気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

五十二話 イノス流サラダバー

「俺、もう鍛錬やめるぜ。お前に勝負を挑む事ももうしない」

 学園にて。
 廊下でばったりと会ったルクスからそんな事を言われた。

「どうしてそこで諦めるの!? もっと熱くなれよ! 頑張れ頑張れ! できるできる! やれるやれる!」
「暑苦しい! 誰だよお前は! お前、そんな奴じゃねぇだろ。ていうか、勝負を挑まれるのが鬱陶しいって言ってたじゃねぇか」
「それはそうなんだけどね。でも、急にどうして?」
「簡単な話だ。イノスの悩みが解決したからな」

 それって……。

「もしかして、私対策の話?」
「おう。お前への対策が固まったらしいぜ」
「ど、どんな方法? 私、気になります!」
「言えるわけねぇだろうが。各貴族連中の対応は秘中の秘なんだよ!」

 まぁ、そうだろうけどね。
 でも、自分を攻略(戦略的な意味で)する方法が検討され、完成したと聞けば気になって仕方がない。

「ねぇ、ルクスは国衛院じゃないよね? お父さんとも折り合い悪いよね? 支配からの卒業だよね」
「最後のはよくわからねぇが、情報は漏らさないぞ? 親父も困るだろうが、何よりイノスが困るからな」

 そうだった。
 ルクスがイノス先輩の困る事をするとは思えない。

「でも、どんな感じとか、所謂その雑感的な何ていうのか、そういうのをちょっとばかし、ねぇ?」

 私は小悪党っぽく、ルクスを上目遣いで見ながら言葉を募る。

「……仕方ねぇな。一言だけだぜ? お前とお前の親父の差だな」

 それって、まんま前に私が言った事じゃないか。
 それを基にして対策を立てたって事だろうか?

「もしかして、あの時の話を先輩に言ったの?」
「おう。あいつ、お前の親父さんの対策を元に考えていたからな。あの化け物が単純に二匹いると考えていたから、お前との違いに気付かなかったんだろうな」
「裏切り者ぉっ! 出合え! 出合え!」

 食パンとか咥えて、道の角とかで出会え!

「誰も来ねぇよ! やかましい! 裏切り者も何も、俺は元々イノスの味方だってーの」
「何言うとるんや! あんた、ウチの相方やろ? ウチのヌルいボケにあんたの鋭いツッコミが入るからお客さんが喜んでくれるんやんけ!」
「何の相方だよ! 客なんてどこにいるんだ!」

 私達の心の中に客はいるんだよ。

「まぁ、お前が何もしなければ実行される事はないだろ? もし、何かの誤解で実行される事になっても、俺が庇ってやる。疑いを晴らしてやるよ」

 照れたように笑い、ルクスは言った。

「それは……ありがとう」

 まさか、ルクスにそんな事を言われるとは思わなかった。
 何だかんだで、それなりに仲良くなれたって事なのかな?

「今回はお前のおかげで、イノスのために何かをしてやれたわけなんだが」
「まぁ、そうだね。友達を売ってまで好感度を拾ったわけだね」
「あんまり根に持つなよ。庇ってやるって言ったろうが。でな、最近イノスはまた別の事で悩んでるらしいんだ」
「つまりそれが、今現在でイノスがしてほしい事なわけだ」
「おう、察しがいいな」
「何なのそれ?」
「最近、盗賊団がこの界隈を荒らし回っているのを知っているか?」
「知ってる」

 それは父上からも聞いたし、ゲームの知識でも私は知っていた事だ。
 その盗賊団と言うのは、ルクスのルートにおいて出没する物だからだ。
 カナリオはイベントの中で、その話を聞かされるのだ。

 その盗賊団は、金のある場所ならどこでも襲撃するという。
 町に住む豪商の屋敷や店は当然の事、貴族の館にすら押し入る無法者達だ。

「イノスが副長を勤める国衛院第三部隊は、主に王都の治安を担当する部隊だ。で、今は盗賊団のボスを捕まえようと躍起になっているわけだが、うまくいっていないらしい」
「そうなんだ」
「人員は何人も確保しているんだが、吐かせてわかったのは連中が襲撃の時に臨時の人員を使っているというぐらいだ。捕まる人員はだいたいそれで、ボスの正体も組織の規模も知らないそうだ」
「へぇ」

 まぁ、私はその正体を知っているんだが。

「だから俺は、そのボスの正体を掴んで捕まえてやろうと思うんだ」
「いいんじゃない。頑張ってね」
「お前も手伝ってくれ」

 あれ?
 確か、ゲームのルートでは話を聞かされるだけだったはずだぞ。
 この盗賊団というのは、伏線としてとりあえず存在だけ明示され、最後の最後で話の山場としてちろっと登場するだけのものだった。

 だから、こうして積極的に関わる話をされるとは思わなかった。

 あれはカナリオの話だから私に関係ないのだが、ゲームの知識があるせいで何だか違和感を覚えてしまった。

「別に構わないけど。カナリオを誘ったりはしないの?」
「何であいつの話が出てくる? あんな何の取り柄も無さそうな女を誘っても意味ないだろうが」

 カナリオは、数ヶ月練習をしただけであらゆる分野で長年鍛錬してきた令嬢達を打ち負かす事ができる完璧超人だぞ。
 自分の強さを嘆いて、テムズ川に身投げとかしそうなくらいだ。

 でも、ルクスのルートの彼女は頭脳特化になってしまうから、話の山場で盗賊団の人質になってしまうわけである。
 その時に、イノスもまた同じく人質として囚われてしまう。
 そしてなんと!
 運命的な事に彼女達を人質に取った盗賊団のボスは、かつて馬車を爆破した男だったのである!

 ボスはそれに気づき、ルクスの心をいたぶるように提案する。

「どちらかの人質を選べ。選んだ方を返してやるよ」

 ルクスは、カナリオとイノスの二択を迫られるわけである。
 悩んだ末、ルクスはカナリオを選ぶ。
 そして……。

 でも、アルディリアのルートの彼女なら、多分盗賊団相手でも遅れはとらない。
 捕まる事はないはずだ。

 あれ? でも今のカナリオはどうなっているんだろう?

 アードラーが舞踏の勝負を挑んで来ないから、カナリオが舞踏を練習する事はない。
 だったら、ルクスが言う通り、何の取り柄もないカナリオなんだろうか?

「それに、盗賊団以外にも変な奴が町で見かけられているらしい」
「変な奴?」
「闇を纏ったかのような黒尽くめの甲冑で全身を覆った謎の人物だ」
「ふぅん」

 あいつか……。

「奴が去った後には、いつも人が倒れているらしいんだが……。その倒れていた奴に話を聞いても、その前後の記憶がないらしくてな。奴が何の目的で出没するのかは、よくわからないそうだ。だが、何かあってからじゃ遅いからな。そっちも対応する事になったそうだ」
「そうなんだ」
「で、奴の正体なんだが、イノスは舞踏会に現れた「漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子」が怪しいと思っているそうだ」

 何でじゃい。

「こ、根拠は?」
「どちらも正体を掴めない謎の人物だからだ。国衛院でも把握できない人間がそう何人もいるわけはないという理屈だ」
「な、なーるほどね」

 父上には一発でバレたけどね。
 骨格の偽装を暴ける人間は、そうそういないって事だろうか?

 あと、盗賊団のボスと黒い甲冑の人物と漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子。
 全員別人で、三人も正体の掴めない人間がいるわけだが。
 どうなっとるんだ、国衛院。
 大丈夫なのか?

「じゃあ、そういうわけだから。今夜あたりから調査を始めようぜ」
「わかった。待ち合わせは中央広場でいい?」
「おう。よろしく頼むぜ、相棒」

 そう言って、ルクスは笑った。


「ねぇ、ふと思ったんだけど」
「何だよ?」
「国衛院に入れば、一緒にいられる上に先輩のためにもなるんじゃない?」

 国衛院に入れば、イノス先輩の上司確定じゃん。
 お茶入れてもらったり、セクハラっぽい事だってできるよ。
 基本的にヘタレだからできないだろうけど。
 でも、絶対にそっちの方がルクスにとって幸せでしょ。

「……やだぜ」

 その絶妙な間《ま》。
 ちょっと迷ったでしょ?

「そんな生暖かい目で俺を見るな! 俺にも意地があるんだよ!」

 意地張って、やりたい事ができないなんて。
 男ってのは損な生き物だねぇ。



 恨まれている。
 彼はそう思っているのに、彼女のためにあんなに頑張っている。
 それ程に、彼は先輩が好きなのだろう。

 でも、実際は恨まれていないんじゃないか、と私は思うんだ。
 だって……。


 盗賊団のボスに、イノスが人質に取られている時の会話だ。

「あの時と同じだな。お前はまた、この女を犠牲にするんだ」

 ルクスは悔しげに呻く。

「そう、あの時と同じ……」

 ボスの言葉にイノスが返す。

「ならわかるはずだ。私は、彼のためにこの体を投げ出せる人間だと……」
「何……?」
「私は、彼の足手まといにならない!」

 そう言って、イノスは自分の舌を噛み切るのである。

 彼女が感情的に声を荒らげる、唯一のイベントだ。
 その後、彼女は治療を受けて一命を取り留めるが、その時は本気で命を投げ出そうとしていた。
 このイベントの再現で、イノス先輩には自殺技がある。

 彼女の行為は、ピグマール家としての行動だったという可能性もある。
 けれど、恨んでいる相手のために命を投げ出すなんて事ができるとは、私には思えなかった。

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