気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

七十三話 王子の処分

 王様の来訪があったその翌日。
 私は普段通りに登校した。

 三人で登校した私達の姿を見て、学園の生徒達がみんな驚いていた。
 国外追放処分を受けたアードラーとあれだけの啖呵を切って出て行った私が、翌日にはそ知らぬ顔で登校したのだから当然と言えば当然だろうが。

 休み時間の廊下を歩いていた時。
 数人の令嬢グループが対面から歩いてくるのを見かけた。
 私はその連中に見覚えがあった。

 王子にある事無い事を吹き込んで保身に走った令嬢達。
 例の闘技未経験者《ノンケ》どもだ。

 令嬢グループも私に気付き、その歩みを止めた。
 その顔が恐怖に引き攣っている。
 全員が踵を返そうとする。

「ちょ待てよ!」
「ひぃっ!」
「食っちまうぞーっ!」
「きゃああああぁっ!」
「ハッハッハーッ!」

 わざと追いつかないようにしてへとへとになるまで追い掛け回し、ちょっと復讐しておいた。
 たまに見かけたら追い掛け回してやろうかな。

 昼休みには、久し振りにカナリオを含めたフルメンバーで昼食を取る事になった。
 というのも、今日は王子が登校していないからである。
 みんな、私とアードラーが学園に来ていた事に驚いていたので、事情を説明した。

「そうだったのですか。あの、お二方……。昨日は申し訳ありませんでした」

 カナリオは私とアードラーに謝った。

「あなたに謝ってもらう事でもないでしょう」

 アードラーが素っ気無く返す。

「でも、止める事はできたかもしれません……」
「自惚れない事ね。王子はあなたが思っている以上に、強情な人間よ。あなたがどれだけ言葉を尽くしても、一度決めてしまえば止まらなかったでしょうよ」
「そうかもしれませんけど……」

 否定はしないんだね。
 でも、昨日の件に関して、確かに彼女に謝ってもらう事はない。
 気にする事じゃないはずだ。

「ふん。他者の成した事を我が事のように語るとは、欲深い女だな」

 その事を伝えようとしたらクロエ補正がかかった。

「……すいません」

 カナリオがしょんぼりした。
 申し訳ない事をした。

「でも、それなら私も今日は呼ばれるのでしょうか?」
「そうね。それはあるかもしれないわね」

 呼ばれる、というのは今日行われる王城での集まりの事だ。
 今日、私とアードラーはそこで王子からの謝罪を受ける事になっていた。



 そうして普段通りの学園を過ごした私達は、放課後に王城へ向かう事になった。
 学園の門前には王家の馬車が停まっていて、私とアードラーは馬車に乗り込んだ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。また、明日ね」

 一人、残されたアルディリアに別れの挨拶をして私達は王城へ向かう。



 王城へ着いた私達が通されたのは、謁見の間である。
 デザインに少しの差異はあったが、概ねサハスラータの謁見の間と変わらない構造の部屋だった。

 玉座の後ろには天幕がかけられている。
 どうやら、その後ろには通路があるようだ。
 陛下はあそこから、出入りするんだろうか。

 謁見の間にはすでに先客がいた。
 一人は、玉座のそばに立つ文官風のおじさん。
 もう一人はカナリオである。

 不安そうにしていた彼女は、私達を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

「クロエ様、フェルディウス様」
「やはり呼ばれたか。早かったのだな」
「はい。授業が終わるとすぐに、使いの方が来てくださったので」

 あの闘技未経験者《ノンケ》連中も呼ばれるかと思ったけど、そんな事はなかったか。
 誰一人としていない。

「アールネス国王陛下、御出座である!」

 しばらくして、文官風のおじさんが声を張り上げた。

 私達は跪いて、陛下の登場を迎える。
 カナリオはこういう作法に疎いのではないかと思ったが、ちゃんと跪いていた。
 前、王城に来た時に勉強したのかもしれない。

 二人分の足音と衣擦れの音、椅子の軋む音がする。
 陛下が着席したのだろう。
 もう一つの足音が、こちらへと向かってくる。
 足音は、カナリオの隣で止まった。

 覗き見ると、私から見て一番奥に王子が跪いている姿が見えた。
 その表情はムッと顰められていた。
 どことなく、不貞腐れているようにも見える。

「面《おもて》を上げよ」

 陛下の声があり、私は顔を上げた。
 そこには、玉座に着く陛下の姿があった。

 陛下は昨日と同じ柔和な表情をしていた。

「確認のために訊ねておくが、皆、この場が何のために設けられたのか理解しているな? 返答せよ」

 陛下が口を開く。
 私は「はい」と答えた。
 他の面々の「はい」という返事が続く。

 陛下は一つ頷いた。

「では、この場で王子への処分を言い渡す。良いな」

 王子の表情が一際固くなった。

「リオン・アールネス。そなたの王位継承権をこの場にて剥奪する」

 驚いた。
 失態を演じたとはいえ、そこまで重い処分が下されるとは思わなかった。

「そして、此度迷惑をかけた令嬢二人へ速やかに謝罪をする事。以上だ」
「本気ですか、父上!」

 王子が声を上げる。

「無論だ。不服か?」
「納得いきません」
「私の子はお前しかいないが、それでも継承者が他にいないわけではない」
「違います。私が納得できないのは、彼女らへの謝罪です。私はただ、愛しい人を守るために行動しただけです。そして、その行動が間違いであったとは思えない」
「間違っていない、か……。どうしてそう思う?」
「アードラーは、間違いなくカナリオを害していました。確かな証言だってあります。なのに、父上は何故、そのような害悪を庇おうと言うのですか!?」

 陛下は溜息を一つ吐き、答える。

「確かな、証言、か……。私も、その事については確かな証言を得てはいる。だがそれは、お前の得た物とは内容が違う」
「どういう事です?」
「アードラー嬢は確かにカナリオ嬢への嫌がらせを行っていた。それは事実だ。だが、それも一ヶ月とかからずにすぐ止めている。それから先、一切嫌がらせ行為に関わっていない。例外があるとすれば、夏迎えの祝いの少し前に、カナリオ嬢を罵倒したぐらいだ。それ以降の嫌がらせは、他の人物が行ったものだ。そうであろう、カナリオ嬢?」

 陛下がカナリオへ言葉を向ける。
 陛下と王子、二人の視線がカナリオへ集中した。

「それは……間違いありません。王様が仰《おっしゃ》った通りです。私はあの日以来、アードラー様から酷い行いを受けた覚えはありません。私に嫌がらせをしていたのは、王子に証言をしたあの方達だけです」

 王子の言葉を否定する事が辛いのか、言い難そうにしながらもカナリオは答えた。

「それは、彼女達がアードラーに命令されて仕方なく従っていたからに過ぎない」
「いや、それこそが間違いだ。裏付けはしたからな」
「どうやって?」
「この情報を報告したのは、国衛院だ。わかっておると思うが、お前の交友関係は一切を国衛院が把握している。無論、お前のカナリオ嬢への気持ちも知っておった。だから、彼女自身やその周辺に関しても調べている。まぁ、巫女の血筋だという事まではわからなかったがな」

 陛下は苦笑する。

「そして、だからこそ知っている。お前に証言をした令嬢達。あれはアードラー嬢の名を騙っていたに過ぎない。そして、カナリオ嬢が巫女の血族だと知った途端に自らの保身のためアードラー嬢に全ての罪を被せたのだ」
「そんな馬鹿な……。でも、私は……」
「間違っていたのだよ。お前は……」

 王子は睨みつけるように、陛下を見た。
 そんな王子に陛下は告げる。

「確かな事だ。お前個人の意見と国衛院の意見ならば、私は国衛院の意見を信頼する。そうするだけの価値がある組織だ。彼らの報告は正しい。私に虚偽を申し立てる事も絶対にない」

 陛下が断固とした態度で告げると、王子は顔を歪めてうな垂れた。

「本来ならば、虚言を用いたその者達もまた罰を受けるべきなのだろうが……。
 此度は、その者らの罪もお前に被ってもらう。
 国とは清濁を併せ持つもの。善人も悪人もある。
 王はそれらを統べねばならない存在だ。
 お前も今までは王になるべき人間だった。だからこそ、それらを見極める目を備えなければならなかった。
 ゆえに此度の事は、全面的に見極められなかったお前の責とする」

 陛下は玉座から立ち上がり、王子のもとへ向かう。
 見下ろして、言葉をかける。

「何故、その者達の言葉を鵜呑みにした? 何故、国衛院に調べさせなかった? その権利はお前にも与えられていたはずだぞ? それでもそなたが厳密な調べを怠ったのは、その目が偏見に曇っていたからではないのか?」

 王子は答えない。

「私はこの事実をお前に、誰に言われるでもなく、自らの力で知りえて欲しかった。
 それはお前の力を信じていたからだ。
 しかしお前は、私の期待を裏切った。
 そればかりか、国の危機すら招いたのだ。
 私は親としても王としても、お前に罰を与えなければならない。だから、継承権を剥奪した。
 だが、二人への謝罪は罰ではない。ケジメのようなものだ。
 おまえ自身が、心から償うための行いだ」

 謝罪は強制ではない。
 自分の気持ちで心から謝れ、そういう事だ。

 なんだか、陛下の躾のダシにされた感じだな。

 しかし、王子は跪いたまま一向に動く気配が無かった。
 そんな様子を見て、陛下は溜息を吐く。
 私とアードラーへ向いた。

「約束を破るようで悪いが、リオンからの謝罪は延期してくれぬだろうか」

 厳しい沙汰を下しはしたが、やっぱり陛下としては息子が可愛いんだろうな。

「いえ、恐れ多い事です」

 どう答えていいのかわからないので、そう答えた。
 構いません、とか、十分です、なんて言葉はちょっと上から目線な気がして言えなかった。
 不敬と捉えられるのはよくない。
 そういう時、返答に困ったら「恐れ多い」「恐れ入ります」で誤魔化せ、というのは父上からの受け売りである。

「陛下、申し上げてもよろしいでしょうか?」

 すると、私の隣にいたアードラーが口を開いた。

「申してみよ」
「恐れながら、リオン様の処分を取り消していただけないでしょうか?」

 そして、陛下に促されてそんな事を言った。
 陛下が眉を寄せ、アードラーを見る。
 発言に驚いたのか、王子もアードラーに顔を向けていた。
 私も思わず、アードラーを見てしまった。

 いいのかそれで?
 あんな酷い仕打ちを受けて、それでも許すつもりなのか?
 当事者のアードラーが言うのなら構わないけど、ちょっと不満かな。

「何故、そのような事を?」
「今回の事は、私《わたくし》にも関わりある事。もし、それでリオン様が罰せられたとなれば、私《わたくし》はお父様に叱られてしまいます」

 え?
 話には聞いたけど、そんな事で叱られるの?
 どう考えてもアードラーは悪くないじゃないか。

「……かもしれん。あいつは滅私奉公が過ぎる。その上、公私を分けられぬからな。仕方ないとはいえ、王家の者を害したとなればそなたに怒りが湧くとしてもおかしくない」

 陛下も同じ認識らしい。
 なんて親父だ……。

「いいだろう。罰を取り消す事はしないが、一番の被害者であるそなたがそう言うのならば少しだけ罰を緩和するとしよう。その代わりと言っては何だが、詫びに何か一つ願いを叶えてやるとしようか」
「そんな、恐れ多い事です」
「構わぬさ。これだけは譲らぬつもりだからな。遠慮なく申せ」

 そう言われて、アードラーが息を呑むのがわかった。
 何かを決心したような顔をしている。

「……そう仰られるなら一つ願いが……しかし……」
「何か問題があるのか?」
「内密にしたい事なので、改めて書状にて申し上げます」
「手間であるな。では、耳打ちでも構わんぞ。近う寄れ」

 陛下の申し出に驚くアードラー。

「いけません、陛下。無闇に近寄られますと……」

 文官風のおじさんが忠告する。

「構わぬ。若い娘に近く寄られる事など、滅多にないからな」

 なんて王だ……。

「さぁ、近くで囁くがいい」
「……お言葉に甘えさせていただきます」

 アードラーは陛下の下まで行き、その耳に何事かを囁いた。

「ふむふむ、……なんと。まことにそのような事を……」
「はい。できますでしょうか?」
「何でも、とは申したが……それは少し難しいなぁ」
「そうですか……では…………というのは?」
「アードラー嬢、そこまで……。うむ、良いだろう。そなたの望む通りになるかはわからぬが、宮廷魔術師に相談してみよう」
「ありがたき幸せです」

 何を話していたのかは解からないが、どうやらアードラーの願いは聞き入れられたらしい。
 戻ってくる時の表情が少し嬉しそうだ。

「さて、では改めて処分を下すとしようか。リオン」

 王子は相変わらず答えない。

「王位継承権の剥奪に条件をつける。カナリオ嬢との婚姻を結ぶ場合のみ、王位を剥奪する」

 王子は顔を上げ、陛下を見た。
 その表情は驚愕に満ちている。
 カナリオもまた、口に手を当てて驚きの表情を作っていた。

 王の出した条件。
 それはつまり、王位か恋、どちらを取るか選べという事だ。
 どちらか一方しか、得る事を許さない。
 そういう処分だった。

 それって、ある意味さっきよりも残酷な処分なのではないか?
 何せ、自分の意思でどちらかを切って捨てるという事でもあるのだから。

「そなたがどのような選択をするか、それは自由だ。どちらも得るという事は許さぬ。どうやらお前は、恋と国政を同時に行う事のできぬ人間のようだからな。丁度良いだろう」
「……わかり、ました……」

 搾り出すように、王子は返事をした。

「……それからもう二つほど。ついでに申し渡しておこうか。一つは、クロエ嬢とアードラー嬢、二人にはこれから先王子に対しての無礼の一切を不問とする」

 えーと、それってつまり……。
 対等の関係で扱っても構わないって事ですか?
 いや、無礼を許すって事はそれ以下の扱いでも構わないって事なのかな。

 おい、お前、アンパン買って来い。一分以内にな。
 みたいな扱いも許されるって事か。

 好きに憂さを晴らしてもいいって事なのかもしれないね。

「もう一つは、リオン。お前は極力、クロエ嬢のそばにいる事。良いな?」

 何で?

 その疑問をぶつけるように私は陛下を見た。
 すると、陛下の口が「たのむ」という言葉の形に動いた。

 いや、だから何でですか?
 説明はないんですか?

「以上だ。これにてリオンに対する処分は終わりとする。……リオン、お前がどうしようともお前が王族である事には変わりない。それだけは肝に銘じておく事だ」

 それだけ言い残すと、陛下は玉座の裏、天幕に隠された奥へ姿を消した。

 こうして、今回の事件は一応の決着を見せた。 

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