気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

六十四話 踊れない舞踏会

 舞踏会の始まる時間。
 私達は来賓用の部屋で、衣装を整えていた。

 私の服装は、母上が新調してくれた黒いドレスだ。

「あの軍服じゃないのね」

 残念そうに言ったのはアードラーである。

 彼女の衣装は、赤いドレス。
 前の舞踏会よりも装飾は控えめだが、それでもゴージャスである事には変わらない。

「一応親善大使だからね。あまりおかしな事はできないよ。アードラーだって、今回は王子と踊るんでしょ?」

 謎の貴公子と踊るというわけにはいかないはずだ。

「……まぁ、そうね。王子もメイドと踊るわけにはいかないでしょうし」

 アードラーは同じく部屋で着替えていたカナリオへ目を向けた。
 白いドレスに身を包んだカナリオが苦笑していた。

 まぁ、メイドという建前の者を舞踏会に連れて行くのもおかしな話だけどね。

「あの、おかしくないでしょうか? 私」
「メイドが舞踏会に参加するのはおかしい」
「いえ、そういう事じゃなくて……。私の格好、おかしくありませんか?」

 カナリオの着ているドレスは、前の舞踏会の時に王子がプレゼントした物らしい。
 あまりにも高価な品だったらしく、着る時も恐々と慎重に袖を通していた。
 これで着るのは二度目だというのに、ドレスの高価さから自分に合わないと考えているのだろう。

「心配なかろう。貴様以外に、そのドレスが似合う者などおらぬだろうよ」

 実際、ゲームで彼女が着ていたドレスだし、彼女のためだけに描き起こされたデザインだからね。
 似合わない方がおかしい。

「私は?」

 アードラーがおずおずと訊ねる。
 その表情には、期待と不安が入り混じっている。
 褒めて欲しいと思いつつ、似合わないと言われるんじゃないか、という不安を懐いているという所だろうか。

「似合ってる。すごく可愛い」

 私が答えると、アードラーは不安な表情から一転してとても嬉しそうに笑った。

「本当?」
「本当」
「ありがとう。ふふ、クロエもカッコイイわよ」

 それは乙女に対する褒め言葉ではない。

 しかし……。
 私は並んで立ったアードラーとカナリオを見た。

「どうしたの? クロエ」
「何か、めでたいなぁ、と思って」
「?」

 紅と白。
 お饅頭が食べたくなるよ。

 お腹空いてきた。
 会場に着いたら、まずは腹ごしらえしよう。



 私達が兵士に囲まれながらメイドに会場へ案内される。
 どうやら、アルディリアと王子はすでに会場入りしているらしい。
 舞踏会の参加は、それで全員だ。

 ムルシエラ先輩は、外交の使節団と共に今後の対策を練るために不参加である。
 元々、先輩の目的はそっちなので仕方がない。

 会場の入り口。
 私だけ戦々恐々とした様子の衛兵から身体検査を受けると、私達は会場内へ通された。

 アールネスの王城にあるフロアと比べれば少し小さいが、それでも十分に広大な空間が広がっていた。
 その分、各所に置かれた調度品の多彩さはアールネスとは比べ物にならないだろう。

 柱の彫刻にもかなり力を入れているようだ。
 上を見上げれば、遥か上に天井がある。
 このまま天井に落ちてしまうんじゃないか、という錯覚に陥った。
 私が上に落ちる変態に生まれなくてよかった。

「クロエ」

 中に足を踏み入れてすぐ、私達を見つけた男性二人がこちらへ歩いてきた。
 声をかけたのは、アルディリアである。

「お待たせ、アルディリア」
「ううん。僕も今来たところだから」

 付き合いたてのカップルか。

「カナリオ、そなたは美しいな……」
「あ、ありがとうございます、王子」

 王子がカナリオを褒め、カナリオは頬を染めて俯いた。
 それはいいけど、今回のカナリオはメイドですよ?
 婚約者そっちのけでメイドを口説いてていいの?
 体裁を守らなきゃならんのですよね?

 私がそう思って王子を見ていると、王子がそれに気づいて一つ咳払いした。

「そのドレス。よく似合っているな、アードラー」
「ありがとうございます、リオン様」

 事務的な口調で二人は言葉を交わす。
 いかにも、社交辞令ですという感じのやり取りだった。
 実に貴族らしいやり取りである。

 次に王子は私へと向き直る。

「こちらは構わずとも良い。ビッテンフェルト嬢は婚約者と過ごすがいい」
「はい。心遣い、ありが――」

 礼を返そうとした時、パリンとガラスの割れる音がした。
 そちらへ目を向けると、恐怖を孕んだ眼差しと視線が合った。
 舞踏会に参加していた、一人の夫人が口元を押さえて私を見ていた。
 その表情は、硬く強張っている。

 足元にガラスの破片が散っている所を見ると、グラスでも取り落としたのだろう。
 夫人は私と目が合うと、そのままフラリと倒れた。
 近くにいた男性が助け起こす。

 ビッテンフェルト、という言葉が耳に入った。
 それは周囲の人々から囁かれた言葉だ。
 見れば、囁く貴族達は私を見ながら、表情を恐怖に引き攣らせていた。

 うーむ、どうやら貴族からもビッテンフェルトは恐れられているようだ。
 むしろ、道中の国民達よりもここにいる貴族達の方が私を強く恐れている気がする。

 上の立場の人間の方が、王様には近い。
 そっちの方が、王様の恐れる様子は伝わりやすいという事なのかもしれないね。

「ありがとうございます、王子。お言葉に甘えて、私は婚約者と過ごさせていただきます」
「うむ、わかった」

 私は丁寧に礼をして、アルディリアの手を握った。

「行こうか」
「うん。踊ろうか」
「ううん、まずは何か食べよう」
「え……うん。わかった」

 アルディリアがしょんぼりしてしまう。

 ごめんよ、アルディリア。
 今の私はお腹がペコちゃんなんだ。
 紅白のせいで。



 まず料理を楽しんだ私達は、次に踊ろうと思った。
 一緒にダンスフロアの中央へ進み出る。
 が、それと同時に先ほどまで踊っていた人の群れが、さーっと引き潮のようにいなくなってしまった。

 結果、私達だけがダンスフロアに取り残された。
 恐らく、私のせいだと思われる。

 やったね。
 ダンスフロアを独り占めだ!

 とはいえ、私とアルディリアが華麗な舞踏を見せようと、私が一人でスタイリッシュな月面歩法を披露しようとも、会場は沸くどころか冷めてしまうだろう。
 なので、私達は舞踏を諦める事にした。

 こんなに注目されているなら、別に王子とカナリオが踊っても誰も気にしなかったかもしれないな。

 私達は周囲の目を避けるように、ホールから出た。
 月明かりの照らすバルコニーで休憩する事にした。
 そこからは城の庭を眺める事ができた。

 いろいろな形に植木がカットされていて、見ていると面白い。
 動物の形が多い。

「残念だね」

 アルディリアがしょんぼりと呟く。
 踊れなかった事だろう。

「本当にね。私が怖がられちゃっているからね」
「クロエを怖がるなんてどうかしてるよ」

 アルディリアも昔は怖がっていたけどね。

「あ、ちょっと用事。待っててくれる?」
「僕も一緒に行くけど?」
「如何にアルディリアが可愛くても、一緒に行けない場所なんだ」
「あっ……」

 察してくれたか。
 どうしても入りたければ、いろいろな物を失ってもらわなければならない。
 精神的にも肉体的にも……。

「……待ってるよ」
「うん。それじゃあ」

 そうして私は用を済まし、ホールへ戻る。
 その間も、私は城の兵士からずっと警戒されたままだった。
 なんと、中まで女性の騎士が入ってくる始末だ。

 個室の中まで入ってきたら、絞め落とそうかとも本気で迷ったが、幸いそこまではしなかった。

 ホールへ戻った私は、どこだったかな? とアルディリアを探した。
 その時である。

 私は、カナリオと一緒にいる王子を見つけた。
 二人は楽しそうに何やら話をしている最中だった。
 そんな時、二人の前に一人の人物が現れる。

「こんばんは、リオン王子。メイドを口説くとは、なんとも赴き深い事をしているではないか。あなたはもっと、堅い人間だと思っていたぞ」
「ヴァール王子」

 リオン王子は表情を険しくし、声をかけたヴァール王子を見やる。

「そのようなものではない」

 リオン王子は答えるが、それ以上言葉を続けなかった。
 嘘を吐く事に抵抗があるからだろう。
 王子はそういう人間だ。
 ただ、苦々しい顔をする。

 そんな王子の様子を見て、ヴァール王子は目を細めて笑う。
 甚振《いたぶ》る対象を見つけたといわんばかりの嗜虐的な笑みだ。

「ほう、違うと。ならばこの娘、俺がいただいてもよろしいな?」
「何?」

 ヴァール王子はリオン王子に答えず、カナリオへ向く。
 カナリオは一つ息を呑み、不安そうな表情を作る。
 顔を俯けた。
 そんな彼女の顎をヴァール王子は掴んだ。
 強引に上げさせ、顔を向けさせる。

「なかなかどうして、いい女ではないか。王子が気にかけるのもよくわかる」
「乱暴は止せ」

 ヴァール王子の手をリオン王子が掴み、カナリオの顎から手を放させる。

「王子の物ではないのだろう?」
「女人への狼藉を見過ごせぬだけだ」
「ふぅん。そうか。なら、今度はもう少し優しく接してやろう。それなら、文句は無いだろう?」
「…………」

 リオン王子は無言でヴァール王子を睨みつける。
 そんな王子に、ヴァール王子は不敵な笑みを向けた。

「いい女だ。王子に口説く気がないのなら、俺が貰ってもなんら問題はあるまい」
「それは……」
「ふふふ、まぁ今回は諦めよう。王子は殊の外、独占欲が強いようだ。何せ、一介のメイドであろうとも自分の物に触れられるのは許せぬらしいからな。ではな」

 そう言って、ヴァール王子は去って行った。

 その一連のやり取りに、私は見覚えがあった。
 これはゲームでのイベントの一つである。

 ヴァール王子は、リオン王子のシナリオにおいてリオン王子のライバルとして登場するキャラクターである。
 この舞踏会で出会い、カナリオに目をつけた彼は、カナリオを口説き落とそうとするのだ。

 つまり、カナリオにとってのアードラーみたいな役柄のキャラクターである。
 実も蓋もない言い方をすれば、彼もまた二人の仲を進展させる障害の一つなのだ。
 何かしらの妨害がなければ仲を進展できないなんて、カナリオと王子は不便なカップルである。

 ちなみに、カナリオの心を射止めるためにちょくちょくアールネスにまで足を運ぶ彼であるが、実の所それが成就する事は決してない。
 何故なら、彼は一本道のシナリオの中にいる存在だからだ。

 話の中で彼は何度もカナリオを口説こうとし、その方法が何とも強引かつ誘惑的で、読んでいるとなんともドキドキする展開を見せてくれる。
 しかし、シナリオの中にある以上、話は決まった筋道にしか到達しない。
 彼に関する選択肢は一切なく、アードラーのようにミニゲームがあるわけでもない。

 シナリオの中で、カナリオの心がどれだけ揺れ動いても、システム上でカナリオが彼に傾く要素は一切ないのだ。
 本当にただ、二人の仲を進展させるためだけの存在なのだ。

 所謂《いわゆる》、当て馬である。

 ただ、王子シナリオ内であまりにもカナリオをドキドキさせすぎたせいか、彼女の目を通して口説かれていたプレイヤーの中でリオン王子よりもヴァールの方がカッコイイと思った者が現れ始めた。
 その声があって、ヴァールは追加攻略対象としてSEに登場したのである。

 好感度などは一切なく、入学前の選択肢で彼と偶然出会う展開に発展する。
 何故、アールネスにいるかといえば、旅行で来ていたらしい。
 追加で無理やり入れた展開なので仕方がないが、すさまじいご都合主義である。

 そして出会ってしまうと、自然とルートが固定される。
 何とその後、ヴァール王子はシュエット魔法学園に入学してくるのだ。
 普段はクレバーな態度をとる彼だが。

 私は本気なんだ! といつもの余裕を崩して、恋愛に対して熱い一面を見せるなどの展開があって、私は意外と彼のシナリオが好きである。

 で、さっきのやり取りはリオン王子のシナリオで、カナリオとヴァール王子が出会う初めてのイベントなのだ。
 ここから先、カナリオは猛アタックを受ける事になり、リオン王子はそんな彼からカナリオを守るために頑張るわけである。

 正直に言うと、私は少し安心した。
 ヴァール王子がカナリオにちょっかいを出してくれれば、あとは何もしなくても王子とカナリオの仲は進展していくだろう。
 もう、アードラーが悪者にされる事はない。

 ただ……アードラーの気持ちは、無視してしまう事になるんだろうけど……。

 私は一つ溜息を吐いた。

 ……そういえば、アードラーはどこにいるんだろうか?
 王子のそばにはいない。

 もしかして、アルディリアと一緒なのかな?
 私はなんとなくそう思って、アルディリアを待たせているバルコニーへ向かう。

 アードラーは、王子と一緒にいるのが居たたまれなくなって、友達の私とアルディリアに合流しようとしたんじゃないか、と私には思えたのだ。

 そして、私の思った通り、バルコニーにはアードラーとアルディリアの姿があった。
 私は二人に近づいていく。

「――は私のものよ。誰にも触れさせないわ。たとえ相手が、あなただったとしてもね」

 そうして耳に入ったのは、そんな挑戦的な言葉だった。

 あれ? この台詞ってゲームの台詞じゃあ……。
 でも、肝心の相手が誰だったのか聞き逃した。

「だから、あなたのその話は受けられない」
「そう……悪い話じゃないと思うんだけどね。でも、これだけは知っておいてほしい。僕だって、君と同じ気持ちだ。僕も、譲れない。それでも君に話を持ちかけたのは、少なからず君に友情を感じているからだよ」
「……大きなお世話よ。得られるのは一人だけ。その一人になる以外の結末を私は認めないわ」

 聞いている限り、二人はその誰かを巡って争っているようだ。
 いや、人とは限らない。

 人じゃなくて、何か物品を賭けての事かもしれない。
 もしかしたら今回の台詞だって、アードラーがあの言い回しを普段からよく使うだけの事なのかもしれないし。
 今まで聞いた事ないけど。

「それなら、僕の方が有利だけどね」

 アルディリアは不敵な笑みを浮かべる。
 彼のこんな表情を私は初めて見た。

「有利というだけよ。本当に小生意気な男ね。……今から少し、付き合いなさい。その無駄に可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしてやりたくなったわ。ついでに、足の骨もぶち折ってあげる」

 アードラーはそんな物騒な事を言って構えを取った。

「できるかな? 数分後にそうなっているのは、君の方かもしれないよ?」

 アルディリアも応じ、構えを取った。

 なんじゃこれ?
 今にも、ロック調のBGMが流れてバトルが始まりそうなやり取りだ。

 私の知っている二人は、こんなゴツい事言わん。
 似ているだけの別人じゃなかろうな?
 でも、そう何人も顔も声も同じ人間がいるはずはない。

 あんな人間と竜のハーフみたいだったり、イカみたいだったりする声の人間はそうそういない。
 ダメ絶対音感を持つ私が言うのだから間違いない。

 少し割り込み難いが、私は覚悟を決めて二人に声をかけた。

「二人とも何してるの?」
「「クロエ!!」」

 二人が驚いて私の方を一斉に見る。

「い、いつからそこに?」

 アルディリアが焦った様子で訊ねてくる。

「誰にも触れさせないわ。たとえ相手が、あなただったとしてもね。って所から」
「そんな所からっ!?」

 声を上げたのはアードラーだった。

「じゃ、じゃあ、聞いちゃったの?」
「何を?」
「わ、私が、あ、あな……」

 アードラーはそれだけ言うと顔を真っ赤にして、口を閉じる。
 そのまま俯いてしまった。
 あな? ホール?

「私が聞いたのは、本当にさっき言った所からだけど」

 私が言うと、アードラーは勢い良く顔を上げた。
 まだ若干顔が赤い。

「そ、そう? だったら、いいのだけど」

 何か他人に聞かれたくない物を賭けていたのかな?

「それにしても、二人があんなやり取りをしているなんて思わなかったから、びっくりしたよ」
「あんなやり取り?」

 アルディリアが訊ね返す。

「挑発的な言葉をぶつけ合って、終いには戦おうとしてたでしょ?」

 あんなやり取りは乙女ゲームのキャラクターにあるまじき事だ。
 あれではまるで格闘ゲームのキャラクターである。

「そうかしら? 結構、似たようなやり取りはするわよ」
「そうだよね」

 アルディリアとアードラーが頷き合う。

 え、そうなの?

「初めて知ったんだけど。いつそんな事してるの? 私は見た事ないよ」
「学園でクロエに会いに行く時とか、たまに途中でかち合うのよね」
「で、話している内に喧嘩になってそのまま戦う事があるね」

 そういえば、たまに休み時間になっても来ない時がある。
 二人にも予定あるだろうから、そんな時もあると思っていたのだが。

 私の知らない所で、門下生二人がそんなバトル脳の人間になっていたとは……。

「それより」

 アードラーが私に声をかける。

「何?」
「王子があの平民女と一緒で、私は今とても退屈なのだけど……」

 チラチラという効果音が付きそうなくらい、視線をくれたり外したりしながら言う。

「うん」
「お邪魔じゃなければ、ここにいてもいいかしら?」

 アードラーは訊ね、不安そうな顔で私の顔を見る。

 やっぱり、一人は寂しいよね。
 私としては、大歓迎だ。
 でも……。

 私はアルディリアを見る。
 すると彼は、小さく溜息を吐いた。

「仕方ないね。僕は構わないよ」
「だってさ。もちろん、私も大歓迎だよ」

 私が答えると、アードラーはパッと表情を明るくした。

「ありがとう!」

 こんなに喜んでもらえるなら、私も嬉しいよ。

「それで……」

 アードラーがおずおずと申し出る。

「何?」
「あの軍服は着ないのかしら?」

 それはちょっと……。

 その後、私達は舞踏会が終わるまでバルコニーで過ごした。
 たまに休憩目的で来て、私を見るなり逃げていく貴族達には悪いけれど、そのまま居座り続けた。

 そうして、私達の舞踏会は過ぎていった。

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