気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

九十六話 最強の生物

 カナリオを引き上げた私は、木の根元にカナリオを横たえた。
 心音と呼吸を確認する。
 落ちる前から気を失っていたのか、水は飲んでいないようだ。

 そして、今一度辺りを見回す。

 川は落ちた所よりも川幅が広くなっていた。
 川の速さ、流されて岸に上がるまでの時間を考えるとかなり下流まで流されてしまったらしい。

 私は壁を歩けるので、ただ崖下に落ちる程度だったら簡単に戻れたのだけどなぁ。
 今いる場所からは、私達が落ちた吊り橋すら見えない。

 二段ジャンプすればよかった……。
 でも私、本格的な魔法使いじゃないから体から離して使うタイプの魔法は苦手なんだよね。
 例外があるとすれば、強度の関係ない探知魔法(家屋の中を把握するやつ)ぐらいだ。

 足場だって、ぎりぎり私が乗っても壊れない程度の強度しかないし。
 普通に乗っても一秒かからず壊れてしまう。

 カナリオと二人で乗ったら、跳ぶ前に壊れちゃうよ。
 
 ……別に、カナリオが重かったって言いたいわけじゃないよ?

「おい、起きろ」

 声をかけながら、カナリオの体を揺さぶる。
 少しして、カナリオは意識を取り戻す。

 うっすらと開かれた目が私の顔を捉え、合っていなかった焦点が戻る。

「クロエ……様?」

 私の名を呼んだ。
 一安心かな。
 カナリオが辺りを見回す。

「ここは?」
「わからぬ。憶えているか? 貴様は、吊り橋から川へ落ちたのだ。そして、ここに流れ着いた」

 カナリオは記憶を探っているのか、頭に手をやって軽く振る。

「思い出しました。私は、あの時……川の流れを見ていると気が遠くなって……」

 不意に私へ視線が向けられる。

「クロエ様が一緒にいるという事は、もしかして私を追って飛び込んでくださったという事ですか?」
「そうだな……」

 本当は格好良く橋へぶら下がって助けるつもりだったが、格好悪くそのまま落ちてしまっただけなのだけどね。

「すみません……」

 カナリオは申し訳無さそうにうな垂れる。

「そんな事はいい。それよりも今は、これからどうするか。そちらの方が大切だ」
「……はい」

 とりあえず今日はこの川岸で一夜を明かす事にした。
 この時期の気温の中、濡れた服のままでは体力を余計に消耗する。
 服を木々にかけて乾かし、焚き火を起こした。
 私達は下着姿で焚き火に当たる。

 それから話し合い、一夜を明かしてから私達は川にそって上流を目指す事にした。
 川を流されて来たのだから、川にそっていけば同じ所へ行き着くはずである。

 飲み水の確保や、乙女としてはちょっと言いにくいが下の関係で川のそばを行く方がいいという理由もある。

 岸の近くならば、まだ流れは緩い。
 少しぐらいなら入っても大丈夫そうだった。
 油断は禁物であるが……。

 で、食料に関してはちょっと危険だが、森に入って確保する事になった。
 川で魚が獲れればいいのだが、魚は岸の近くにあまりいない。
 いても小魚ぐらいのものだ。

 ここへ流されるまでずっと急流だったので、これから進んだとしても川での食糧補給は絶望的である。

 幸い、私は幼い頃から父上に山で生き延びる方法を教え込まれている。
 山で採れる食物の毒の有無を選定する事も当然できる。
 戦場で山を行く時や、負け戦で落ち延びるために必要な技術なのだそうだ。

 二人ともお弁当の入った荷物は流されてしまったので、早速食料を求めて森の中を探索。
 主に行くのは私だ。

 私は探知魔法で人のいる場所を探る事ができるので、カナリオに川で待機していてもらえば迷っても目印代わりにして戻る事ができるからだ。

 そうして探索すると、食べられる木の実とキノコを見つけた。
 持ち帰ったそれらを魔法で起こした火で調理し、二人で食べた。

 魔法って便利。

 正直、量はかなり物足りないが致し方ない。

 ママンの愛情と料理がこれでもかと盛り付けられた弁当を流されたのはとてもショックだ。

 夕食となったそれらを平らげると、早めに眠った。
 カナリオは地面の上に寝ころび、私は木にもたれかかって眠る。
 眠りながら起きるという、父上から教わった謎技術を使う。
 熟睡はできないが、これを使えば何かあればすぐにわかるのだ。

 翌日、木の実とキノコで朝食を済ませると私達は上流を目指して歩き出した。



 私は周囲の気配を魔力のセンサーで探りながら歩き、カナリオはその後ろを続く。

 思えば、こうして二人で長く過ごすのは初めてかもしれない。
 ただ、カナリオはその間も、ずっと俯きがちに歩いていた。

 その様子は、昨日から変わらない。
 行楽を楽しんでいた時からだ。

 きっと彼女が悩んでいるのは、王子と先輩の事だ。

「こんな時にまで悩みに囚われるとはな」

 他の事に気を取られた状態だと何かあった時咄嗟に動けなくなるし、俯いていては視界も悪くなる。
 だから、今ぐらいは悩みを忘れて欲しいのだが……。

「すいません。でも、考えられずにいられなくて……」

 一度私の方を見てから、また俯く。
 だから、危ないってばよ。

「今ぐらいは忘れてしまえ、そんな事」
「でも、大事な事ですから……。クロエ様は、自分のしたいようにしろと言いました。でも、やっぱりそういうわけにはいかないと思うんです。私は、正しい事を選ばないといけませんから」

 確かにそうだ。
 カナリオの選択によっては、王様が誰か変わってしまう。
 それは王子自身の人生を変える事でもあるし、統治される国民全員の運命を変える事でもあるかもしれない。

 悩むのもわかるけどね……。

 私は溜息を吐いた。

「気に入らんな。自分が貴い血筋の者だとわかった途端にそれか……」
「え?」
「今の貴様の考えは高尚に過ぎる。少なくとも前の……平民としてのお前はもう少し後先を考えない自分勝手な人間だったぞ」
「かもしれません。でも今は……」
「何が違うと言うんだ? 自分が貴い血筋の者だったとして、人間そのものが変わる事などあろうはずがない。貴様は所詮、ただの小娘に過ぎないだろうに」
「…………」
「今の貴様は、自分の本質を見失っているのでは無いか? そんな貴様が何を考えた所で、答えなど出まい。だから今はしがらみなど忘れてしまえ」

 私が言うと、カナリオは俯いてしまった。

 そんなに堅苦しく考えなくていいんじゃない?
 あなた疲れているのよ。
 ちょっと肩の力を抜いて考えるのを休んだら?
 と言いたかっただけなんだけどなぁ……。

 もう一人の私《クロエ》のせいで、別に説教するつもりなんてなかったのに説教臭くなってしまったぞ。
 どうしよう。
 余計に落ち込ませてしまったんじゃないか?

 でもさ、カナリオ。
 正解とか、正しい判断とか言ってる時点で、もう答えは出てると思うんだけどなぁ。
 だから、悩む必要はないと思うんだ。

 そんな時だった。

 私の気配センサーに引っ掛かる物があった。

「でなければ、死ぬぞ」

 さっきの自分の言葉を継いで、カナリオに言う。
 そして、振り向き様の後ろ回し蹴りでカナリオに迫る何かを蹴り弾いた。

「きゃっ!」

 蹴りが顔のそばを通った事で、カナリオが驚いて尻餅をつく。
 そして、私が睨む方向を見た。

 そこには、一匹の獣がいた。

 黄金色にも見えるオレンジと黒のストライプが入った毛並み。
 肉食獣特有の鋭い牙と爪。
 筋肉質な太い四肢。

 その生き物の名前を私は知っていた。

 私達の前にいたのは虎だった。

 ただ、その虎には私の知識では本来あるはずのない付属物がついていた。

 翼である。
 虎の背中には、白い一対の翼が生えていた。

 父上との山篭りで獣とは何度か遭遇した事がある。
 その時はいつも父上が倒していたから実際に戦った事は無いが、多くの獣を見てきた。
 でも、こんな生き物、私は見た事もなかった。

 もはや獣ではなく、クリーチャーやモンスターというカテゴリーの生命体だった。

「天虎《てんこ》です!」

 カナリオが叫ぶ。

 天虎、か。

 古代中国では、翼の生えた虎は地上最強だと言われていたらしい(三国志情報)。
 なら、弱いはずがないな。

「カナリオ。私の後ろに隠れていろ」

 もうすでに、天虎は私達を獲物として見定めているようだ。
 私達の隙をうかがい、今にも飛びかかる機を狙っている。

 逃げられはしない。
 残されているのは、戦って打倒する道だけだ。

 私は天虎に向かって構えを取った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品