気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百七話 文化祭で私と握手

 栗林《くりばやし》クリスは、少女寄りの中世的な顔立ちをした少年である。
 彼は首に巻いた白いマフラーをなびかせながら、喫茶店蝙蝠屋のドアを潜った。
 カラカラというベルの音が、彼の来店を店主へと知らせる。

「いらっしゃいませ。クリスくん」

 店主である幸森《ゆきもり》が、グラスを磨きながら笑顔を向ける。

「いらっしゃいませー」

 もう一つ、幼い声が彼を出迎えた。
 店の中をパタパタと駆けてくるのは、箒を持った幼い少女である。

 彼女は虎鶫《とらつぐみ》ひばり。
 店の店主である幸森が知り合いから預かった子供で、この蝙蝠屋の看板娘でもあった。

「こんにちは。マスター。ひばりちゃん」

 クリスは優しげな笑顔を向けると、カウンター席へ着いた。
 そこは彼の指定席である。

「いつもの、お願いします」
「わかりました」

 幸森が準備を始める。

「マスター。私、店先の掃除をしてきます」
「はい。お願いします」

 ひばりが外へ出て行く。

「明るくなりましたね、ひばりちゃん」
「そうですね。ここへ来た時は、誰とも口を利けませんでしたからね」
「お父さんが、悪の組織キラースネークに囚われてしまった時の事が彼女の心を閉ざしてしまった」

 くっ、と痛ましい顔をするクリス。

「明るく振舞っていますが、きっと今もあの小さな心は父親への心配でいっぱいのはずです」
「一刻も早く、ひばりちゃんのお父さんをキラースネークの魔の手から助け出さなくちゃ……」

 決意を新たにするが如く、クリスは拳を握りしめつつ顔を上げた。

「しかし、奴らの首魁であるクイーン・ハンニャーを倒すためには、奴を守る四天王を倒さなければなりません」
「はい。ですが、四天王の一人であるブラック・クロウは倒しました。残る四天王はあと三人。きっと、倒してみせます」

 その時である。

「きゃーーーーっ!」

 店の外から、ひばりちゃんの悲鳴が聞こえる。

 すぐに店の外へ飛び出すクリスと幸森。

「ひばりちゃんがいない!」

 辺りを見回すクリス。
 そんな中、幸森が地面に落ちた手紙を見つける。

「これは……。どうやら、ひばりちゃんはキラースネーク四天王の一人、スカーレット・サイクロンに囚われてしまったようです」
「どうして?」
「あなたをおびき寄せるためでしょう。見てください。奴らの残していった手紙です。ここには、あなた一人で指定の場所へ来いと書いてあります」

 手紙を受け取って読んだクリスは、手紙を握りつぶした。

 同時に、舞台が暗転する。



 指定された問題の谷。

 暗転の間に背景とセットが代えられ、岩を描いた書き割りが舞台の前に置かれる。

 手紙に書いてあったその場へ、クリスは赴いた。

「どこだ! スカーレット・サイクロン! 姿を現せ!」

 声を上げるクリス。

「フッフッハハハッ!」

 その声へ応えるように、高らかな笑い声が響き渡る。

 クリスがそちらへ向くと、顔も体も全てを黒タイツで覆った二人の男が飛び出した。
 それぞれ、拳闘と空中殺法が得意そうである。
 キラースネークの戦闘員だ。

 その二人の登場の後、ごてごてと装飾を施した赤いドレスの少女が現れる。
 少女の髪はクルクルと巻かれ、顔に隈取《くまど》りのようなメイクを施し、手には禍々しい形の杖を持っていた。

「出たな! スカーレット・サイクロン!」

 クリスは身構える。

「よく来たな、栗林クリス。我らキラースネークの裏切り者」
「僕はお前達に体を改造されたが、お前達の仲間になった覚えはない! それより、ひばりちゃんはどこだ!」

 スカーレット・サイクロンはパチリと指を鳴らす。

「ギーッ!」

 戦闘員の一人が奇声を上げて、舞台の袖へ一度引っ込む。
 そして、これ見よがしにロープでグルグル巻きにされたひばりを連れてきた。

「クリスお兄ちゃん!」

 ひばりちゃんが声を上げる。

「ひばりちゃん!」
「さぁ、この子が大事ならば、大人しくここでやられてしまうがいい」
「くっ、卑怯な……」
「フハハハハッ!」

 スカーレット・サイクロンは杖をクリスへかざす。
 同時に、杖から稲妻のような光線がクリスを撃った。

 これは魔力を使った見せかけだけの攻撃である。
 派手ではあるが、威力は無い。
 プティ・ティーグルの杖と同じような原理である。

 クリスは光線によって派手に倒れる。

「アッハッハッハッハ! 貴様は愚かしいなぁ。このような子供の一人など、見捨てれば良いものを……」

 倒れたまま上体を起すクリス。

「お前は、僕を倒してどうしようというんだ……?」
「知れた事ぉ。我々キラースネークの目的は子供達の若く力強い魔力を搾り取る事。そのために、世界を征服しようとしているのだ」

 スカーレット・サイクロンは舞台を移動し、観客席の近くまで行く。

「その邪魔をするお前を倒せば、その目的が実現できるのだ。そうだな。お前をここで倒した暁には、手始めにこの場にいる子供達から真っ先に魔力を奪い取ってやろう。全て絞り尽くし、カラカラの干物のようにしてやろうか!」

 そう言って、スカーレット・サイクロンは講堂中の観客をなぞるように手を動かした。

 観客席にいる貴族の子弟らしき幼い子供達が悲鳴を上げた。

「そ、そんな事は、させないぞ!」

 クリスが満身創痍の様子で立ち上がり、言い放つ。

「威勢は良いが、今のお前には何もできまい?」
「くっ!」

 悔しげに呻くクリス。

 その時である。

 ヒュウッという音が音響装置から響き、ひばりを捕らえていた戦闘員がひばりから手を放す。

「ギィッ!」

 戦闘員が手に隠し持っていた絵札を、さながらそれが飛んできて手を打ったかのように床へ落とす。
 同時に、ひばりの体に巻きつけられたロープがするりと簡単に解ける。
 ひばりは戦闘員から逃れて、クリスの方へ駆け寄る。

「クリスお兄ちゃん!」
「ひばりちゃん!」

 クリスがひばりを抱きとめた。

「ええい、何者だ!」

 スカーレット・サイクロンが叫び、講堂中を見回す。

 すると、音響装置から口笛の音色が響き渡った。

「この口笛は……まさか!」

 スカーレット・サイクロンが視線を移すのと同時に、その視線の先にスポットライトが当たる。
 薄暗い講堂の中、スポットライトの先に映し出されたのは、一人の少女。

 私である。

 黒い鍔広帽子とロングコート、そして首にマフラーのいでたちをした私は、講堂の壁に立ち、ゆっくりと天井付近から降りていく。

 壁を歩く私を見て、観客達がどよめいた。
 よし、ウケた。
 登場のインパクト大だ。

 そして、口笛が鳴り止んだのと同時に魔力縄《クロエクロー》を天井に引っ掛け、舞台の上へ飛び込んだ。
 クリスを庇うように前へ下り立つ。

「貴様は、ブラック・クロウ! 死んだはずではなかったのか!?」
「俺があまりにも強すぎて、地獄の鬼に追い出されちまったのさ」
「何故! 我々の邪魔をする!?」
「お前達の姑息なやり方が目に余っちまってな」
「この……四天王の面汚しめ!」
「ふっ……」

 私はクリスに向く。

「もう、邪魔は無い。やるぜ」
「わかった……」

 クリスが頷くと、ひばりがさりげなく舞台袖へ走っていく。

 私とクリスで、揃ってポーズを取る。

「「着装っ!」」

 その言葉と同時に、書き割りの裏に隠されていた変身セットが私とクリスの体を覆い、一瞬にして鎧を思わせる姿へ変身させる。

 舞台用の小道具なので木と布だけで作られているが、一見金属に見えるよう色を塗った変身衣装だ。

 そして、白と黒の戦士が二人、舞台の上へ降臨した。

「白金の戦士! ホワイト・スクァーレル! 見参!」
「漆黒の戦士! ブラック・クロウ! 参上!」

 私とホワイト・スクァーレルは名乗りを上げる。

「ええい、小癪な! やってしまえ!」
「ギィーーッ!」
「ギィーーッ!」

 スカーレット・サイクロンの号令によって、二人の戦闘員が私達へ向かってくる。

 それから五人による殺陣。
 自然な流れで、ホワイト・スクァーレルとスカーレット・サイクロン、私と戦闘員二人が対峙する配置になる。

「ダークネス・クロスブレイク!」

 両手に魔力の演出で闇っぽい何かを作り出し、大きく上げた両手をそのままクロスの軌跡となる形で振るう。
 実際に手は当てず、闇っぽいエフェクト部分だけが戦闘員二人に当たる。

「ギィッ!」
「ギギィッ!」

 そんな悲鳴を上げて、戦闘員二人がセット奥にあった書き割りの裏へ倒れこむ。
 同時に、書き割りから派手な爆発風の煙が吹き上がった。
 音響装置から爆発音が鳴る。

「雑魚は片付けた! やれ! ホワイト・スクァーレル!」

 私が叫ぶと、ホワイト・スクァーレルが頷く。
 そして、スカーレット・サイクロンへ向けて跳んだ。

「シャイニング・クリスクロス!」

 両手に光のエフェクトを発生させ、フライングクロスチョップでスカーレット・サイクロンへ飛び込む。

 それが当たると同時に、防御に使った杖が折れ、スカーレット・サイクロン自身は吹き飛んだ。

「クッ! いいだろう! 今だけは退いてやる。だが、これで勝ったと思うなよ! 次こそは必ず、貴様を地獄に引きずり込んでやる!」

 そんな捨て台詞を残し、スカーレット・サイクロンが舞台袖へと逃げ去った。

 私とホワイト・スクァーレルが残される。

「ありがとう。ブラック・クロウ。助かった」

 握手しようとするホワイト・スクァーレル。
 その手を一瞥し、ブラック・クロウは背を向ける。

「ふん。言ったはずだ。貴様を助けたわけではない。ただ、奴らのやり方が気に入らなかっただけだ。それに……お前を倒すのはこの俺だ。いずれ、決着をつける」
「ブラック・クロウ……」
「それまで、誰にも負けるんじゃないぞ」

 そう言って、私は舞台袖へ帰っていく。

「それでも……ありがとう……」

 ホワイト・スクァーレルの台詞と同時に、暗転する。



 背景とセットが変わり、照明が点く。

 黒い布がそこかしこにかけられた部屋のセットだ。

 キラースネークの本拠地、玉座の間である。

 玉座には、鬼の面を被ったセクシーなドレス姿の少女が座っていた。

 そんな彼女の左右には、二人の少女が立っている。

 一人は、虎のマスクとマントで顔と体を隠した赤髪の少女。
 もう一人は、孔雀の羽が付いたマスクで顔を隠す、濃いピンク髪の少女である。

 そんな三人に対し……いや、玉座に着く少女に対してスカーレット・サイクロンは跪いていた。

「失態だな。スカーレット・サイクロン」

 鬼の面を被った少女が声をかける。
 スカーレット・サイクロンはさらに深く頭を下げる。

「申し訳ありません、クイーン・ハンニャー様! 次こそは必ずや、あの憎き裏切り者二人を血祭りに上げて見せます!」

 クイーン・ハンニャーは玉座の肘掛けへ肘を乗せ、体重を預けた。

「無様なものよ。あれだけ豪語しておきながら、こうも情けなく逃げ帰ってくるとはな。貴様こそ四天王の面汚しではないのか?」

 孔雀の仮面をつけた少女が言う。

「黙れ、ピンク・コラプション! 次はない!」

 次に、虎マスクの少女が口を開く。

「がーっ! がーっ!」
「お前は何が言いたいのだっ! インビジブル・タイガー!」

 カツン、とクイーン・ハンニャーがヒールで床を叩く。
 三人が黙り込む。

「スカーレット。次は無いぞ」

 静かに、威圧的な声でハンニャーが告げる。

「はっ! 次こそは必ず……」

 照明が落とされ、スカーレット・サイクロンにだけスポットライトが当たる。

「おのれ、栗林クリス! この屈辱の代償は高くつくぞ! 首を洗ってまっていろ!」

 スカーレット・サイクロンの台詞の終わりと同時に、暗転。


 セットが片付けられた舞台に、栗林クリスが立っている。

 そんな中、淡々としたイノス先輩の声がナレーションを読み上げる。

「スカーレット・サイクロンの卑劣な罠を打ち砕いた栗林クリス。
 しかし、彼の戦いはまだまだ続く。
 悪の組織キラースネーク、その首魁であるクイーン・ハンニャーを倒すその時まで。
 戦え、栗林クリス。
 戦え、ホワイト・スクァーレル。
 平和を取り戻すその時まで。
 世界の命運は、君のその双肩にかかっているのだ」

 ナレーションが終わると同時に、クリスは変身ポーズを取った。

「着装!」

 変身台詞を叫び、舞台の幕は下りた。

 劇の終わりと同時に、講堂内に興奮した子供達の歓声が響き渡った。



 以上。
 自由参加の出し物として演じる事になった劇「白金の戦士ホワイト・スクァーレル」でした。

 私が脚本を書いたこの劇は、大人には首を傾げられたが子供の観客に大層ウケた。


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あとがき
 分かり難いので、配役を書かせていただきます。

 栗林クリス     アルディリア
 幸森        ムルシエラ
 ひばり       アルエット
 ハンニャー     マリノー
 サイクロン     アードラー
 クロウ       クロエ
 戦闘員A      リオン
 戦闘員B      ルクス
 コラプション    コンチュエリ
 タイガー      カナリオ
 照明        ティグリス
 音響&ナレーション イノス

 となっております。

 実質、今回で文化祭編は終わりです。

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