気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

十八話 うわ、ようじょつよい

「お姉ちゃーん!」

 学園内。中庭のベンチに座っていると、後ろから可愛らしい幼女の声が聞こえた。
 かと思えば、背中に衝撃が走る。
 首を巡らせて見ると、アルエットちゃんが私の背中に抱きついていた。

 ハスハス不可避である。

「アルエットちゃん。また遊びにきたの?」
「うん。お姉ちゃんに会いに来た!」

 どうやら私は懐かれたらしい。
 最近、アルエットちゃんが私の所へよく遊びに来る。

「お姉ちゃん遊ぼー」
「休み時間の間だけならいいよー」
「やったー」
「うふふー」

 あー癒されるー。
 なんだろうね、この可愛い生き物。

 身長が私の膝辺りまでしかないようなこの子が、私達みたいに大きくなるなんて信じられない。
 もう、別の生き物みたいに感じる。

 しかしこの可愛らしい生き物だが、実は恐るべき事実がある。
 実は彼女、格闘ゲームにおいてプレイアブルキャラクターなのだ。



 アルエットちゃんは、SE《スペシャルエディション》で使えるようになったプレイアブルキャラクターの一人だ。
 身長が全キャラ中で一番低く、立っているだけでだいたいのキャラクターの立ち上段がスカる。
 上段を当てられるのは身長の低いアルディリアぐらいだ。

 アルディリア、てめぇ……。

 体力も全キャラ中で最低だ。
 どんなキャラクターの超必殺でも五割弱は持っていかれる。

 そんな彼女がどうやって戦うのか?
 簡単に説明すれば、父親《ティグリス》を召喚するのだ。

 彼女の技は全て、どこからともなく現れた父親による攻撃だ。
 本人はステージを走ったり、跳ねたり、転んだりするぐらいだ。

 攻撃を仕掛けると、技にもよるが彼女の前に父親が現れ、相手を攻撃する。
 このティグリスのモーションは、通常のティグリスの物とは違っており、もうほとんどティグリスのマイナーチェンジバージョンのような感じである。

 しかもこのティグリスには当たり判定があり、相手の攻撃がこのティグリスとアルエットちゃんに重なった場合、アルエットちゃんへの攻撃判定が消えてティグリスへの攻撃という事になる。

 その場合はアルエットちゃんへのダメージはゼロ。
 体力は低いが、その特性上ダメージを受けにくく、カウンターヒットも貰わないので見た目以上にタフなキャラクターなのだ。
 俗に言う、親父バリアである。

 でも投げは無効化できないので、投げキャラには弱い。
 それはガードポイントを発揮できないティグリスも同じ事で、親子揃って投げキャラに弱いわけだ。

 超必殺は、ティグリスに相手をボコボコにさせている間にパンを食べて回復する物とティグリスに肩車されて、一定時間無敵になるというもの(肩車されている間は完全にティグリスの操作になる)。
 どちらもトリッキーだ。
 固有フィールドは、徐々に体力が回復していくというものである。

 ちなみに、対空技を出した後に最速で突進技を出すと、上空へ飛び上がるティグリスが残ったまま突進するティグリスが出るので、画面内でティグリスが二人存在するという結果になり、ビジュアル的に面白い。
 先生は愛する娘のためなら分身すらする男なのだ。

「お姉ちゃん、肩車ぁー」
「はーい」
「お姉ちゃん、ぎゅーってしてー」
「あ、はーい」
「お姉ちゃん、頭撫でてー」
「はいはーい」

 もう私は彼女の虜だ。
 彼女には常習性がある。
 柔らかいし、温かいし、いい匂いがする。

 一度味わうともう離れられそうにない。
 今なら先生の代わりに私が彼女の攻撃手段になっても良いと思えるくらいだ。

 先生との差別化を図って、ラッシュ系の必殺技で固めちゃうんだから!
 オラァ!

「そろそろ時間だね」
「えーもう?」

 一応部外者だからね。
 一緒に授業へ連れて行きたい気もするが、それは許されないんだ。
 膝に彼女を座らせて授業を受けたら、先生ギョッとするかな。

「学校の決まりだからね。また今度遊ぼうね」
「うーん……わかった。じゃ、また明日ね! 絶対だよ!」
「うんうん、いいよぉ。また明日ねぇ」

 アルエットちゃんが私へ手を振りながら去って行く。
 その姿は元気いっぱいだ。
 けれど……。

 不意に、心に重苦しい物が圧しかかる。

 アルエット・グラン。
 ティグリス・グランとコトヴィア・グランとの間に生まれた一人娘。
 コトヴィアは、アルエットを出産後に他界している。
 原因は心臓の病だ。

 彼女は幼少の頃から心臓が弱かったらしく、アルエットの出産に耐えられなかったらしい。
 そして、その病はアルエットちゃんにも遺伝している。
 時折発作を起こし、倒れる事があるのだ。
 イベントでもその様は描写されていた。

 本当に苦しそうでとても痛々しいイベントだ。
 無邪気に笑い、動き回る彼女を見ているとそんな病気を抱えているなんて思いもしないのにね。
 でもだからこそ、彼女と直に触れ合い、接する度に私は重苦しい気分を覚えている。

 いつか、この笑顔が苦しみに曇る所を見るかもしれない。
 その苦しみの中、息絶えてしまう事があるのかもしれない。
 そう思うと、やるせない気分になるのだ。

 治せないんだろうか?
 そう思う事もある。
 でも、私はお医者じゃないから、どうすればいいのかわからない。
 ゲーム内では治らなかったから、助ける方法を私は提示できない。
 どうしようもない無力感が、彼女と接する度に心を襲うのだ。

 それでも、ゲームの期間中でアルエットちゃんが死ぬ事はなかった。
 母親だって成人まで生きていたのだから、アルエットちゃんだってそんなにすぐ死んでしまうわけじゃない。
 私はそう言い聞かせて、何とか心を慰めている。



 調理実習の後、私は先生に後片付けが終わった事を報告するために、調理準備室へ入った。

「先生、終わりました」

 姿が見えないので声をかけるが、返事が無い。
 先生を探して部屋の奥に入る。
 すると、ソファーに横たわって寝息を立てる先生の姿があった。

 疲れているんだろうな……。
 先生は騎士公として取り立てられ、騎士団に所属していた。
 そっちの方が実入りはいいし、慣れているだろう。

 それでも教師という仕事を選んだのは、そこに危険がないからだ。
 先生はアルエットちゃんを一人にしたくないのだ。
 騎士という仕事は、いつ何があるかわからない。

 今は戦争なんてないが、それでも国内の村々などで盗賊などの討伐に騎士は駆り出される。
 その任務中に死ぬという事だってあるかもしれない。
 だから、先生は危険のない教師という職業を選んだ。
 でも先生にとって、教師という職業は窮屈なんだろう。

 ふと、私は思い出す。
 そういえば、こんな光景を前にも見た。
 確かこれは、イベントだ。

 ソファーで昼寝している先生にカナリオが近づく。
 すると、驚きの吸引力で先生に抱き締められるのだ。
 そして耳元で寝言を囁かれる。

「行かないでくれ……コトヴィア……」

 行かないでくれ、でドキッとして、コトヴィア、で私じゃないのか、とちょっと落ち込むイベントだ。
 しかし、あの美声でそんな事を囁かれるのだ。
 ヘッドフォンと△の破壊力が凄い。
 ゲーマー乙女の心に、効果は抜群だ!

 ま、でも、アルディリアに悪いからね。
 誰かに見られて、婚約者に悪い噂が立てば彼の迷惑になる。
 だから私は不用意に近付きませんよ。

 私は手近に置かれていた椅子に座り、先生が起きるまで待つ事にした。
 起こしては悪いから、じっと先生が起きるのを待った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品