気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

五十八話 恥ずかしい告白

 ルクスが訪れたのは、郊外にある寂れた教会だった。
 女神シュエットを奉じる教会である。
 何年も前に潰れたのか、今では廃墟の有様となっていた。

 そこには、一人の男とイノスがいた。
 イノスは杖を持っておらず、両腕を縛られた状態で座る男の足元に転がされていた。

 男はルクスが訪れた事に気付くと、イノスを強引に立ち上がらせた。
 足が痛んだのか、顔を歪めて小さく呻く。
 男はそんなイノスの首元に、ナイフを突きつけた。

「イノス……」
「すいません。私が不甲斐無いばかりに……」

 ルクスが名を呼び、イノスは悔しげな声で謝った。

 ルクスは男の顔を見る。
 途端に、表情を怒りに強張らせた。

「またテメェか……」
「憶えていたか、俺の事を……」
「この五年間……。お前の顔は、頭にこびり付いて離れなかったぜ」

 男は、盗賊団のボス。
 かつて、ルクスとイノスを爆殺しようと試みた下手人《げしゅにん》だった。

「盗賊団のボスが、まさかお前だったとはな」
「ああ。国衛院に入らなかったと聞いていたからな。お前が関わってくるとは思わなかった」

 男は、まるでルクスの事情を知っているかのように話す。

「何で知ってやがる?」
「想像は着くだろう?」

 男は笑う。
 この男の正体は、隣国の細作《スパイ》。
 ルクスの情報も集めていたのだろう。

「しかし、お前が出張ってきた事はこの際丁度良い。今回の俺の仕事も失敗した。失敗を重ねた俺には逃げ帰る事が許されない。俺にはもう後が無い。ならせめて、かつて失敗した仕事の後始末をしておこうと思ってな」

 男はこれ見よがしに、イノスの首へナイフを近づけた。

「お前の足元にナイフがある。それで自分の首を掻っ切れ」

 男に言われて、ルクスは足元を見た。
 そこには男の言う通り、一本のナイフがあった。
 ルクスはそれを拾い上げる。

「このお嬢ちゃんは、あの時にお前を庇った子だろう? 可哀相な事になぁ。お前のそばにいるせいで、この子はいつも犠牲になる。今回ぐらいは、助けてやりたいと思わないか?」

 男はルクスの心を揺さぶるように、いやらしく言葉を続けた。

「どうする? あの時と同じく。お前はまた、この女を犠牲にするか?」

 ルクスは悔しげに表情を歪めた。

「そう、あの時と同じ……」

 答えたのは、イノスだった。
 男は怪訝な顔をイノスへ向ける。

「ならわかるはずだ。私は、彼のためにこの体を投げ出せる人間だと……」
「何……?」
「私は、彼の足手まといにならない!」

 イノスは感情的に叫ぶと、自分の舌を歯に挟んだ。
 そのまま噛み千切ろうと力を入れる。

「待て! 見くびるんじゃねぇぜ!」

 ルクスが叫んだ。
 その言葉で、イノスは舌から歯を離した。

「ほう。それはこいつを見捨てるという事か? そうしてでも、俺を捕らえるという覚悟があると?」
「ちげーよ。そんな覚悟なんて持つ気もない。それに、お前に言ったわけじゃねぇ。イノス!」

 不意に名を呼ばれ、戸惑うイノス。
 そんな彼女にルクスは続ける。

「今! ここで! お前に言っておきたい事がある!」

 ルクスは人差し指を突きつけながら告げる。

「イノス、お前が好きだ! お前の事を心の底から愛してるぜ!」

 唐突な告白。

 一瞬、場が静止した。

 そんな中でも、ルクスは尚も言葉を続ける。

「そんなお前がいなくなるなら、俺はこんな命いらねぇ。お前が自分で命を絶つって言うなら、俺だってこの命ここで捨ててやるよ! だから、死ぬんじゃねぇ!」

 へぇ、やるじゃん。

「何を言い出すかと思えば……。とんだ放蕩息子だな。こんな時でも、女を口説こうとするとは」

 男が小さく笑う。

「それで、どうするつもりだ? 彼女のために命を絶つか?」
「そんな事しねぇよ。決まってるだろうが。イノスを助ける。もちろん、俺の命だってくれてやらねぇ!」
「できると思うのか?」
「できねぇと思ってんのか?」

 ルクスは不敵に笑った。

 なんかよくわからんが、すごい自信だ。
 まぁ多分、私に気付いているからなんだろうけどね。

 天井に張り付いていた私は、足音を殺して男の背後に下り立った。
 ナイフを持つ手を掴み、捻り上げる。
 驚いた男が、首を巡らせて私を見た。

「なっ? 貴様はまさか、ビッテンフェルト!?」
「ドーモ、クロエ=ビッテンフェルトです」

 アンブッシュからの奇襲は一度までなら許されているのだ。

 私はそのまま、もう一方の男の手を掴んだ。
 イノスが解放され、その場へ倒れこむ。

 私は男の両手首を背後から掴んだ状態で、膝を背中に押し付ける相手の両足へ自分の両足を絡めた。

 リバースパロという技だ。
 そのまま両肩を極め、地面に押し倒した。
 地面に倒れた衝撃で、男の両肩が外れる。

「ぐあぁっ!」
「ルクス!」
「おう!」

 私が呼ぶと呼応したルクスが駆け寄り、地面に屈した男の顔目掛けて走りこむ勢いのままサッカーボールキックを見舞った。
 男の顔が、人間の骨格上ありえない方向へ向き、そして地面へ伏した。

「ぐがが……っ」

 男は声にならない悲鳴を上げ、そのまま気を失った。

 確認したけれど、生きている。
 ……誓って殺しはやってません。



 今回の事を簡単に説明しておこう。
 国衛院に盗賊団は検挙されたのだが、その際にボスだけは取り逃がしてしまったのだという。

 そしてボスは、学園に侵入してイノスを拉致した。
 その後、ルクスを手紙で呼び出した。

 手紙には一人で来るよう指示されており、ルクスは指定された場所へ一人で向かったわけだ。
 その時の彼を私は目撃したのだ。

 気になった私は彼の後をつけ、例の教会へ行き着いた。
 私は教会の裏手へ回り、中の様子をうかがった。
 そして、あの現場を把握した私は、相手に気付かれないよう天井へ張り付いて機会をうかがっていたのである。



 念のために男の関節を全部外し、国衛院を呼ぶ狼煙を上げた。
 しばらくすれば、国衛院の応援が到着するだろう。

「お前、いたんだな」
「ええぇーっ!? 気付いてなかったの?」
「あんな所にいるなんて、誰が思うよ?」
「じゃあ、どうしてあんな自信満々だったの? 先輩を助ける方法が他にあったの?」
「隙を見て助けるつもりだった」

 相変わらず具体性がないんだけど!?

 私がいなかったら先輩、死んでたんじゃない?

 しかしそれにしても、今回はゲームと比べてかなり展開が違っていたな。
 カナリオがいないのは仕方がないとしても、ゲームでボスが人質を取ったのは逃げる事が目的だった。

 しかし、イノスが舌を噛み切り、人質の要を成さなくなったために捕らえられたのだ。
 でも、今回は逃げる気がなく、ルクスを道連れにする目的で先輩を人質にとっていた。

 そういえばボスは、失敗したと言っていたな。
 あんな言葉はゲームになかった。

 これは仮説なのだが。

 このイベントが起こる時期は、本来もっと先のはずだ。
 それが早期解決されてしまったせいで、ゲームでは本来なら成功していた細作《スパイ》としての任務が失敗になってしまったという事なのかもしれない。
 情報収集が不十分となってしまったんだろう。

 それから、ルクスのあの恥ずかしい告白……。

 あんな物も当然なかった。
 で、その恥ずかしい告白を直撃させられた当人だが。

 ……無表情である。
 さっきから無言で、何を考えているのかわからない。

 生真面目な彼女の事だ。
 ちゃんと返事があるとは思うのだけど。
 果たして、どうなるのかなぁ……?

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