気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
百二十七話 いろいろな事があって……
「クロエ、僕達の婚約を解消しよう」
一年生の終業式の日。
それから二年近く経ったその日。
アルディリアは私に、婚約の解消を申し出た。
終業式の日から二年近くが経ち、私達は卒業式を間近に控えていた。
前世の世界では、大学受験の最中でそれどころじゃないような時期だけど。
この国において、そういった人間は一般的じゃない。
いるとすれば王城の文官を目指す人間ぐらいであり、他の生徒達は概ね領地に戻って親の手伝いをするのが一般的である。
私も多分、それに漏れないのではないかと思われる。
父上と同じく軍に入るか、母上について領地の経営を手伝うかのどっちかだ。
もしくは、専業主婦になっているかもしれないけれど。
その日は雪が降っていて、私とアルディリアは傘をさして家への帰り道を歩いていた。
どういうわけか、馬車ではなく歩いて帰ろうとアルディリアに誘われたのだ。
いつも一緒に帰るアードラーはいない。
校舎を出た所でムルシエラ先輩に出会ったのだが。
アードラーはその時、先輩に何かを伝えられていた。
その伝えられた事が余程ショックだったらしく、さっさと帰ってしまった。
何を言われたのだろうか?
という経緯があって、二人で帰る事になったのだ。
そして、アルディリアから馬車ではなく歩いて帰ろうと提案された。
隣を歩くアルディリアの顔を見上げる。
その見上げるという行為に、私は少しの不満を覚えた。
「何?」
訊ねる声。
聞いていて気持ちのいい低い声だ。
可愛らしさのない男の声だった。
「なんでもない」
私は顔を背けた。
この二年で、私はアルディリアに身長を追い抜かれた。
多分、彼の身長にもゲーム補正がかかっていたんだろう。
その補正のくびきを解かれ、今までの雌伏の鬱憤を晴らすかのように彼の体はメキメキと大きくなっていった。
二年の始業式の時にはアルディリアの身長は私の肩辺りにまで差し掛かっていた。
一年の終業式の後、彼は体調不良でよく寝込んでいたのだが、今思えばそれはきっと成長痛だったのだろう。
もちろん、私だって成長はしていたのだが……。
二年生の間、徐々にその差は縮まっていき、三年生になるとその差はもうなくなっていた。
そして、卒業が間近に迫る今、ついにアルディリアと私の身長は逆転していた。
アルディリアの父親と兄を見ればこの変化は予想できたのだが、ちょっと大きくなり過ぎである。
変わったのは身長だけでなく、その体付きもそうだ。
どれだけ鍛えても筋肉の付かなかった体は、今男性的な固さを帯び始めていた。
線が細いのは変わらないが、かつての私みたいに背筋はたくましく盛り上がり、腹筋もバキバキに割れている。
私、脱いだらすごいんです、という典型的な身体つきだ。
顔つきの可愛らしさも薄れてきて、代わりに格好良さが際立つようになってきた。
もはや、男の娘とはもう呼べない……。
……いや、まだ若干男の娘と呼べる、か?
例えるなら、一般的な乙女ゲームにおける穏やか先輩系の顔つきだ。
気付けば、私の可愛いアルディリアは格好良いアルディリアになっていた。
比べて私は、最近体の所々が柔らかくなってきた気がする。
太ったわけじゃないのに全体的に丸くなって、顔つきの鋭さも和らいできた。
イケメン寄りだった顔も、今ではちゃんと女性の顔になっている。
昔は男か女か間違われそうな顔だったが、今では間違いなく女性だとわかる顔だ。
アルディリアが男になるのと同時に、私は女になりつつあった。
母上に薦められて髪を伸ばし始めた事もあって、今の私はとても女性的な見た目になっている。
「ねぇ、何か怒ってる?」
アルディリアがうかがうようにして訊ねてくる。
こういう所は、可愛かった頃の彼となんら変わらない。
「怒ってない」
別に、あっさりと身長を抜かれた事に怒っているわけじゃないし……。
この巨人め……。
駆逐してやろうか!
「私の方がアルディリアより強いんだからね!」
「そうだけど……。なんで今その話を?」
私は確かに女性的な見た目になった。
だからといって、弱くなったわけではない。
体は十五歳の頃とは比べるべくもなく、今の方が強い。
今の私は、父上にも勝ち越せるくらいに強くなっている。
まぁ父上の場合は、私相手に本気を出せない感じもするのだが……。
でも、アルディリアにはまだ絶対に負けない。
アードラーにもリオン王子にだって負けない。
カナリオにはよく負ける。
最近の彼女は私と互角だ。
「そういえば、クロエってカナリオと組み手する時は無鉄砲な戦い方するよね」
「そう?」
「全部の攻撃が大振りっていうか、後の事を考えてないような感じ。相手の動きを良く見るっていう普段の戦い方じゃない気がする。カナリオもいつもと戦い方が変わるし……」
「ああ、それね。堅実にやり合うといつまで経っても終わらないからだよ」
互いに隙が少ないから、堅実にやり合うとダメージが入りにくいのだ。
そうやってまともに相手していると、何時間もかかるだろう。
だから、お互いに示し合わせて読み合いブッパの戦いをしているわけである。
「ふぅん、そうなんだ」
会話が途切れる。
アルディリアが何か言おうとして口を開けるが、隣を通った馬車の音がその始めの声を掻き消した。
機先を制されたからか、アルディリアは口を閉じる。
積もった雪を踏みしめる音だけが耳に入ってくる。
アルディリアは、再度口を開いた。
「もうすぐ……卒業だね」
「そうだね」
「いろいろな事があったね」
「うん」
この二年、本当にろいろな事があった。
まず、私には弟ができた。
私と同じ黒髪黒目の可愛らしい男の子だ。
父上が命名した名前はレオパルド。
最後に「ン」を付けると、親の心子の心を粉砕するキノコ狩り世界チャンピオンの男が操縦していたり、マンモス超人に瞬殺されそうな名前だ。
と、それはいい。
注目すべきは、レオパルドが豹という意味だという所だ。
名前が哺乳類だという事は、ゲームの攻略対象の特徴を持っているという事だ。
もしかしたら、この子は「ヴィーナスファンタジア」の続編の攻略対象かもしれない。
と、私は懸念している。
もしそうだとすれば、私が死んだ後に出たものだろうから私にはわからないのだけど。
どこのどいつだ!
私の可愛い弟を攻略しようとするヒロインは!
どこの平民だ?
今度はどんな邪神の巫女だ?
と最近ちょっと未来に訪れるかもしれないヒロインとの戦いを想定している。
アルディリアから消失した可愛い分を補うため、私は可愛い弟を大変可愛がっていた。
アルエットちゃんが遊びに来てくれた時は可愛い分が二倍になって私にこうかばつぐんである。
そんな私の可愛い弟は、最近私を「アニェーウェ」と呼んでくれる。
舌足らずだが「姉上」と呼ぼうとしてくれているのだ。
自分の事も「わあし」と呼んでいる。
うちの家族はみんな一人称が「私」なので、その影響だろう。
それからマリノーとティグリス先生が、ついに婚約を発表した。
ゆっくりゆっくりと、マリノーはティグリス先生へ自分の愛情を伝え、先生も少しずつ少しずつその愛情を受け入れていったのだ。
マリノーの卒業を待って、結婚式を挙げる予定らしい。
私とカナリオ、イノス先輩もそうなので、卒業式後は結婚ラッシュになりそうである。
卒業といえば、イノス先輩とコンチュエリも卒業した。
イノス先輩は国衛院に専念するようになった。
卒業を待つのはイノス先輩自身ではなく、ルクスの卒業だ。
それを待って結婚する予定だそうだ。
コンチュエリはムルシエラ先輩と同じように外交で頻繁に外国へ行っている。
で、帰ってきたら社交界によく出席しているようだ。
あとは、何をしているのかよくわからない。
ヴォルフラムくんは黒色の力を失い、今は普通の貴族として生活している。
それでも黒色の事が気になるらしく、領地の経営をしつつ国衛院へ資金援助をしているそうだ。
ヴァール王子は相変わらず軟禁されているが……。
たまに軟禁場所の屋敷から公然と抜け出し、私にちょっかいをかけたりアルディリアと決闘したりしている。
と、本当にいろいろあった。
それだけ、二年は長い年月だという事なんだろう。
「ねぇ、クロエ」
アルディリアに呼ばれて、私は彼の顔を見上げる。
「もし僕がクロエの婚約者じゃなくても、クロエは僕を選んでくれたかな?」
彼は唐突にそんな事を聞いた。
「さぁ、どうだろう?」
本当にどうなんだろう……。
考えた事もなかった。
何でこんな事を聞くんだろう?
「でも、実際の私達は婚約者だよ。気にするような事じゃないと思うけど」
私が言うと、アルディリアは俯いた。
そんな彼の顔を今の私はのぞき見る事ができた。
何か思い悩んでいるような、そんな表情だ。
「そうなのかも、知れないね。でもね、僕はどうしても……」
アルディリアが向き直る。
その表情は真剣なものだった。
そして……。
「クロエ、僕達の婚約を解消しよう」
アルディリアは唐突にその言葉を告げた。
知らず、私の目が見開かれていくのがわかった。
「え……?」
そんな声しか出なかった。
何で?
何でそんな事を言うの?
私が、嫌いだから?
咄嗟にそんな事を考えると、胸に黒く鋭い物が入り込んでくる感覚があった。
そこから先、私は自分を抑えられなくなった。
「それで――」
「何で? 何で突然そんな事を言うの?」
何か言おうとするアルディリアを遮って、私は訊ね返した。
訊ねる声は鋭く、詰問に近いものだった。
そんな私の様子に、アルディリアが驚いているのがわかった。
「私より、アードラーがいいから?」
「何でアードラーなの?」
「私の事が嫌いだから?」
「違う! 僕が言いたかったのは――」
「聞きたくない!」
私は叫んでいた。
「言葉なんていくらでも飾れる。信用なんてできないよ。アルディリアは私の事が嫌いなんだ。だって私、アルディリアを「軟弱者」って呼んでイジメてたものね。そりゃあ、嫌いになるよね。こんな私の事なんて、大嫌いに決まってるもの!」
「クロエ? どうしたのさ、急に……」
どうしたかって?
わからないよ。
なんで私はこんな事を口にしているんだろうか……?
ただ、自分の気持ちが暗く染まっていくのはわかる。
嫌な気持ちがあふれ出してくる。
「さっき、婚約者じゃなければ選んだかって聞いたよね?」
「う、うん」
「それってさ、婚約者じゃなければ私なんかと結婚しないって、アルディリアが思ったから言ったんでしょう? そういう意味なんでしょう」
「だから違うって!」
どんなに言葉で伝えられても……。
どんなに言葉を重ねられても……。
私にはアルディリアの事が信用できなかった。
酷く重苦しい。
体の中にある心という器官が、重量を持っているようだ。
「うくっ」
「クロエ?」
私は胸を押さえて膝を折った。
重量を増す私の心を、私は支えられなくなっていた。
その重さに耐え切れなくなって、私はその場で倒れこんだ。
「クロエ? クロエ!」
アルディリアの叫びを耳にしながら、私は意識を閉ざしていった。
そしてその間際……。
「言ったじゃろう? 貴様をつけ狙ってやる、と。クハハハハッ!」
そんな女神の嘲笑を聞いた。
一年生の終業式の日。
それから二年近く経ったその日。
アルディリアは私に、婚約の解消を申し出た。
終業式の日から二年近くが経ち、私達は卒業式を間近に控えていた。
前世の世界では、大学受験の最中でそれどころじゃないような時期だけど。
この国において、そういった人間は一般的じゃない。
いるとすれば王城の文官を目指す人間ぐらいであり、他の生徒達は概ね領地に戻って親の手伝いをするのが一般的である。
私も多分、それに漏れないのではないかと思われる。
父上と同じく軍に入るか、母上について領地の経営を手伝うかのどっちかだ。
もしくは、専業主婦になっているかもしれないけれど。
その日は雪が降っていて、私とアルディリアは傘をさして家への帰り道を歩いていた。
どういうわけか、馬車ではなく歩いて帰ろうとアルディリアに誘われたのだ。
いつも一緒に帰るアードラーはいない。
校舎を出た所でムルシエラ先輩に出会ったのだが。
アードラーはその時、先輩に何かを伝えられていた。
その伝えられた事が余程ショックだったらしく、さっさと帰ってしまった。
何を言われたのだろうか?
という経緯があって、二人で帰る事になったのだ。
そして、アルディリアから馬車ではなく歩いて帰ろうと提案された。
隣を歩くアルディリアの顔を見上げる。
その見上げるという行為に、私は少しの不満を覚えた。
「何?」
訊ねる声。
聞いていて気持ちのいい低い声だ。
可愛らしさのない男の声だった。
「なんでもない」
私は顔を背けた。
この二年で、私はアルディリアに身長を追い抜かれた。
多分、彼の身長にもゲーム補正がかかっていたんだろう。
その補正のくびきを解かれ、今までの雌伏の鬱憤を晴らすかのように彼の体はメキメキと大きくなっていった。
二年の始業式の時にはアルディリアの身長は私の肩辺りにまで差し掛かっていた。
一年の終業式の後、彼は体調不良でよく寝込んでいたのだが、今思えばそれはきっと成長痛だったのだろう。
もちろん、私だって成長はしていたのだが……。
二年生の間、徐々にその差は縮まっていき、三年生になるとその差はもうなくなっていた。
そして、卒業が間近に迫る今、ついにアルディリアと私の身長は逆転していた。
アルディリアの父親と兄を見ればこの変化は予想できたのだが、ちょっと大きくなり過ぎである。
変わったのは身長だけでなく、その体付きもそうだ。
どれだけ鍛えても筋肉の付かなかった体は、今男性的な固さを帯び始めていた。
線が細いのは変わらないが、かつての私みたいに背筋はたくましく盛り上がり、腹筋もバキバキに割れている。
私、脱いだらすごいんです、という典型的な身体つきだ。
顔つきの可愛らしさも薄れてきて、代わりに格好良さが際立つようになってきた。
もはや、男の娘とはもう呼べない……。
……いや、まだ若干男の娘と呼べる、か?
例えるなら、一般的な乙女ゲームにおける穏やか先輩系の顔つきだ。
気付けば、私の可愛いアルディリアは格好良いアルディリアになっていた。
比べて私は、最近体の所々が柔らかくなってきた気がする。
太ったわけじゃないのに全体的に丸くなって、顔つきの鋭さも和らいできた。
イケメン寄りだった顔も、今ではちゃんと女性の顔になっている。
昔は男か女か間違われそうな顔だったが、今では間違いなく女性だとわかる顔だ。
アルディリアが男になるのと同時に、私は女になりつつあった。
母上に薦められて髪を伸ばし始めた事もあって、今の私はとても女性的な見た目になっている。
「ねぇ、何か怒ってる?」
アルディリアがうかがうようにして訊ねてくる。
こういう所は、可愛かった頃の彼となんら変わらない。
「怒ってない」
別に、あっさりと身長を抜かれた事に怒っているわけじゃないし……。
この巨人め……。
駆逐してやろうか!
「私の方がアルディリアより強いんだからね!」
「そうだけど……。なんで今その話を?」
私は確かに女性的な見た目になった。
だからといって、弱くなったわけではない。
体は十五歳の頃とは比べるべくもなく、今の方が強い。
今の私は、父上にも勝ち越せるくらいに強くなっている。
まぁ父上の場合は、私相手に本気を出せない感じもするのだが……。
でも、アルディリアにはまだ絶対に負けない。
アードラーにもリオン王子にだって負けない。
カナリオにはよく負ける。
最近の彼女は私と互角だ。
「そういえば、クロエってカナリオと組み手する時は無鉄砲な戦い方するよね」
「そう?」
「全部の攻撃が大振りっていうか、後の事を考えてないような感じ。相手の動きを良く見るっていう普段の戦い方じゃない気がする。カナリオもいつもと戦い方が変わるし……」
「ああ、それね。堅実にやり合うといつまで経っても終わらないからだよ」
互いに隙が少ないから、堅実にやり合うとダメージが入りにくいのだ。
そうやってまともに相手していると、何時間もかかるだろう。
だから、お互いに示し合わせて読み合いブッパの戦いをしているわけである。
「ふぅん、そうなんだ」
会話が途切れる。
アルディリアが何か言おうとして口を開けるが、隣を通った馬車の音がその始めの声を掻き消した。
機先を制されたからか、アルディリアは口を閉じる。
積もった雪を踏みしめる音だけが耳に入ってくる。
アルディリアは、再度口を開いた。
「もうすぐ……卒業だね」
「そうだね」
「いろいろな事があったね」
「うん」
この二年、本当にろいろな事があった。
まず、私には弟ができた。
私と同じ黒髪黒目の可愛らしい男の子だ。
父上が命名した名前はレオパルド。
最後に「ン」を付けると、親の心子の心を粉砕するキノコ狩り世界チャンピオンの男が操縦していたり、マンモス超人に瞬殺されそうな名前だ。
と、それはいい。
注目すべきは、レオパルドが豹という意味だという所だ。
名前が哺乳類だという事は、ゲームの攻略対象の特徴を持っているという事だ。
もしかしたら、この子は「ヴィーナスファンタジア」の続編の攻略対象かもしれない。
と、私は懸念している。
もしそうだとすれば、私が死んだ後に出たものだろうから私にはわからないのだけど。
どこのどいつだ!
私の可愛い弟を攻略しようとするヒロインは!
どこの平民だ?
今度はどんな邪神の巫女だ?
と最近ちょっと未来に訪れるかもしれないヒロインとの戦いを想定している。
アルディリアから消失した可愛い分を補うため、私は可愛い弟を大変可愛がっていた。
アルエットちゃんが遊びに来てくれた時は可愛い分が二倍になって私にこうかばつぐんである。
そんな私の可愛い弟は、最近私を「アニェーウェ」と呼んでくれる。
舌足らずだが「姉上」と呼ぼうとしてくれているのだ。
自分の事も「わあし」と呼んでいる。
うちの家族はみんな一人称が「私」なので、その影響だろう。
それからマリノーとティグリス先生が、ついに婚約を発表した。
ゆっくりゆっくりと、マリノーはティグリス先生へ自分の愛情を伝え、先生も少しずつ少しずつその愛情を受け入れていったのだ。
マリノーの卒業を待って、結婚式を挙げる予定らしい。
私とカナリオ、イノス先輩もそうなので、卒業式後は結婚ラッシュになりそうである。
卒業といえば、イノス先輩とコンチュエリも卒業した。
イノス先輩は国衛院に専念するようになった。
卒業を待つのはイノス先輩自身ではなく、ルクスの卒業だ。
それを待って結婚する予定だそうだ。
コンチュエリはムルシエラ先輩と同じように外交で頻繁に外国へ行っている。
で、帰ってきたら社交界によく出席しているようだ。
あとは、何をしているのかよくわからない。
ヴォルフラムくんは黒色の力を失い、今は普通の貴族として生活している。
それでも黒色の事が気になるらしく、領地の経営をしつつ国衛院へ資金援助をしているそうだ。
ヴァール王子は相変わらず軟禁されているが……。
たまに軟禁場所の屋敷から公然と抜け出し、私にちょっかいをかけたりアルディリアと決闘したりしている。
と、本当にいろいろあった。
それだけ、二年は長い年月だという事なんだろう。
「ねぇ、クロエ」
アルディリアに呼ばれて、私は彼の顔を見上げる。
「もし僕がクロエの婚約者じゃなくても、クロエは僕を選んでくれたかな?」
彼は唐突にそんな事を聞いた。
「さぁ、どうだろう?」
本当にどうなんだろう……。
考えた事もなかった。
何でこんな事を聞くんだろう?
「でも、実際の私達は婚約者だよ。気にするような事じゃないと思うけど」
私が言うと、アルディリアは俯いた。
そんな彼の顔を今の私はのぞき見る事ができた。
何か思い悩んでいるような、そんな表情だ。
「そうなのかも、知れないね。でもね、僕はどうしても……」
アルディリアが向き直る。
その表情は真剣なものだった。
そして……。
「クロエ、僕達の婚約を解消しよう」
アルディリアは唐突にその言葉を告げた。
知らず、私の目が見開かれていくのがわかった。
「え……?」
そんな声しか出なかった。
何で?
何でそんな事を言うの?
私が、嫌いだから?
咄嗟にそんな事を考えると、胸に黒く鋭い物が入り込んでくる感覚があった。
そこから先、私は自分を抑えられなくなった。
「それで――」
「何で? 何で突然そんな事を言うの?」
何か言おうとするアルディリアを遮って、私は訊ね返した。
訊ねる声は鋭く、詰問に近いものだった。
そんな私の様子に、アルディリアが驚いているのがわかった。
「私より、アードラーがいいから?」
「何でアードラーなの?」
「私の事が嫌いだから?」
「違う! 僕が言いたかったのは――」
「聞きたくない!」
私は叫んでいた。
「言葉なんていくらでも飾れる。信用なんてできないよ。アルディリアは私の事が嫌いなんだ。だって私、アルディリアを「軟弱者」って呼んでイジメてたものね。そりゃあ、嫌いになるよね。こんな私の事なんて、大嫌いに決まってるもの!」
「クロエ? どうしたのさ、急に……」
どうしたかって?
わからないよ。
なんで私はこんな事を口にしているんだろうか……?
ただ、自分の気持ちが暗く染まっていくのはわかる。
嫌な気持ちがあふれ出してくる。
「さっき、婚約者じゃなければ選んだかって聞いたよね?」
「う、うん」
「それってさ、婚約者じゃなければ私なんかと結婚しないって、アルディリアが思ったから言ったんでしょう? そういう意味なんでしょう」
「だから違うって!」
どんなに言葉で伝えられても……。
どんなに言葉を重ねられても……。
私にはアルディリアの事が信用できなかった。
酷く重苦しい。
体の中にある心という器官が、重量を持っているようだ。
「うくっ」
「クロエ?」
私は胸を押さえて膝を折った。
重量を増す私の心を、私は支えられなくなっていた。
その重さに耐え切れなくなって、私はその場で倒れこんだ。
「クロエ? クロエ!」
アルディリアの叫びを耳にしながら、私は意識を閉ざしていった。
そしてその間際……。
「言ったじゃろう? 貴様をつけ狙ってやる、と。クハハハハッ!」
そんな女神の嘲笑を聞いた。
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