気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

八十三話 黒色の仕業だ!

 その日の夜、私は変身セットに身を包み、町へ繰り出した。

 向かうのは、ある大きな建物。
 屋上に、テラスが作られた商家の建物だ。

 そこへ下り立つと、一人の人物がテラスのテーブル席に着いて私を待っていた。

「こんばんは。総帥」
「珍しいね。君の方から呼び出すとは」

 その人物は、見守り隊の総帥。
 国衛院の院長でもあるアルマール公だ。
 ここは私と総帥の密会の場所だった。

 見守り隊絡みで呼び出された時は、いつもここで落ち合う事になっていた。

「至急、知りたい事がありまして。この国では、総帥以上に情報を持った人間はいませんから」

 総帥は笑みを作る。

「それは間違いだ。この国で一番情報を持っているのは、陛下だよ。私達の情報は全て、陛下に伝えられるからね。いわば私の知識は、陛下の財産でもある。それを求めるのは、あまり褒められた事では無いね」
「そうですか……だったら、私の動向も陛下には財産となる情報というわけですか。ずっと見ているのでしょう? 私の事を」

 総帥はさらに笑みを深めた。

「気付いていたか」
「偶然ですけどね。少し前に、私は魔力を使って周囲の状況を探ったんです」

 はぐれたマリノーとアルエットちゃんを探した時だ。

「その時に気付きました。魔力を持った人間が私を囲うように配置されている、と。国衛院の人でしょう?」
「なるほど。報告には上がっている。
 君の技術は素晴しいな。
 家屋の構造、家屋内の音、はたまた触れた者の指の皺を採取する。どれも、国衛院にとって有用な技術だ。
 そして今回は、監視を探る方法まで作り出した。
 この技術が確立されれば、監視も尾行も難しくなる。
 君一人いるだけで、情報戦の様相は変わってしまいそうだな」

 えらく楽しそうに総帥は言う。

「そんな事はいいんです。それより、監視を黙認するのはこの国の貴族の義務ですか?」

 おかしいと思いませんか? あなた。

「……違うな」
「だったら、お詫びを要求してもいいと思いません?」
「ふぅむ」

 笑みを消さぬまま、むしろ深めつつ総帥は唸る。

「まぁいいだろう。陛下からのお叱りをありがたく頂戴するとしよう」

 それぐらいで許してくれるんですか? 陛下。

「で、何が知りたいのかね?」
「コトヴィア・グランについて」
「ほう、また面白い所を衝いてくるな」
「知っていましたか。国衛院のあなたが知っているという事はやっぱり……」
「うむ。元は貴族の令嬢だな。もう家は没落しているが」

 思った通りだ。
 アルエットちゃんの強い魔力は、母親譲りだったんだ。

「没落して平民になったという事ですか」
「いや、没落したのはコトヴィア嬢が出奔した後だ。あの家の当主は反乱を企てる一派に組みしていたのでね。退場願った」

 言外に恐ろしさのある言い回しだ。

「だから、あの家系で残っているのは今やアルエット嬢だけだよ」

 アルエットちゃんは、その家の最後の末裔でもあるわけだ。

「じゃあ、その家の詳しい記録とか残っていませんか?」
「あるな。しかし、貴族に関する情報は陛下か国衛院の上層にしか開示できない決まりだ」
「そうなんですか……」

 仕方ない事だが、情報を得る事は難しそうだ。

「でも、すでに没落した家だ。たいした情報でもないし、他でもない特別顧問の願いだ。特別に許可しよう」
「大丈夫なんですか?」
「秘蔵のワインを捧げれば、叱りつつも許してくれよう」

 陛下、それでも許しちゃうんですか?

「本当に大丈夫なんですか?」
「何、心配する事はない。人を見る目と、切り捨てられない程度の実力は持っていると自負しているのでね」

 なんか、カッコイイ事言ってる。
 やってる事は違反行為なのに。

 でも、素直に感謝だ。
 どうしても、コトヴィアさんの家の事情が知っておきたかった。
 それを見て確かめたい事があったのだ。

 ありがとう、総帥。

「それだけじゃなくて、胸の大きな女性隊員とかに接待させればいいんじゃないですか? こう、両手でワインを注ぐ時に胸が潰れて谷間が強調されるような服を着させて」
「特別顧問……。君は天才だな。下手をすれば叱りつつも褒美をくださるかもしれん」

 恩返しのつもりで案を出したら絶賛された。



「見せるのは構わないが、持ち帰る事は許可できない。ここで見て行きなさい」

 そう言って、手渡されたのは三本の分厚い巻物だ。
 明かりも用意してくれた。

「思ったよりも少ないですね」
「場所も有限だからな。定期的に情報を省いて細かく纏めるようにしている」

 なるほど。

 開いてみると、文章がびっしりと余す所なく記されていた。
 改行すらない。
 読み終わる頃には、目がチカチカしていそうだ。

 これを読破するのは嫌だな。

 真面目に読んでいる時間もないので、ある程度読み飛ばす事にした。

 私の目的は、コトヴィアさんの患っていた病。
 その病が、コトヴィアさん以前の世代の人間にも発症していたかどうか。
 そして、前世代の人間が発症していた場合、いつ頃から発症していたか、だ。

「総帥。コトヴィアさんの病気の事、何か知っていませんか? コトヴィアさんのお母さんも同じ病気だった、とか」

 調べる労力を省けないかなぁ、と期待して総帥に訊ねる。

「ご母堂は病を患ってはいなかったな。ただ、彼女の伯母は同じ病を患っていたはずだ。そういえば、こんな話があったな」
「何ですか?」

 私は食いつく。

「あの家の当主の長女は、必ず病を持って生まれてくる。と」

 やった。
 本当に省けた。

 しかし、喜んだのも束の間、そこから先はなかなか進まなかった。
 百年以上続く歴史のある家だったらしく、しかもかなり長い間その病は家の長女を蝕み続けてきたようだ。
 だから、なかなか最初の発症者を特定する事ができなかった。

 巻物の最後の一本。
 その半ば辺りで、私はようやく目当ての記述を見つけた。

 最初に病を発症した人物を見つけた。
 けれど、私が注目したのはその少し前にあった事件だ。

 きっかけは、ある男性が婿養子として病を発症した人物の母親と結婚した事だ。
 だが、男性にはもう一人恋人がいた。
 男性は結婚の際にその恋人を捨てる事になったのだが、捨てられた恋人はその後すぐに自らの命を絶っている。

 その女性は平民だったそうだ。
 弄ばれただけなのか、それとも身分の差で諦めなかったのか、それはわからない。
 だがそれ以降、その家で生まれる長女は病を抱えて生まれてくるようになった。

 病を発症した人物の母親は、家の長女だった。
 だから、恋人を奪ったその人物に対しての恨みが、呪いとして降りかかっているのではないか、と言われていたらしい。

 確かに、呪いかもしれないな。
 黒色は、そういうものに似ている。

 黒色は人の心に作用する。
 それも、心の闇を増幅するように。
 人の心に取り付いて、悪感情を肥大させるのだ。
 そして黒色は悪感情に形と力を与え、更なる増大を促す。
 増大した悪感情を黒色はさらに糧とし、さらに強くなる。
 そうして人の心に寄生し、大きくなった黒色は「黒色の魔物」という不可視の害悪となり、さらに多くの人へ被害をもたらすのだ。

 多分、この自殺した恋人は黒色に魅入られてしまったのだろう。
 愛した男性を奪われた恨みに黒色が入り込み、肥大化させられた。
 そして彼女が死んだ時、彼女の恨みは自分から恋人を奪った女性へ、そしてその血族となる者の長女を害するようになった。

 ゲームでも似たようなエピソードがあったから、多分間違いない。
 それに、百年近く長女ばかりが病にかかるなんて、偶然ではありえない。
 遺伝しているにしても不自然だ。

 なら、私の考える方法でアルエットちゃんを治す事は可能なはずだ。

 これで間違っていたらどうしよう?
 という不安も少しある。
 だが、今はこれしか取れる方法が思いつかない。

「総帥」
「何かな?」
「黒色の魔力って知ってますか?」
「それが何か?」

 特に気にした風もなく訊ね返される。
 だが、その目は私を探るようにじっとりと向けられている。

 ある理由から、アールネスには黒色が多く蔓延っている。
 そのせいで、一時期この国は著しく治安が悪くなった時期がある。

 そんな時期に国衛院が発足し、治安は回復した。
 その功があったから、アールネスは公爵家になったのだ。
 だが、本当は国衛院だけの手柄ではない。

 だから、その関係で彼を知っていてもおかしくないと思った。

「私は、彼に協力を仰ぐつもりです」
「誰の事かは知らぬがね。その彼は協力を受けてくれるかな?」
「交渉の材料は持っています。できるなら、そんな物は使わずに説得したいですが」
「無理強いでなければ、良いのではないかな」

 やっぱり、知ってそうだな。
 この人。

「無理強いはしませんよ。私も彼の悩みは知っていますから」

 私は答えて、総帥に背を向けた。

「君の監視は陛下に命じられての事だが、急に個人的にも君の動向が気になるようになったよ。これからも監視を続けていいかな?」

 そんな、コメディに見えない米国産コメディ映画の主人公みたいな生活はしたくない。

「嫌です」

 私は答えると、屋根から飛び立った。



 その翌日、私は学園である人物に会いに行った。
 その人物は授業を終えて、友人と二人で廊下を歩いていた。

「あれ、クロエ? どうしたの?」

 友人の方が私に声をかける。
 その友人はアルディリアだった。
 私を見て喜んでくれたのは嬉しいが、残念ながら私の目的はアルディリアじゃない。

 私はアルディリアの隣を歩く彼に声をかけた。

「実は、君に用があって来たんだよ。ヴォルフラムくん」
「僕に、ですか?」

 ヴォルフラムくんは、困惑したように訊ね返した。

「そうだよ。狼の騎士様。二人きりで話がしたい」

 私が言うと、彼はグッと唇をつぐんだ。
 前髪の間から覗く目は、私を鋭く睨みつけていた。

「わかりました。話を聞きましょう」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品