気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

四十二話 新キャラッシュ 後編

 学園の校舎。二階。
 廊下の角を曲がった時、ルクスとばったり出くわしてしまった。
 相手も思いがけなかったようで、数瞬顔を見合わせる。

 私は急遽きびすを返し、そして走り出した。
 同時にルクスも私を追いかけて走り出す。

「待ちやがれ!」

 誰が待つかっ!

 一度捕まって、決闘を申し込まれてしまうと逃げるわけにはいかない。
 別に断ってもいいのだが、武家としては一度申し込まれた戦いから逃げると不名誉は避けたい。

 私個人としては全然構わないが、家の名に傷が付く事をするわけにはいかないししたくない。

 今の逃げまくってる状況はいいのかって?
 まだ申し込まれてないからいいの。

 もう! 大人しく女の子のお尻でも追いかけてればいいのに!
 あ、一応、追いかけてるのか。

 廊下の角が見えたので少し速力を上げ、死角になった場所で窓の外へ飛んだ。
 そのまま窓の淵へ、手をかける。
 目立たないように、指先だけ引っ掛けるようにしてぶら下がって隠れた。

「あれ、いねぇ!?」

 そんな声が聞こえ、足音が遠ざかっていく。

 私は一息吐いた。

「クロエさん?」

 声をかけられた。
 声は私の下から聞こえた。
 目を向けると、そこには驚いた様子のマリノーがいた。

 私は慌てて、人差し指を口の前へ持っていく。
 しーっ、と静かにするように促した。
 その意図に気付いて、マリノーが頭を下げる。

 マリノーがいたのは中庭だ。
 私は中庭側の窓へぶら下がっていたようだ。
 必死に逃げすぎていて気付かなかった。

 彼女は一人ではなく、誰かと一緒にいるようだった。

 私はその人物に見覚えがあった。
 色素の薄いピンク髪が特徴的なおっとりと優しそうな顔の美人さんだ。
 目元にある泣きぼくろが妙に色っぽい。

 私は壁を蹴って飛び、一回転してから地面へ下り立った。
 マリノーへ近付く。

「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」

 マリノーに挨拶してから、一緒にいた人物へも挨拶する。

「こんにちは。ムルシエラ・ヴェルデイド様」

 私が名を呼ぶと、ムルシエラは驚いた。

「私の事をご存知なのですか?」
「まぁ、一応」

 ゲームでね。

「あなたは?」
「クロエ・ビッテンフェルトと申します。侯爵家の者です」
「ビッテンフェルト……。知りませんね」

 何か今、間がありましたね。
 実は知っているでしょう? 私の名前。

 あの噂を知っているから、知らないフリをしてくれたんですね。
 心遣い痛み入ります。

「二人は知り合いだったの?」
「幼馴染です」

 知らなかった。
 ゲームでは明かされない話だったはずだ。
 あ、でも、料理対決(ミニゲーム)の審査員で何度か出ていた気がする。
 その関係だったのかもしれない。

 ムルシエラは三年生。先輩である。
 ちょっとおっとりした性格の人で、表情の柔らかい優しげな人だ。
 幼馴染だからなのか、マリノーにどこか雰囲気が似ているかもしれない。

 まるで姉妹のようにも見える。
 でも、先輩の方が年上のためか、どこか大人っぽい色気がある。
 そしてこの人は……。

「おい、見つけたぞ!」

 頭上から声が聞こえたかと思えば、私の背後で誰かが着地する音がした。
 だいたい、誰かわかるけど。
 振り返ると、思っていた通りにルクスが立っていた。

「もう、逃さないからな! 大人しく勝負を受けろ!」
「えー、しつこい」

 マリノーと先輩には失礼だが、また逃げさせてもらおうかな。
 と思った時だ。

「あなたは女の子相手に何をしているのですか?」

 呆れたような声でムルシエラ先輩が言った。
 それで初めて気付いたのか、ルクスは先輩を見てギョッとした。

「げ! ヴェルデイド家の……。あんたには関係ないだろうが」

 ルクスはばつが悪そうに、先輩から目をそらす。

「同じ公爵家。ただでさえあなたの行いは目にあまるというのに、これ以上品位を疑われるような事をされては困ります」
「俺はただこいつに勝負を挑んでいるだけだ! それを嫌がって逃げるから追いかけているんだろうが」
「嫌がっているのなら、余計にダメでしょう」

 言うと、先輩は溜息を吐いた。そして、私とルクスの間に立つ。
 私を背に庇うようにして、だ。

「あなたがそれでもビッテンフェルト嬢にちょっかいをかけるというのなら、私が相手になりましょうかね」

 え? 庇ってくれるの?
 思いもしない事に私は驚いた。

「だから、あんたには関係ないだろう?」
「そうとも言えませんよ。彼女は私の幼馴染の友人ですからね」

 ムルシエラ先輩はニコリと笑う。
 ただ、その笑顔には無言の圧力が伴っていた。
 本来、笑うという行為は攻撃的な物である。

「……ちっ、仕方ねぇ。今回は見逃してやるよ」

 しばし逡巡していたが、ルクスはそう吐き捨てた。
 踵を返す。

「もうやめなさいったら」

 その背中に先輩は言葉を送ったが、ルクスは返事をせずに去って行った。

 よかった。
 助かった。

 えらく潔いと思われるかもしれないが、先輩が間に立つのならルクスが諦めるのも無理は無い。
 ムルシエラ先輩のヴェルデイド家は公爵、それも「忠臣三公」と呼ばれる三家の内の一つに数えられる。

 本来、公爵という地位は建国当初、国王の先祖に仕えていた者達の家と王族が持つ爵位である。
 が、この三公はそれらとは違い、国へ多大な貢献をした事で後から爵位を授かった家の者達なのだ。

 それも皆、国の危機を救うレベルの貢献をした家ばかりだ。

 どうしてそんな新参ばかりがそんな大活躍したか?
 ご都合主義じゃね?

 そしてその三家は、フェルディウス家、ヴェルデイド家、アルマール家である。
 つまり、アードラーとムルシエラ先輩とルクスはその三公の家の出身なのだ。

 なので、三公同士であまり確執を作らないようにしたのかもしれない。
 が、実際は純粋にムルシエラ先輩と戦うのを嫌がっただけなのかもしれない。
 何故かって?

 一応、今のヴェルデイド家は主に外交を取り仕切る役職の家なのだが、それだけではなく王家の魔術指南役を申し付かっている魔術師の家系でもあるのだ。

 魔術師といえば、戦においての主戦力。
 戦場では縦横無尽に駆け巡り、攻撃に防御に補助にと八面六臂の大活躍をする兵科である。

 実際にヴェルデイド家は戦場にて、興亡の際にあった国を救うほどの大活躍をして公爵の位を叙爵されている。
 つまり、がっちがちの武闘派なのだ。

 そんな魔術師達の元締め的な家の中で、今の世代で最優秀と称されるムルシエラ先輩が弱いはずは無い。
 だから、そういう理由もあって戦いを避けたのではないかと思われる。

「ありがとうございます。先輩。初対面なのに、助けてもらって」

 私が礼を言うと、先輩は笑い返す。
 もう、そのままとけちゃうんじゃないかってというくらいの柔らかい笑顔だ。

「これくらい、たいした事ではありませんよ」

 謙虚な人だな。
 父の教えか?

「そうですか。本当に助かりました」
「それに、ちょっとした下心もあります」
「下心、ですか?」

 このおっとりとした先輩に似合わない言葉だったので、私は思わず聞き返す。

「マリノーから、あなたの話をよく聞いていましてね」
「はぁ」

 マリノーを見ると、照れたように笑う。

「それで、あなたと友達になりたいと思ったのですよ。だから、助けたのです。こうして恩を売れば、断り難いかもしれないでしょう?」

 そう言って、先輩はイタズラっぽく笑った。
 そんな表情でも、先輩がすると妙に色っぽい。
 でも、こんな可愛い下心ならいくらでも大歓迎だ。

「それで、友達になってくださいますか?」
「もちろん。こちらからお願いしたいくらいですよ!」
「本当ですか? 嬉しいですね」

 先輩が胸の前で両手を合わせて、喜びを表現する。
 その喜び方がなんとも奥ゆかしい。
 実際奥ゆかしい。

「それじゃあ」

 先輩が私に手を差し出す。

「よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」

 言葉を交わし、私は先輩の手を握った。

 こうして、私は美人の先輩と友達になった。

 しかし、なんて頼りがいのある先輩だろうか。
 これからも、よろしくお願いします!

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