気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
九十三話 本気過ぎる先輩
その日、私は総帥から呼び出された。
夜、いつもの屋上テラスへ私は向かう。
「こんばんは」
私はテラスへ下り立つと、テラスに座ってワインを飲んでいた総帥に挨拶する。
「こんばんは。いい夜だね」
総帥がワイングラスを軽く上げ、挨拶を返してくれる。
「何のご用ですか?」
「いや、実はそうじゃないんだ。最近、ヴェルデイド家の息子が巫女の血族にちょっかいをかけているだろう?」
「はい。……総帥、そんな事まで把握しているんですか?」
「巫女の血は価値があるからね。誰の物となるにしても、把握はしておかないとね。まぁ、それはいいとして、君にはその事で伝えておいた方がいいと思ってね」
何を伝えようというのだろうか?
でも、こうしてわざわざ呼び出したという事は、重要な事なんだろうな。
「君は、陛下の意図をどこまで把握していた?」
「意図、ですか? 王子を私につけて、私を観察させるってやつですか?」
私は全然気付かなかったが、アードラーがそう言っていた。
「確かにそれも陛下の思惑の一つである。君という人間に接して、王子には人間的な成長をしてほしいようだ。だが、私が言っているのは別の事だ」
「と、言いますと?」
「陛下としては、王子が王位よりもカナリオ嬢を取ると踏んでいたらしい」
そうだったのか。
でも、間違ってはいないかもしれない。
カナリオは避けていたが、王子自身は王位よりもカナリオを選ぶつもりだったらしいから。
それを読んでいたなんて、流石は父親って事か。
「だが、その思惑に予定外が起こった」
「ムルシエラ先輩の事ですね?」
総帥は頷く。
「それで思惑を邪魔される事を恐れた陛下はヴェルデイド公を呼び出し、注意を促したのだが、な……」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。
何かあったって事だろうか。
「逆に説得されてしまった」
「えー?」
なんじゃそりゃ。
「ヴェルデイドは私よりも口が巧いからなぁ。上手く唆《そそのか》して、納得させたのだよ。しかし、それにしても恐るべきは、あのヴェルデイドの嫡子だろうな」
「先輩ですか?」
「ヴェルデイド公が陛下を逆に説得するなんて行動に出たのは、ヴェルデイド公自身が嫡子殿から口説き落とされていたからだろう。令嬢の方も性格の珍妙さを除けば優秀なのだが、嫡子殿はそれ以上に将来有望だよ」
先輩は陛下の横槍がある事を見越して、根回しを済ましていたわけだ。
どこまで本気なんですか、先輩……。
「たいしたものだよ。きっと、陛下を説得するためのメリットを用意したのも彼だろう。それにヴェルデイド家へのメリットを加味して、実の父親を口説き落としたのだろうさ」
「メリット?」
シャンプーかな?
「ヴェルデイド家に巫女の血を入れる事。その上で次代の王、もしくはその子供と巫女の血を継いだヴェルデイド家の子供を結婚させる。ヴェルデイド家としては家に巫女の血を入れられる上に、王家との繋がりも強化できる」
「それは確かにメリットですね。でも、それはヴェルデイド家のメリットの方が多いですよね。それだけじゃ陛下を説得する事はできないはずです」
「如何にも。だからここでもう一つ、重要な血筋の人間が絡んでくるわけだ」
「もう一つの重要な血筋?」
「ヴェルデイドは、その血筋を王家へ取り込む案とその件に協力する旨を陛下へ申し出たのだよ」
陛下が求める重要な血筋……。
なんだろう?
ゲーム知識を持つ私でも、巫女の血筋以上に重要な血筋に思い至れない。
ゲーム外に存在する未知の存在だろうか。
「そしてその血筋とは、ビッテンフェルト家だ」
沈黙が二人の間に下りる。
「ビッテンフェルト家……。知りませんね」
「有名なのだがね」
「学園でもそんな家名の生徒には会った事がありませんよ」
「この国で、その家名を持つ家は一つしかないからね」
「……勘違いじゃないですか? きっとあと二つぐらいあります」
「そろそろ観念したらどうかね? ……そう嫌そうな顔をするな」
認めたくないものだな!
「嫌ですよ! それって、陛下が私の輿入れを望んでるって事じゃないですか!」
「いや、それはない。王妃様は嫉妬深くてな。尻に敷かれている陛下は側室を取らんと誓っている。むしろ、陛下が望んでいるのは王子の相手としてだ」
ぐ、そういう事か。
欲しい血を取り込めて、しかも王子も王位を手放さなくて済む。
確かに都合はいいのか。
「陛下としては、カナリオ嬢との関係を取って王位を放棄させるまでを罰則と考えていたようだが……。息子の教育以上に、二つの血筋を取り込む事は大事だと判断されたのだろう」
「でも、うちには私以外に世継ぎがいないから嫁ぐ事はできませんよ」
無理に事を進めようとしたら、今度はパパ主体で国から出て行く事になりそうだ。
だから、婿に来てもらわないと。
王位を継ぐ王子にはできないでしょう?
「親戚筋から養子を取ればいい」
「父上は、実家とも母上の実家とも仲が悪いです。多分、断ります。それに、私には婚約者だっていますし……」
「それらの面倒な交渉ごと全てを引き受ける、とヴェルデイドが申し出たのだよ。陛下自身、元々はそれらの問題がなければ君を王子の相手にしたかったようだしね」
「そんな重要な家なんかじゃないやい……」
「他国への抑止力が、配下の家から王家そのものへ移るのだ。重要でないはずはないだろう。王家の者なら、一家揃って国から逃げられる心配もないだろうからな」
イヤミか貴様ッッ!
しかし、どうすればいいんだ?
根本的な所で私には関係のない事だと思っていたのに、何で気付いたら巻き込まれているんだ?
もう、やんなっちゃう。
その話がうまくいってしまえば、私は王子様のお嫁さんか……。
私自身には絶対に結婚したいなんて相手はいないから、婚約者が誰かなんてあんまり関係ない。
だから、別に構わないと言えば構わないのだが……。
でも、アルディリアが相手じゃなくなるのか……。
それはちょっと嫌かもしれないな。
気付けば私は、顔を俯けていた。
「で、君はどうするね?」
そんな私に総帥は訊ねる。
私は顔を上げた。
「どう、とは?」
「正直、そうなっても私は問題ないと思っているのだがね……。殿下もカナリオ嬢と出会うまではこれ以上ないほどに優秀な方だった。カナリオ嬢が手の届かない場所へ行くなら、あの優秀な殿下も戻ってくるかもしれない。しかし、君としてはあんまり嬉しくなさそうだ」
「かもしれません」
「この情報を君に伝えたのは、今までの君の働きに対する報酬だと思ってほしい。知っているのと知らないのでは、取れる行動も変わってくるだろう?」
「……総帥、楽しそうですね」
「君が今の状況をどう引っ掻き回すのか楽しみでならなくてねぇ」
「でも、残念ながら私が積極的に動く事はありませんよ」
「そうなのかい?」
露骨に残念そうな様子で聞き返してくる。
このおじさんはまったく……。
「私がどうにかしようと足掻くのは、カナリオがムルシエラ先輩に靡《なび》いた時だけですよ」
「なら君は、カナリオ嬢がヴェルデイドの嫡子よりも殿下を取ると? ヴェルデイドの嫡子は勝算のない勝負をしない人間だ。殿下では太刀打ちできぬと思うがねぇ」
そんな事を言われると自信はない。
ゲームでカナリオが複数の対象と恋愛する事は一切なかった。
だから、これは私にとってまったく予測のつかない事態だ。
ゲームの彼女は一度誰かと恋をすれば、一途に想い続ける。
でも現実の、こんな状況に陥ってしまったら、彼女はどうするのだろうか?
「情報提供、ありがとうございます。おかげで、もしもの時の対策を練る時間ができました」
「礼には及ばんよ。君はそれだけの働きをしている。これからもよろしく頼むよ」
これからも愉しませてくれ。
という事ですね。
わかります。
冗談ではない。
夜、いつもの屋上テラスへ私は向かう。
「こんばんは」
私はテラスへ下り立つと、テラスに座ってワインを飲んでいた総帥に挨拶する。
「こんばんは。いい夜だね」
総帥がワイングラスを軽く上げ、挨拶を返してくれる。
「何のご用ですか?」
「いや、実はそうじゃないんだ。最近、ヴェルデイド家の息子が巫女の血族にちょっかいをかけているだろう?」
「はい。……総帥、そんな事まで把握しているんですか?」
「巫女の血は価値があるからね。誰の物となるにしても、把握はしておかないとね。まぁ、それはいいとして、君にはその事で伝えておいた方がいいと思ってね」
何を伝えようというのだろうか?
でも、こうしてわざわざ呼び出したという事は、重要な事なんだろうな。
「君は、陛下の意図をどこまで把握していた?」
「意図、ですか? 王子を私につけて、私を観察させるってやつですか?」
私は全然気付かなかったが、アードラーがそう言っていた。
「確かにそれも陛下の思惑の一つである。君という人間に接して、王子には人間的な成長をしてほしいようだ。だが、私が言っているのは別の事だ」
「と、言いますと?」
「陛下としては、王子が王位よりもカナリオ嬢を取ると踏んでいたらしい」
そうだったのか。
でも、間違ってはいないかもしれない。
カナリオは避けていたが、王子自身は王位よりもカナリオを選ぶつもりだったらしいから。
それを読んでいたなんて、流石は父親って事か。
「だが、その思惑に予定外が起こった」
「ムルシエラ先輩の事ですね?」
総帥は頷く。
「それで思惑を邪魔される事を恐れた陛下はヴェルデイド公を呼び出し、注意を促したのだが、な……」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。
何かあったって事だろうか。
「逆に説得されてしまった」
「えー?」
なんじゃそりゃ。
「ヴェルデイドは私よりも口が巧いからなぁ。上手く唆《そそのか》して、納得させたのだよ。しかし、それにしても恐るべきは、あのヴェルデイドの嫡子だろうな」
「先輩ですか?」
「ヴェルデイド公が陛下を逆に説得するなんて行動に出たのは、ヴェルデイド公自身が嫡子殿から口説き落とされていたからだろう。令嬢の方も性格の珍妙さを除けば優秀なのだが、嫡子殿はそれ以上に将来有望だよ」
先輩は陛下の横槍がある事を見越して、根回しを済ましていたわけだ。
どこまで本気なんですか、先輩……。
「たいしたものだよ。きっと、陛下を説得するためのメリットを用意したのも彼だろう。それにヴェルデイド家へのメリットを加味して、実の父親を口説き落としたのだろうさ」
「メリット?」
シャンプーかな?
「ヴェルデイド家に巫女の血を入れる事。その上で次代の王、もしくはその子供と巫女の血を継いだヴェルデイド家の子供を結婚させる。ヴェルデイド家としては家に巫女の血を入れられる上に、王家との繋がりも強化できる」
「それは確かにメリットですね。でも、それはヴェルデイド家のメリットの方が多いですよね。それだけじゃ陛下を説得する事はできないはずです」
「如何にも。だからここでもう一つ、重要な血筋の人間が絡んでくるわけだ」
「もう一つの重要な血筋?」
「ヴェルデイドは、その血筋を王家へ取り込む案とその件に協力する旨を陛下へ申し出たのだよ」
陛下が求める重要な血筋……。
なんだろう?
ゲーム知識を持つ私でも、巫女の血筋以上に重要な血筋に思い至れない。
ゲーム外に存在する未知の存在だろうか。
「そしてその血筋とは、ビッテンフェルト家だ」
沈黙が二人の間に下りる。
「ビッテンフェルト家……。知りませんね」
「有名なのだがね」
「学園でもそんな家名の生徒には会った事がありませんよ」
「この国で、その家名を持つ家は一つしかないからね」
「……勘違いじゃないですか? きっとあと二つぐらいあります」
「そろそろ観念したらどうかね? ……そう嫌そうな顔をするな」
認めたくないものだな!
「嫌ですよ! それって、陛下が私の輿入れを望んでるって事じゃないですか!」
「いや、それはない。王妃様は嫉妬深くてな。尻に敷かれている陛下は側室を取らんと誓っている。むしろ、陛下が望んでいるのは王子の相手としてだ」
ぐ、そういう事か。
欲しい血を取り込めて、しかも王子も王位を手放さなくて済む。
確かに都合はいいのか。
「陛下としては、カナリオ嬢との関係を取って王位を放棄させるまでを罰則と考えていたようだが……。息子の教育以上に、二つの血筋を取り込む事は大事だと判断されたのだろう」
「でも、うちには私以外に世継ぎがいないから嫁ぐ事はできませんよ」
無理に事を進めようとしたら、今度はパパ主体で国から出て行く事になりそうだ。
だから、婿に来てもらわないと。
王位を継ぐ王子にはできないでしょう?
「親戚筋から養子を取ればいい」
「父上は、実家とも母上の実家とも仲が悪いです。多分、断ります。それに、私には婚約者だっていますし……」
「それらの面倒な交渉ごと全てを引き受ける、とヴェルデイドが申し出たのだよ。陛下自身、元々はそれらの問題がなければ君を王子の相手にしたかったようだしね」
「そんな重要な家なんかじゃないやい……」
「他国への抑止力が、配下の家から王家そのものへ移るのだ。重要でないはずはないだろう。王家の者なら、一家揃って国から逃げられる心配もないだろうからな」
イヤミか貴様ッッ!
しかし、どうすればいいんだ?
根本的な所で私には関係のない事だと思っていたのに、何で気付いたら巻き込まれているんだ?
もう、やんなっちゃう。
その話がうまくいってしまえば、私は王子様のお嫁さんか……。
私自身には絶対に結婚したいなんて相手はいないから、婚約者が誰かなんてあんまり関係ない。
だから、別に構わないと言えば構わないのだが……。
でも、アルディリアが相手じゃなくなるのか……。
それはちょっと嫌かもしれないな。
気付けば私は、顔を俯けていた。
「で、君はどうするね?」
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「どう、とは?」
「正直、そうなっても私は問題ないと思っているのだがね……。殿下もカナリオ嬢と出会うまではこれ以上ないほどに優秀な方だった。カナリオ嬢が手の届かない場所へ行くなら、あの優秀な殿下も戻ってくるかもしれない。しかし、君としてはあんまり嬉しくなさそうだ」
「かもしれません」
「この情報を君に伝えたのは、今までの君の働きに対する報酬だと思ってほしい。知っているのと知らないのでは、取れる行動も変わってくるだろう?」
「……総帥、楽しそうですね」
「君が今の状況をどう引っ掻き回すのか楽しみでならなくてねぇ」
「でも、残念ながら私が積極的に動く事はありませんよ」
「そうなのかい?」
露骨に残念そうな様子で聞き返してくる。
このおじさんはまったく……。
「私がどうにかしようと足掻くのは、カナリオがムルシエラ先輩に靡《なび》いた時だけですよ」
「なら君は、カナリオ嬢がヴェルデイドの嫡子よりも殿下を取ると? ヴェルデイドの嫡子は勝算のない勝負をしない人間だ。殿下では太刀打ちできぬと思うがねぇ」
そんな事を言われると自信はない。
ゲームでカナリオが複数の対象と恋愛する事は一切なかった。
だから、これは私にとってまったく予測のつかない事態だ。
ゲームの彼女は一度誰かと恋をすれば、一途に想い続ける。
でも現実の、こんな状況に陥ってしまったら、彼女はどうするのだろうか?
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