気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
八十五話 オッドアイ豪傑、爆誕!
学園の下校時間となり、私はアルディリアとアードラーに断りを入れて、ヴォルフラムくんと一緒にある場所へ向かう事にした。
アルディリアが残念を通り越して、不安そうな顔をしていた。
いや、浮気と違《ちゃ》うで。
アルディリアの不名誉になるような事はしないよ。
だから安心して欲しい。
アードラーはアードラーで、初対面のヴォルフラムくんにメンチを切っていた。
今度埋め合わせするから、許して欲しい。
そうして二人で向かったのは、郊外にある寂れた教会だった。
私は前にもここへ来た事がある。
ここは、前にイノス先輩が人質に取られた場所だった。
本来のイノス先輩はこの場所で人質に取られるわけではない。
この場所自体はゲームにもあった場所だったが、登場するのはヴォルフラムのルートだ。
「ここに何があるんだ?」
「黒色を取り去るためのものだよ」
答えると、私は教会の壁を調べる。
すると、紋章を刻まれた壁を見つけた。
「それは、うちの家紋だ……」
「ここを触れてくれる?」
ヴォルフラムくんは頷き、紋章に触った。
「何っ!」
すぐに手を離す。
「どうしたの?」
「体の中の黒色を吸われた」
彼が答えると、家紋の入った壁が下がっていった。
そうして、隠し通路が現れる。
地下へ続く階段だ。
「これは……」
「行こう」
私は言って、先に行く。
ヴォルフラムくんは、少し躊躇いつつも私の後へ続いた。
長い階段を下り、折り返し、さらに続く階段を下りる。
すると、部屋に辿り着いた。
四畳半程度の小さな部屋だ。
その部屋の中央には、台座と一体化した取っ手のある杯が置かれていた。
「多分、これが目当てのものだよ」
「多分?」
怪訝な顔で訊ね返される。
「あるのは知っていたけど、来たのは初めてなんだよ。取っ手を握ってみ」
ヴォルフラムくんは私を疑わしい目で見ながら、杯の方へ向かう。
そして、取っ手を握った。
「くっ……」
小さく呻く。
黒色を吸われているのだろうか?
それでも、ヴォルフラムくんは手を放さなかった。
不意に、彼は片膝を地面に付く。
「大丈夫?」
「平気だ」
言葉を示すように、彼は立ち上がった。
そして、杯から手を放す。
「止まった」
「そう。だったら、杯の中を見て」
私の言葉に従い、彼は杯の中を見た。
「黒い水……黒色が溜まっている、のか?」
「多分、そうなんじゃない? 私には見えないけど」
私には黒色が見えないけれど、彼がそう言うのならそうなんだろう。
「それは今、君から吸い出された黒色だよ。一度に吸い出される黒色の量はその杯一杯分だ。この黒色は一日かけて、ゆっくりと空になる。定期的にここで吸い出せば、君が黒色に殺される事は無い」
「そうか……。俺は、死ななくて済むんだな……」
ヴォルフラムくんは、自分の生を実感するように自分の手を見つめ、握り拳を作った。
「あんたは、どうしてこんな事を知っているんだ?」
「これ以上、何も答える気はないよ。黒色を抜く方法がわかったなら、それだけで十分でしょう」
私は突き放すように答えた。
「……それもそうだ」
正直に言うと、ここを教えるのも嫌だった。
ここはヴォルフラムのシナリオにおいて、その根幹に関わるポイントの一つだ。
ここを利用する事で、彼のシナリオが少しだけ動いてしまった。
だが、彼のシナリオが予定通りに進むと大変な事になる。
その大変な事を私は避けたかったのだ。
「じゃあ、次は私の願いを聞いてもらうよ」
「ああ」
教会から出た私達は、次に貴族街の医院へ向かった。
医院の前では、何故か総帥が待ち受けていた。
「総帥?」
「アルマール公?」
私とヴォルフラムくんの声が重なる。
総帥は私達に手を振って応えた。
やっぱり、ヴォルフラムくんと総帥は知り合いだったか。
「やぁ、イングリット子爵。クロエ嬢」
総帥は「クロエ嬢」を殊更強調して言う。
そうだった。
見守り隊の活動を隠すために、普段は「アルマール公」「クロエ嬢」で呼び合う事にしていたのだった。
「君達が一緒に行動していると聞いてね。多分、説得できたのだろうと思って待っていた。クロエ嬢の目的はなんとなく察していたからね。人払いはしてある」
ヴォルフラムくんが変身して戦ってもいいように、という配慮か。
存分に暴れろ、とそういう事か。
総帥は私達を先導するように、医院の中へ歩き出した。
私達はそれに続く。
向かうのはアルエットちゃんの病室だろう。
「いいのかね? イングリット子爵」
その道すがら、総帥がヴォルフラムくんに話しかける。
「はい。もう何も、迷いはありません。私の迷いは、彼女が断ち切りました」
「なるほど。君がそう言うのなら、私には何も言う事はない」
次に、総帥は私に声をかける。
「ところで。早速、君の言う通りにワインを贈ってみたのだがね」
昨夜話した谷間作戦の事か。
こんな時に話す事ですか?
「そうですか」
「大層お気に入りになっていたよ。是非、またお願いしたいと言われた」
「それはよかった」
「で、もっと別のアイディアはないかね?」
「そうですねぇ……。じゃあ、長椅子に座ってもらってですねぇ」
「長椅子? それで?」
「その両脇に女の人を配置するんです」
「陛下と同じ椅子に座らせると?」
「ダメですか?」
「……いや、事前に許可を得れば許してくださるかもしれない。で、それからどうする?」
「あとは食事とお酒を用意して持て成すだけですよ。お酒を入れて、谷間を見せて、相手の話をじっくり聞いて、褒め倒すんです」
シャッチョーサン、スゴイデスネー。
みたいな感じで。
はい。どう見てもキャバクラです。
本当にありがとうございました。
「なるほど……。相手から情報を引き出す技術を接待に応用すれば、かなり満足いただけそうだ。うむ、やはり君に意見を聞いてよかった。来年度の予算をガッツリ増やせそうだ」
何よりです。
こら、ヴォルフラムくん。
こっそり溜息を吐くな。
か、勘違いしないでよね!
変なのは、こんな時にこんな話を持ち出す総帥だけなんだからっ!
アルエットちゃんの病室に辿り着く。
「この医院の入院者には眠り薬を飲ませ、医師も帰した。派手にやってもかまわない」
「医師を帰しちゃったんですか?」
患者の容態が悪化したらどうするんだろう?
「心配しなくていい。医学に精通した隊員をそれぞれつけている」
そんな人材もいるのか。
ヴォルフラムくんが病室へ入る。
私もそれに続こうとする。
「お前も入るのか? いる意味はないと思うが?」
ああ、そっか。
入った所で何もできないか。
「でも、一応一緒にいてあげたいんだよ」
「そうか。好きにしろ。だが、守ってはやれんぞ」
ヴォルフラムくんが病室へ足を踏み入れ、私もそれに続いた。
中では、ベッドで寝息を立てる入院着姿のアルエットちゃんがいた。
久し振りだね。
アルエットちゃん。
ヴォルフラムくんがアルエットちゃんのそばへ行き、胸に手を当てた。
「やっぱり、心臓?」
「……ああ。そこに黒色が寄生している。引き剥がす、離れていろ」
私は素直に従って、壁際に離れる。
ヴォルフラムくんの手に力が込められる。
その手が、何かを捕らえる様に空を掴んだまま、持ち上げられた。
見えないが、黒色を掴み出しているのだろうか?
その瞬間、病室内の温度が下がった気がした。
不意に、ヴォルフラムくんがアルエットちゃんから距離を取った。
「これは……少し嘗めていたようだな」
ヴォルフラムくんが苦笑する。
そして胸の前で腕をクロスさせた。
「我、黒を食らう魔狼とならん!」
そう唱える。
これは彼の変身プロセスである。
次の瞬間、彼の体から黒い霧が発生し、体に纏わりついた。
その霧が、硬質化する。
一瞬にして、所々に紫色のラインが走る黒い鎧へと変わった。
そして最後に、彼の顔が同じように狼を模った兜に覆われる。
それが、魔狼騎士としての彼の姿である。
彼が構えを取る。
何かをかわす動作をする。
すぐに反撃。
だが顔だけが変な方向に仰け反る。
一撃もらったのだろう。
見えないけど。
アルエットちゃんを背にするように移動。
場所を入れ替えたのかな?
見えないけど。
魔狼騎士が殴りかかる。
かと思えば体がくの字に曲がる。
仰向けに倒れ、見えない何かを抱え込む動作をした。
その何かに肘打ちを連打する。
が、おかしな挙動で壁に叩きつけられた。
まるで、何かに振り回されて投げつけられたかのようだ。
もどかしい……。
苦戦しているのがわかるのに、何もできる事がない。
どうすればいいんだろう?
そんな時だった。
「ぐあっ!」
魔狼騎士が悲鳴を上げる。
同時に、首筋から勢いよく出血した。
私の顔へ掛かりそうになった血を手の平で防ぐ。
私は手の平に付着した血を眺めた。
彼の血、か……。
やってみるか。
私は点眼するように、血の着いた手の指先を自分の右目へ向けた。
指を伝う血が、ぽたりと私の目に落ちた。
視界が赤黒く染まり、そして、激痛が右目に走った。
アルディリアが残念を通り越して、不安そうな顔をしていた。
いや、浮気と違《ちゃ》うで。
アルディリアの不名誉になるような事はしないよ。
だから安心して欲しい。
アードラーはアードラーで、初対面のヴォルフラムくんにメンチを切っていた。
今度埋め合わせするから、許して欲しい。
そうして二人で向かったのは、郊外にある寂れた教会だった。
私は前にもここへ来た事がある。
ここは、前にイノス先輩が人質に取られた場所だった。
本来のイノス先輩はこの場所で人質に取られるわけではない。
この場所自体はゲームにもあった場所だったが、登場するのはヴォルフラムのルートだ。
「ここに何があるんだ?」
「黒色を取り去るためのものだよ」
答えると、私は教会の壁を調べる。
すると、紋章を刻まれた壁を見つけた。
「それは、うちの家紋だ……」
「ここを触れてくれる?」
ヴォルフラムくんは頷き、紋章に触った。
「何っ!」
すぐに手を離す。
「どうしたの?」
「体の中の黒色を吸われた」
彼が答えると、家紋の入った壁が下がっていった。
そうして、隠し通路が現れる。
地下へ続く階段だ。
「これは……」
「行こう」
私は言って、先に行く。
ヴォルフラムくんは、少し躊躇いつつも私の後へ続いた。
長い階段を下り、折り返し、さらに続く階段を下りる。
すると、部屋に辿り着いた。
四畳半程度の小さな部屋だ。
その部屋の中央には、台座と一体化した取っ手のある杯が置かれていた。
「多分、これが目当てのものだよ」
「多分?」
怪訝な顔で訊ね返される。
「あるのは知っていたけど、来たのは初めてなんだよ。取っ手を握ってみ」
ヴォルフラムくんは私を疑わしい目で見ながら、杯の方へ向かう。
そして、取っ手を握った。
「くっ……」
小さく呻く。
黒色を吸われているのだろうか?
それでも、ヴォルフラムくんは手を放さなかった。
不意に、彼は片膝を地面に付く。
「大丈夫?」
「平気だ」
言葉を示すように、彼は立ち上がった。
そして、杯から手を放す。
「止まった」
「そう。だったら、杯の中を見て」
私の言葉に従い、彼は杯の中を見た。
「黒い水……黒色が溜まっている、のか?」
「多分、そうなんじゃない? 私には見えないけど」
私には黒色が見えないけれど、彼がそう言うのならそうなんだろう。
「それは今、君から吸い出された黒色だよ。一度に吸い出される黒色の量はその杯一杯分だ。この黒色は一日かけて、ゆっくりと空になる。定期的にここで吸い出せば、君が黒色に殺される事は無い」
「そうか……。俺は、死ななくて済むんだな……」
ヴォルフラムくんは、自分の生を実感するように自分の手を見つめ、握り拳を作った。
「あんたは、どうしてこんな事を知っているんだ?」
「これ以上、何も答える気はないよ。黒色を抜く方法がわかったなら、それだけで十分でしょう」
私は突き放すように答えた。
「……それもそうだ」
正直に言うと、ここを教えるのも嫌だった。
ここはヴォルフラムのシナリオにおいて、その根幹に関わるポイントの一つだ。
ここを利用する事で、彼のシナリオが少しだけ動いてしまった。
だが、彼のシナリオが予定通りに進むと大変な事になる。
その大変な事を私は避けたかったのだ。
「じゃあ、次は私の願いを聞いてもらうよ」
「ああ」
教会から出た私達は、次に貴族街の医院へ向かった。
医院の前では、何故か総帥が待ち受けていた。
「総帥?」
「アルマール公?」
私とヴォルフラムくんの声が重なる。
総帥は私達に手を振って応えた。
やっぱり、ヴォルフラムくんと総帥は知り合いだったか。
「やぁ、イングリット子爵。クロエ嬢」
総帥は「クロエ嬢」を殊更強調して言う。
そうだった。
見守り隊の活動を隠すために、普段は「アルマール公」「クロエ嬢」で呼び合う事にしていたのだった。
「君達が一緒に行動していると聞いてね。多分、説得できたのだろうと思って待っていた。クロエ嬢の目的はなんとなく察していたからね。人払いはしてある」
ヴォルフラムくんが変身して戦ってもいいように、という配慮か。
存分に暴れろ、とそういう事か。
総帥は私達を先導するように、医院の中へ歩き出した。
私達はそれに続く。
向かうのはアルエットちゃんの病室だろう。
「いいのかね? イングリット子爵」
その道すがら、総帥がヴォルフラムくんに話しかける。
「はい。もう何も、迷いはありません。私の迷いは、彼女が断ち切りました」
「なるほど。君がそう言うのなら、私には何も言う事はない」
次に、総帥は私に声をかける。
「ところで。早速、君の言う通りにワインを贈ってみたのだがね」
昨夜話した谷間作戦の事か。
こんな時に話す事ですか?
「そうですか」
「大層お気に入りになっていたよ。是非、またお願いしたいと言われた」
「それはよかった」
「で、もっと別のアイディアはないかね?」
「そうですねぇ……。じゃあ、長椅子に座ってもらってですねぇ」
「長椅子? それで?」
「その両脇に女の人を配置するんです」
「陛下と同じ椅子に座らせると?」
「ダメですか?」
「……いや、事前に許可を得れば許してくださるかもしれない。で、それからどうする?」
「あとは食事とお酒を用意して持て成すだけですよ。お酒を入れて、谷間を見せて、相手の話をじっくり聞いて、褒め倒すんです」
シャッチョーサン、スゴイデスネー。
みたいな感じで。
はい。どう見てもキャバクラです。
本当にありがとうございました。
「なるほど……。相手から情報を引き出す技術を接待に応用すれば、かなり満足いただけそうだ。うむ、やはり君に意見を聞いてよかった。来年度の予算をガッツリ増やせそうだ」
何よりです。
こら、ヴォルフラムくん。
こっそり溜息を吐くな。
か、勘違いしないでよね!
変なのは、こんな時にこんな話を持ち出す総帥だけなんだからっ!
アルエットちゃんの病室に辿り着く。
「この医院の入院者には眠り薬を飲ませ、医師も帰した。派手にやってもかまわない」
「医師を帰しちゃったんですか?」
患者の容態が悪化したらどうするんだろう?
「心配しなくていい。医学に精通した隊員をそれぞれつけている」
そんな人材もいるのか。
ヴォルフラムくんが病室へ入る。
私もそれに続こうとする。
「お前も入るのか? いる意味はないと思うが?」
ああ、そっか。
入った所で何もできないか。
「でも、一応一緒にいてあげたいんだよ」
「そうか。好きにしろ。だが、守ってはやれんぞ」
ヴォルフラムくんが病室へ足を踏み入れ、私もそれに続いた。
中では、ベッドで寝息を立てる入院着姿のアルエットちゃんがいた。
久し振りだね。
アルエットちゃん。
ヴォルフラムくんがアルエットちゃんのそばへ行き、胸に手を当てた。
「やっぱり、心臓?」
「……ああ。そこに黒色が寄生している。引き剥がす、離れていろ」
私は素直に従って、壁際に離れる。
ヴォルフラムくんの手に力が込められる。
その手が、何かを捕らえる様に空を掴んだまま、持ち上げられた。
見えないが、黒色を掴み出しているのだろうか?
その瞬間、病室内の温度が下がった気がした。
不意に、ヴォルフラムくんがアルエットちゃんから距離を取った。
「これは……少し嘗めていたようだな」
ヴォルフラムくんが苦笑する。
そして胸の前で腕をクロスさせた。
「我、黒を食らう魔狼とならん!」
そう唱える。
これは彼の変身プロセスである。
次の瞬間、彼の体から黒い霧が発生し、体に纏わりついた。
その霧が、硬質化する。
一瞬にして、所々に紫色のラインが走る黒い鎧へと変わった。
そして最後に、彼の顔が同じように狼を模った兜に覆われる。
それが、魔狼騎士としての彼の姿である。
彼が構えを取る。
何かをかわす動作をする。
すぐに反撃。
だが顔だけが変な方向に仰け反る。
一撃もらったのだろう。
見えないけど。
アルエットちゃんを背にするように移動。
場所を入れ替えたのかな?
見えないけど。
魔狼騎士が殴りかかる。
かと思えば体がくの字に曲がる。
仰向けに倒れ、見えない何かを抱え込む動作をした。
その何かに肘打ちを連打する。
が、おかしな挙動で壁に叩きつけられた。
まるで、何かに振り回されて投げつけられたかのようだ。
もどかしい……。
苦戦しているのがわかるのに、何もできる事がない。
どうすればいいんだろう?
そんな時だった。
「ぐあっ!」
魔狼騎士が悲鳴を上げる。
同時に、首筋から勢いよく出血した。
私の顔へ掛かりそうになった血を手の平で防ぐ。
私は手の平に付着した血を眺めた。
彼の血、か……。
やってみるか。
私は点眼するように、血の着いた手の指先を自分の右目へ向けた。
指を伝う血が、ぽたりと私の目に落ちた。
視界が赤黒く染まり、そして、激痛が右目に走った。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
34
-
-
2
-
-
11128
-
-
52
-
-
58
-
-
439
-
-
39
-
-
24251
-
-
516
コメント