気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百二話 恐怖を乗り越えた文化祭

「くしっ」

 学園の廊下。
 私の隣を歩くアードラーが小さなくしゃみをした。

 そちらを見やる。
 彼女は私の視線に気付き、照れたように顔をそらした。

「もう、涼しさが寒さに変わってきたわね」

 季節はもう、秋の真ん中。
 これからゆっくりと冬へ向かう時期だ。

「クロちゃんなんか特に寒いでしょう?」

 アードラーは私のお腹を見ながら訊ねる。
 私はいつも、へそ出しルックなのだ。

「そうかな?」

 私はズアッとポーズを取って言う。

「何そのポーズ」
「そうかな? のポーズ」
「ふぅん」
「でも、本当に寒くはないよ。まだ」
「そんなに露出しているのに?」
「今が丁度いいくらいかな。私の体は熱くなりやすいから」

 筋肉量の多い私の体は発熱しやすく、体力を補うために脂肪も適度に蓄えられている。
 熱くなりやすく、保温性もばっちりなのだ。

 まだ体を動かすと暑いと感じるので、冬の始めくらいまではこのままのつもりである。

「鍛錬の後に体から湯気が出てるものね」
「この季節は出ちゃうんだよね」

 それを利用してギアセカンドごっこができる。
 腕は伸びないけど。

「女性はあまり腹を冷やすべきではないと聞くがな」

 アードラーとは反対側にいたリオン王子が言う。

「そうなんでしょうけどね」

 でも、体がすぐに熱くなっちゃうんだもの。



 学園は今、「秋迎えの祝い」に開催される文化祭の準備で大忙しだった。
 明日が当日という事もあり、きっと今が忙しさのピークだろう。
 通常の授業は休みになって、各クラスは三日前からそれぞれの出し物の準備のラストスパートに入っている。

 私のクラスはマドレーヌのようなお菓子を作って売るというものだ。
 料理という物も一種の芸術だから、文化なのである。

 そして忙しいはずの今、私がどうしてアードラーと廊下を歩いていたかというと、やる事がなくなってしまったからである。

 うちのクラスはお菓子を売るだけではなく、教室内の席で食べられるようになった出し物である。
 私は席の準備や内装などを担当していたのだが、その仕事が終わってしまった。
 なのでお菓子作りを手伝っていたのだが……。
 なんと途中で追い出されてしまったのだ。

 なんでやねん。

 生地にマヨネーズ混ぜただけやないけぇ。

 ホットケーキにマヨネーズを混ぜると美味しくなるんだぞ。
 酢と油と卵に分解されて味は気にならず、生地はふっくら仕上がるのだ。

 で、仕方ないので同じく何もさせてもらえず暇を持て余していた王子と一緒に、友達のお手伝いでもしに行こうと思ったら、私と同じように追い出されたアードラーが一人でいたわけである。

 前の令嬢会で彼女の教室の出し物も飲食関係に決まったのだが「あとは私《わたくし》共で形に致しますので、休んでいてください」と言われたらしい。
 アードラーのクラスには他に公爵家の人間がいないらしく、気を遣われた結果らしい。

 が、実の所は一見気難しい人間に見えるアードラーがいると居心地が悪かったからではないかと思われる。

 そういう経緯で一人寂しそうに廊下の窓から外を見ていたアードラー。
 そして遊びに……もとい、手伝いに来た私と王子を見つけた彼女は、私達の仲間として「パーティーインッ」したわけである。
 丁度良い、と一緒にアルディリアのクラスへ赴く事にしたのだ。



「そういえば、あっちの方の準備は進んでいるの?」

 アードラーが訊ねる。
 その言葉だけで、彼女が何の話をしているのか気付いた。

「劇の件?」
「ええ」

 文化祭ではクラス別の出し物とは別に、自主的な参加で行なわれる出し物がある。
 私達はその出し物として、劇を行なう事にしたのだ。

 前の令嬢会で、どうにかして部外者であるアルエットちゃんも文化祭に参加できないかという話になり、その案を昼食を共にするみんなに相談すると男衆達も参加を表明した。
 そしてその出し物をどうするか考え合った結果、劇が参加しやすいのではないかという結果になった。

 私と先生の公開試合という案も出たが、アルエットちゃんが参加できない上に先生は私に本気をだしてくれないので却下。

 じゃあ、と出された代案は先生と父上の試合。

 だからアルエットちゃんが参加できないと言うとろうが!

 というより、文化祭の主役であるはずの生徒達に参加する余地がない。
 もはや、ただの興行になってしまう。

 参加できるとすれば、解説と実況ぐらいか?

 もちろん却下である。

 で、結局は劇に決まった。
 これなら、アルエットちゃんも参加できる。

 特に意図していたわけではないのだが……。

 部外者であるアルエットちゃんを参加させる上で学園長の許可を取れるかわからなかったが、アードラー(公爵家)とルクス(公爵家)とムルシエラ先輩(公爵家)と王子(王子)を連れて説得に向かうとあっさり許可を貰えた。

 改めて、仲間の面子がとんでもない事を自覚した。

「あれは用意できたのかしら?」
「私の分は完成したよ。アルディリアの分も今日中には完成させるつもり」
「あとは演技を洗練させるだけね。一度通し稽古をしたい所だわ」
「明日の朝に集まって一度練習しようか」
「それもいいわね。はぁ、でも何で私は敵役なのかしら? しかも、あんな……」
「そなたはまだマシであろう」

 私達の会話に王子が口を挟む。

「まぁ、殿下よりかは……」

 アードラーは素直に認める。

「何度も説明したじゃない。ある程度アクションに迫力を持たせたいから、動ける人を配役したかったんだよ」

 私は何度目かになる理由を述べた。

 そんな話をしながら、私達はアルディリアのクラスへ辿り着いた。

「あれ? どうしたんですか? 三人とも」

 最初に気付いたのはカナリオだ。
 彼女はアルディリアと同じクラスなのだ。

「暇だから、手伝いに来てやった」

 特殊効果、もう一人の私《クロエ》が発動する。

「そうなんですか。ありがとうございます。でも、こっちももう終わりそうでして……」
「そうか……」

 見れば、確かに作業は終わっているように見える。
 アルディリアのクラスはオムライス専門の飲食店らしい。
 私のクラスみたいなお菓子じゃなく、お食事系だ。

 私の飲食店を参考に売り物をその場で食べられる仕様にしたのだが「だったらお菓子じゃなくても良くない?」という話になって本当の意味で飲食店のようになってしまったらしい。

 料理自体は、チキンライスはその日の朝に炊き、卵はお客が来てから巻くので内装と調理設備を整えるだけでよかったようだ。

 ちなみに、他の飲食店で扱われるお菓子類はパティシエが作るような本当に芸術作品みたいなお菓子を出す店が多い。
 私たちのようなお手軽お菓子を出すような店はむしろ異端なのである。

 まぁ、ティグリス先生とマリノーが本気で作ったお菓子は、味が芸術品なわけだけれど。

「カナリオ、よく似合っているな」

 王子がカナリオの格好を見て言う。
 今のカナリオは、エプロンにフリルをふんだんに付けたカスタムエプロン姿だ。
 確かによく似合っている。

「ありがとうございます、王子……」

 二人が固有結界を発動しようとしている。
 だが、まだ弱い。
 これでは砂糖になるほどでもない。

 父上と母上が本気になれば、会話がないのに口の中が甘くなる事だってあるのだ。

 しかし、フリフリエプロンにオムライスか……。

「メイド喫茶みたい……」
「メイド喫茶? なんですか? それは」

 カナリオが食いついた。

「いや、なんでもない。忘れるが良い」
「そうですか」

 メイドって要は召使いの服装だからね。
 カナリオに言って、やろうって事になったら貴族令嬢達が反発するかもしれない。
 不和の元になるかもしれないから、言わない方がいいのだ。

「オムライスのケチャップは、ハートを模るように塗ってはどうだ?」
「それ、いいですね!」

 でも、これくらいはいいだろう。

「あ、クロエ」

 私を呼ぶ声がする。
 アルディリアの声だ。
 私は、そちらを向く。

 そして、一瞬だけ思考が停止した。

 そこには、フリフリエプロン姿の天使みたいに可愛らしい女の子が立っていた。
 エプロンどころか、女物の服を着せられて下穿きもスカート姿だ。
 よく見ると、化粧まで施されている。

「アルディリア?」
「あ、あんまりジロジロ見ないで……」

 思わず凝視して訊ねると、もじもじとスカートを押さえながら言う。

 そんな仕草をすると余計に女子力が上がるからやめろ。

「あの、申し訳ありません、クロエ様。婚約者にこんな格好をさせてしまって……。最初は冗談のつもりだったのですが、一度着せてしまうとあまりにも似合っていたため、みんなでお化粧までしてしまいまして……。するとさらに似合っていたのでそのまま……」

 カナリオが申し訳無さそうに言う。

「この姿で客前に出すつもりか?」
「……できれば……」

 目をそらし、両手の人差し指を合わせながら答えるカナリオ。
 初耳だったのか、アルディリアはガーンと衝撃を受けている。

 カナリオ……。
 やってくれた喃《のう》……。

 嫌がるアルディリアになんていい仕事をしやがる。

 これは負けていられない。

「構わぬ」

 私の言葉でさらにショックを受けるアルディリア。

「だが、それ相応の代償を支払ってもらおう」
「え、えっと、何をなさるつもりなのですか?」

 私はカナリオへ不敵な笑みを向ける。

「遠い異国には、ハムラビ法という法律があるのだ。当日を楽しみにしていろ」

 私は踵を返す。

「やる事ができた。私達は自分の教室に戻る」

 そう言って、私は王子と一緒に教室へ戻った。

 さぁ、見ているがいい。



 カナリオと王子が正式なカップルとなった事で、私の死の運命は回避された。
 もはや、何も恐くない。

 アルディリアルートに入っていれば、この文化祭の後あたりで隣国サハスラータとの戦争が始まる。
 でもその可能性はなくなった。
 今まで、どんな時でも心の隅に引っ掛かっていた懸念がなくなって、私の心は晴れやかだ。

 だから何の憂いもないこの心で、私はこの文化祭を全力全開、一心不乱に楽しみ尽くすつもりだった。

 そのためなら、どんなおふざけでもやってやろう。
 そう心に決めていた。

 ああ、明日が楽しみだ。

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