気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
九話 悪役令嬢の正体
アードラー・フェルディウスは公爵家の令嬢だ。
父親が大臣をしており、家の格と幼少の頃よりの美貌からリオンの婚約者に選ばれた。
そして、彼女とクロエにはある共通点がある。
婚約者を愛していない事だ。
正確には、婚約者を愛している描写がないのだ。
アードラーはリオンに近付くカナリオへ嫌がらせをするが、感情的になる事は一切ない。
嘲っているわけでもなく、怒っているでもなく、ただ淡々と義務のように、カナリオをリオンから遠ざけようとしているように見える。
あくまでも淑女であるという体裁を崩さないまま、彼女はカナリオと向かい合うのである。
それはリオンがさっき言ったように、愛情ではなく地位を欲しての事なのかもしれない。
でも欲望まみれな様子ではなく、プロフェッショナルとかストイックとかいう言葉が似合う立ち居振る舞いなのだ。
彼女は最後、カナリオへの行き過ぎた嫌がらせを断罪される。
そして、国外へ追放されるのだ。
その時に彼女は言う。
「では、ごきげんよう」
悔しさはなく、悲嘆もなく、恨むようでもなく、晴れやかでもなく、ただ一言。
普段通りの調子で彼女は一礼し、学園の外へ歩いていく。
校門の外に待つ馬車と半身を向けてこちらへ上品な笑顔を送る彼女。
それが彼女の最後のスチル、一枚絵だ。
そのスチルが、私には強く印象に残っていた。
最後の言葉を聞く限り、彼女にリオンへの執着はない。
もしかしたら彼女は平民と王族の婚姻を貴族としての義務から妨害していたのではないか、とも思えてしまう。
その義務から解放された事で、笑みを浮かべたのではないかと思えてしまう。
本当の所はわからない。
ただ彼女が心を隠す事に長けていただけかもしれない。
でもその姿が、私には格好良く見えた。
だからそんな彼女と友達になりたいと思った。
彼女がいったいどんな人間なのか、知りたいと思った。
彼女の後を気付かれずについていくと、そのまま人気のない校舎裏へ向かった。
何をするつもりだろうか?
もしかして次の嫌がらせの準備だろうか?
仲良くなるためには私も手伝うべき?
いや、でも私カナリオも嫌いじゃないしなぁ。
とか考えながら彼女の様子を眺めていると、彼女はおもむろに地面の上へ座り込んだ。
膝を抱えた三角座りだ。
「はぁ……」
彼女にあるまじき深い溜息を吐く。表情もどこか儚げだ。
「何であんな事言っちゃったんだろ……。あんな事言ったら、嫌われちゃうだけなのに……」
そんな彼女の元に、リスが走り寄って来た。
この国のリスの生息分布はどうなっているんだろう?
天敵がいなくて増えすぎている事とかないか?
「ふふ、またあなたなの?」
どうやら知り合いらしい。
動物の知り合いがいるなんて、なんという乙女力だろう。
アードラーはリスの頭を優しく撫でた。
「あなたはいいわねぇ……。何も言わなくても、いるだけで可愛いんだから……。私もそうなりたい……。私だって本当は、リオン様に愛されたいのに……」
何だろう、見ていて切ないぞ。
ていうか、誰だよお前は。
しかしおかしい。
あまりにも私の知っている彼女じゃない。
いつも毅然と淑女然としていた彼女とまったくの別人だ。
……ああ、わかってる。
こういう人間をなんと言うのか。
お前、コミュ障だったのかっ!
そういえば、リオンルートのバッドエンドでは彼女がリオンの相手になるのだが、その時にこんな事を言っていた。
「彼は私だけの物。誰にも触れさせないわ」
エンディングに比べて、執着心丸出しの台詞だったからちょっと違和感があったけどあれはそういう事だったのか。
「どーも! アードラー・フェルディウス様! クロエ・ビッテンフェルトです!」
「きゃっ、誰あなた!」
私は彼女の前に飛び出した。アードラーが驚いて小さく飛び上がる。
リスが逃げていった。ごめんね。驚かせて。
「あなた、ビッテンフェルト家の令嬢?」
「如何にも、その通りです」
「家では「パパ、だーい好き」と父親に甘えているという、あの?」
ああああぁぁ……っ! 父上の馬鹿! また恥ずかしい思いをしたじゃないか!
「そうです。笑ってくださってもよろしいのですよ」
「……いいえ、人にはそれぞれの事情がありましょう」
アードラーはスカートについた砂を払いながら立ち上がり、普段通りの口調で応じた。
そこに先ほどまでの儚さはない。
「普通に話してくださってもよろしいのですよ?」
「……何の事かしら?」
見られていた事をなかった事にして、そのまま取り繕うつもりらしいな。
こういう時は、私も自分をさらけ出した方がいいかな?
ほら、怖くなーい怖くなーい。
「まぁ、そう言わず、腹を割って話そうジャン」
「馴れ馴れしいわよ、あなた」
失敗か。
かと思った時、彼女は不意に顔を歪めた。
「……何よ! 馬鹿みたいだと思ってるんでしょ! 笑いたきゃ笑えばいいじゃない!」
何故か急に怒り出した。
今まで溜め込んできた事が、こうしてバレてしまった事で堰を切ったのかもしれない。
激昂する彼女の目じりには、涙が浮かんでいた。
でも、彼女の抱えている物はそうなってしまうくらいに大きな物だったのだろう。
彼女がどれだけ愛情を向けても、相手には伝わらない。
そうして、どんどん自分が好きになった相手を遠ざけていってしまう。
そして、そのまま最後には悲しく国を追われてしまう。
その際になっても、彼女は自分の心を隠し通すのだ。
他人に理解されないという事は、とても辛い事だ。
彼女は、悲しい生き物だな。
「いや、笑わないさ。悲しくて泣いている人間を私は笑えない」
アードラーはじんわりと涙の滲む目で私を睨み付けた。
怒ったかな?
そうだね。
私の薄っぺらい言葉なんて、きっと彼女の心を逆撫でしてしまうだけだな。
「ごめんなさい。無遠慮に踏み込み過ぎましたね」
私は背を向ける。
「待って」
引き止める声があった。
振り返る。
「……あなたは、ちょっと変わっているわ。私が自分の気持ちを話して、慰めてくれた人はあなたが始めてだもの」
「助けを求めれば、応えてくれる人の一人や二人はいるものですよ。ご両親とか適任だと思いますよ」
親は子供が可愛いものだと相場が決まっている。
うちとか見ろ。
ストレスが溜まるくらいに愛されているぞ。
「お父様もお母様も、私が我儘なのが悪いと、そう言って叱るだけだった」
方向性は違えど、どこの親もろくでもねぇなぁ、おい。
でも……。
心の苦しみって他人から見ればわからないものだからね。
彼女はその苦しみに真剣に悩んでいた。
それを伝えて助けを求め、拒否される事はどれだけ辛い事だろう。
「誰にだって悩みはあります。それはえてして、誰かに言い難いものですね」
「あなたにも、そういう悩みはあるの?」
「ええ。誰だって悩みはありますよ」
あと一年くらいで壮絶な死が待っている、とかね。
「そう……。だったら、余計に人へ言い難いわね。同じ悩みを与えてしまうかもしれないから」
「いえいえ、誰が何を抱えていようと遠慮する事なんてありません。
自分にとって重大な悩みでも、他人にとってどうでもいいかもしれませんし。そういう人の意見を聞けば、案外すぐ悩みが消える事だってあります。
まぁ、人は選らんだ方がいいと思いますけどね。でなければ、秘密の悩みを言いふらされたりしますよ」
「あなたは?」
「ん?」
「あなたは、信用してもいい人かしら? 私の悩み、話してしまっても大丈夫な人かしら?」
視線をそらしつつちらちらと私を見ながら、アードラーはおずおずと訊ねてくる。
ちょっと顔が赤い。
やだ、可愛いじゃない……!
こんな姿を見ていると、どの辺りが悪役令嬢らしい悪役令嬢だと言われていたのかわからなくなる。
「さあねぇ。それはあなたが判断してください」
私とアードラーはこうして友達になった。
父親が大臣をしており、家の格と幼少の頃よりの美貌からリオンの婚約者に選ばれた。
そして、彼女とクロエにはある共通点がある。
婚約者を愛していない事だ。
正確には、婚約者を愛している描写がないのだ。
アードラーはリオンに近付くカナリオへ嫌がらせをするが、感情的になる事は一切ない。
嘲っているわけでもなく、怒っているでもなく、ただ淡々と義務のように、カナリオをリオンから遠ざけようとしているように見える。
あくまでも淑女であるという体裁を崩さないまま、彼女はカナリオと向かい合うのである。
それはリオンがさっき言ったように、愛情ではなく地位を欲しての事なのかもしれない。
でも欲望まみれな様子ではなく、プロフェッショナルとかストイックとかいう言葉が似合う立ち居振る舞いなのだ。
彼女は最後、カナリオへの行き過ぎた嫌がらせを断罪される。
そして、国外へ追放されるのだ。
その時に彼女は言う。
「では、ごきげんよう」
悔しさはなく、悲嘆もなく、恨むようでもなく、晴れやかでもなく、ただ一言。
普段通りの調子で彼女は一礼し、学園の外へ歩いていく。
校門の外に待つ馬車と半身を向けてこちらへ上品な笑顔を送る彼女。
それが彼女の最後のスチル、一枚絵だ。
そのスチルが、私には強く印象に残っていた。
最後の言葉を聞く限り、彼女にリオンへの執着はない。
もしかしたら彼女は平民と王族の婚姻を貴族としての義務から妨害していたのではないか、とも思えてしまう。
その義務から解放された事で、笑みを浮かべたのではないかと思えてしまう。
本当の所はわからない。
ただ彼女が心を隠す事に長けていただけかもしれない。
でもその姿が、私には格好良く見えた。
だからそんな彼女と友達になりたいと思った。
彼女がいったいどんな人間なのか、知りたいと思った。
彼女の後を気付かれずについていくと、そのまま人気のない校舎裏へ向かった。
何をするつもりだろうか?
もしかして次の嫌がらせの準備だろうか?
仲良くなるためには私も手伝うべき?
いや、でも私カナリオも嫌いじゃないしなぁ。
とか考えながら彼女の様子を眺めていると、彼女はおもむろに地面の上へ座り込んだ。
膝を抱えた三角座りだ。
「はぁ……」
彼女にあるまじき深い溜息を吐く。表情もどこか儚げだ。
「何であんな事言っちゃったんだろ……。あんな事言ったら、嫌われちゃうだけなのに……」
そんな彼女の元に、リスが走り寄って来た。
この国のリスの生息分布はどうなっているんだろう?
天敵がいなくて増えすぎている事とかないか?
「ふふ、またあなたなの?」
どうやら知り合いらしい。
動物の知り合いがいるなんて、なんという乙女力だろう。
アードラーはリスの頭を優しく撫でた。
「あなたはいいわねぇ……。何も言わなくても、いるだけで可愛いんだから……。私もそうなりたい……。私だって本当は、リオン様に愛されたいのに……」
何だろう、見ていて切ないぞ。
ていうか、誰だよお前は。
しかしおかしい。
あまりにも私の知っている彼女じゃない。
いつも毅然と淑女然としていた彼女とまったくの別人だ。
……ああ、わかってる。
こういう人間をなんと言うのか。
お前、コミュ障だったのかっ!
そういえば、リオンルートのバッドエンドでは彼女がリオンの相手になるのだが、その時にこんな事を言っていた。
「彼は私だけの物。誰にも触れさせないわ」
エンディングに比べて、執着心丸出しの台詞だったからちょっと違和感があったけどあれはそういう事だったのか。
「どーも! アードラー・フェルディウス様! クロエ・ビッテンフェルトです!」
「きゃっ、誰あなた!」
私は彼女の前に飛び出した。アードラーが驚いて小さく飛び上がる。
リスが逃げていった。ごめんね。驚かせて。
「あなた、ビッテンフェルト家の令嬢?」
「如何にも、その通りです」
「家では「パパ、だーい好き」と父親に甘えているという、あの?」
ああああぁぁ……っ! 父上の馬鹿! また恥ずかしい思いをしたじゃないか!
「そうです。笑ってくださってもよろしいのですよ」
「……いいえ、人にはそれぞれの事情がありましょう」
アードラーはスカートについた砂を払いながら立ち上がり、普段通りの口調で応じた。
そこに先ほどまでの儚さはない。
「普通に話してくださってもよろしいのですよ?」
「……何の事かしら?」
見られていた事をなかった事にして、そのまま取り繕うつもりらしいな。
こういう時は、私も自分をさらけ出した方がいいかな?
ほら、怖くなーい怖くなーい。
「まぁ、そう言わず、腹を割って話そうジャン」
「馴れ馴れしいわよ、あなた」
失敗か。
かと思った時、彼女は不意に顔を歪めた。
「……何よ! 馬鹿みたいだと思ってるんでしょ! 笑いたきゃ笑えばいいじゃない!」
何故か急に怒り出した。
今まで溜め込んできた事が、こうしてバレてしまった事で堰を切ったのかもしれない。
激昂する彼女の目じりには、涙が浮かんでいた。
でも、彼女の抱えている物はそうなってしまうくらいに大きな物だったのだろう。
彼女がどれだけ愛情を向けても、相手には伝わらない。
そうして、どんどん自分が好きになった相手を遠ざけていってしまう。
そして、そのまま最後には悲しく国を追われてしまう。
その際になっても、彼女は自分の心を隠し通すのだ。
他人に理解されないという事は、とても辛い事だ。
彼女は、悲しい生き物だな。
「いや、笑わないさ。悲しくて泣いている人間を私は笑えない」
アードラーはじんわりと涙の滲む目で私を睨み付けた。
怒ったかな?
そうだね。
私の薄っぺらい言葉なんて、きっと彼女の心を逆撫でしてしまうだけだな。
「ごめんなさい。無遠慮に踏み込み過ぎましたね」
私は背を向ける。
「待って」
引き止める声があった。
振り返る。
「……あなたは、ちょっと変わっているわ。私が自分の気持ちを話して、慰めてくれた人はあなたが始めてだもの」
「助けを求めれば、応えてくれる人の一人や二人はいるものですよ。ご両親とか適任だと思いますよ」
親は子供が可愛いものだと相場が決まっている。
うちとか見ろ。
ストレスが溜まるくらいに愛されているぞ。
「お父様もお母様も、私が我儘なのが悪いと、そう言って叱るだけだった」
方向性は違えど、どこの親もろくでもねぇなぁ、おい。
でも……。
心の苦しみって他人から見ればわからないものだからね。
彼女はその苦しみに真剣に悩んでいた。
それを伝えて助けを求め、拒否される事はどれだけ辛い事だろう。
「誰にだって悩みはあります。それはえてして、誰かに言い難いものですね」
「あなたにも、そういう悩みはあるの?」
「ええ。誰だって悩みはありますよ」
あと一年くらいで壮絶な死が待っている、とかね。
「そう……。だったら、余計に人へ言い難いわね。同じ悩みを与えてしまうかもしれないから」
「いえいえ、誰が何を抱えていようと遠慮する事なんてありません。
自分にとって重大な悩みでも、他人にとってどうでもいいかもしれませんし。そういう人の意見を聞けば、案外すぐ悩みが消える事だってあります。
まぁ、人は選らんだ方がいいと思いますけどね。でなければ、秘密の悩みを言いふらされたりしますよ」
「あなたは?」
「ん?」
「あなたは、信用してもいい人かしら? 私の悩み、話してしまっても大丈夫な人かしら?」
視線をそらしつつちらちらと私を見ながら、アードラーはおずおずと訊ねてくる。
ちょっと顔が赤い。
やだ、可愛いじゃない……!
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