気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

最終話 気付いたら……

 前世の記憶を取り戻した私は……。
 気付けば、豪傑系悪役令嬢になっていた。

 それから六年ほどになる。
 長かったはずのその歳月は、六年経ったこの日を迎えてとても短く思えるものだった。
 そして私は悪役令嬢でなく……。



 私が黒色に取り付かれてからしばらくして、私は学園を卒業した。
 そしてこの日、私の結婚式が執り行われる事になった。

 春。
 場所はシュエットを奉じる教会。
 アールネスでの結婚式は、教会で行なわれる事になっている。

 シュエットが邪神である事は陛下も周知の事実であるのだが、この国はシュエットを信奉する民達が多い。
 そのため、陛下はシュエットが邪神である事を国民へ伏せる事にしたのだという。

 もはや形骸と化しているわけだが、これからもシュエットはこの国を象徴する女神であり続けるとの事だ。

 結婚式は、概ね前世の世界の洋式と似たような感じだった。
 神父さんの前で愛を誓い合い、指輪を交換し、キスを交わす。
 大まかにそんな段取りである。

 しかし私は結婚式へすぐに向かわず、他の悪役令嬢達からお祝いとしてガチンコのスパーリングを受けていた。

 ……というような事もなく、式は慎ましくも予定通りに進んでいた。

 悪役令嬢の友人達も、攻略対象の友人達も、それ以外の友人達も、今はこの式に列席している。
 それぞれの両親や親族の皆様も一緒だ。
 私達は、そんな人々達の視線の中にあった。

 私は神父さんの前に立っていた。
 私の左隣にはアルディリアがいる。

 アルディリアは白い礼服姿。
 軍人の家系なので、軍服のような服装である。
 そして私は黒のウエディングドレスだ。
 母上が手作りしてくれたものだ。

 こんな時まで黒なんだ……。
 とちょっと驚いたが、どうやら結婚式におけるドレスの色は自由でいいらしい。

 そして、私の右隣にはアードラーがいた。
 豪華で上品な赤いウエディングドレス姿である。

 ……なんか違《ちが》くね?
 普通、新郎の隣じゃね?

 と段取りの取り決めをしている時に異を唱えてみたのだが。

「「別にいいんじゃない?」」

 とアルディリアとアードラーに押し切られてこんな事になっている。

「変わらぬ愛の証として、指輪の交換を」

 神父さんの言葉を受けて、私達は指輪を交換する。
 私達は、それぞれ左手の薬指に二つずつ指輪をはめていた。
 それを三人で交換し合う。

 これもまたなんか違うし……。

 本来なら、この指輪交換は正室とだけ交わすものらしい。
 でなければ、側室をたくさん持っている男性の薬指は指輪だらけになってしまうだろう。

 では何故こんな奇怪な事になっているかと言えば、私もアードラーもアルディリアの正室であるからだ。


 アルディリアのプロポーズを受けたアードラーは、陛下に特例処置をしてほしいと願い出た。

 アードラーは前に陛下からの褒美として、何でも願いを叶えると言われた。
 だが、どうやらその願いが叶えられなかったらしい。
 その事で陛下がさらに別の願いを叶えるという事を申し出たのだが、その時にアードラーは自分も正室としてアルディリアに嫁げるよう願ったのだ。
 そしてその願いは叶えられた。

 これはその帰りにした話だが……。

「ねぇ、アードラー。やっぱり、アルディリアの事が好きなんじゃないの?」
「嫌いよ。ただ、男の中では一番マシな人間だとは思っているわよ。何でそんな事を聞くの?」
「いや、好きだから正室がいいと思ったのかなって……」
「そんな理由じゃないわよ」
「じゃあ、フェルディウス公が側室になる事を許さなかったから、とか?」

 アルディリアも婿養子になれば公爵家ではあるが、元は侯爵家だ。
 自分の家よりも爵位の低い家に嫁がせたくないと思う人もいるので、フェルディウス公もそうなのかな、と思ったのだ。

「違うわ。お父様は、そこまで私に興味がないもの。家督も弟が継ぐし……。国家のためになる嫁ぎ先なら、どこでもいいと思っているわよ」
「そうなんだ。ビッテンフェルト家に嫁ぐ事は国家のためになるの?」
「ビッテンフェルト家は今のアールネスの平和を維持するための要《かなめ》よ。そのくせ、すぐ出奔しようとする家なのだから、鎖ぐらいは付けておいた方がいいと思ったんじゃない?」

 なるほど。
 アードラーは首輪と鎖か。

「でも、じゃあなんでアードラーは正室がいいと思ったの?」
「……対等でいたかったからよ。友達は、対等なものなのでしょう?」

 納得した。

 式が進む。

「では、誓いの口付けを」

 神父さんに言われ、私はアルディリアに向いた。
 向かい合う。

 何回かやってるけど、まだ照れる……。
 頬の熱さを覚えながら、私は目を閉じた。

 そっと、アルディリアの唇の感触が、私の唇に伝わってきた。
 唇が離れる。

 瞳を開けると、優しく微笑むアルディリア。
 私と違って余裕そうに見える所が腹立たしい。
 アルディリアのくせに生意気だぞ!

 次に、アードラーがアルディリアへ歩み寄る。
 私を挟んでいるので少し距離が長い。

 ほら、ちょっと手間でしょ?
 だからこの並びおかしいんだって。

 アルディリアとアードラーが口付けを交わす。
 こちらはあっさりとしたもので、すぐに終わった。

 そして、アードラーがこちらへ向いた。

 新郎と新婦の口付けが終わったから、次は新婦と新婦の口付けである。

 だから、やっぱりそれも違《ちが》くねぇ?
 おかしくねぇ?

 何故か二人の決めた段取りではそうなっており、私はまたも異を唱えた。
 だが、二人は……。

「今までに前例のない事だからね」
「今まで前例の無い事だもの。私達が取り決めないと」

 と全力で納得させにかかってきた。
 二人とも仲良いよね……。

 でもそれって、私達と同じ例が今後起こった時、同じような取り決めになるって事じゃない?
 そんな前例作っちゃっていいの?

 アードラーが瞳を閉じた。

 私からしろという事か……。
 なんかアルディリアの時と違った意味で照れる。
 頬っぺたが熱い。

 そんな気持ちを押し殺しながら、私はアードラーと口付けを交わす。

「あいつら、本気でやりやがったぜ」

 参列席からの囁き声が聞こえた。
 みんな静かにしているから囁きがちゃんと耳に入る。

 今の声はルクスだろ。
 憶えとけよ。



 その後、神父さんのありがたい話を聞いた。

「女神シュエットはあなた達を見守り、前途を切り開く手伝いをしてくださるでしょう」

 ありがたい話なのだが、その名前が出ると微妙な気分になる。
 多分、本当に見ているんじゃないだろうか。
 虎視眈々と私の隙をうかがっている事だろう。
 そして、またいずれ障害となって私達の前途へと立ち塞がるのだ。

 式が終わり、教会から出る。

 すると式の途中で外へ出ていた参列者が待っており、私達を祝福してくれる。

「おめでとう!」
「おめでとうございます!」

 そんな言葉と共に、みんなが私達三人へ盛大に花びらを振らせてくれた。
 降り注ぐ花びらの道を私達三人は歩いた。

 その花道の先には、一台の馬車がある。
 馬車へ辿り着くと、振り返る。

「ありがとう!」

 祝福へのお礼を返した。



 私達の乗った馬車が向かったのは、ビッテンフェルト家である。

 屋敷の食堂からは普段使いのテーブルが運び出され、代わりに小さめのテーブルが多く配されていた。
 そのテーブル一つ一つに、様々な料理が乗っている。

 使用人達が用意してくれていた料理である。
 部屋の奥には、とても大きな寸胴鍋が置かれている。
 あれは母上が一週間前から気合を入れて作り始めたスープ料理である。
 あとは大量のお酒があった。

 つまり、これから結婚式の二次会的な立食式のパーティが始まるわけだ。

 今回は何せ三家の関係者が集まっているので、その人数がえらい事になっている。
 なので、テーブルは玄関ホールにも用意されていた。
 もしかしたら父上の友人の軍関係者も後から来る可能性があるので、庭にもテーブルを出す案もあったりする。

 家でパーティ用の服装に着替え終わった頃、列席してくれた人達も別の馬車ですぐに屋敷へ到着した。

 そしてみんなが揃い、パーティが始まった。



 パーティが始まり、少しして私とアルディリアとアードラーの三人は出席してくれた人達へ挨拶周りする事にした。

 最初に、両親のところへ行く。
 すると、アルディリアの両親も一緒にいた。

 初めて見たが、アルディリアのお母さんは可愛かった頃のアルディリアにそっくりだった。
 これがお日様の匂いがすると噂のお義母《かあ》様か……。

「おめでとう。クロエ」
「おめでとう。三人とも、礼服とドレスがよく似合っていましたよ」
「おめでとう。アルディリア。奥さんを大事にするのだよ」
「おめでとう。幸せになるのですよ」

 私の両親、アルディリアの両親からそれぞれ祝いの言葉を貰う。

 三人で、ありがとうございます、と礼の言葉を返した。

「アルディリア」
「はい。お義父《とう》さん」

 父上に呼ばれ、緊張した様子で返事をするアルディリア。

「ビッテンフェルト家の者となったからには、いずれお前には将軍職を継いでもらう事になるだろう。だが、実力の伴わない者へ将軍の肩書きをくれてやるつもりはない」
「はい」
「だから、これからは軍人として厳しく鍛えていくからそのつもりでいるように」
「わかりました!」
「少なくとも、クロエに勝てるようにはなる事だ」
「ええっ!」
「無理とは言わせない。お前はこれから、家族を守る立場の人間になるのだからな」
「……! わかりました」

 アルディリアは真剣な面持ちで答えた。

 両親から離れる。

「ちゃんと守ってね」

 歩きながら、アルディリアに言う。

「うん。僕は、ちゃんと二人を守るよ」
「私はいらないわよ」

 アードラーが口を挟む。

「ううん。二人共、僕のお嫁さんだからね。だから、二人共守るんだ」

 アルディリアは力強く答えた。

「そ、好きにすればいいわ」

 アードラーはそっけなく答えた。

 次に向かったのは、アードラーの両親の所だ。

「おめでとう」
「おめでとう」

 アードラーの両親はアードラーを一瞥すると、短く淡々と祝辞を述べた。

「ありがとうございます。お父様。お母様」

 アードラーは深く頭を下げた。

「わかっているだろうな?」
「はい」
「ならいい」

 フェルディウス公はアードラーとそんなやり取りを交わすと、私に向いた。

「では、私達はこれで失礼させてもらう」
「え、もう、ですか?」
「では」

 フェルディウス夫妻はそのまま食堂から出て行った。

「クロエ。次に行きましょう」
「……うん」

 家が変われば、家族のあり方も違うからね。

 次に向かったのはティグリス先生とマリノーの所だ。
 一緒に、アルエットちゃんと私の弟レオパルドがいた。
 母上達といないと思ったら、アルエットちゃんに遊んでもらっていたようだ。

 十歳になったアルエットちゃんは身長が伸びたが、元気さはそのままである。

「ドーモ、ソニックブ……じゃなかった。ティグリス先生。マリノー。結婚式に出席してくれて、ありがとうございます」
「また変な間違い方をしやがって……。おう、おめでとう」
「おめでとうございます。クロエさん。アードラーさん。アルディリアさん。私達の結婚式の時に来てくださったじゃないですか。なら、私達もお祝いに来ますよ」

 挨拶と祝辞を返してくれる。

 二人は少し前に結婚式を挙げていた。
 もう二人は夫婦で、マリノーはフカールエルからグランに姓が変わっているのだ。

 というより、私達の結婚はいろいろと特別だったので結婚予定だった人の中では最後になってしまっている。
 女友達はみんな私よりも早く人妻になってしまっていたのだ。

「アニェーウェ! アニェーウェ!」

 私に気付いたレオパルドが、私に両手を伸ばしてくる。
 抱っこを要求している時の仕草だ。

 抱っこしてあげた。
 一歳の弟可愛い。
 ハスハス。

「お姉ちゃん! おめでとう!」

 アルエットちゃんが元気一杯に言ってくれる。

「ありがとう」

 私は片方の手でアルエットちゃんを抱き上げた。
 ついでにハスハスする。

「きゃー」

 アルエットちゃんも大きくなったが、私の腕力なら二人を抱き上げても余裕だ。
 アルディリアとアードラーが先生とマリノーに挨拶している間、私は二人といちゃいちゃした。

「私、欲しいものができて、今お父さんとお母さんにお願いしてるんだ」

 遊んでいる時にアルエットちゃんが打ち明けてくれた。

「何? 何が欲しいの?」
「あのね、私、弟が欲しいの!」

 ブハッ!

「レオちゃんと遊んでたら、ほしくなっちゃったんだ。でね、お父さんが今頑張ってるんだって!」

 アルエットちゃんの声が殊の外大きく、ティグリス先生とマリノーが固まっているのが見えた。

 おお……ちょっと気まずい。

「うん、そうなんだ。わかった。あのね、アルエットちゃん。その事はお姉ちゃんとの秘密にしよう。私以外の誰にもその話はしない、いいね?」
「ん? わかった」
「よし、いい子だ。あ、先生、じゃあ私達はこれで失礼します。他の人に挨拶してきます」

 先生に声をかける。

「おう、そうだな。じゃあ、またな……」

 顔を顰めた先生と顔が真っ赤なマリノーを残して、私達はその場を去ろうとした。

「アルエー。アルエー!」

 するとレオパルドがアルエットちゃんを求めて騒ぎ出したので、置いていく事にした。

 そうか、お姉ちゃんの抱っこよりアルエットちゃんが好きか。
 ちょっと複雑である。

 次はルクスとイノスだ。

「ねぇルクス。ルクスって、結婚するまでキスもした事なかったって本当?」
「何だテメェ! いきなり喧嘩売ってんのか!」

 式の時のお返しじゃい!

「え? じゃあ、イノス先輩以外の相手に初キッス済ませちゃってたのぉ? そおだよねぇ、婚約してない時はあんなに女の子連れまわしてたもんねぇ」
「お前、事情知ってんだろうが! してるわけねぇじゃねぇか。俺は、あれでもイノスに操立ててたんだからな!」
「へぇ……、でもそれじゃあやっぱり結婚するまでキスとかした事なかったんだぁ。へぇ……」
「うるせぇ! テメェはどうなんだ! ゴラァ!」

 顔真っ赤で反論してくるルクス。

「えー、私は結婚する前からアルディリアとちゅっちゅしてたよ」
「何だと? 見た事ねぇぞ」
「隠れてやってたからね」

 ねっ! とアルディリアに向くと、アルディリアから顔を背けられた。
 照れるなよ。

「キスに関してはルクスより私の方が先輩って事だね」
「はぁ? 経験値が違うんだよ! 俺だって結婚してから毎晩チュッチュチュッチュしてるんだよぉっ! お前は唇だけだろうが、俺はイノスの――」

 言いかけたルクスの肩を黙って控えていたイノス先輩が掴んだ。

「旦那様、それ以上いけません」
「お、おう。すまねぇ」

 ルクスは黙った。

「先輩」
「何でしょう?」

 先輩が私に向く。

「顔、真っ赤ですよ?」
「知っています」

 あくまでも平静を装い、表情も作っていなかったが、その顔は今までに見た事がないくらいに真っ赤だった。

「アルディリアとキスしまくってたのはわかったよ。じゃあお前、アードラーとも?」

 気を取り直してルクスが聞いてくる。

「いや、それは初めてだけど」
「でもお前、それでも十分おかしな事だと思うぞ? 結婚式で女同士のキスとか」

 私もそう思うけど……。

「それでも、アードラーの事も嫌いじゃないし……。他の人だったらちょっと躊躇っちゃうけど、アードラーならいいかなって思ったんだよ」
「ふぅん」

 スッとアードラーが私のそばに寄って来た。

「クロエ、こう言われているし、せっかくだからもう一回しましょうか」
「ナンデ!? 何がせっかくなの!?」

 アードラーってたまにこういう冗談を言うんだよね。

 二人から離れる私達。
 その途中、アルマール公に会った。

「おめでとう三人共」
「ありがとうございます」

 三人でお礼を言う。

「しかし、こんな席でも相変わらずいい仕事をするね。君は」

 そう言いながら、アルマール公はルクスとイノス先輩へ目を向ける。

「お褒めに預かり光栄です」

 全ては青く甘酸っぱい二人のために……。

 その場を離れ、次はムルシエラ先輩とコンチュエリの所へ向かう。

「ああ、お三方。結婚、おめでとう」
「おめでとうございますわ」

 二人の祝辞に、三人でお礼を返した。

「ふん。気に入らんが、俺も祝辞を述べておこうか」

 そして、当然の如くこの場にいるヴァール王子。

 この人は初めて会った頃からあんまり身長が変わらないな。
 成長期はいつなんだろうか?

「王子。よくここに来れましたね」
「当然だ。俺も全ての情報を渡したわけではないからな」

 有益な情報を小出しにして、司法取引しているわけか。
 いつか、無罪放免になるんじゃないだろうな?

「まぁ、許可されたとはいえ、お前の父親からずっと殺気を当てられ続けているわけだが……」

 あ、本当だ。
 父上がこっち見てる。

「で、三人は何の話をしているんですか?」
「サハスラータとの今後の関係について、少し相談していたんですよ」

 先輩が答えてくれた。

「アールネスとは違うサハスラータ特有の考えなどもありますし、こうしてあの国の王族と直接言葉を交わせる機会はあまりありませんもの。たまに話を聞かせてもらておりますのよ」

 コンチュエリが続けて答えた。

「コンチュエリ。貴様はどちらかと言えば俺の体が目当てであろう」

 えーっ!

「そうですわね。否定しませんわ」

 否定しないのーっ!

「美少年は何度描いても楽しいですもの」

 なんだ。
 絵の話か。

「特に、アルディリアきゅんと試合をする時なんて二人共くんずほずれつして……」

 なんだ。
 腐った話か。

「しかし、もう戦う意味もないという事なのかもしれないな」

 ヴァール王子が珍しくしみじみとした声で言う。

「ヴァール?」

 アルディリアが訊ね返す。

「クロエはお前の物になったのだからな」
「関係ないと思うよ。むしろ、切磋琢磨する相手としてなら、僕達は関係を築けると思う」
「ふん。俺はそもそも、強くなる事に興味がない。強くなろうとするならば、そこに目的がなければな。貴様のように、強くなる事そのものを目的とする考え方は理解できんよ」
「僕だって、目的があるから強くなろうとしているよ」
「まぁいいさ。この話は終わりだ。だが……」

 ふと、ヴァール王子はアルディリアへ流し目をくれる。

 唐突にアルディリアの襟首を掴み、自分の顔へ相手の顔を近づけさせた。

「ふふっ。貴様はいい男だな」

 ウホッ!

 こらこら、そんな事してるとコンチュエリ様がみてるぞ。
 腐った目で。

「きっと貴様とクロエの間に娘が生まれれば、貴様ら以上に良い女となろう。俺はその娘を貰うとしよう」

 なん……だと……?
 こんな所でロリコン宣言しやがった。

 やめて……娘を自分好みに教育するつもりでしょう?
 光源氏みたいに!

 娘は娘でも男の娘が生まれますように……。

「そういえば先輩」

 私はムルシエラ先輩に声をかけた。

「なんですか?」
「諦めは、つけられそうですか?」

 カナリオの事だ。

 先輩は苦笑する。

「どうでしょうね」

 普段通りの口調で先輩は答えた。
 その声色から、本心を探る事はできない。

 けれど……。

 先輩は独身。
 きっと、これからもそれが変わらないような気がした。



「アルディリアくん」
「ヴォルフラムくん」

 挨拶周りをしていると、ヴォルフラムくんがアルディリアに声をかけてきた。
 本来のものではない、目立たない性格の仮面を被って彼は接してきた。

「結婚、おめでとう」
「ありがとう」
「奥様方もおめでとうございます」

 丁寧に頭を下げてくる。

「ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 しばらくアルディリアと親しげに話していたヴォルフラムくんは、次に私へ声をかける。

「クロエさん。その節はありがとうございました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「構わないけどね。そういえば、商売を始めたんだって?」
「はい。交易品を取り扱っています」
「儲かっているそうじゃない」
「ええ、まぁ。あの、クロエさん」
「何?」
「僕は、このまま平穏に生きてもいいと思いますか?」

 黒色を失った事、まだ気にしているのかもしれないな。

「人生は長いよ。気にしたままじゃ、きっと辛い」
「そうですね」
「それでも気になるのなら、今の自分でもやれる事を探してみたらいいよ。そうだな、例えば……。カナリオのペンダント」
「え?」
「元はシュエットが作った物らしいんだけど、本格的に仕組みの解析が始まっているらしい。あれは想いを白色に変換する力がある。あれが完成すれば白色を使えない人間でも、白色が使えるようになるかもしれないよ」
「そう……なんですか……」
「白色は黒色の対になる力だからね。同じように扱えないとも限らない」
「……ありがとう」

 私達へ挨拶をしてから、ヴォルフラムくんは去って行った。



 最後に、私達はリオン王子とカナリオの所へ向かった。

「成婚おめでとう」
「結婚おめでとうございます!」

 はい、ありがとうございます。

 三人それぞれお礼を返した。

「こうなるとは、本当に驚きだ。学園に入学した時には予想もしなかった」
「そうですね」

 リオン王子の言葉にアードラーが苦笑を浮かべて返す。

「今ではそなたがどんな人間かを知っている。好感も持てる。だが当時の私はそなたが大嫌いだった」
「そうでしょうね。でも当時の私は、あなたの事が本当に好きだったのですよ」
「そうなのか?」

 王子が小さく驚く。

「はい。とても好きでした」
「まったくわからなかった。フェルディウス公の人柄を知っていたからな。そなたも彼のように、利のためだけに私との婚姻を望んでいると思っていた」
「間違っていません。利のために求めた事は確かなのですよ。ただ、それは利己だったのです」
「そうだ。そなたはフェルディウス公とは違う。もっと感情的な人間だった。私にはそれを見極める目が、なかったのだな……」

 王子は改めてアードラーに向き直る。
 頭を下げた。

「改めてすまなかったな。そなたには、あまりにも無体な事をした」

 公然で行なわれた婚約解消の事を言っているのだろう。

 今ならわかるけれど、公然じゃなくても当人から対面して言われると結構辛いんだよね。
 婚約解消って。

「でも、あれがあったから今の私がいるとも言えるのですよ?」

 アードラーは笑顔で応じた。

「今のそなたが幸せそうに思えるのが、私にとっての救いだ。今ならわかる。そなたの幸せが、どこにあるのか……」

 王子は私に向く。

「クロエ。アードラーを幸せにしてやってくれ」

 そこはアルディリアに言う所じゃない?
 何で私に言うし……。

 でも、アードラーに幸せになってほしい気持ちは確かにある。

「それはもちろん。アードラーは私に任せてください」
「僕も、努力します」

 私とアルディリアは答えた。
 その答えに、王子は安心したように吐息する。

「クロエさんなら大丈夫ですね。きっと幸せにしてくれます。私もクロエさんに、幸せにしてもらいましたから!」

 カナリオが言う。

「何の事だ?」

 ちなみに私のカナリオに対する態度は直っていない。
 ゲーム補正が切れると直るかもしれないと思ったが、全然そんな事はなかった。

「クロエさんがいなかったら、今の私もいなかったと思うのです。迷って迷って答えを出せず、王子から愛想を尽かされていたかもしれません」

 言って、王子の腕に抱きつくカナリオ。

「こうして身を寄せると思うんです。この腕を放したくないって……。この気持ちをしっかりと私に自覚させてくれたのはクロエさんですからね」

 そうでもないよ。
 きっとカナリオは、私がいなくても答えは出していた。
 いずれ気付いていたはずさ。

「それに私も、アードラーさんの事を誤解していたままでしたよ。あなたがいなければ、私の中のアードラーさんは嫌な人のままだったでしょう。そんなのは嫌です」

 かもしれないね。
 少なくとも、ゲームの君はアードラーの本心を知る事がなかったから……。
 なら、これくらいは誇ってもいいか。

「我が友だ。卑小な人間であるわけもない。そして、貴様も我が友だ。誇りを忘れない人間である事だ」
「はい!」



 挨拶周りが終わると、私達はパーティを楽しんだ。

 料理を楽しみ。
 酔っ払って泣きながら私の話をする父上に怒りを覚えつつも見逃し。
 友人達と雑談に興じ。
 時に絵札の束を摘んだ部分だけちぎり取るという一発芸を披露し。
 父上の部下達の間で起こった喧嘩に参加し。
 お眠になってしまったレオパルドとアルエットちゃんを客室のベッドに運び、そのほっぺたをつんつんし。
 総帥と次の活動の話をし。
 酔っ払ったカナリオにズキュゥゥンッ! と唇を奪われた。

 そんな楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

 夜が更けて、二次会のパーティが終わる。



 私は人のいなくなった玄関ホールに一人立っていた。
 宴の後の寂しさをその身に感じる。

「クロエ」

 呼ばれて振り返る。
 アルディリアが立っていた。

「僕達、夫婦になったんだね」
「そうだね」

 私はアルディリアのそばに寄った。
 顔を見上げる。
 優しげに微笑む彼の顔が近くにあった。

 腰に手を回し、抱き寄せてくれる。

「いい?」

 私は頷いた。

 唇を交わす。
 長く互いを感じ取り、やがて離れる。

「これからは私、お嫁さんだね」
「うん」
「幸せにしてね?」
「うん」

 私はアルディリアの胸に頭を預けた。

「私もいるのよ?」

 気付けば、アードラーが近付いてきていた。

「私だってあなたを幸せにしてみせるわ」

 笑うアードラー。

「ありがとう」

 私は彼女に笑顔を返した。



 豪傑系悪役令嬢だった私は……。
 気付いたら、豪傑系花嫁になっていた。

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