気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
三十八話 新学期の始まり
夏休みが終わって、学園が再開された。
久し振りに登校した学園では、ある噂が女子達の間で囁かれていた。
簡単に説明すれば、それは夏に出てきたあの黒いヤツ。
漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子の話である。
この名前だけでもどれだけご婦人方にヤツが、黒いという印象を与えたかお分かりいただけるだろう。
もうヤツにはそれしかないのか、と言わんばかりの黒を強調した名前だ。
だが、それも仕方がない。
黒い以外にヤツは何も知られていないのだから。
ちなみに両親は正体を知っている。
同じく舞踏会に参加していた父上が一目で見破ったらしい。
「骨格を変えているが、間違いないだろう」との事で、帰った後で母から問われて白状した。
それから社交界であまりにも反響を呼んでいたため、母は正体を言い出せなくなったらしい。
今ではビッテンフェルト家のトップシークレットに値する事柄だ。
世に出る事を厭われた呪われし存在である。
だが今でもあの人物は噂の上で大活躍している。
茶会などでも未だ、話題に上らない日は無いと言う。
それからあの謎の人物の話題は、社交界でその正体について女性達の妄想を掻き立てると、次にアードラーとの関係性についての妄想を掻き立て始めたらしい。
生来のボッチ属性が幸いして、それほど直接聞き倒される事はないのだが、たまに勇気ある女生徒や心の壁が無さそうなデリカシーのないおばさま方から何度か聞かれたらしい。
今の噂の主流は、あの人物が実は異国の王子であり、アードラーが道ならぬ恋をしているという物なのだそうだ。
アードラーはそういう妄想交じりの問いかけに「そんな事はありませんが。想像は自由ですので」という対応を一律で行っているらしい。
ただ、その対応は少し失敗だった。
単純に知らない人だと言えばよかったのだが、暗に面識がある事を示唆したのだから。
結果、余計に妄想は掻き立てられ、今はさらに面白素敵な噂に発展しているという。
「お姉ちゃーん! ぎゅーっ!」
初日最後の授業が終わり、移動教室だったので教室へ帰る途中、廊下を歩いているとアルエットちゃんに奇襲された。
前から走って来た彼女は、私の胸の辺りまで跳び上がり、抱きついてきた。
今回は胸の辺りなので、頑丈な胸骨と持ち前のクッションに助けられ、お腹の時ほど痛くなかった。
しかし、本当にこの子は心臓の病気なのだろうか?
心臓の病気を患った人って、こんなに元気なものなの?
もしかして、私が転生した事によってバタフライエフェクト的に治ってしまったんだろうか?
いや、確かゲーム中の彼女もカナリオにこういう奇襲を行っていた気がする。
じゃあ、普通に元気なだけか。
聞いた話ではお母さんも傭兵ができる程度に元気っぽいし、母子揃って世紀末病人なのかな?
「アルエットちゃん、ぎゅーっ」
私からもぎゅっと抱き締め返し、夏休み中の約二週間で不足していたアルエット分を補給した。
「お姉ちゃん、久し振り! 会いたかった」
「私もだよ、アルエットちゃーん」
「その子、グラン教諭の娘さんよね?」
私がアルエットちゃんとイチャイチャしていると、一緒に教室へ帰る途中だったアードラーが訊ねてきた。
アルディリアは選択していない授業だったので今はいない。
「うん、そうだよ。知ってたんだ」
「一応ね。それより……」
アードラーはアルエットちゃんを見た。
睨みつけているとまではいかないが、ちょっとだけ目つきが鋭い。
「離れなさいよ。あなた、もう結構大きいのだから、自分で歩けるのでしょう? あまり甘えるのはおよしなさい」
「やっ! 私、お姉ちゃんの事大好きだもん」
「私だって好きよ!」
何のやり取り?
というより、友愛なのだろうが他の生徒達のいる所でそんな事を言わないでほしい。
誤解されちゃうよ?
「私の方が好きだもん」
「私の方が好きよ」
この手の言い合いって、終わりがないよね。
無駄無駄ぁ! って感じだ。
その後、アードラーと不毛にして熾烈な攻防続けたアルエットちゃんを職員室のティグリス先生に送り届け、アルディリアと合流してその日は帰った。
「久し振りだな、ロレンス」
「あ、ビッテンフェルト様」
選択授業でカナリオと一緒になったので声をかけた。
相変わらず、言葉遣いが妙に尊大な物になってしまう。
というか、最近抗えなくなってきた。
彼女の前で、アードラーやマリノーに対して露骨に口調が変わってしまうので、気分を悪くしていないかいつも心配だ。
軽い挨拶がてらに声をかけたのだが、今回は別の用事もあった。
「少し話がある。アードラーの事だ」
私が言うと、カナリオが見るからに身を強張らせた。
それはそうか。
あんなに罵倒されたのだ。
嫌な事を思い出すのだろう。
「あれは我が友だ。彼女に代わり、私が頭を下げておこう。許してやってほしい」
と言いつつ、カナリオには実際に頭を下げないのがクロエクオリティだ。
普通にごめんなさいと言うつもりだったのに、こんな対応になってしまった。
「それは……ビッテンフェルト様がそう仰るのでしたら、私に異存はございませんけれど……」
「助かる」
よかった。
多分、アードラーがカナリオに謝る事はないだろうからね。
前に少し話をして気付いたのだが、どうやらアードラーもカナリオに対してはよくわからない抵抗を覚えているそうだ。
多分、私と同じゲーム補正を受けているのだと思われる。
だって私やアルディリアに対して、彼女はそんなにツンツンしない。
たまにツンデレっぽい反応をするけど、基本的に素直だ。
彼女がおかしくなってしまうのは、今の所カナリオと王子の前だけである。
「あの、ビッテンフェルト様。ご無礼かもしれませんが、少しうかがわせてください」
「何だ? 言ってみろ」
「ビッテンフェルト様が私を名前で呼んでくださらないのは、私が平民だからでしょうか? それに、私に対しては態度も……」
ああ、やっぱり気にしていたか。
「いや、これには理由がある。そうだな、確かに口調をあえて改めてはいる。だが、これは貴族としてのケジメみたいな物だ。仕方あるまい」
「そうなのですか」
ゲーム補正の説明なんてしても信じられないだろうから、もっともらしい事を言ってみる。
一応納得はしてくれたらしい。
「名前に関しては、別に理由があるわけではない。呼びたければ名を呼べばいい。お前にはその程度の価値があろう。カナリオ」
私が名を呼ぶと、カナリオは表情を明るくした。
「はい! ありがとうございます、クロエ様!」
本当に心の底から喜んでいるのがわかる笑顔だ。
カナリオのテーマカラーは無色。
無いのではなく、無色である。
言わば透明、裏表なく透かす事のできる色。
心の内面を隠さず、素直に表へ出す事ができるという意味合いが込められているらしい。
アードラーとはまるで正反対である。
しかし、色がないという事は、何物にも染まる可能性がある。
そう言った意味では、恋愛アドベンチャーゲームの主人公らしいと言えるだろう。
マリノーと廊下を歩いている時の事だ。
「そういえば、あれから進展ってあった?」
何の? とは言わない。
が、彼女はそれだけで察したようだ。
詰まる所、ティグリスとの仲の話である。
「どうなのでしょう? 舞踏会にもご一緒しましたし、休みの間も色々な所へお誘いしたのですけどね。あまり、進展したという自覚はありません。ただ、私の気持ちが強くなるばかりで……」
ノロケられたし。
「そうなんだ。また、困った事があったら相談してよ。協力するからさ。たとえば、私が悪漢に成りすましてマリノーを襲うとか」
「それって何か意味があります?」
「で、先生にマリノーを助けてもらうんだよ」
漫画などでよく見る、泣いた赤鬼めいたシチュエーションだ。
「それは夢のある話ですね。考えただけでうっとりしてしまいます」
マリノーが恋する乙女の顔になる。
お、ちょっと乗り気かな?
これは漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子の出番だ。
私は、ヤツと親しいんだ。
頼めば聞いてくれるはずだ。
「で、それでどうなるのです?」
続く言葉で疑問を呈される。
そうか、これは助けられた相手が助けた相手を好きになるシチュエーションなのか。
「じゃあ、私が先生を襲うから、マリノーが先生を助ける?」
「自分よりも強い女性を殿方は好きになるのですか?」
好きにならないかもしれないな。
男はプライドの高い生き物だ。
父上だって、私に負けて家を出ようとしたくらいだし。
アルディリアなら、そういう相手に惚れそうな気がするのは考えすぎだろうか?
偏見はダメだな。
「それに、そういうやり方は騙すみたいでちょっと抵抗があります」
「それもそうだね」
そんなやり取りを交わしていると、廊下の前方が騒がしかった。
「クロエさん、あれ」
「わかってる」
見ると、カナリオが誰かと何やら揉めているようだった。
相手は銀髪の男子生徒で、どこか野性味を感じさせる美男子だ。
服装はオレンジを基調とした物で、襟には首周りを覆うように羽毛があしらわれていた。
まるでV系バンドのメンバーみたいだ。
キレた天使と悪魔のハーフに違いない。
いや、あれはV系じゃなかったか……?
男子生徒はカナリオの顎を掴み、つい、と顔を上げさせていた。
その顔に自分の顔を近づけ、強気な笑みを向けている。
「平民の女だって聞いていたから、どんな卑しい面なのかと思えば……。なかなかどうして、俺好みの顔じゃねぇか。どうだ? お前なら、俺の物にしてやってもいいぜ」
そう言う男子生徒は、自信に満ちた声で言う。
「どうして、私があなたの物にならなきゃならないんですか?」
そう言うと、カナリオは自分の顎を掴んでいた相手の手を払いのけた。
「へぇ。お前、俺に歯向かうのかよ。面白れぇ。お前みたいな女、初めてだぜ」
強く拒絶されたというのに、微塵も怯まないその態度。
むしろ、お前みたいな女初めてだぜ、なんて言って興味を持つ捻くれた所。
その様子たるや、どう見てもフィクションなどでよく見られる「俺様」と呼ばれる部類の人間だ。
そして私は、そんな彼の事をよく知っていた。
彼の名は、ルクス・アルマール。
俺様キャラの攻略対象である。
久し振りに登校した学園では、ある噂が女子達の間で囁かれていた。
簡単に説明すれば、それは夏に出てきたあの黒いヤツ。
漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子の話である。
この名前だけでもどれだけご婦人方にヤツが、黒いという印象を与えたかお分かりいただけるだろう。
もうヤツにはそれしかないのか、と言わんばかりの黒を強調した名前だ。
だが、それも仕方がない。
黒い以外にヤツは何も知られていないのだから。
ちなみに両親は正体を知っている。
同じく舞踏会に参加していた父上が一目で見破ったらしい。
「骨格を変えているが、間違いないだろう」との事で、帰った後で母から問われて白状した。
それから社交界であまりにも反響を呼んでいたため、母は正体を言い出せなくなったらしい。
今ではビッテンフェルト家のトップシークレットに値する事柄だ。
世に出る事を厭われた呪われし存在である。
だが今でもあの人物は噂の上で大活躍している。
茶会などでも未だ、話題に上らない日は無いと言う。
それからあの謎の人物の話題は、社交界でその正体について女性達の妄想を掻き立てると、次にアードラーとの関係性についての妄想を掻き立て始めたらしい。
生来のボッチ属性が幸いして、それほど直接聞き倒される事はないのだが、たまに勇気ある女生徒や心の壁が無さそうなデリカシーのないおばさま方から何度か聞かれたらしい。
今の噂の主流は、あの人物が実は異国の王子であり、アードラーが道ならぬ恋をしているという物なのだそうだ。
アードラーはそういう妄想交じりの問いかけに「そんな事はありませんが。想像は自由ですので」という対応を一律で行っているらしい。
ただ、その対応は少し失敗だった。
単純に知らない人だと言えばよかったのだが、暗に面識がある事を示唆したのだから。
結果、余計に妄想は掻き立てられ、今はさらに面白素敵な噂に発展しているという。
「お姉ちゃーん! ぎゅーっ!」
初日最後の授業が終わり、移動教室だったので教室へ帰る途中、廊下を歩いているとアルエットちゃんに奇襲された。
前から走って来た彼女は、私の胸の辺りまで跳び上がり、抱きついてきた。
今回は胸の辺りなので、頑丈な胸骨と持ち前のクッションに助けられ、お腹の時ほど痛くなかった。
しかし、本当にこの子は心臓の病気なのだろうか?
心臓の病気を患った人って、こんなに元気なものなの?
もしかして、私が転生した事によってバタフライエフェクト的に治ってしまったんだろうか?
いや、確かゲーム中の彼女もカナリオにこういう奇襲を行っていた気がする。
じゃあ、普通に元気なだけか。
聞いた話ではお母さんも傭兵ができる程度に元気っぽいし、母子揃って世紀末病人なのかな?
「アルエットちゃん、ぎゅーっ」
私からもぎゅっと抱き締め返し、夏休み中の約二週間で不足していたアルエット分を補給した。
「お姉ちゃん、久し振り! 会いたかった」
「私もだよ、アルエットちゃーん」
「その子、グラン教諭の娘さんよね?」
私がアルエットちゃんとイチャイチャしていると、一緒に教室へ帰る途中だったアードラーが訊ねてきた。
アルディリアは選択していない授業だったので今はいない。
「うん、そうだよ。知ってたんだ」
「一応ね。それより……」
アードラーはアルエットちゃんを見た。
睨みつけているとまではいかないが、ちょっとだけ目つきが鋭い。
「離れなさいよ。あなた、もう結構大きいのだから、自分で歩けるのでしょう? あまり甘えるのはおよしなさい」
「やっ! 私、お姉ちゃんの事大好きだもん」
「私だって好きよ!」
何のやり取り?
というより、友愛なのだろうが他の生徒達のいる所でそんな事を言わないでほしい。
誤解されちゃうよ?
「私の方が好きだもん」
「私の方が好きよ」
この手の言い合いって、終わりがないよね。
無駄無駄ぁ! って感じだ。
その後、アードラーと不毛にして熾烈な攻防続けたアルエットちゃんを職員室のティグリス先生に送り届け、アルディリアと合流してその日は帰った。
「久し振りだな、ロレンス」
「あ、ビッテンフェルト様」
選択授業でカナリオと一緒になったので声をかけた。
相変わらず、言葉遣いが妙に尊大な物になってしまう。
というか、最近抗えなくなってきた。
彼女の前で、アードラーやマリノーに対して露骨に口調が変わってしまうので、気分を悪くしていないかいつも心配だ。
軽い挨拶がてらに声をかけたのだが、今回は別の用事もあった。
「少し話がある。アードラーの事だ」
私が言うと、カナリオが見るからに身を強張らせた。
それはそうか。
あんなに罵倒されたのだ。
嫌な事を思い出すのだろう。
「あれは我が友だ。彼女に代わり、私が頭を下げておこう。許してやってほしい」
と言いつつ、カナリオには実際に頭を下げないのがクロエクオリティだ。
普通にごめんなさいと言うつもりだったのに、こんな対応になってしまった。
「それは……ビッテンフェルト様がそう仰るのでしたら、私に異存はございませんけれど……」
「助かる」
よかった。
多分、アードラーがカナリオに謝る事はないだろうからね。
前に少し話をして気付いたのだが、どうやらアードラーもカナリオに対してはよくわからない抵抗を覚えているそうだ。
多分、私と同じゲーム補正を受けているのだと思われる。
だって私やアルディリアに対して、彼女はそんなにツンツンしない。
たまにツンデレっぽい反応をするけど、基本的に素直だ。
彼女がおかしくなってしまうのは、今の所カナリオと王子の前だけである。
「あの、ビッテンフェルト様。ご無礼かもしれませんが、少しうかがわせてください」
「何だ? 言ってみろ」
「ビッテンフェルト様が私を名前で呼んでくださらないのは、私が平民だからでしょうか? それに、私に対しては態度も……」
ああ、やっぱり気にしていたか。
「いや、これには理由がある。そうだな、確かに口調をあえて改めてはいる。だが、これは貴族としてのケジメみたいな物だ。仕方あるまい」
「そうなのですか」
ゲーム補正の説明なんてしても信じられないだろうから、もっともらしい事を言ってみる。
一応納得はしてくれたらしい。
「名前に関しては、別に理由があるわけではない。呼びたければ名を呼べばいい。お前にはその程度の価値があろう。カナリオ」
私が名を呼ぶと、カナリオは表情を明るくした。
「はい! ありがとうございます、クロエ様!」
本当に心の底から喜んでいるのがわかる笑顔だ。
カナリオのテーマカラーは無色。
無いのではなく、無色である。
言わば透明、裏表なく透かす事のできる色。
心の内面を隠さず、素直に表へ出す事ができるという意味合いが込められているらしい。
アードラーとはまるで正反対である。
しかし、色がないという事は、何物にも染まる可能性がある。
そう言った意味では、恋愛アドベンチャーゲームの主人公らしいと言えるだろう。
マリノーと廊下を歩いている時の事だ。
「そういえば、あれから進展ってあった?」
何の? とは言わない。
が、彼女はそれだけで察したようだ。
詰まる所、ティグリスとの仲の話である。
「どうなのでしょう? 舞踏会にもご一緒しましたし、休みの間も色々な所へお誘いしたのですけどね。あまり、進展したという自覚はありません。ただ、私の気持ちが強くなるばかりで……」
ノロケられたし。
「そうなんだ。また、困った事があったら相談してよ。協力するからさ。たとえば、私が悪漢に成りすましてマリノーを襲うとか」
「それって何か意味があります?」
「で、先生にマリノーを助けてもらうんだよ」
漫画などでよく見る、泣いた赤鬼めいたシチュエーションだ。
「それは夢のある話ですね。考えただけでうっとりしてしまいます」
マリノーが恋する乙女の顔になる。
お、ちょっと乗り気かな?
これは漆黒の闇に囚われしの黒の貴公子の出番だ。
私は、ヤツと親しいんだ。
頼めば聞いてくれるはずだ。
「で、それでどうなるのです?」
続く言葉で疑問を呈される。
そうか、これは助けられた相手が助けた相手を好きになるシチュエーションなのか。
「じゃあ、私が先生を襲うから、マリノーが先生を助ける?」
「自分よりも強い女性を殿方は好きになるのですか?」
好きにならないかもしれないな。
男はプライドの高い生き物だ。
父上だって、私に負けて家を出ようとしたくらいだし。
アルディリアなら、そういう相手に惚れそうな気がするのは考えすぎだろうか?
偏見はダメだな。
「それに、そういうやり方は騙すみたいでちょっと抵抗があります」
「それもそうだね」
そんなやり取りを交わしていると、廊下の前方が騒がしかった。
「クロエさん、あれ」
「わかってる」
見ると、カナリオが誰かと何やら揉めているようだった。
相手は銀髪の男子生徒で、どこか野性味を感じさせる美男子だ。
服装はオレンジを基調とした物で、襟には首周りを覆うように羽毛があしらわれていた。
まるでV系バンドのメンバーみたいだ。
キレた天使と悪魔のハーフに違いない。
いや、あれはV系じゃなかったか……?
男子生徒はカナリオの顎を掴み、つい、と顔を上げさせていた。
その顔に自分の顔を近づけ、強気な笑みを向けている。
「平民の女だって聞いていたから、どんな卑しい面なのかと思えば……。なかなかどうして、俺好みの顔じゃねぇか。どうだ? お前なら、俺の物にしてやってもいいぜ」
そう言う男子生徒は、自信に満ちた声で言う。
「どうして、私があなたの物にならなきゃならないんですか?」
そう言うと、カナリオは自分の顎を掴んでいた相手の手を払いのけた。
「へぇ。お前、俺に歯向かうのかよ。面白れぇ。お前みたいな女、初めてだぜ」
強く拒絶されたというのに、微塵も怯まないその態度。
むしろ、お前みたいな女初めてだぜ、なんて言って興味を持つ捻くれた所。
その様子たるや、どう見てもフィクションなどでよく見られる「俺様」と呼ばれる部類の人間だ。
そして私は、そんな彼の事をよく知っていた。
彼の名は、ルクス・アルマール。
俺様キャラの攻略対象である。
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