気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百九話 二分以内にエスケープ

 私はずっと揺られていた気がする。

 夢か現かわからない中、私は長く揺られていた気がする。

 ガタガタと荒れた大地を馬車で行くように。
 ゆらゆらと海を船で行くように。

 そして気付けば、見知らぬ天井があった。

「知らない天井だ」

 言ってみて気付いたけれど、天井だと思っていた物は天井じゃなかった。
 天蓋だ。

 背中はフカフカした布の感触がある。
 どうやら私は、天蓋付きのベッドで眠らされていたらしい。

 同時に、私は王子に襲撃された事を思い出した。

 ここはどこだ?
 あの後、私はどうなった?

 身を起こす。

 体が重い。
 なんだか、自分の体じゃないみたいだ。

 口の中も苦い。
 漢方薬みたいな独特な臭いが鼻腔に残っている。
 薬でも飲まされたみたいだ。

 ふと気付けば、私は薄い桃色のドレスを着ていた。
 布地にしっとりと纏わりつく滑らかな肌触り。
 上質のドレスだというのがすぐにわかる。

 ただこのドレス、胸元の布地が危ない。
 前からの防御が心許ないのは勿論だが、サイドからの防備は皆無と言っていい。
 そして狙ったかのように下着がない。
 下手をすれば零れそうだ。

 これ、ヴァール王子が着せたとかだったらどうしてくれようか……。

 ベッドそばに置かれた台の上に私の眼帯が置かれている。
 そういえば視界が十全だ。
 外されてしまったらしい。

 しかし、右目で見る光景がいつもと違う。
 普段は右目で見る光景は薄暗くなるのだが、今はその薄暗さが薄い気がする。
 ここは黒色《こくしょく》が薄いという事か。

 眼帯を装着して辺りを見回す。
 今自分のいる場所が部屋の中である事を把握した。
 壁は石造りで、床にはカーペット。
 衣装タンスや本棚などの家具がある。
 どれも高級感の品々だ。

 入り口らしき扉とは別に扉がある。
 構造的に、そちらはトイレかバスルームという所だろうか?

 ベッドから立ち上がる。
 やはりいつもと体の様子が違う。
 力の入り方が弱い気がする。

 それに……体の中の魔力を感じられない。
 扱う事もできない。

 思い当たるのは、王子の放った弓矢。
 あの時に吸い込んだ煙だ。
 あれを吸った時にも、私は自分の体から力を失われる感覚を味わった。

 あの感覚が今も続いている。
 そんな感じだ。

 窓があったのでそこから外を覗く。
 青い空が見えた。
 見下ろせば、遥か下に地上が見える。
 警備の兵士が立っている。

 どうやらこの部屋は建物の高い場所にあるらしい。
 横を見ると、石を繋ぎ合わせた荒い壁が見える。
 壁を眺めていくと、いくつか別の部屋の窓があった。

 そしてどうやらここはサハスラータだ。
 この窓から見える建物の様子は、前に訪れたサハスラータの王城そのものだ。
 兵士の着ている鎧もサハスラータのものである。

 つまり私は、あのままここへ連れてこられてしまったらしい。

 どうしたものか。

 少し考える……。

 逃げよう!

 決断すると、私はベッドの天蓋に片手でぶら下がった。
 掴む指を一本ずつ外そうとする。
 けれど、小指と人差し指を放した時点で指が限界を訴えた。
 その状態で一度懸垂する。

 片腕で体を持ち上げる事はできるが、指一本で体を支える事はできなさそうだ。
 それでも両手なら余裕か……。

 しかし、力がかなり弱くなっている。

 これは魔力がなくなった影響だけじゃないな。

 きっと、サハスラータへ連れられるまでに何日か経っているのだろう。
 その間眠らされたままだったから、体中の筋肉が萎えているのだ。

 これでは、服の件がヴァール王子のせいだったとしても、泣きながらグルグルパンチするぐらいしかできないな。

 私は自分の身体能力を確認すると、靴を脱いだ。
 長いドレスのスカートを膝上辺りで破る。
 円形の布地になったスカートを胸元で束ねて結び、ドレスのサイドをカバーしておく。

 本棚と衣装棚を極力音がでないように倒し、ベッドを押して入り口を塞ぐ。
 これでしばらくは脱出に気付かれないはずだ。

 そしてすぐに、窓へ向かった。

 部屋から繋がる壁の先、近くにある窓の場所を確認する。

 両手と両足の指を壁の隙間に入れ、壁に張り付く。
 そして、近くの窓を目指してロッククライミングの要領で移動を開始した。

 まるで洋ゲーの主人公みたいである。

 このまま財宝を巡る冒険に出かけられたらいいのに。

 落ちれば間違いなく死ぬ高さだが、恐ろしさを感じないのは父上の教育の賜物だろう。

 ……絶対に帰るからね……。
 あんな事言ったままお別れなんて嫌だから。

 窓に到着し、一度中をうかがう。
 どうやら中は倉庫らしい。
 人はいない。

 幸い、窓の鍵金具が脆くなっていたので、強引に窓を開いて鍵を壊し、中へ入り込んだ。

 窓を閉じて、座り込む。

 一応、脱出の第一段階は完了だ。

 しかし、魔力なしで動くのは消耗が激しいな。
 思った以上に疲れた。

 お腹も鳴る。

 私は、何か食べ物がないか倉庫の中を漁った。
 そして、瓶一杯に入った干しぶどうを見つけた。

 前世では苦手だったなぁ。
 レーズン。

 でも、この体になってから何食ってもそこそこ旨いんだよね。

 私は干しぶどうでお腹を満たし、夜まで休む事にした。

 城内を行くにも、壁伝いに行くにも、夜の方が目立たないで済むだろうから。

 少し落ち着いたので、少しだけ考え事をしておく。

 アールネスはどう動いているのだろうか? と気になった。
 貴族の令嬢がさらわれたのだから、今頃は私を取り戻すように動いてくれているかもしれない。
 だったら、おとなしく待ってた方がよかったんだろうか?

 でも、もう逃げ出しちゃったしなぁ……。
 こっちはこっちで逃げ出せば向こうの手間も省けるし、問題は無いでしょう。

 そしてこの日から、私の長い脱出作戦が始まった。

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