気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

六十六話 国へ帰るんだな お前にも家族がいるだろう……

「お前に用があって来た」

 ヴァール王子は私へと笑みを向け、そう言った。
 己の力を信じて疑わない者特有の自信に満ちた不敵な笑みだ。

 アードラーが前に出ようとするが、私はそれを制した。
 王族への対応は公爵令嬢のアードラーの方が慣れているのだろうが。
 私に用があるというのなら、私が話すべきなんだろう。

「何でしょうか? ヴァール殿下」

 私が訊ねると、王子は座っていた塀の上から飛び下りた。
 着地すると、私の目の前まで歩み寄る。
 私の顔を見上げた。

「簡単な話だ。少しばかり、好奇心を満たしに来た」
「好奇心、ですか?」
「俺はなぁ、父上からビッテンフェルトを怒らせるな、と言われて育ってきた。俺だけじゃない。兄上達も、他の兄弟達も同じだ。ビッテンフェルトを恐れるように、教育されてきたわけだ」
「はぁ、そうですか」
「子供の頃、父上から聞かされたビッテンフェルトの話が恐ろしくてなぁ。夜も眠れないほどだった。けれど、今は違う。恐ろしさに怯えるよりも、その恐ろしさに魅力すら感じている」
「どういう意味ですか?」
「俺は、ビッテンフェルトがどれほどの物か知りたいのだよ。父上の言う恐ろしさが本当なのか、またはただの誇張であるのか、それを確かめたい。そういうわけだ」

 んー、それはつまり手合わせしたいという事だろうか?
 なるほど。
 彼にとっては、ビッテンフェルトの恐ろしさすら人生を楽しむ刺激というわけだ。
 彼らしい話かもしれない。

 でも、正直に言えば勘弁して欲しい。
 手合わせそのものは嫌いじゃないが、王族相手というのはちょっと怖い。
 それも隣国の王子だ。
 下手に怪我をさせたら、と思うと恐ろしくてならない。

 父上には喧嘩しても良いと言われたが、そんな事態は極力避けたかった。

「殿下。サハスラータ王の仰っているビッテンフェルトは、私ではありません。私の父上の事です」

 私が言うと、王子は楽しげに笑う。

「存じているとも。お前が、その父親を打ち負かした事があるという事もな」

 私は顔を顰めた。

 細作《スパイ》に監視させていただけあって、よく知っている。
 でも、その話はアールネスでも有名な話だ。
 知っていてもおかしくないのか。

「一手、願えるか?」
「お断りしたいのですが……」
「何だ? ビッテンフェルトともあろう物が、怖気づいたか?」
「はい。王子に何かあっては一大事ですので」

 ほう、と王子は目を細める。口元は笑みを作った。

「言うではないか。相手の闘争心を掻き立てる方法も心得ているらしい」

 いえ、挑発とかそういうのじゃなくて、本当に怪我させたくないだけなんですけど。

「安心しろ。もしここで私に何かあろうと、責任は追及せぬ。何より、俺は強いぞ?」
「そうですか……」

 全然ありがたくないのだけど。

「しかし、このような日和見の小娘一人を恐れるとは、父上も存外に臆病者だ。強いと言っても、所詮は小娘であろうに」

 挑発返し?
 確かにムッとしたけれど、別にそんな物には乗らないよ。

「聞いた話では、父親離れのできない甘えた娘らしではないか。家では「パパ、だーい好き」と父親にべったりなのだろ?」

 べったりじゃねーやい!
 捏造すんな!

「つかぬ事をお聞きしますが、その話はどこで?」

 私が訊ねると、王子は瞳に嗜虐的な色を宿した。

「さぁ、どこであろうな? だが、ビッテンフェルトの情報というものは、この国でも極秘でな。知っている者は限られている。ただ、俺としてはこの程度の情報なら、流出させても構わんと思うのだが……。どう思う?」

 私の表情で、その話をされたくない事を悟ったな!?
 しかもそれをダシにしやがって!
 この、いじめっ子めっ!

 わかった。そこまで言うのなら相手をするよ。
 親子二代に渡って、ビッテンフェルトの恐怖を植えつけてやる!

「わかりました。相手をさせていただきます。けれど、責任追及をしない以外にも、もう一つ約束してください。私が勝ったら、その話を誰にも話さない、と」
「いいだろう。約束してやる。だが、負ければこの国はもちろん、他国でも言いふらすがいいか?」

 ぐぬぬ、負けられなくなった。
 でも、やらざるを得ない。

「わかりました。ではそういう事で」

 そうして、私は王子と道の真ん中で野試合する事になった。



 ヴァール王子は、SEで追加された攻略対象である。
 それと同時に、格闘ゲームに追加されたプレイアブルキャラクターでもあった。

 性能は対空に特化しており、リオン王子との対比からか戦い方は蹴りを主体とした物になっている。
 モーションモデルは恐らくサバットだろう。ちょっとジークンドーっぽい動きも入ってるかな?

 コマンドが簡単な事も特徴的である。
 ←タメ→などのタメ系コマンドで、飛び道具、対空技、突進技を出す事ができる。
 ある有名な格闘ゲームキャラクターと技構成が似ており、そのため待ち戦法を使うプレイヤーも少なくない。

 ファネッフー!

 しかし、あの有名キャラクターは投げキャラキラーであるのに対し、このゲームにおける投げキャラ二人は待ち戦法を物ともしないのでヴァール王子はその特徴を持っていない。

 イノス先輩は匍匐前進で飛び道具を無視して近付き、下段攻撃で迎撃しようにもそれ以上に長い杖の下段攻撃で返り討ちにしてくる。
 そうしてまんまと近付かれ、投げに持ち込まれてしまうわけだ。
 キラーどころか、むしろ苦手としている。

 超必殺技は上空へ蹴りを放ち、当たった相手をロックして連続技を叩き込む技と飛び道具の強化版である。
 固有フィールドは必殺技のタメ時間が消えるというもの。だから、タメずに←→で技が出るようになる。必殺技を連射できるようになるのだ。



 そして、私の前では格闘ゲームとまったく同じ構えを取る王子の姿があった。
 使い慣れた構えなのだろう。
 その構えには一分の隙もない。
 そこから移る動作は、きっと洗練された物だろう。

 自負するだけはある。
 確かに彼は、強い。
 私は直感的に悟った。

「こうしてわざわざ出向いたんだ。少しは楽しませてくれよ?」

 王子は不敵に笑って言った。

 久し振りに、楽しい戦いができるかな……。
 私の顔も、自然と笑みを作った。



 数分後、クレーターの出来た壁にめり込んで倒れるヴァール王子の姿があった。

「ク、クロエ、なんて事を……っ!」

 アルディリアが震えた声を出す。

「い、いや、大丈夫だよ。手加減したもん」

 そういう私自身の声も震えていたけど。
 大丈夫だよね?

「いえ、これはチャンスよ」

 黙って考え込んでいたアードラーが不意に声を上げる。
 おお、なんて頼もしい表情だ。
 私にいい考えがある、といわんばかりじゃないか。

「何か言い考えがあるの?」
「クロエ、このまま逃げましょう。アールネスもサハスラータも関係ない国へ、二人で!」
「え?」
「港から船に乗って、大陸の外へ行けば私達を受け入れてくれる楽園があるはずよ!」

 アードラーもあまりの事に気が動転しているのかもしれない。
 何を言っているのかよくわからない。

「そんな冗談を言ってる場合じゃないでしょ! 王子は生きてるよ」

 いつの間にか、王子の脈を確認していたアルディリアが言った。

「本当?」

 私も近寄って、王子の脈を取る。
 確かにちゃんと拍動がある。

 よかった。
 気を失っているけどちゃんと生きてる。

 だから大丈夫、だよね?
 責任は追及しないって言ってたもんね?
 信じていいんだよね?

 王子の顔を見る。
 しこたま殴られたせいで腫れ上がり、原型を保っていない。

 服装は同じなので王子だとわかるが、顔では判別できなかった。
 もはや、ヴァールのようなものと形容するべき物体だ。

 それなりに王子が強くて、本気を出してしまったのだ。
 殴っても打点をずらしてきたので、なかなかダメージが通らず、結果何発も殴るハメになってしまった。
 なので、こんなに顔が腫れてしまったのである

 このまま連れ帰っても、この状態では何かしらの処罰を受けてしまいそうだ。
 とはいえ、連れ帰らないわけにもいかないし……。
 どうしよう、このヴァールのようなもの……。

 一応、白色をかけておこう。
 ここまで酷いと完全に治るか不安だが、やらないよりマシだ。

「クロエフラッシュ!」

 私は自分の顔から白色の魔力を発し、王子に浴びせた。

 腫れ上がってみる影もなかった王子の顔が、ちゃんと元に戻った。
 切り傷とかの怪我じゃなければ、案外治るものらしい。

「何で顔から出したの?」

 アードラーが不思議そうに訊ねてくる。

「へのつっぱりはいらんですよ」
「言葉の意味はわからないけど、何だか下品な言葉ね」

 でも一応、これならまだ連れ帰っても大丈夫かな。

 ボコボコにした事実は変わらないけど。

 ちゃんと約束守ってよね、王子様!



 私達は気を失った王子をそのまま連れ帰る事にした。
 城の前に行くと、王子を見つけた兵達に囲まれてしまったが、騒ぎを聞きつけたムルシエラ先輩が来て助けてくれた。
 何とか誤解を解いてくれ、なんとかその場を切り抜ける事ができた。

 ありがとう、ムルシエラ先輩!

 その後、処罰等も特になかった。
 王子は約束を守ってくれたらしい。

 ありがとう、ヴァール王子!



 翌日、早朝。
 サハスラータの王城、入り口前にて。
 私達は、アールネスへ帰る為の馬車に集まっていた。

「なかなかに面白かったぞ」

 見送りにヴァール王子が会いに来た。
 彼はその時に、笑みさえ浮かべて私にそう言ったのである。

 あそこまで痛めつけられて起きながら、笑みまで浮かべて見送ってくれるとは……。
 器の大きい王子である。

「それはよかったです。……約束、守ってくれてありがとうございます」
「約束? お前が俺に加えた暴力行為の数々を黙っていた事か? それとも、お前の面白おかしい家族交流を黙っていた事か?」

 意地悪な笑みを浮かべて王子は訊ね返してくる。
 ヤメロォ! このいじめっ子めっ!

「おっと、そう睨むな」

 もぉー……。

「また会う時を楽しみにしているぞ。ふふふ」

 また遊びに来いという事かな?

「また、機会があれば」

 私達は笑みを交し合った。

 そうしてヴァール王子は踵を返すと、リオン王子への挨拶に向かった。



 帰りの馬車の中。
 遠ざかるサハスラータ王都を私は見つめていた。

「楽しかった?」

 アルディリアに問われる。

「楽しかったよ。まぁ、怖がられるのは嫌だけど」
「あはは、クロエはずっと怖がられてたからね」

 私は他の二人に声をかける。

「二人はどうだった?」
「私は……そうですね、よかったですね」

 カナリオが頬を染めてぼんやりとした表情で答えた。
 王子とのデートを思い返しているんだろうか?
 おお、乙女乙女。

「先輩は?」

 カナリオとは別の意味でぼんやりとした先輩へ声をかける。

「私ですか? ……そうですねぇ……そろそろ、眠ってもいいでしょうかねぇ?」

 先輩は、一昨日からろくに眠らず、外交交渉について使節団の人と会議をしていたらしい。
 先輩の垂れ目がいつにも増してトロンとして見える。
 そのまま目を閉じてしまいそうだった。

「お疲れ様です。どうぞ、休んでください」
「おやすみなさい」

 先輩はそう言い残すと、目を閉じた。
 すぐに、寝息が聞こえてくる。


 まぁ、いろいろあったけど……。
 というより、いろいろあったからかな?
 今回は楽しかった。

 目的はアードラーの付き添いと相手への威圧が目的だったけれど、これは旅行と言って差し支えない物だろう。
 そう思えば、また遊びに来るのも悪くないね。

 またいつか、みんなで来られるといいな。

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