気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

三人のビッテンフェルト編 五話 黒と白の激突 本戦

「長いトイレだったね」
「乙女にそういう言い方するの禁止!」
「長いお花摘みでしたわね。オホホ」
「ええ、途中で蝶々が飛んでいたので見惚れておりましたの。オホホ」
「まぁ、そんな事はいいんだけどさ」
「切り替えしがざっくりしているね。振ったのはそっちなのに」
「あのビッテンフェルトの正体の事なんだけど」

 私はあれの正体について、自分の考えを述べた。

「なるほどねぇ。ありえなくはないね。というか間違いないよ。強いのも納得だ」
「ポテンシャルは私以上だよ」
「……勝つ見込みはある?」

 訊ねられ、私は答えた。

「私の考えを言わせて貰うなら……。あなたは私よりも強いと思う。多分、戦場を経験しているからだと思うんだけど、強さの質が一段高い。私は、戦場に出た事がないからね」
「経験値は私の方が上っていうわけだ。じゃあ、もう一回私が戦った方がいいかな?」

 ちょっと期待したふうにもう一人の私は言う。
 そうはいくか。

「やだよ。あれは私が戦うの。それに戦場の経験はないけれど、私にはあなたにない経験があるんだよ。多分、あれを相手にするのなら、その差で私の方が有利だと思う。私は何度も、と戦っているからね」

 ドヤ顔で言う。

「ふぅん。じゃあ、そのお手並みを拝見させてもらうとするよ」
「あ、できればシュエットの方をお願いできないかな?」
「あの幼女?」
「残念な子ではあるけれど、放置しておくのも危ないからね」

 今、この王都にはカナリオがいない。
 私の結婚式が済むと、その三日後には王子と一緒に王都を出てしまっていた。

 今頃は領主夫人としてリオン王子を支えながら暮らしているはずだ。
 もちろん、ペンダントは返したので彼女が持っている。

 だから、シュエットが十分に力をつけてしまうと、倒せる人間と倒すための道具がない王都は大変な事になってしまう。

 できるだけ早く叩いてしまう必要があった。

 叩いたら叩いて潰せちいうのが妖怪・首おいてけの教えである。
 私も妖怪仲間としてそれに習っておこう。

「今のシュエットなら、自前の白色で殴りつけてやれば倒せるはずだ」
「え? 白色って回復魔法じゃない。大丈夫なの? 実はあの子アンデッド属性なの?」

 そういえば、回復が白色の副産物であるという話はSEからだったっけか。
 この私は黒色なんて単語も知らないのだろうな。

「まぁ、そんな所だよ。だから、あなたにはそっちをお願いしたい」
「仕方ないなぁ。で、あの子は強いの?」

 初めて戦った時は超強くて、めちゃくちゃ楽しかったけどね。
 今はどうかな?

「どれだけ力を取り戻しているかによるね」
「ちょっと待ってから戦おうかな」
「グズグズしてたら、私がそっちも取っちゃうからね」
「わかった。すぐに戦うよ」
「じゃあ、そういう事で……。腹ごしらえしておこうか」
「おけ。炭酸抜きのコーラとかある?」
「ねーよwww」

 食堂に行くと母上が夕食を温めていた。
 朝から仕込んでくれていたシチューだ。
 それをスープ皿二杯に入れてパンと一緒に自室へ運んだ。



 シチューとパンを平らげ、一服していた時だ。
 屋敷に、訪問者があった。

 訪問者は、ルクスとイノス先輩だった。
 私は玄関で二人を出迎えた。
 父上も一緒だ。
 彼らの用事は、父上と私を王城へ寄越して欲しいというものだった。

「もしかして、白い鎧の奴が現れたとか?」
「よくわかったな。……っていうか、もしかして今回の騒動もお前がらみなのか?」

 私がしょっちゅう騒動を起こしているような言い方をするな。
 自分からトラブル起こした事なんてないよ!

「その白い奴に警備兵が蹴散らされちまってな。そのまま例の部屋まで突破された。だから、シュエットが関係していると思うぜ」

 警備兵ェ。
 あの城、一個人に突破されすぎだろう。
 この国大丈夫だろうか?

「そんな警備で大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇよ……。たくっ……。それよりよぉ……」
「「何?」」
「何でお前増えてんだよ」

 玄関には、もう一人の私も一緒である。
 父上もイノス先輩もチラチラ気にしながら黙っていたというのに……。
 まったくこのルクス・アルマールめ!

「朝起きたら増えてた」
「嘘だろ?」
「嘘だよっ!」
「テメェ!」

 ルクスが怒鳴る。

「そんな事より」

 先輩がルクスの肩に手を置いて止める。
 こんな奇怪な状況を「そんな事」で片付ける先輩素敵。

「今は一刻を争います。今現在アールネスであの白い鎧の人物に対抗できるのは、恐らくビッテンフェルト家の者達だけでしょう。ご足労お願い致します」
「ふむ、致し方ないか」

 父上が言う。
 あまりやる気がなさそうだ。
 やる気じゃないのは、王家との遺恨がまだあるからだろう。
 父上はまだ、私がさらわれた時の事を恨んでいるらしい。

 なら丁度良い。
 初めから、私はもう一人の私と二人だけでこの件を片付けたかったのだ。
 パパにはお留守番していてもらおう。

「父上」
「何だ?」
「ここは私達だけで行きます」
「それはそれで危険だな……」

 ちょっとやる気を出す父上。
 あら、逆効果だった?

「ねぇ、いいでしょー? パパ〜」
「ねぇ、ねぇ、いいでしょー? パ、パパ〜?」

 私ともう一人の私は父上の両サイドから腕を掴んで、ぶらぶらと揺らしながら言う。
 もう一人の私がちょっとぎこちない。

 ていうか、この歳にまでなって何してるんだろう?
 私……。

「うーむ。いいかもしれぬな。もう一人ぐらい娘がいても……」

 そういう話だったっけ?

「あの」

 イノス先輩が発言する。
 普段通りの声色だが、どことなく怒気を孕んだ声だった。

「私達二人で行きますよ」
「この多重次元殺法コンビが」

 私達は鏡映しのようにポーズを取って答えた。

「お前……増えたら何か面倒くせぇな」

 ルクスがボソリとそんな事を呟いた。



 私達は二人が乗ってきた馬車に同乗し、王城まで送ってもらった。

「私達は念のため、陛下の警備に回ります。そちらは、任せてよろしいですか?」
「はい。任されます」

 イノス先輩に送り出され、私達は城の中枢へ向かった。
 倒れる兵士とそれを介抱する兵士達の姿を所々で目にしながら、私達は城内を進む。

 そして、祭壇の間へと辿り着いた。
 祭壇の間には、多くの兵士達が倒れていた。

 部屋の奥には、シュエットの聖域へ続く通路がある。
 その通路を塞ぐ形で、謎のビッテンフェルトが仁王立ちしていた。

 どうやら、彼女が聖域へ向かおうとする人間の足止めをしていたらしい。

「来たか……」
「万全であろうな?」
「ぬかりなく」

 言って、謎のビッテンフェルトは通路の前から退いた。

「この程度の兵ならば、いくら相手にしようともこの場を退く事はないでしょう。でも、あなたは違う。あなたを相手に、それは叶わない」

 そういう事か。

 もう一人の私に目配せする。
 頷き返された。

 もう一人の私が通路を通って聖域へ向かった。

「貴様の期待には応えよう」

 私の返答を合図に、互いに構えを取った。

 先手はやはり、謎のビッテンフェルトだ。

 私はもう一人の私と同じように応じ、彼女との攻防を繰り広げる。

 構えを熟知し、正しく繰り出される攻撃は速く、鋭く、強い。
 体格的な問題で、繰り出せる威力はこちらの方が上だ。
 ただ、向こうの方が小回りは利く。
 しかも回転率が高い。
 手数が多く、攻撃が激しいのだ。

 そのくせ無作為の乱打にも思える猛攻ではあるが、しっかりとした秩序がある。
 全ての攻撃が正確だった。
 防ぎ損なえば、的確に急所を衝いてくる攻撃ばかりだ。

 そこにフェイントまで被せ、防ぐ事を難しくしている。

 見ている時とは違う。
 実際に拳を合わせてみて改めて思う。

 彼女は、強い……!

 だが!

 顔へ迫る拳。
 私は身を捩り、それをかわす。
 そして、その身の捩りを利用して大振りの拳を放った。

 後の事を考えない。
 バランスを崩す事を覚悟の一撃だ。
 この最中にカウンターを貰うと、目も当てられないダメージを負うだろう。

 わかりやすく言えば、ブッパ(ぶっぱなし)である。

 だが、それでも大丈夫だと言う確信が私にはあった。
 このタイミングでは、彼女は反撃できない。

 顔面狙いの拳、その後にフェイントの追撃。
 そして、攻撃をかわして重心を崩した相手の足へローキック。
 これは相手の防御を崩す時、真っ先に試す戦法。
 言わば、彼女の癖だ。

 だから、次に来るフェイントを恐れず、私は全力の攻撃を繰り出す事ができた。

 相手が、思いがけない攻撃に一瞬だけ体を硬直させた。
 そのフルフェイスに守られた顔面を思い切り殴りつけた。

 謎のビッテンフェルトが殴り飛ばされ、部屋の壁へ体を激突させた。

 倒れそうになるのを踏みとどまる。

 強烈な一撃を受けたフルフェイスは、さらにひび割れを起こす。
 そして、砕け落ちた。

「嘗《な》められたものだな。そんな視界の悪い物をつけたままで、挑まれようとは……。動きも鈍い。いっその事、その鎧も脱ぎ捨ててしまえ。カナリオ!」

 フルフェイスの下にあった顔は、カナリオだった。

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