気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百十四話 正面突破

「じゃなーいっ!」
「クロエ!」

 トマトソースを吐いて倒れた私は、すぐに起き上がった。
 アルディリアが嬉しそうな顔をする。

「ああ、よかった。血を吹いて倒れるから、死んじゃったかと思ったよ」
「逃げるためにリアルな死んだフリをしようと思ったんだよ。でも、どうしてアルディリアがここに?」
「そりゃあ、クロエを助けるためだよ」

 そっか、私を助けに来てくれたんだ。

 彼と再会できた事がまず嬉しい。
 でも、助けに来てくれたんだなと思うともっと嬉しかった。

「でも、どうやってここまで?」
「国衛院の人が手引きしてくれたんだ」

 言いながら、アルディリアはポケットから鍵束を取り出した。
 それで牢屋を開けてくれる。
 私は外へ出る。

「詳しくはあとで話すよ。それより今は……」

 アルディリアは振り返り、後ろの牢屋にいる王様へ目を向けた。

「サハスラータ王陛下、ですよね?」

 アルディリアは王様にうかがう。

「如何にも、俺はサハスラータの王だ。まぁ今はヴァールがそう名乗っているがな」
「助けに来ました」
「俺もか?」
「はい。アールネスとサハスラータの未来のためには、あなたが必要です」

 王様はニヤリと笑った。

「わかった」

 王様がアルディリアに助け出される。

「脱出するならば、街へ抜ける抜け道がある」

 王様が提案する。

「あ、やっぱりあったんですね」

 アルディリアは特に驚いた様子もなく返した。

「知っているのか?」
「国衛院の人があるかもしれない、って言ってました」
「あの変態組織め……」

 やっぱりあの組織、他の国から見てもおかしいのか。

「じゃあ、そこまでお送りします。そこからは一人で逃げてください」
「お前達は行かないのか?」
「僕達は城を出て、そのままアールネスを目指すつもりです。二手に分かれた方がいいかもしれないらしくて」
「ほう。何故だ?」
「予定では、陛下の脱出を見届けた後に携帯花火を上げ、それを合図に街にいるこの国の軍部の人達が城へ攻め入る事になっています。あ、ロベール亭っていう酒場で軍部の人が待っているらしいので、陛下は街へ出た後にそこを目指してくださればいいそうです」
「若い頃にお忍びで通ってた馴染みの店じゃねぇか……。変態組織め……」

 吐き捨てるように王様は呟いた。

「で、その混乱の内に僕達は逃げます」
「なるほどな。軍部の反乱を囮に使うつもりか。だが、あいつがこっちを優先するとは限らねぇぜ」

 言いながら、王様は私を見た。

「あいつにしては珍しく、えらく執着しているみたいだからな」
「……それでもいいんです。その時は、反乱の成功率があがるんですから」
「どっちでもいいわけか。面白い」

 やっぱり親子だ。
 面白い、と笑う王様の顔がヴァール王子にそっくりだった。

 そして、三人で地下牢を出た。



 地下から地上へ出ると、見張りらしき兵士が二人。
 壁にもたれかかるようにして倒れていた。

「これ、アルディリアがやったの?」
「うん」

 そうか。
 アルディリアは、こういう事ができるくらいに強くなっていたのか。

 今だからこそわかる。
 大人二人、それも訓練を積んだ兵士を倒すという事は難しい。

 アルディリアは、それができるくらいに強くなっていたんだな。

「強くなったね。アルディリア」
「えへへ、ありがとう」

 アルディリアは可愛らしく笑う。
 その姿には、男らしさが欠片も感じられない。

「全部、クロエのおかげだよ。ここへ来るまでにも、クロエから教えてもらったニンジャの技がすごく役に立ったよ」

 よく見れば、アルディリアの手には黒い手甲が着けられていた。
 手の甲から肘までをカバーする指のない長手袋のようなもので、腕の部分にソードブレイカーのような鉤《かぎ》が何本かついている。

 ニンジャ教室修了の証として、私が門下生にプレゼントしたものだ。
 変身セットの腕部分と同じものである。

 きっとアルディリアは、今の私では行使困難な殺人カラテ技を駆使してここまで助けにきてくれたんだろうな。

 牢屋から脱出した私達は、王様に案内されて城内の一室へと向かった。

 王様は部屋の中にある暖炉に近付く。

「これから抜け道を開く。だから、あっち向いてろ」

 多分、手順を見られたくないのだろう。
 背中を向けると、後ろから色々と何かを動かす音が聞こえた。
 そして最後に、ゴリゴリと石同士が擦れるような音がする。

「もういいぞ」

 振り返ると、暖炉の中に梯子が出現していた。
 梯子は、地下へと続いているようだった。

「これが街へ通じる抜け道だ。俺はここから逃げるが、いいんだな? 一緒に行かなくて。通った後は、中からここを閉めるぞ」
「はい。大丈夫です。こっちでも逃げる手筈は整えています」
「わかった。なら遠慮なく行くぞ。幸運を祈る」

 そう言い残して、王様は抜け穴の奥へ消えた。
 少しして抜け穴の上に石のプレートがせり出してきた。
 穴を覆い隠す。

「さ、行こうか」

 言うと、アルディリアは私の手を掴んだ。
 握る手の力が強い。

「うん」

 私はアルディリアに引かれるまま走り出した。



 王様を見送ったアルディリアは、適当な窓を見つけると荷物の中を漁りだした。
 取り出したのは、小型の筒である。
 これがさっき言っていた連絡用の花火だろう。

 筒の先を窓の外、上空に向けて導火線に魔法で着火する。
 すると、煙に包まれた球状の物が上空へ放たれた。

 放たれた物は本城を軽々と飛び越え、遥か上空で爆発した。

 強い光が発せられる。
 辺りがまるで昼間のように明るくなった。

 思っていた以上に派手だ。

「さ、行こう」

 アルディリアに手を引かれて進む。

「そういえば、さっきからあまり兵士の姿がないね」

 私が脱出しようとしていた時は、この辺りにも兵士はいたはずだ。
 なのに今はあまり姿が見えない。

 最後に見た兵士は、アルディリアが飛び込み肘打ちを顔にぶち込んで倒してしまった。
 それ以降、兵士と遭遇する事はなかった。

「ああ、それは囮を買って出てくれた人がいるからだよ。みんなそっちに行っているんだよ」
「国衛院の人?」
「ううん、違うよ。多分、もうすぐわかるよ」

 何だろうか、もったいぶっちゃって。

 アルディリアに引かれて向かったのは、城壁の西側だった。
 城門のある場所だ。

「正面から出て大丈夫なの?」
「跳ね橋は来る時に下ろしといた。兵士もみんな倒したから大丈夫」

 マジで?

「クロエだってそれくらいできるでしょ?」

 普段ならそれくらいできるかもしれないけど……。
 本当にできるかな?
 最近色々な事がうまくいかないから、あんまり自信がない。

「まぁ、やったのは僕一人じゃないんだけどね」

 アルディリアは苦笑する。

 城門に近付くと、そこには倒れ伏す兵士達の姿があった。
 が、一人だけ意識を取り戻した兵士がいたらしく、よろよろと立ち上がって私達の前に立ち塞がる。

 その時、私達の横を通り過ぎていく白い物が見えた。
 それは人の頭髪だ。
 白い髪の人物が、私達を追い越して兵士へと迫った。

 拳が、鎧に守られた兵士の胴体を抉る。
 金属製の鎧が、拳の形に凹む。
 苦悶の表情に歪む顔へ、二撃目が容赦なく叩き込まれる。

 兵士を瞬く間に叩きのめし、振り返った人物はティグリス先生だった。
 私を見て、嬉しそうに笑う。

 囮を買って出てくれた人は、ティグリス先生だったのか。

「行くぜ」
「はい!」

 先生の言葉に返事をするアルディリア。

 そして、私達三人は城門から堂々と脱出する事に成功した。

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