所業である。
最終的に新兵は降参した。
完全に自信を喪失した様子であった。
そうして、新兵達の中で私に逆らう人間はいなくなった。
ちゃんと私の言う事を聞いて、真面目に訓練を受けるようになった。
これで、ちゃんと陛下の期待には応えられそうだ。
初日の訓練が終わると、私とアードラーは陛下に呼び出された。
謁見の間で対面する。
「ご苦労だったな。二人共」
「ありがたき幸せ」
「恐悦至極にございます」
跪いた体勢で、労いの言葉に返礼する。
表を上げよ、と言われ陛下を見る。
「実はそなたらを呼び出したのは、労うためばかりではない」
「そうなのですか?」
「うむ。そなたら、王宮勤めをする気は無いか?」
「ここで、働くという事ですか?」
私が訊ねると、陛下は頷いた。
「実は、妻が懐妊してな」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
私とアードラーは祝辞を述べる。
「うむ。で、だ。これを気に、生まれてくる子供の教育係兼護衛としてそなたらを雇いたいのだ」
「教育係兼護衛ですか?」
「クロエ嬢には武術指南。アードラー嬢には礼儀作法を始めとした上流階級としての嗜みを教えてもらいたい」
「陛下……。それならアードラー一人で事足りるではありませんか」
武術指南ならアードラーでもできる。
「そなたに期待しているのはそれだけではない」
「そうなのですか?」
「そなたの人柄に触れて育てられれば、きっと真っ直ぐ育つだろうと期待しておるのだ」
買いかぶり過ぎである。
「まぁ、全ては無事に生まれてからという事だが……。場合によっては、世継ぎになるかもしれぬ。最高の人材をつけてやりたいのだよ。考えておいてくれ」
「わかりました」
陛下の子供か。
リオン王子の弟か妹が生まれるんだな。
「ところで陛下」
「なんだ?」
「相変わらず、胸と会話するのやめてくれませんか?」
「うーむ、すまぬ。しかしなぁ……。さらに育つとは、この私の慧眼を以ってしても計り知れなかった。魔力が増しておる」
陛下は相変わらずだな。
「もう帰っていいですか?」
「おお、引き止めて悪かったな。すまぬ。下がってよいぞ」
私達は一礼して立ち上がる。
踵《きびす》を返した。
「……しかし、そなたらは良いな」
そんな時に陛下が言葉を漏らす。
「どういう意味でしょう?」
「いや、こう、正面から向き合っている時にはクロエ嬢を楽しめ、帰り際にはアードラー嬢を楽しめる」
そう言って微笑む陛下の視線はアードラーの尻に向けられていた。
アルマール公にチクッたら、王妃様に伝わるかな?
夫婦揃って夕食を取っていた時の事。
「クロエにお願いがあるんだけれど……」
アルディリアが少し言い難そうに切り出した。
「何?」
「実は、城の警備を強化するために警備兵を鍛えて欲しいんだ」
アルディリアの話によれば、最近城の警備の質が問題視されているという事だった。
何でだろうね?
ちなみに、城の警備が突破された事など未だかつてない。
……という事になっている。
そんな事があれば城の警備を甘く見られて、忍び込もうとする人間が出てくるかもしれないし、何より王家の権威にも傷がつく。
そういう事実があったとしても、知られてしまうわけにはいかないのだ。
だから、そんな事は今まで一切なかったのである。
私は知らないったら知らない。
「クロエには今年入りたて新兵を面倒見てほしいんだけど、ダメかな?」
「別にいいけれど、何で私に頼むの? 父上の方が私よりも人に教える経験は豊富なはずだけど」
ちなみに、警備兵と軍の兵士は系統が違う。
父上は軍の兵士を鍛える事はあっても、警備兵の方はノータッチである。
「それはもう、陛下から直接頼まれたらしいんだけど……。お義父さんは断ったそうだよ」
「何で? あ、やっぱ答えなくていい。だいたいわかったから」
父上は陛下からの頼みは基本的に「ノー」と答える仕様になっている。
陛下に対してだけならば、父上はイエスマンならぬノーマンになるのだ。
原因は、私がさらわれた時の事を未だに忘れていないからだ。
お前達がした事を忘れぬぞ、的な事を言っていたらしく、本当にそれを有言実行しているのだ。
「それで僕からクロエに話を通してくれないか、って事になったんだけど……」
そう言うアルディリアもあんまり乗り気じゃなさそうだ。
婿殿は辛いなぁ。
陛下の頼みも断れないけれど、父上に逆らうのも気が引けるんだろう。
「仕方ないなぁ。私もあの警備はまずいと思っていたからね」
「ありがとう。恩に着るよ」
「クロエが行くのなら、私も行くわ」
アードラーが申し出る。
夫婦そろってなので、彼女も当然ながらこの場にいたのだ。
「本当? それは助かるよ」
こうして、私とアードラーは警備兵の鍛錬を引き受ける事になった。
城の警備は、二つに分けられる。
わかりやすくいえば、外側と内側だ。
一つは外郭と中枢外。
もう一つは中枢内。
外郭と中枢外を担当する警備兵は、主に平民の一般公募から取られている。
範囲が広く、数が必要なために安上がりの平民を使っているわけだ。
とはいえ、多分普通の平民の稼ぎと比べても破格の給金が出ているはずだ。
対して、中枢の警備を担当する警備兵は全て貴族出身者だ。
中枢には陛下を始めとする王族がいるからであり、魔力を扱える人間を集めた結果だった。
ちなみに、祭壇の間は中枢を通り抜けなければ入れないので、そこまで突破されるという事は両方の警備兵が蹴散らされてしまったという事になる。
私が教えるのは、外郭と中枢外を担当する警備兵達。
平民出身の魔力を持たない警備兵達だ。
中枢の警備兵に関しては、ムルシエラ先輩が教えているそうだ。
そもそも、闘技という技術は貴族が使う技術ではないらしい。
元々は、魔力を持たない平民出身の傭兵達が戦のために編み出した技術が元であるという。
魔力を持っている貴族が必要とする技術ではなかったわけだ。
しかし今は平民出身者も貴族出身者も関係なく、多くが軍人が闘技を嗜むようになっている。
何故かと言えば、それは一重に私の父上の存在があったからだ。
それまでの戦における貴族の戦い方は、剣と放射系魔法によるもの。
特に魔法による遠距離戦が主であり、剣は魔力切れの際の最後の手段という意味合いが強かった。
しかし元々魔力資質の薄かった父上が戦功を積むためには、肉体による戦い方をする必要があった。
だから、父上は闘技をメインにした闘法を確立したのである。
そんな父上の存在があったからこそ、今のアールネスでは闘技が軍人の必修科目としてあるわけだ。
これは他の国と比べて珍しい傾向らしく、闘技を積極的に戦へ取り込む国はアールネスぐらいだそうだ。
ただ、まだ歴史の浅い分野である事には違いない。
城内。
兵士用の訓練場に私とアードラーはいた。
そんな私達の前には、総勢三十名の新兵達がいた。
今回の事は試験的な部分があるため、比較的優秀な人間を選りすぐったそうだ。
それがこの三十名の若い男達である。
だいたい、十五歳から二十歳ぐらいまでの歳幅であろうか。
ざっと見た感じ、ちょっと態度が悪い。
私達が女だからだろうか?
じろじろと不躾な視線を感じるし、嘗《な》めてかかっているのがよくわかる。
そんな視線にさらされて、アードラーが不機嫌そうだ。
「私が、あなた達の教官になります。クロエ・ビッテンフェルト。じゅうは……十七歳で〜す」
自己紹介する。
ヒュー、と新兵達から歓声が上がる。
馬鹿にした感じは拭えないが。
「何で一歳だけサバ読むのよ?」
アードラーの冷静でいて的確なツッコミ。
私も「おいおい」と心の中でセルフツッコミしておく。
「まぁ、いいじゃない。それより、アードラーも」
「そうね」
やる気がなさそうに答えて、アードラーも新兵へ向き直る。
「アードラー・ビッテンフェルトよ」
「「歳はー?」」
新兵達が声を揃えて聞いてくる。
アードラーは舌打ちして無視した。
「じゃあ、これから訓練を始めます」
「おい、ちょっ待てよ」
宣言した私に対し、新兵達の中から声がかけられる。
どこのイケメンアイドルだ? と思いながらそちらを見る。
私よりも頭一つ分ほど身長の高い、ゴリゴリした大男が新兵達の列の中から出てきた。
見るからに腕自慢、腕力家という雰囲気の若者だ。
顔は厳つい強面で、どう間違っても「メイビー」とか言ってくれなさそうである。
男が私の目の前までくる。
顔を顰めて前へ出ようとするアードラーを手で制する。
「教官ってのはよう、何の教官だ?」
男が聞いてきた。
「それはもちろん、闘技の教官だよ。そう聞いてない?」
「やっぱり、そうだよな。聞き間違いじゃなかったか。でも闘技の教官って言ったら、自分達よりも強い奴がやるもんじゃねぇのか?」
「まぁ、そりゃそうだ」
「じゃあ、何で、俺達がお前らみたいな女に教わらなきゃならねぇんだよ」
「それは私が強いからだよ」
「信じられねぇなぁ。そうだろ、みんな?」
大男は新兵達に声をかけた。
他の新兵達が「そーだそーだ」と賛同の声を上げる。
野次のようなものだ。
「身長も俺より低いし、腕だって俺の方が太い。そんな体で俺達より強ぇわけねぇと思うわけですよ。だからさぁ、実際に見せてもらえませんとねぇ。その強さっていうのを。へへへ」
大男は下品に笑った。
これは下心がありそうだ。
「うん。わかったよ」
まぁ、選りすぐりの人間がどの程度のものか確かめておく必要はあったからね。
一度戦って、実力を見ておくのは悪くない。
私は、新兵達とアードラーが見守る中、大男と向かいあった。
「遠慮なく行くぜ」
大男は言うと、体勢を低くした。
そのまま、突進してくる。
両手を広げている所を見るに、タックルだ。
なかなか様になっているのは、使い慣れているからか。
きっと、喧嘩慣れしているのだろう。
投げ技は、路上での喧嘩などでは有効だ。
石畳に叩きつけるだけで、大きなダメージを与えられる。
私はそのタックルをもろに受けた。
「へへっ」
大男が笑い、新兵達が歓声を上げた。
このまま私を押し倒そうとする。
もう、私を押し倒してどうするつもりなの?
エッチな事でも考えていたんでしょう。
でもねぇ……。
ちょっと力不足かなぁ。
大男の体が、私を押す体勢で動かなくなった。
力を込めているのはわかるが、私の体は一切動かなかった。
大男が顔を上げた。
信じられない物を見るような目で私を見る。
「巨木でも押してる気分かな?」
言うと、大男は怯えたように私から離れた。
今のタックルで、力量差を悟ったようだ。
そんな大男の様子を見て、新兵の誰かが「情けねぇぞー」と野次を飛ばした。
私は大男に近付いていく。
大男は後退りながらも、さっきの野次を気にしてかその足取りは重い。
逃げたい気持ちと立ち向かおうとする気持ちが両方あるのだろう。
その葛藤の間に、私は大男の前に立った。
「次は私の番だ」
言って拳を作り、振りかぶる。
大男が顔の前を腕で防御する。
そして。
「ヤァァァァァァァァ」
気の抜けた声を出しながら、ゆっくりと拳を突き出した。
呆気にとられる大男。
ガードする腕へ、私の拳が当たる。
瞬間、私は拳を加速させて大男のガードごと頭を打ち抜いた。
男はその場で縦に一回転し、地面に倒れてからも何度か転がった。
動かなくなる。
失神したようだ。
楽しげに野次を飛ばしていた新兵達が静かになっていた。
見ると皆一様に顔を引き攣らせていた。
「さて、次の人は?」
びっくりするぐらい誰も乗ってこなかった。
その後、アードラーの実力も知らしめておく必要があったので、彼女にも誰かと組み手してもらった。
アードラーは私よりも全体的にほっそりとした体型なので、弱いと思ったのだろう。
新兵から志願者が出た。
が、それは甘い見通しだ。
アードラーもその新兵をあっさりと倒した。
いや、あっさりじゃなかったな。
むしろ、ねっとりと倒した。
アードラーは相手の攻撃を全てかわしきり、なおかつ手加減した攻撃を当て続けた。
攻撃が一切当たらず、明らかに手加減された一撃を何度も受け続ける新兵。
アードラーの仕打ちは、特殊ステップで攻撃を避けつつ、弱Pだけで初心者を倒すような所業である。
最終的に新兵は降参した。
完全に自信を喪失した様子であった。
そうして、新兵達の中で私に逆らう人間はいなくなった。
ちゃんと私の言う事を聞いて、真面目に訓練を受けるようになった。
これで、ちゃんと陛下の期待には応えられそうだ。
初日の訓練が終わると、私とアードラーは陛下に呼び出された。
謁見の間で対面する。
「ご苦労だったな。二人共」
「ありがたき幸せ」
「恐悦至極にございます」
跪いた体勢で、労いの言葉に返礼する。
表を上げよ、と言われ陛下を見る。
「実はそなたらを呼び出したのは、労うためばかりではない」
「そうなのですか?」
「うむ。そなたら、王宮勤めをする気は無いか?」
「ここで、働くという事ですか?」
私が訊ねると、陛下は頷いた。
「実は、妻が懐妊してな」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
私とアードラーは祝辞を述べる。
「うむ。で、だ。これを気に、生まれてくる子供の教育係兼護衛としてそなたらを雇いたいのだ」
「教育係兼護衛ですか?」
「クロエ嬢には武術指南。アードラー嬢には礼儀作法を始めとした上流階級としての嗜みを教えてもらいたい」
「陛下……。それならアードラー一人で事足りるではありませんか」
武術指南ならアードラーでもできる。
「そなたに期待しているのはそれだけではない」
「そうなのですか?」
「そなたの人柄に触れて育てられれば、きっと真っ直ぐ育つだろうと期待しておるのだ」
買いかぶり過ぎである。
「まぁ、全ては無事に生まれてからという事だが……。場合によっては、世継ぎになるかもしれぬ。最高の人材をつけてやりたいのだよ。考えておいてくれ」
「わかりました」
陛下の子供か。
リオン王子の弟か妹が生まれるんだな。
「ところで陛下」
「なんだ?」
「相変わらず、胸と会話するのやめてくれませんか?」
「うーむ、すまぬ。しかしなぁ……。さらに育つとは、この私の慧眼を以ってしても計り知れなかった。魔力が増しておる」
陛下は相変わらずだな。
「もう帰っていいですか?」
「おお、引き止めて悪かったな。すまぬ。下がってよいぞ」
私達は一礼して立ち上がる。
踵《きびす》を返した。
「……しかし、そなたらは良いな」
そんな時に陛下が言葉を漏らす。
「どういう意味でしょう?」
「いや、こう、正面から向き合っている時にはクロエ嬢を楽しめ、帰り際にはアードラー嬢を楽しめる」
そう言って微笑む陛下の視線はアードラーの尻に向けられていた。
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