気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百六話 腐敗せし魔女達の魔道書祭《サバト》

 私の教室。

 ムルシエラ先輩とヴァール王子がいる事に疑問を持ったコンチュエリに、私は事の次第を説明した。

「へぇ、そういうわけでしたの。なら、次は私のクラスに招待いたしましょうか?」

 すると、コンチュエリはそう提案した。

「コンチュエリのクラスの出し物って……あれでしょ?」
「あなたが提案してくださったあれですわ」

 他国の王子に見せてもいいのか?
 あれ。

 見せない方がいいんじゃないのか?
 あれ。

「何だ、そのあれというのは? お前のクラスは何の出し物をしているのだ?」

 しかし私の思惑とは別に、王子が興味を持つ。

「新しい文化の形を広めておりますの」
「面白そうだな」
「面白いと思いますわ、殿下。ふふふ」

 いいのかなぁ?

「先輩。大丈夫でしょうか?」
「……まぁ、大丈夫でしょう。むしろ、物珍しさを楽しんでくださる気がしますね。丁度いい……はずです」

 ムルシエラ先輩に訊ねると、少し自信が無さそうに答えた。
 こんな自信の無さそうな先輩は初めて見た。

 そんなやり取りをしつつ、私達はコンチュエリの教室へ向かう事になった。
 その途中、アードラーとばったり会った。

「ドラちゃん。オッスオッス」
「あらクロちゃん。何その挨拶? それにしても……カッコイイわね」

 アードラーは私の格好を見てそう言ってくれる。
 そしてすぐに私と同行するヴァール王子に気付く。

「これはヴァール殿下。先日はあのような素敵な舞踏会へ招待いただき、ありがとうございます。ようこそアールネスへお越しくださいました」

 令嬢モードに切り替えて、アードラーは挨拶する。

「うむ。お前は確か、リオン王子の婚約者だったな」
「恐れながら、今はもう婚約を解消されてしまいました」
「ほう、そうなのか。それは気の利かぬ事を言ったな。許せ」
「いえ、滅相もございません」

 少し貴族的なやり取りをして、アードラーも私達に同行する事となった。

「自分のクラスはよかったの?」

 聞いてみる。

「やる事がないと言われたのよ」

 またそんな感じなのか。



 恐るべき数字がある。

 何の数字かと言えば、それはこの文化祭で開催されるコンチュエリのクラスと同じ出し物の数だ。

 この文化祭の中で、その出し物は七クラスが開催しているのである。

 その出し物とは、漫画形式本の出展と販売である。
 つまり同人誌即売会のようなものだ。

 元はと言えば、私が漏らした不用意な一言によって、コンチュエリが漫画という表現方法を広めた事にある。

 同人誌……というより漫画という物語と絵の融合を果たした新たな芸術は、お嬢様世代を中心に受け入れられ、お茶会などの社交を介して爆発的に広まったのだと言う。

 その結果が、この七クラスである。

 これが秋の間に広まった結果なのだから驚くべき汚染速度である。

 このままでは近い将来、文化祭は同人誌即売会みたいになるんじゃないかと私は危惧していた。

 私はもしかしたら、恐るべき文化をこのアールネスへもたらしてしまったのかもしれない。

 そのパンデミックの大本となった人間のクラスへ私達は辿り着いた。

「これは……何だ?」

 薄い本を手にとって見ていたヴァール王子が、紙面から顔を上げてコンチュエリへ訊ねる。

「漫画、という技法で描かれた新しい表現の形でございますわ」

 コンチュエリの言葉を聞き、再び本へ目を移す。

「確かに新しいな。わかりやすく、面白い技法だ。内容がとても容易く頭に入ってくる。一枚の絵にはない複雑な物語性があり、文字の話にはない細やかな情景の描写がある。確かに、新しい表現の形だ」

 思った以上に好評だ。
 かなり意外である。

「それは有名作家に描いていただいた話を漫画に致しましたので、内容も悪くないと思われますわ」

 あ、そうなんだ。
 私の思っていたような、肌色トーンまみれの話ではないらしい。

 即売会で売られるような薄い本、というよりも本当に雑誌などに載っている漫画みたいな物を出展しているらしい。

「よろしければ、一冊贈らせていただきます」
「うむ。いただいておこう」
「他にもございますから、どうぞお楽しみください」
「そうさせてもらおう」

 そう言うと、王子は教室の各所に置かれた見本の薄い本を読み始めた。
 その後をムルシエラ先輩が続く。

 私もヴァール王子についていた方がいいだろう、と思ったのだが。

「ところでクロエちゃん」

 コンチュエリに呼び止められた。

「何?」
「これの感想を聞かせてもらえないかしら?」

 一冊の薄い本を渡される。
 私はその本を読み開いた。
 アードラーも一緒に、本へ目を通す。

 ……クロエ×アードラー本だった……っ。

 こんな時、どういう顔をすればいいかわからないの。
 多分笑えないわ。

 前言撤回。
 少なくともコンチュエリの描いた物だけはちゃんと同人誌だった。

「な、な、な、何よこれ!」

 アードラーが声を上げる。

「最近、何を書いていいのかわからなくって……。手当たり次第に描いていたら、気付けばそんな物を描いていましたわ」

 ネタ切れでスランプって事だろうか。

「コンチュエリ……。多分、こういう事、あんまり親しい人間相手でやっちゃいけないと思う」

 一応、肌色満載十八禁の類ではないが、そこそこ際どい描写がある。

「ごめんなさい。でも最近、本当に何を描いていいのかわからなくって……」
「だからって、やって良い事と悪い事があるわよ!」

 アードラーが声を荒らげる。

「まったく……こんなくだらない物、どうせ誰にも売れてないんでしょ? 仕方ないから、私が一冊買ってあげるわ」

 アードラーがなんかデレた。

 売り上げを気にして興味のない本を買ってあげるなんて。
 私が気付いていないだけで、二人は意外と仲が良かったという事だろうか?
 同じ公爵家としての好《よしみ》かな。

「じゃあ、私も一冊買っとくよ」
「え? クロエも?」
「私もコンチュエリの友達だしね」
「ああ……そうね……」

 この本、どこに保管しようかな……。
 ベッドの下とか?

 見つからないといいな……。



「で、何かネタは無いかしら?」
「好きな物を描けばいいと思うけど」
「好きな物は描き尽くしましたの。だからさっきのように思いつく限りの物を描いているのですが、それももうすぐ尽きますわ」

 そう言って、コンチュエリは自分の作品が出展された机へと私を案内する。

 十数冊に及ぶ、薄い本が並んでいた。

 ムルシエラ×攻略対象達のアッー! なムルシエラシリーズを始め、百合物や普通の男女カップリングもある。
 意外な事に、ゲームでの攻略対象と悪役令嬢の正式な組み合わせの本がちゃんと押さえられている。

 ここにある以外のネタ。
 というよりカップリングか……。

「アルマール公×陛下とか」

 なんとなく思いついたカップリングを言ってみる。

「私《わたくし》、そういった悪ふざけは好きですけれど、流石に家を潰す覚悟は持っておりませんの」

 陛下は流石に不敬か。

 そういえば、王子とカナリオのカップリングがないな。
 王族は避けているようだ。
 カナリオに関しては、私《クロエ》を相手にした百合本がある。

 ていうか、百合物の私の出演率が高いな。

 知らない人が読んだら誤解されそうだから、「この話はフィクションです」ってどっかに書いてもらおう。

「漆黒の闇に囚われし黒の貴公子は?」

 意外な事に、彼女の出展作の中には見当たらない。
 絶対にあると思ったのに。

「それは別のクラス方がやる事になりましたの。漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様の作品だけを取り扱った出し物ですのよ」

 オ、オンリーイベント化しているだと……?

「私が描いた漆黒の闇に囚われし黒の貴公子様の作品もそちらにありますのよ。時間があれば見てくださいませ」
「時間があれば……。それより、ルクスとイノス先輩の本はないんだね」

 カップリング本を眺めていてふと気付き、訊ねてみる。
 あんなに公式でラブラブしているカップリングがないなんて、ちょっと不自然だ。

「ああそれは……。一応ありましたのよ。ただ、イノスに見せたら没収されましたの」
「先輩が?」

 まぁ、自分がネタにされたら嫌だろうけど……。
 あれ?
 でも、クロエ×イノス本は普通にあるぞ?

「どうやら、ルクスをネタにする事が許せないようですわ」

 そういえば、例のムルシエラシリーズにもルクス編がない。
 自分はいいけど、ルクスがこんな物に描かれる事は嫌なんだな。

「ルクスとイノスの本を見せたら、手首を外された上に焚書されましたわ」

 わお!
 公爵令嬢の手首を外すとか、先輩恐いもの知らず!

 アルマール家の事になると本当に容赦がないな、先輩。

「まぁ、それはいいのですわ。そんな事よりも、何かネタは無いかしら?」

 コンチュエリも寛大だな。

 ネタねぇ……。

「身近でないなら、歴史上の人物とかどう?」
「例えば?」
「ほら、昔の名将と副官とかさ。すごい二人組みたいのが歴史の授業とかで出てくる時があるじゃない」
「ああ、なるほど!」

 あとはもう、わかるな?

「いいえ、将軍と副官だけではありませんわ。たとえば、敵対していた相手とかもいいですわね」
「あー、そうね。それもいいね。戦っている最中に崖崩れに巻き込まれて、遭難中だけ一時休戦して交流するみたいなやつとか」
「あなた……天才ね!」

 喜んでくれたなら嬉しいよ。

 歴史物に関してならば、他にも性別転換とかいう手法もよくあるが……。

 コンチュエリにとっては性別なんてどうでもいいからね。
 伝えるまでもないだろう。

 女体化。
 前世の世界でも、どれだけの猛将達があれの餌食になった事か……。

 もしかしたら、うちのパパも後世のなんちゃって歴史家達の手によって萌えキャラ化されてしまうかもしれないな。

 例の噂で心が荒んでいた私は「パパなんて萌えキャラ化されてしまえ!」と本気で願ってしまった。



 しばらくして、王子が私達の所へ戻ってきた。

「どうでしたか? ヴァール王子」
「アールネスは、とても楽しいな!」

 楽しんでいただけたなら何よりです。

 そうだ。
 そろそろ時間だった。
 準備しないと……。

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