気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 憧れのお姉ちゃん

 僕の名前はディック・フカールエル。
 フカールエル家の長男だ。

 こんな僕には、憧れの人がいる。

 マリノーお姉ちゃんの友達。
 クロエお姉ちゃんだ。

 クロエお姉ちゃんはたまに、アルエットちゃんと一緒にうちへ遊びにくる。

 最初は怖い人かと思ったけれど、ちょっと遊んでもらったら全然そんな事はなかった。
 優しくて面白いお姉ちゃんだった。

 弟のジェイソンとティム(ティモシー)は今でもクロエお姉ちゃんを恐がっている。
 ジェイソンはアルエットちゃんが好きみたいで、遊びにきた時は一緒に遊んでいる。
 でも、僕からすればアルエットちゃんの方が怖い。

 初めて遊びに来た時、ちょっかいを出しすぎたジェイソンを壁に叩きつけた時の事が頭から離れないのだ。
 あれは恐かった。

 うちに遊びに来るのは、その二人とは別にもう一人いる。
 アルディリアお姉……お兄ちゃんだ。

 本当はお姉ちゃんだけどお兄ちゃんなのだ。

 アルディリアお兄ちゃんも優しいお姉ちゃんだ。
 それで、アルディリアお兄ちゃんはクロエお姉ちゃんのコンヤクシャだった。

 僕は二人のお姉ちゃんが大好きだった。



 クロエお姉ちゃんは、いろいろな遊びを知っている。

 前に教えてもらったのはじゃんけんという遊びだ。
 グー、チョキ、パーの手の形を出し合って、勝負するというルールのものだ。

「ねぇ、何でパーはグーに勝てるの?」

 グーは石、チョキはハサミ、パーは紙らしい。
 ハサミが紙に勝って、石がハサミに勝てるのは分かるけれど、紙がどうして石に勝てるのかがわからない。

「あー、それはね……」

 少し考え込むクロエお姉ちゃん。
 すぐに笑顔を向ける。

「ちょっと庭までついてきて」

 クロエお姉ちゃんは部屋にあったメモ用紙を取って、庭に向かう。
 僕も一緒についていく。

 クロエお姉ちゃんは庭で拳大の石を見つけて、手に取った。

「見ててね」

 そう言って、クロエお姉ちゃんは紙を持った手を振り上げ、石へ紙を振り下ろした。
 振り下ろされた紙が、石をまっぷたつに切り裂いた。

「ね?」

 本当だ!
 紙は石より強いんだ!

 後でその紙にハサミを使うと、すんなりと切れた。

 僕は納得して、疑問が解けた。

 でもそのあと、紙で石を切ろうとしたけれど、お姉ちゃんみたいにできなかった。
 不思議である。



 マリノーお姉ちゃんの話では、クロエお姉ちゃんはとっても強いらしい。

 僕はそれが信じられなかった。

 僕はお父さんから「女の子はか弱い生き物だから男の子が守ってあげなきゃいけないんだよ」と言われていたからだ。
 クロエお姉ちゃんは確かに筋肉ムキムキで強そうだけれど、女の子だ。
 強いと言っても、男の人から見ればか弱いと思う。

 アルディリアお兄ちゃんだって言ってた。

「僕は男の子として、クロエを守れるようになりたい」

 って。
 でもアルディリアお兄ちゃんは本当は女の子だから、クロエお姉ちゃんを守るのが難しいんだと思うんだ。

 きっと、か弱い女の子のアルディリアお兄ちゃんじゃクロエお姉ちゃんを守れない。

 僕は二人とも大好きだから、男の子の僕が二人を守ってあげたいと思った。

 そのためにも、僕はお父さんに剣の稽古をつけてもらっている。
 強い男になって、お姉ちゃん達を守れるように。

 今子供達の間で人気の「妖怪・関節外し」のように、悪い奴をやっつける強い男になりたいのだ。

 そんなある日の事だ。

 マリノーお姉ちゃんと弟達二人と一緒に、町へ遊びに行った。
 けれど、僕は帰る間際になってみんなとはぐれてしまう。

 夕陽がもうすぐ沈むような、薄暗い時間。
 僕は知らない人間達が歩く通りを心細く思いながら歩いた。
 マリノーお姉ちゃん達を探して。

 いろいろな道を歩き続け、僕は路地の中へ入って行った。
それでもみんなが見つからなくて、目尻に涙が滲み始めた時。

「おい、坊主」

 迫力のあるダミ声が僕にかけられた。
 見ると、太った大男が僕の前に立っていた。

 男は僕の手を強く掴む。

「お前、貴族のガキだろう?」
「ち、違っ」
「嘘つくな! 服を見りゃわかるんだよ」

 怒鳴られて身が竦む。

「一人で町をうろつくなって親に言われなかったか? そういう言いつけを守れないガキがどうなるか知ってるか?」
「どうなるの?」
「さらわれて売られるんだよ。今のお前みたいにな」

 売られる?
 僕が?

「貴族の子供っていうのは高く売れるんだぜ。スラムの顔役みたいな奴は金ばっかり持ってても名誉は持っちゃいないからな。お前みたいな貴族のガキを虐げて、自分が貴族より上にいる気分に浸りたいっていう歪んだ輩ばかりなんだ」
「やめて、放してよ!」

 僕は男の足を思い切り蹴飛ばした。
 でも、男はまったく動じた様子がなかった。

「痛ぇじゃねぇか」

 逆に殴り返される。
 顔を殴られて、その勢いで壁に叩きつけられた。

 痛い。
 すごく痛い……。
 大人に殴られる事がこんなに痛く、怖い事だなんて思わなかった。

 男が近付いてくる。
 でも、僕は動けなかった。
 体が地面に縫い付けられたみたいで、立とうと思っても立てない。

 そして、男が僕の目の前に立った。

 その時だ。

「おい……」

 とても低い声だった。
 一瞬、誰の声かわからなかった。

 見れば、その声の主はクロエお姉ちゃんだった。

 クロエお姉ちゃんは、自分よりも遥かに大きな男の前に立ちはだかった。

「何だてめぇ?」

 怪訝な顔をする男。
 そんな男の腹をクロエお姉ちゃんは殴った。

 すると、男の大きな体が宙を舞った。

 男のでっぷりと太った腹が、殴られた瞬間に石を落とされた水面のように、波紋を描いたのが見えた。
 それがクロエお姉ちゃんの拳の威力を物語っていた。

 男はそのまま壁に激突し、動かなくなった。

 たったの一発。
 でも、その一発は男が僕へ見舞った拳の何倍もの威力があった事は見ているだけでわかった。

 クロエお姉ちゃんは本当に強い。
 こんな強い人を守りたいと思っていたんだ、と思うと少し恥ずかしくなった。

「大丈夫?」

 お姉ちゃんが声をかけてくる。
 心配そうな声色は、いつもの優しいクロエお姉ちゃんのものだ。

「うん」
「ならよかった」

 ホッと溜息を吐くと、クロエお姉ちゃんは倒れた男の方へ近付いていく。

「誘拐未遂だからね。一応通報しておこうか」

 言って、クロエお姉ちゃんはおもむろに男の膝を腕で抱えた。
 そのまま捻る。

 グキッという乾いた音が鳴った。

 関節を外したんだ。

 そうだったのか!
 妖怪・関節外しの正体はクロエお姉ちゃんだったんだ!

 お姉ちゃんは男の両足の関節を外すと、壁に「この者誘拐未遂犯」と書いて狼煙を上げた。
 そして、僕の手を引いて歩き出した。

 クロエお姉ちゃんは、町をぶらついていた時にマリノーお姉ちゃんと会ったらしい。
 話を聞いて、僕を探してくれていたそうだ。

 それにしても、お姉ちゃんは強かったなぁ。
 お姉ちゃんみたいに強い人を僕は見た事がなかった。
 それに、お姉ちゃんは僕の好きな妖怪・関節外しだったのだ。

 僕のクロエお姉ちゃんに対する憧れの意味が変わった。
 クロエお姉ちゃんは大好きな人だったけれど、それが自分もこうなりたいという強さの象徴みたいな存在に変わっていた。



「ねぇ、クロエお姉ちゃん」
「何?」
「僕、クロエお姉ちゃんになる!」

 クロエお姉ちゃんは、僕にとって憧れのお姉ちゃんなんだ。

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