気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

九十八話 主人公チート

 昼食として天虎を食べた私達は、残りの肉を夜用として残す事にした。

 残った毛皮も捨て置くのは勿体無いので、毛皮裏の肉や脂を指に纏った刃状の魔力で削り取っておく。
 なめす用の液が用意できないので、さっと川の水で洗ってしばらく干す事にした。

 その作業で少し時間を食うので、その間にちょっと試してみたい事を実践しておく。

 落ちていた適当な枝を拾い、先程も活躍した刃状の魔力で削る。
 先端を針のように鋭くした。

「それをどうするのですか?」
「漁ができないかと思ってな」

 天虎のような食いでのある獲物がいつも確保できるかわからない。
 森の木の実やキノコで飢えを凌ぐほかなくなるのだが、私には物足りない。
 今後用意できる食事には、圧倒的にタンパク質が不足している。

 それは辛い。

 だからせめて、魚を獲れるようになりたいと思った。
 魚からタンパク質を摂取したいと思ったのだ。

 低カロリー高タンパクはアスリートにとって理想的。
 DHAだ。

 私は尖らせた木の枝に魔力縄《クロエクロー》を巻きつけた。

「それは、魔力で作った縄ですか?」

 カナリオが興味深そうに、私の魔力縄を眺めている。
 なんとも好奇心旺盛な様子だ。
 もう、昨日までの悩みに沈んだ表情ではなく、むしろ今はキラキラと輝いているようだ。
 目の下のクマも一夜で消え、肌もツヤツヤだ。

 流石は主人公。
 前向きな性格と自負するだけの事はある。
 気持ちの切り替えが凄まじい。

「ああ。そうだ」

 答えながら、足元から魔力を流して川の中を探知する。

 川の流れに魔力が流されないかちょっと心配だったが、物質からの影響はほとんど受けないのでちゃんと川の中の様子は見えた。
 魚のいる位置もばっちり把握できた。
 もう、今度からこの魔法は万能ソナーとでも呼ぼうかな。

「うう……。ぞわぞわしますね。何してるんですか?」

 魔力が体を駆け巡る感覚に、カナリオが声をあげた。
 他人の魔力が自分の体を駆け巡れば、それは不快だろう。
 ただ、ぞわぞわするという話は初めて聞いたけど。

 私はカナリオに、万能ソナーの原理を教える。

「そんな使い方もあるんですね」

 と、カナリオは感心していた。

「少ししゃがめ」
「はい」

 言うと、カナリオがしゃがむ。
 カナリオがしゃがむのを確認して、先端に木の枝を巻きつけた魔力縄を頭上で振り回す。

 万能ソナーで魚がいる事を確認した場所へ、振り回した枝を投げつけた。

 魔力縄越しに尖った枝へ魔力を送り、先端が魚へ刺さるように向きを調整する。
 そして、尖った枝が魚の腹部に突き刺さった。

 縄を引き上げると、枝の刺さった魚が獲れた。

「わぁ! 釣れましたね!」

 カナリオが歓声をあげる。
 釣ったという感じでは無いけどね。



 その後、毛皮がある程度乾いたので、残ったわずかな水分を火の魔法で強引に散らす。
 作業が終わると、私は毛皮を頭から被ってみた。
 虎の頭の部分が、すっぽりと私の顔を覆う。
 マスクから毛皮のマントが繋がっている感じだ。
 頭への負担が大きいので、着る用にするならば肩にかけて紐を結ぶ感じにしなくちゃならないだろう。

 あと、ちょっと獣臭い。

「似合いますね」

 そうかなぁ?
 カナリオに褒められてちょっと照れる。

「これは私が貰うがいいか?」
「それはもちろん。仕留めたのはクロエ様ですから」

 じゃあ遠慮なく貰っておこう。
 持って帰ったら、なめして部屋に敷くかそのままマスク付きマントにするか決めよう。

 でも、こういう強い野生動物の臭いがする物を身につけていると、弱い野生動物は近寄らないかもしれない。
 だったら、これはカナリオに着てもらった方がいいだろう。

「貧弱な貴様にこそお似合いだ。特別に貸し与えてやる。着るがいい」
「え、いいんですか?」

 嬉しそうに聞き返される。
 実は自分も着てみたかったのかもしれない。

 カナリオの顔が、すっぽりと虎の頭に覆われる。

「どうですか?」
「まぁまぁ似合うな」

 有名なマスクレスラーみたいだよ。

 虎だ! 虎だ!
 お前は虎になるのだ!

 しかし惜しい事をしてしまったかもしれない。
 この天虎の毛皮、翼を取って食べてしまったから、ただの虎の毛皮にしか見えないのだ。
 これじゃあ、天虎だとわからない。

 折角、天虎を狩ったのにただの虎だと思われるのはちょっと寂しい。

 それから私達は上流を目指して歩き始めた。
 日が翳り始めた頃に足を止め、そこで夜を過ごす事に決めた。

 夕食で、天虎の肉と魚は全て平らげた。



 翌日の早朝。

「あれ? 今から森に入るのですか?」
「少し狩りをしてくる」

 正直に言えば欲が出た。
 空腹で目が覚めてから、私の頭の中はお肉でいっぱいになっていた。
 朝からがっつりとした物が食べたい。
 それも天虎みたいなのじゃなくて、できればもっと美味い肉が食べたい。
 たとえば、イノシシとかがいい。

 豚の先祖らしいし、きっと美味い。

 私は木に足を引っ掛けて、歩き上った。
 そんな私を見て、カナリオが目を丸くする。

「それ、どうやったんですか?」
「これは……」

 私は壁歩きの原理をカナリオに説明した。

「魔力には色んな使い方があるものですね」

 本当に万能ですよねぇ。

 私は木々の上を飛び移りながら、森の中の探索を開始した。

 探索の最中に手頃な長い木の枝を拾い、先端を削った。
 即席の槍である。

 野生動物は基本的に強靭な筋肉と分厚い脂肪を持っている。
 衝撃は吸収され、打撃は効きにくい。
 だから、こういう刺せるような武器の方が効率よく息の根を止められると思ったのだ。

 そうして木の上から獲物を探していると、おあつらえ向きにイノシシを見つけた。
 私は頭上から隙をうかがい、イノシシへ跳びかかった。



 イノシシを仕留めて川へ戻る。
 その途中、奇妙な感覚に陥った。

 足元から大量の虫が群がり、瞬く間に通り過ぎていくような感覚だ。

 気色悪っ!

 そう思いながらカナリオの所へ戻る。
 すると、カナリオが何か縄のような物を振り回していた。

「やっ!」

 カナリオは掛け声と共に、振り回していた何かを川へ向けて放った。
 縄は円を描くように川面へ着水する。
 そしてカナリオがその縄を引き上げると、そこには縄の先に巻きつけられた尖った木の枝とその枝の先に刺さった魚があった。

「カナリオ……」
「おかえりなさい、クロエ様」

 驚いた様子もなく、カナリオは私に声をかける。

「見てください! クロエ様に教えてもらった方法で、私も魚が獲れました」

 そう言って彼女が見せたのは、手に持っていた黒い縄。
 よく見るとそれは、魔力縄《クロエクロー》だった。
 いや、この場合は魔力縄《カナリオクロー》かな?

 私が教えた方法。
 という事は、彼女はあの時の説明だけで私の技を物にしてしまったという事か……?

 そういえば、戻ってくる途中で感じた気持ちの悪い感触。
 あれは、ソナー魔法だったんじゃないだろうか?

 だから、私が戻ってきていた事にも気付いていたんじゃないだろうか。

 他に使える人間がいないから知らなかったが、他人の魔力を通されるとあんなに気持ち悪いのか。
 ぞわぞわどころじゃないぞ。

 と、それはいい。
 これに関してはルクスですら未だに習得できていないんだぞ。
 それを昨日見せ、原理を教えただけで物にしたというのか?

 こいつ、やはり天才か!

「あの? どうかしました?」
「いや……」

 さすが、ゲームにおいて数ヶ月で闘技を習得し、クロエを倒せるようにまでなる女だ。
 本当に完璧超人である。
 その虎マスクの下には白骨化した顔が隠されているんじゃないだろうな?



 その翌日の事である。
 例によって川にそって歩いていた私達であるが、その道中で不測の事態が発生した。

 なんと、川が二つに分かれていたのである。
 その分岐点に私達は辿り着いていた。

 川の向かい側に、私達が進んでいる川とは別の方向へ続くもう一本の川が流れていた。
 どうやら、私達が流された川は途中で合流して一本になっていたらしい。

 誤算である。

 私達は川にそって行けば元の場所へ戻れると思っていたが、そうとは限らない事が判明したのである。
 今私達の進む川が、私達の流されてきた川ではないという可能性が出てきたのだ。

「どうしましょう、クロエ様?」
「うむ……」

 どっちかが正解だとは思うのだが……。
 でも、選べるのは今行く川だけだろう。
 この急な川の流れでは、向こう側へ渡る事などできない。

 しかし……。
 向こう岸まで、歩数にして700〜800踏みッ。
 頑張ればあの三つ編みツンデレっのように川を渡れるかも……。

 いや、無理だろ。
 前にアルエットちゃんをおんぶしてやったけど、あれでも大変だったんだ。
 あの川の何十倍という広さのこの川を渡れるわけがない。

 なら、某忍者方式ならどうだ?
 足から川底まで魔力を伸ばして、竹馬みたいな要領で水の上を歩くという……。
 でも、試してみた事がないからなぁ。
 途中でミスしたらまた下流に流されそうだし、止めておこう。

 結局私達は、今まで通りに川を上る事に決めた。

 その日の夜。
 眠りに就いた後の事。

「クロエ様」

 気遣いからか、少し声量を落とした声でカナリオが声をかけてきた。

「何だ?」

 正直に言えば寝ていたのだが、寝ながら起きる技術で熟睡はしないので、声をかけられてすぐに起きた。

「私、わかったかもしれません」
「何の話だ?」
「昼間は危ないから考え事をしないようにしていたのですが……。ふと今、眠れずに考え事をしていたんです。それで、気付いたんです。どうすればいいのか……」

 だから何の話?

「ありがとうございます。クロエ様」

 何かよくわからん内に感謝されたし。

「うーむ」

 とりあえずそんな返事をしておいた。



 翌日。
 私達は昨日の選択が間違っていた事に気付いた。

 あんなに急だった川の流れがとても穏やかなものになっていたのだ。

 私達が流された際、一度として穏やかになった場所はなかった。
 そんな場所があれば、あそこまでは流されなかっただろう。

 つまり、私達が流されてきた川は、向こう岸の方だったわけだ。

「間違いだったみたいですね」
「そうだな」
「でも、ここを渡って戻れば向こう岸の川沿いに進めますね」

 それもそうだ。

 万能ソナーで調べた所、深さは腰の辺りぐらいまでのようだ。
 これなら、渡れそうである。

 話し合い、カナリオの言う案を採用する事になった。

 川を渡る前に、周辺に野生動物がいないか万能ソナーで探知する。
 川を渡っている最中に、熊やら天虎やらから襲われたら堪らない。
 特に天虎だったら、川の中で退ける自信がない。

 それから、同時に万能ソナーを使うと打ち消しあって自分の所に相手の魔力が届かない事が判明した。
 音波っぽい所が本当にソナーみたいだ。

 あの感覚を知った以上、それを強いる事も強いられる事も嫌なので、性質を理解してからソナーをする時はできるだけ二人で同時に行う事に決めていた。
 他にも大部分が打ち消しあう結果になるのだが、二人で範囲を補い合えばとりあえず全域のカバーができる。

 そして、同時に万能ソナーを発動する。

 その瞬間、カナリオが私に顔を向けた。
 私もカナリオを見る。

「クロエ様」
「言わずともわかる」

 ソナー魔法の探知に、何かが引っ掛かった。
 しかし、その引っ掛かった物の正体はわからなかった。

 何故ならそれは、探知に引っ掛かった瞬間、探知を防ぐように魔力を弾いたのだ。
 ソナー魔法の魔力を弾かれる。
 初めての経験だった。

 魔力の波が途中で弾かれ、正確な造形を探る事ができなかった。

 それが何かはわからない。
 だが、正体不明の何かが付近にいる。
 その事だけははっきりとわかった。

 少なくとも魔力を持つ存在だ。
 人間か、もしくは天虎のように魔力を持つ獣か……。
 前者なら、もしかしたら私達の救助を目的とした人物かもしれない。
 でも、そうとも限らない。
 後者であれば、天虎以上に魔力に長けた獣であるかもしれない。

 どちらであっても警戒するに越した事はなかった。

「上から見ます」

 カナリオが言って、木を走り上る。
 私が前に教えた壁走りだ。

 お前、人のモノを……。

 私は、別の木の影へ隠れた。

 探知を弾いた時に、相手は私達の位置に気付いたかもしれなかった。
 それを警戒して、正体が知れるまでは身を隠した方がいいと判断したのだ。

「あっ」

 不意にカナリオが声を上げる。

「どうした?」
「見えました。先輩です」
「え?」
「さっきの探知を弾いたのは、ムルシエラ先輩です」

 その言葉通り、私達の前へ姿を現したのはムルシエラ先輩だった。

「無事なようですね。二人とも」

 先輩はそう言って、私達に笑顔を向けた。

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