気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
七十八話 クロエ in 市場
ある日曜日の事。
私は暇を持て余していた。
普段ならアルディリアかアードラー、もしくは両方と遊ぶ所なのだが、今日に限って二人とも用事があるらしく、私は完全にフリーだった。
いつもはどちらかに用事があっても、どちらかが暇しているのでこんな事は始めてである。
タイミングが悪かったのだ。
普通の令嬢ならばここでお茶会としゃれ込む所だが、残念ながら私にそんな令嬢力はない。
あって腕力と脚力ぐらいだ。
オホホ、ウフフ、と華やかに笑う令嬢達の中に混じるなんてできやしない。
窮屈そうな集まりもあまり好きじゃないしね。
というわけで、私は思い切って町へ出る事にした。
最近でも母上の用事で町へ出る事はあるが、こうしてぶらつく目的で町へ出るのはいつ以来だろうか?
夜の町にはよく出かけるが、最後に昼間の町へ暇つぶし目的で出かけたのは学園へ入学する以前だった気がする。
とても久し振りだ。
町へ出た私は市へ向かった。
向かう途中、見上げた街路樹の葉の色が秋に染まっていて、肌を撫でる空気も心なしかひんやりとしていた。
もうすぐ秋である。
私のお腹がぐぅと鳴なるのも仕方がない。
お腹だって減るさ。
秋だもの。
私は、マッチョな親父さんが鶏肉の串焼きを焼いている屋台へ立ち寄った。
「姉ちゃん、いい体してるな。一本じゃ足りないだろう。もう一本おまけしてやるよ」
「え、本当? おっちゃん、ありがとう!」
父上、母上ありがとう。
おまけをもらえたのは、強い体に生んでもらったおかげです。
鶏肉の串焼きは、いわば焼き鳥である。
しかし、前世で食べていた一般的な焼き鳥と違って、味付けは塩オンリーだ。
醤油ベースの甘辛いものではない。
炭火の香ばしさと素材の味を強く堪能できるこの味付けも不満ではないのだが……。
久し振りに甘辛い醤油ベースの味も堪能したい所だ。
でも、実はその味を再現できなくはない。
何故なら、前にサハスラータの市場で買った異国の商品の中には、醤油らしき物があったからだ。
その名もショウユ。器の小瓶には丁寧に日本語で「せう油」と筆書きされている
店の人に聞いた所、海を渡った先、東方にある「倭の国」なる所で仕入れたと言う。
でました、倭の国。
和製の西洋風ファンタジーモノにおいて、だいたい似たような名前で存在する日本風の国。
他にも、ヤマト、ヒノモトなどの名称で出てきたりもする。
RPGでもアドベンチャーでも、ファンタジーモノではキャラクターの中に一人は日本人っぽい人物が紛れ込んでいたりするのだ。
やっぱりこの世界にもあったか、と私はちょっと嬉しくなってしまった。
しかしながら、念願の醤油を手に入れておきながら私が真っ先に作ったのは炒飯だった。
なんという非国民であろうか。
次は肉じゃがを作ります。
お許しください。
木串を一本綺麗な状態にし、二本目も綺麗にしてしまおうと手にした時だった。
「クーローエーおーねーちゃーんっ!」
元気な幼女の声が私を呼ぶ。
振り返ると、こちらへ駆けてくるアルエットちゃんの姿が見えた。
お腹に抱きついてきたアルエットちゃんを片手で抱き留める。
そのまま左手だけで抱き上げた。
「クロエお姉ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、アルエットちゃん。どうしてこんな所に? お父さんとお出かけ?」
私は言いながら、辺りを見た。
ティグリス先生の姿は見えない。
が、その代わりこちらへ走ってくるマリノーの姿を見つけた。
「ううん。マリノーお姉ちゃんとお買い物なの」
「そうなんだ」
で、途中で私を見つけて駆け寄ってきてくれたのか。
「はぁはぁ、こんにちは……クロエ、さん」
息を切らしたマリノーが私の前で立ち止まる。
アルエットちゃんは余程遠くから私を見つけて走って来たらしい。
私へと飛びついた勢いも強かったので、全速力で駆けてきたみたいだ。
アルエットちゃん、本当に心臓悪いの?
やっぱり、世紀末病人だろうか?
「今日は先生の家にお呼ばれしたのですけど、先生が急な用事で出て行ってしまいまして」
「だからね、一緒にお買い物してるの。夕食の材料買うんだよ」
先生がいないから、私と同じく暇つぶし兼先生の胃袋を掴むための武器を仕入れに来たわけだ。
「ねぇ、クロエお姉ちゃんも一緒に行こうよ」
えーと、いいのかな?
と私はマリノーを見る。
彼女はニコリと笑って頷いた。
「じゃあ、ご一緒しようかな」
「やったー!」
そうして、私達は女三人でかしましく市を回る事になった。
「夕食、何を作るの?」
「前は魚のムニエルを作って先生に褒めてもらいましたが……」
「私、お魚あんまり好きじゃない……」
アルエットちゃんがしょんぼりと答える。
「と、アルエットちゃんには不評でした。なので、今回はアルエットちゃんの好きなオムライスを作ります」
一転して、アルエットちゃんの表情がパッと輝く。
「本当? やったーっ!」
半端でない喜びっぷりだ。
体全体で喜びを表現している。
「オムレツでもいいのですが、先生は普段からお酒を控えているようなのでそれならお腹の張る物を出した方がいいと思ったのですけど、どう思います?」
なんという分析力。
そこまで考えているのか。
恋は戦争。
戦力の分析と対策、攻略法を模索するのは当然か。
恋する乙女のタクティクスだ。
「がっつりステーキでもいいかもしれないよ」
「顎が疲れるらしくて、アルエットちゃんには不評なのですよ。それだったら、ハンバーグの方がいいでしょうね」
「ハンバーグも好きっ!」
アルエットちゃんはどちらかというと肉食系なんだな。
「デザートに果物とかはどう?」
なんとなく思いついて提案してみる。
「名案ですね」
「リンゴがいい!」
と、そんな感じで私達は市場を散策した。
その最中に、私はリンゴの売り場を見つけた。
グラン家の食卓に並ぶデザートとして買う事にする。
色艶も良く、美味しそうだったので自分用も含めて多めにリンゴを買った。
そして、振り返った時だった。
さっきまで近くにいたはずの二人が姿を消していた。
はぐれちゃったかな?
そう思って、足の裏から魔力を放出して辺りを探る。
前にスラム街で使った、家屋の中を探る魔法の応用だ。
すると、すぐに市場から外れた路地で二人の姿を見つけた。
二人の状況を把握した私は、走り出した。
路地へ入ってそこへ行くと、二人の前には二人組みの男がいた。
男の一人がマリノーへ見せ付けるように、手の中のナイフをチラつかせていた。
マリノーはその刃から守るように、アルエットちゃんを強く抱き締めていた。
アルエットちゃんはキッと相手を睨みつけていたが、それでも怖いのか体がかすかに震えている。
「お嬢ちゃんだってもう大きいんだ。わかるだろ? 俺達が何を求めてるのか」
「な、何ですか? わかりません」
「じゃあ教えてやるよ。じっくり、その体にな。大人しくしてりゃあ、全部俺達がやってやる。終わった頃には、お嬢ちゃんも大人の仲間入りだ」
「お断りします!」
「じゃあ、そっちのガキでも差し出すか? それなら逃してやってもいいぜ」
ナイフを持っていない方の男が笑いながら提案する。
「正直俺はそっちの提案に興味は無いんだがな。最近ご無沙汰でたまらなくてなぁ。致し方ないとも思うんだよ。どう思う?」
「そんな……」
マリノーは俯く。
ぎゅっと、一度強くアルエットちゃんを抱いた。
「マリノーってさぁ、よく男の人に絡まれるよね。それだけ魅力的な女性って事なのかなぁ?」
マリノーが答えようとした時、私は声をかけた。
私に気付いたマリノーとアルエットちゃんが、安心したのか表情を和らげる。
突然現れた私に、男二人は驚いて顔を向けた。
しかし、相手が女だと気付いて二人とも笑みを作った。
「何だ? 仲間に入れて欲しいのか」
「いや、ちっともそんなつもりないけど。で、どうする?」
「何の話だよ?」
「このまま逃げるなら見逃すけど?」
「あぁ?」
男達が眉を顰める。
表情を険しくした。
「私としては穏便に済ませたい。あんたら、あんまり強く無さそうだし。やり合っても楽しく無さそうだ。だから、この場は見逃してあげるって言ってるの。わかった?」
小さな子供を諭すように、わかりやすく説明する。
「嘗《な》めた事を言ってくれるな? その言葉、もう取り消せねぇぞ。その生意気な口から喘ぎ声しか出せないようにしてやるよ」
男はナイフを私に向けようとした。
その途中、私は男の握るナイフの柄を蹴り上げた。
ナイフが男の手からすっぽ抜けて、上空へ飛んでいく。
男がナイフの刃先を私へ向けようとした時には、肝心のナイフがどこかへ飛んでいっていた。
男は呆気に取られた顔で、飛んでいったナイフを見送った。
「テメェ!」
もう一人の男が殴りこんでくる。
その手を左手で取って軽く極め、右手で後頭部を掴んで路地の壁へ顔面を叩きつけた。
そのままずるずると血の跡を壁に描きながら、その場へ倒れこんだ。
残された男が、若干の怖気を孕んだ表情で私を凝視した。
「見逃してあげる、っていうのはまだ遅くないけど?」
「……俺達はブランカ一家だ。堅気に嘗められるわけにはいかねぇ……!」
ヤクザ者なのか。
なんか、回転しながら突撃してきそうな一家だな。
殴りかかる男の手を取り、足を引っ掛けて倒す。
起き上がろうとする男の前に、さっき買ったリンゴを突きつける。
「手品を見せてあげよう」
不思議そうな顔をする男に告げる。
と同時に、パンッというがしてリンゴが消失した。
辺りにリンゴの甘い香りが充満する。
「ジャジャーン」
「な……!?」
私は手の平を広げて見せた。
そこには干物のようになったリンゴが乗っていた。
急激な力で握りつぶされ、果汁が一瞬で霧散した結果である。
「さぁて、どこをこんな状態にしてほしい?」
「や、やめろぉ、やめてくれぇ! 俺が悪かった!」
男は股間を手で庇い、倒れたまま身を捩って離れようとする。
なるほど。
そこが一番握られたくない場所か。
ワシかてそんな所、握りとうないわい。
私は男に近付き、顔のそばにしゃがみ込む。
「最初から見逃してあげるって言ってたでしょ? ほら、わかったらさっさと帰れ」
「は、はい、ごめんなさい!」
ばたばたと慌てて立ち上がり、男は走って逃げていった。
仲間も連れてってやれよ。
「クロエさん、助かりました」
ホッと息を吐き、マリノーが礼を言う。
「クロエお姉ちゃん、すっごくカッコイイね! お父さんみたいだった!」
アルエットちゃんが興奮した様子で私に言った。
両手を上げて、楽しげに跳ねる。
でも、それ二つとも女の子への褒め言葉にならないよ。
「もう、離れちゃダメだよ」
「はい」
「わかった」
そうして、私達は買い物を再開した。
私は暇を持て余していた。
普段ならアルディリアかアードラー、もしくは両方と遊ぶ所なのだが、今日に限って二人とも用事があるらしく、私は完全にフリーだった。
いつもはどちらかに用事があっても、どちらかが暇しているのでこんな事は始めてである。
タイミングが悪かったのだ。
普通の令嬢ならばここでお茶会としゃれ込む所だが、残念ながら私にそんな令嬢力はない。
あって腕力と脚力ぐらいだ。
オホホ、ウフフ、と華やかに笑う令嬢達の中に混じるなんてできやしない。
窮屈そうな集まりもあまり好きじゃないしね。
というわけで、私は思い切って町へ出る事にした。
最近でも母上の用事で町へ出る事はあるが、こうしてぶらつく目的で町へ出るのはいつ以来だろうか?
夜の町にはよく出かけるが、最後に昼間の町へ暇つぶし目的で出かけたのは学園へ入学する以前だった気がする。
とても久し振りだ。
町へ出た私は市へ向かった。
向かう途中、見上げた街路樹の葉の色が秋に染まっていて、肌を撫でる空気も心なしかひんやりとしていた。
もうすぐ秋である。
私のお腹がぐぅと鳴なるのも仕方がない。
お腹だって減るさ。
秋だもの。
私は、マッチョな親父さんが鶏肉の串焼きを焼いている屋台へ立ち寄った。
「姉ちゃん、いい体してるな。一本じゃ足りないだろう。もう一本おまけしてやるよ」
「え、本当? おっちゃん、ありがとう!」
父上、母上ありがとう。
おまけをもらえたのは、強い体に生んでもらったおかげです。
鶏肉の串焼きは、いわば焼き鳥である。
しかし、前世で食べていた一般的な焼き鳥と違って、味付けは塩オンリーだ。
醤油ベースの甘辛いものではない。
炭火の香ばしさと素材の味を強く堪能できるこの味付けも不満ではないのだが……。
久し振りに甘辛い醤油ベースの味も堪能したい所だ。
でも、実はその味を再現できなくはない。
何故なら、前にサハスラータの市場で買った異国の商品の中には、醤油らしき物があったからだ。
その名もショウユ。器の小瓶には丁寧に日本語で「せう油」と筆書きされている
店の人に聞いた所、海を渡った先、東方にある「倭の国」なる所で仕入れたと言う。
でました、倭の国。
和製の西洋風ファンタジーモノにおいて、だいたい似たような名前で存在する日本風の国。
他にも、ヤマト、ヒノモトなどの名称で出てきたりもする。
RPGでもアドベンチャーでも、ファンタジーモノではキャラクターの中に一人は日本人っぽい人物が紛れ込んでいたりするのだ。
やっぱりこの世界にもあったか、と私はちょっと嬉しくなってしまった。
しかしながら、念願の醤油を手に入れておきながら私が真っ先に作ったのは炒飯だった。
なんという非国民であろうか。
次は肉じゃがを作ります。
お許しください。
木串を一本綺麗な状態にし、二本目も綺麗にしてしまおうと手にした時だった。
「クーローエーおーねーちゃーんっ!」
元気な幼女の声が私を呼ぶ。
振り返ると、こちらへ駆けてくるアルエットちゃんの姿が見えた。
お腹に抱きついてきたアルエットちゃんを片手で抱き留める。
そのまま左手だけで抱き上げた。
「クロエお姉ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、アルエットちゃん。どうしてこんな所に? お父さんとお出かけ?」
私は言いながら、辺りを見た。
ティグリス先生の姿は見えない。
が、その代わりこちらへ走ってくるマリノーの姿を見つけた。
「ううん。マリノーお姉ちゃんとお買い物なの」
「そうなんだ」
で、途中で私を見つけて駆け寄ってきてくれたのか。
「はぁはぁ、こんにちは……クロエ、さん」
息を切らしたマリノーが私の前で立ち止まる。
アルエットちゃんは余程遠くから私を見つけて走って来たらしい。
私へと飛びついた勢いも強かったので、全速力で駆けてきたみたいだ。
アルエットちゃん、本当に心臓悪いの?
やっぱり、世紀末病人だろうか?
「今日は先生の家にお呼ばれしたのですけど、先生が急な用事で出て行ってしまいまして」
「だからね、一緒にお買い物してるの。夕食の材料買うんだよ」
先生がいないから、私と同じく暇つぶし兼先生の胃袋を掴むための武器を仕入れに来たわけだ。
「ねぇ、クロエお姉ちゃんも一緒に行こうよ」
えーと、いいのかな?
と私はマリノーを見る。
彼女はニコリと笑って頷いた。
「じゃあ、ご一緒しようかな」
「やったー!」
そうして、私達は女三人でかしましく市を回る事になった。
「夕食、何を作るの?」
「前は魚のムニエルを作って先生に褒めてもらいましたが……」
「私、お魚あんまり好きじゃない……」
アルエットちゃんがしょんぼりと答える。
「と、アルエットちゃんには不評でした。なので、今回はアルエットちゃんの好きなオムライスを作ります」
一転して、アルエットちゃんの表情がパッと輝く。
「本当? やったーっ!」
半端でない喜びっぷりだ。
体全体で喜びを表現している。
「オムレツでもいいのですが、先生は普段からお酒を控えているようなのでそれならお腹の張る物を出した方がいいと思ったのですけど、どう思います?」
なんという分析力。
そこまで考えているのか。
恋は戦争。
戦力の分析と対策、攻略法を模索するのは当然か。
恋する乙女のタクティクスだ。
「がっつりステーキでもいいかもしれないよ」
「顎が疲れるらしくて、アルエットちゃんには不評なのですよ。それだったら、ハンバーグの方がいいでしょうね」
「ハンバーグも好きっ!」
アルエットちゃんはどちらかというと肉食系なんだな。
「デザートに果物とかはどう?」
なんとなく思いついて提案してみる。
「名案ですね」
「リンゴがいい!」
と、そんな感じで私達は市場を散策した。
その最中に、私はリンゴの売り場を見つけた。
グラン家の食卓に並ぶデザートとして買う事にする。
色艶も良く、美味しそうだったので自分用も含めて多めにリンゴを買った。
そして、振り返った時だった。
さっきまで近くにいたはずの二人が姿を消していた。
はぐれちゃったかな?
そう思って、足の裏から魔力を放出して辺りを探る。
前にスラム街で使った、家屋の中を探る魔法の応用だ。
すると、すぐに市場から外れた路地で二人の姿を見つけた。
二人の状況を把握した私は、走り出した。
路地へ入ってそこへ行くと、二人の前には二人組みの男がいた。
男の一人がマリノーへ見せ付けるように、手の中のナイフをチラつかせていた。
マリノーはその刃から守るように、アルエットちゃんを強く抱き締めていた。
アルエットちゃんはキッと相手を睨みつけていたが、それでも怖いのか体がかすかに震えている。
「お嬢ちゃんだってもう大きいんだ。わかるだろ? 俺達が何を求めてるのか」
「な、何ですか? わかりません」
「じゃあ教えてやるよ。じっくり、その体にな。大人しくしてりゃあ、全部俺達がやってやる。終わった頃には、お嬢ちゃんも大人の仲間入りだ」
「お断りします!」
「じゃあ、そっちのガキでも差し出すか? それなら逃してやってもいいぜ」
ナイフを持っていない方の男が笑いながら提案する。
「正直俺はそっちの提案に興味は無いんだがな。最近ご無沙汰でたまらなくてなぁ。致し方ないとも思うんだよ。どう思う?」
「そんな……」
マリノーは俯く。
ぎゅっと、一度強くアルエットちゃんを抱いた。
「マリノーってさぁ、よく男の人に絡まれるよね。それだけ魅力的な女性って事なのかなぁ?」
マリノーが答えようとした時、私は声をかけた。
私に気付いたマリノーとアルエットちゃんが、安心したのか表情を和らげる。
突然現れた私に、男二人は驚いて顔を向けた。
しかし、相手が女だと気付いて二人とも笑みを作った。
「何だ? 仲間に入れて欲しいのか」
「いや、ちっともそんなつもりないけど。で、どうする?」
「何の話だよ?」
「このまま逃げるなら見逃すけど?」
「あぁ?」
男達が眉を顰める。
表情を険しくした。
「私としては穏便に済ませたい。あんたら、あんまり強く無さそうだし。やり合っても楽しく無さそうだ。だから、この場は見逃してあげるって言ってるの。わかった?」
小さな子供を諭すように、わかりやすく説明する。
「嘗《な》めた事を言ってくれるな? その言葉、もう取り消せねぇぞ。その生意気な口から喘ぎ声しか出せないようにしてやるよ」
男はナイフを私に向けようとした。
その途中、私は男の握るナイフの柄を蹴り上げた。
ナイフが男の手からすっぽ抜けて、上空へ飛んでいく。
男がナイフの刃先を私へ向けようとした時には、肝心のナイフがどこかへ飛んでいっていた。
男は呆気に取られた顔で、飛んでいったナイフを見送った。
「テメェ!」
もう一人の男が殴りこんでくる。
その手を左手で取って軽く極め、右手で後頭部を掴んで路地の壁へ顔面を叩きつけた。
そのままずるずると血の跡を壁に描きながら、その場へ倒れこんだ。
残された男が、若干の怖気を孕んだ表情で私を凝視した。
「見逃してあげる、っていうのはまだ遅くないけど?」
「……俺達はブランカ一家だ。堅気に嘗められるわけにはいかねぇ……!」
ヤクザ者なのか。
なんか、回転しながら突撃してきそうな一家だな。
殴りかかる男の手を取り、足を引っ掛けて倒す。
起き上がろうとする男の前に、さっき買ったリンゴを突きつける。
「手品を見せてあげよう」
不思議そうな顔をする男に告げる。
と同時に、パンッというがしてリンゴが消失した。
辺りにリンゴの甘い香りが充満する。
「ジャジャーン」
「な……!?」
私は手の平を広げて見せた。
そこには干物のようになったリンゴが乗っていた。
急激な力で握りつぶされ、果汁が一瞬で霧散した結果である。
「さぁて、どこをこんな状態にしてほしい?」
「や、やめろぉ、やめてくれぇ! 俺が悪かった!」
男は股間を手で庇い、倒れたまま身を捩って離れようとする。
なるほど。
そこが一番握られたくない場所か。
ワシかてそんな所、握りとうないわい。
私は男に近付き、顔のそばにしゃがみ込む。
「最初から見逃してあげるって言ってたでしょ? ほら、わかったらさっさと帰れ」
「は、はい、ごめんなさい!」
ばたばたと慌てて立ち上がり、男は走って逃げていった。
仲間も連れてってやれよ。
「クロエさん、助かりました」
ホッと息を吐き、マリノーが礼を言う。
「クロエお姉ちゃん、すっごくカッコイイね! お父さんみたいだった!」
アルエットちゃんが興奮した様子で私に言った。
両手を上げて、楽しげに跳ねる。
でも、それ二つとも女の子への褒め言葉にならないよ。
「もう、離れちゃダメだよ」
「はい」
「わかった」
そうして、私達は買い物を再開した。
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