気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 並び立つために
僕の名前はアルディリア・ラーゼンフォルト。
僕には、クロエ・ビッテンフェルトという婚約者の令嬢がいる。
彼女は僕にとって、恐怖の対象だった。
初めて彼女と会った時、僕は彼女から「軟弱者」と罵倒された。
僕が彼女の家の庭でリスを見つけ、可愛がっていた時の事だ。
どういうわけか僕は、子供の頃から小動物が集まってくる体質だった。
僕自身も小動物が好きで、近寄ってくれば頭を撫でたり、餌をあげたりして可愛がった。
特にリスが好きだ。
なんとなく、親近感が湧くから。
ただ、そんな僕が気に食わなかったらしく、クロエは僕を罵った。
「この「ナンジャクモノ」め! おまえみたいなやつがわたしの「コンヤクシャ」なんてなさけない!」
こんな事を言われたのは、初めてで僕は泣き出してしまった。
するとさらに、彼女は怒るのだ。
こんな事で泣くなんて、お前は本当に男なのか? と。
アレがついているのか? と、令嬢らしからぬ言葉でさらに罵倒されたのだ。
家に帰る馬車の中、僕はもう二度と彼女に会いたくないと思った。
でも父上はそれを許さなかった。
婚約者だから仲良くしろ。と、それだけしか言ってくれなかった。
もう行かなくていいとは言ってくれなかった。
行きたくないのに何度も引き合わされ、その度に「軟弱者」と言われ、僕は「軟弱者」という言葉が怖くなっていった。
口答えしても怒鳴られ、最後にはやっぱり「軟弱者」と謗《そし》られるのだ。
その日々が僕は嫌で嫌でたまらなかった。
だけど、そんな日々は唐突に終わる。
今思えばあの日は、そもそも玄関で出迎えられた時から彼女は普段と違っていた。
「お、お招きに預かり、光栄です。クロエ様」
僕は父上に言われていた通りの言葉をいつものように、間違えないよう気をつけながら口にする。
すると――
「こちらこそ、光栄です。アルディリア様」
彼女はしっかりとした言葉を返した。
いつもなら、「ふん」と鼻を鳴らしてふんぞり返る所だ。
いつもと違う。
けれど、それは今だけかもしれない。
結局の所、僕はいつものように「軟弱者」と言われるんじゃないだろうか。
そう思うと恐ろしかった。
だけれど、やっぱりその日の彼女は違った。
というより、その日から彼女は変わったんだ。
庭へ出て二人で歩いていると、一匹のリスが僕の下へ走り寄って来た。
僕は絶望的な気分になった。
また、罵られる。
「あ、あっちいけ」
そう思うと恐ろしくて、つい自分可愛さにリスを追い払ってしまった。
「あ、あの」
彼女の反応をうかがうように、顔を見上げる。
彼女は特に怒っていなかった。
いつもならもう、恐ろしい形相で怒鳴りつけている所だ。
それどころか。
「アルディリア。私は前に、あなたの事を「軟弱者」と罵った。それは謝ります」
そう謝ったのだ。
僕は戸惑う。
「クロエ様?」
「クロエでよろしい。一応、婚約者ですからね。それより、私が気になっているのはあなたの自主性の無さです」
「自主性、ですか?」
そんな難しい言葉がクロエから出てくるとは思っていなかった。
それに、彼女がこんな丁寧な言葉遣いをしている事も驚きだ。
「私が言うのも横暴に思えるかもしれませんけどね。人の言葉で自分の行動を変える人間は「軟弱者」と謗られても仕方がないものなのですよ。嫌な事は嫌なのだと口にしなさい」
「で、でも……」
もし口答えすれば、またいつものクロエに戻って怒鳴られるかもしれない。
恐ろしさから口ごもる。
「言いたい事があれば言ってもいいのですよ。周りを見てみなさい。自分の言いたい事を言う人間ばかりでしょう。だったらあなただって、言いたい事を好き勝手に言ってもいいと思いませんか?」
「それは、クロエみたいにって事、ですか?」
あ、これは怒られる。
言ってしまってから「しまった」と思った。
けれど、クロエは怒らなかった。
「そうですね。アルディリアは、周りの言葉に振り回されすぎです。私に「軟弱者」と謗られたってリスを可愛がってもいいし、私に会いたくないならお父様にも抗ってみなさい。そんなあなたなら、きっと誰も「軟弱者」などと謗る事はないでしょう」
本当にいつもの彼女と違う。
前はこんな事を言う女の子ではなかった。
どうしてこんなに変わったのだろう。
僕は不思議に思って彼女の顔を凝視した。
「何だか、クロエは変わりましたね。言葉遣いも話の内容も変わって、頭が良さそうに見えます」
僕が言うと、クロエは「え」と戸惑う表情を作った。
こういう反応もいつもと違う。
「でもクロエは、前に「お前は私の言う事だけ聞いていればいい。口答えするな」って言ってませんでした?」
僕が言うと、彼女は困った顔をした。
そして口を開く。
「それも謝ります」
柔らかい笑みを添えて。
その笑みに釣られて、僕も思わず笑った。
「ふふふ」
そうして、僕の恐怖の対象は姿を消した。
それから僕は、進んでクロエと会いに行くようになった。
むしろ、彼女と会いたくて仕方が無いと思えるようになっていた。
そんなある日の事。
いつものように彼女の家に遊びに行った時、父上が彼女へ勝負を挑んだ。
わけのわからない内に僕は立会人を任され、そしてわけのわからない内にクロエが父上を倒した。
父上はビッテンフェルト卿(クロエの父)の部下で、副官の地位にある。
武力もビッテンフェルト卿に次ぐ実力者だという。
そんな父上をクロエは苦もなく倒してしまったのだ。
クロエは凄い。
本当に凄い人間だ。
そんな彼女が僕の婚約者なのか、と僕は嬉しくなった。
けれど、その気持ちもすぐに消えた。
彼女は凄いけれど、じゃあ僕はどうなの?
そう思って考え、そして僕は自分には何もない事に気付いた。
彼女に釣り合うような、そんな凄い何かが僕にはなかった。
その事が僕には、酷く惨めに思えてしまったのだ。
そして、彼女と釣り合うような人間になりたいと思った。
それ以来、僕は少しでも彼女に釣り合うよう、鍛錬へ励むようになった。
父上にも、クロエにも教わって、闘技の鍛錬を受けた。
そうして三年の月日が経った。
この三年でクロエの身長がメキメキと伸びた。対して僕の身長はあんまり伸びず、かつては彼女の肩のあたりが僕の顔の位置だったのに、今では彼女の胸の辺りに顔がくるようになっていた。
呼ばれて振り返ると胸が視界に入るので居たたまれない気分になる。
鍛錬で少し筋肉はついたけれど、クロエみたいなカッコイイ身体つきにはならなかった。
腹筋も割れてない。
この三年、自分も成長しているはずなのに、さらに差をつけられてしまった事に僕は焦っていた。
「クロエ、どうしたらそんなに背が伸びるの?」
「牛乳とか飲めば伸びるというけど……。アルディリアは可愛いから今のままでいいんじゃない?」
前に身長が伸びない事に悩んで聞いてみたら、そんな答えを返された。
嬉しくないよ……。
その年、僕とクロエはシュエット魔法学園へ入学する事になった。
入学式では第一王子のリオン様が、スピーチを行っていた。
背が高くて、顔は綺麗だけどちゃんと男だとわかる顔つきをしている。
男の僕から見てもカッコイイ人だ。
「王子様、格好良いね」
僕は隣の席に座っていたクロエに声をかける。
「そうだね」
「憧れちゃうなぁ」
僕もあんなカッコイイ男になりたいなぁ。それなら、見た目だけでもクロエと釣り合うのに。
何故かわからないけど、クロエに微妙な顔をされた。
入学式の後、クラス分けで彼女と離れる事になった。
別のクラスになって、とても残念だ。
自己紹介と席順決めが終わると、僕は教室を出た。
クロエのクラスへ行ったけど、まだ自己紹介が終わっていなかった。
まだかかりそうだったので、僕は外へ向かう。
校舎裏で木を見つけた僕は、その木にぶら下がった。
両手で持って、懸垂をする。
腕の筋肉を鍛えるための鍛錬だ。
背が伸びないかな、という期待も少しはある。
少しでも彼女に追いつけるように、僕は時間があれば鍛錬するようにしていた。
でも、十回くらいですぐに力尽きて手を離した。
木に寄りかかって座り込む。
僕はだめだなぁ。
これくらいで手を放しちゃうなんて。
クロエなら、片手の小指だけで体を持ち上げ、空いた手で本を読みながら何十分も続けるのに。
自分が情けない。
これじゃあ、「軟弱者」と呼ばれても仕方ないよ……。
「あれ? 誰かいる? 大丈夫!?」
そんな時、誰かが校舎裏に来た。
明るい赤髪の女の子だ。
僕が座り込んでいたから、気にしてくれたらしい。
「大丈夫だよ」
僕は立ち上がってみせる。彼女はホッと安堵して息を吐いた。
「よかった。気分が悪くなっているのかと思った」
「ごめんなさい。ちょっと鍛錬してて、疲れちゃったんだ」
「鍛錬? あなたが?」
「うん。僕、強くなりたいんだ。だから、時間があったら鍛錬するようにしてて……」
「そうなんだ。えーと、私は、カナリオ・ロレンス」
自己紹介する彼女。
僕はその名前に覚えがあった。
確か、平民なのに強い魔力を持っていて、だから特例でこの学園に入る事が許された少女だ。
魔力は基本的に貴族しか持っていない。
「あなたは?」
「僕は、アルディリア。アルディリア・ラーゼンフォルト」
「よろしく、アルディリアちゃん」
あんまり物怖じしない人だな。
平民は貴族を恐れる人が多いのに。
でも、不快じゃない。
「よろしく。でも、僕男の子だよ」
「えっ、嘘っ!」
驚愕された。
「ごめんなさい! アルディリアくん?」
まだちょっと疑ってるね。
「いいよ。たまに間違われるし」
不意に、僕の体を上ってリスが肩に上ってきた。
「あ、リス! 可愛い!」
カナリオがはしゃいだ声を上げる。
手の平を上にしてあげると、リスがそこへ移動した。
もう片方の手で優しく撫でる。
「僕、よく小動物を引き寄せちゃうんだ」
「そうなんだ。凄いね!」
「そう?」
こんな事ができても、彼女の横に並び立つには足りないんだけどね。
その時だ。
「どーも、カナリオ・ロレンスさん。クロエ・ビッテンフェルトです」
どこからともなく、クロエが飛び出した。
カナリオへ挨拶をする。
「ど、どうも、ご丁寧に、クロエ・ビッテンフェルト様? カナリオ・ロレンスと申します。どうしてあたしの名前を?」
奇襲気味の挨拶に、カナリオは何とか対応した。
僕はその場で硬直した。
何故ならクロエには、どこかかつて「軟弱者」と僕へ言った時と同じ雰囲気があった。
彼女は今、不機嫌なのかもしれない。
なら、何故不機嫌なんだろう?
もしかして、僕が女の子と話していたから誤解して、嫉妬してるんじゃ……。
「さて、それよりなんでアルディリアはまだビクビクしているのですか?」
唐突に、こちらへ声をかけられる。
急の事で戸惑う。
「え、あ、うん。なんでもないよ。僕は、カナリオさんと話をしていただけだからね」
焦りを消せないまま、僕は素直に話した。
お願い、信じて。
彼女はそのまましばらく何か思案する素振りを見せていたが、やがてカナリオに話しかけた。
内容は雑談だ。
僕が焦っていろいろ考えている間に、二人はちょっと打ち解けていたらしい。
クロエからも、どこか彼女と仲良くしようという意図が感じられた。
あの嫌な雰囲気も消えている。
嫉妬しているっていうのは、僕の勘違いだったみたいだ。
恥ずかしい……。
しばらくそこで話し込んでから、僕達は別れた。
迎えの馬車へ向かう途中、僕達は隣り合って歩いていた。
僕はこうして歩く時、いつも自分と彼女の差を実感する。
でも、彼女といる事はとても居心地がいいと思っていた。
何だか、心が落ち着くのだ。
「クロエ」
「ん、何?」
「クロエからは、お日様の匂いがしますね」
匂いがする。というのは少し違うかもしれない。
ただ、彼女のそばはお日様の中にいるみたいに、気持ちの良い気分になる。
だから、なんとなく、本当にただなんとなく思った事を言ってみた。
すると、何か信じられない物を見るような目で見られた。
「アルディリア、それ、会う女の子みんなに言ってるって事ないよね?」
「え、言ってないよ! クロエだけだよ!」
「本当?」
とても懐疑的な表情で訊ねられた。
「本当だよ!」
「ふーん」
なんだったんだろう?
変な所で食いつかれた。
でも、会う女の子みんなにって、それを疑うって事はやっぱり嫉妬してくれていたって事なんだろうか?
もしそうなら、ちょっと嬉しいな。
僕には、クロエ・ビッテンフェルトという婚約者の令嬢がいる。
彼女は僕にとって、恐怖の対象だった。
初めて彼女と会った時、僕は彼女から「軟弱者」と罵倒された。
僕が彼女の家の庭でリスを見つけ、可愛がっていた時の事だ。
どういうわけか僕は、子供の頃から小動物が集まってくる体質だった。
僕自身も小動物が好きで、近寄ってくれば頭を撫でたり、餌をあげたりして可愛がった。
特にリスが好きだ。
なんとなく、親近感が湧くから。
ただ、そんな僕が気に食わなかったらしく、クロエは僕を罵った。
「この「ナンジャクモノ」め! おまえみたいなやつがわたしの「コンヤクシャ」なんてなさけない!」
こんな事を言われたのは、初めてで僕は泣き出してしまった。
するとさらに、彼女は怒るのだ。
こんな事で泣くなんて、お前は本当に男なのか? と。
アレがついているのか? と、令嬢らしからぬ言葉でさらに罵倒されたのだ。
家に帰る馬車の中、僕はもう二度と彼女に会いたくないと思った。
でも父上はそれを許さなかった。
婚約者だから仲良くしろ。と、それだけしか言ってくれなかった。
もう行かなくていいとは言ってくれなかった。
行きたくないのに何度も引き合わされ、その度に「軟弱者」と言われ、僕は「軟弱者」という言葉が怖くなっていった。
口答えしても怒鳴られ、最後にはやっぱり「軟弱者」と謗《そし》られるのだ。
その日々が僕は嫌で嫌でたまらなかった。
だけど、そんな日々は唐突に終わる。
今思えばあの日は、そもそも玄関で出迎えられた時から彼女は普段と違っていた。
「お、お招きに預かり、光栄です。クロエ様」
僕は父上に言われていた通りの言葉をいつものように、間違えないよう気をつけながら口にする。
すると――
「こちらこそ、光栄です。アルディリア様」
彼女はしっかりとした言葉を返した。
いつもなら、「ふん」と鼻を鳴らしてふんぞり返る所だ。
いつもと違う。
けれど、それは今だけかもしれない。
結局の所、僕はいつものように「軟弱者」と言われるんじゃないだろうか。
そう思うと恐ろしかった。
だけれど、やっぱりその日の彼女は違った。
というより、その日から彼女は変わったんだ。
庭へ出て二人で歩いていると、一匹のリスが僕の下へ走り寄って来た。
僕は絶望的な気分になった。
また、罵られる。
「あ、あっちいけ」
そう思うと恐ろしくて、つい自分可愛さにリスを追い払ってしまった。
「あ、あの」
彼女の反応をうかがうように、顔を見上げる。
彼女は特に怒っていなかった。
いつもならもう、恐ろしい形相で怒鳴りつけている所だ。
それどころか。
「アルディリア。私は前に、あなたの事を「軟弱者」と罵った。それは謝ります」
そう謝ったのだ。
僕は戸惑う。
「クロエ様?」
「クロエでよろしい。一応、婚約者ですからね。それより、私が気になっているのはあなたの自主性の無さです」
「自主性、ですか?」
そんな難しい言葉がクロエから出てくるとは思っていなかった。
それに、彼女がこんな丁寧な言葉遣いをしている事も驚きだ。
「私が言うのも横暴に思えるかもしれませんけどね。人の言葉で自分の行動を変える人間は「軟弱者」と謗られても仕方がないものなのですよ。嫌な事は嫌なのだと口にしなさい」
「で、でも……」
もし口答えすれば、またいつものクロエに戻って怒鳴られるかもしれない。
恐ろしさから口ごもる。
「言いたい事があれば言ってもいいのですよ。周りを見てみなさい。自分の言いたい事を言う人間ばかりでしょう。だったらあなただって、言いたい事を好き勝手に言ってもいいと思いませんか?」
「それは、クロエみたいにって事、ですか?」
あ、これは怒られる。
言ってしまってから「しまった」と思った。
けれど、クロエは怒らなかった。
「そうですね。アルディリアは、周りの言葉に振り回されすぎです。私に「軟弱者」と謗られたってリスを可愛がってもいいし、私に会いたくないならお父様にも抗ってみなさい。そんなあなたなら、きっと誰も「軟弱者」などと謗る事はないでしょう」
本当にいつもの彼女と違う。
前はこんな事を言う女の子ではなかった。
どうしてこんなに変わったのだろう。
僕は不思議に思って彼女の顔を凝視した。
「何だか、クロエは変わりましたね。言葉遣いも話の内容も変わって、頭が良さそうに見えます」
僕が言うと、クロエは「え」と戸惑う表情を作った。
こういう反応もいつもと違う。
「でもクロエは、前に「お前は私の言う事だけ聞いていればいい。口答えするな」って言ってませんでした?」
僕が言うと、彼女は困った顔をした。
そして口を開く。
「それも謝ります」
柔らかい笑みを添えて。
その笑みに釣られて、僕も思わず笑った。
「ふふふ」
そうして、僕の恐怖の対象は姿を消した。
それから僕は、進んでクロエと会いに行くようになった。
むしろ、彼女と会いたくて仕方が無いと思えるようになっていた。
そんなある日の事。
いつものように彼女の家に遊びに行った時、父上が彼女へ勝負を挑んだ。
わけのわからない内に僕は立会人を任され、そしてわけのわからない内にクロエが父上を倒した。
父上はビッテンフェルト卿(クロエの父)の部下で、副官の地位にある。
武力もビッテンフェルト卿に次ぐ実力者だという。
そんな父上をクロエは苦もなく倒してしまったのだ。
クロエは凄い。
本当に凄い人間だ。
そんな彼女が僕の婚約者なのか、と僕は嬉しくなった。
けれど、その気持ちもすぐに消えた。
彼女は凄いけれど、じゃあ僕はどうなの?
そう思って考え、そして僕は自分には何もない事に気付いた。
彼女に釣り合うような、そんな凄い何かが僕にはなかった。
その事が僕には、酷く惨めに思えてしまったのだ。
そして、彼女と釣り合うような人間になりたいと思った。
それ以来、僕は少しでも彼女に釣り合うよう、鍛錬へ励むようになった。
父上にも、クロエにも教わって、闘技の鍛錬を受けた。
そうして三年の月日が経った。
この三年でクロエの身長がメキメキと伸びた。対して僕の身長はあんまり伸びず、かつては彼女の肩のあたりが僕の顔の位置だったのに、今では彼女の胸の辺りに顔がくるようになっていた。
呼ばれて振り返ると胸が視界に入るので居たたまれない気分になる。
鍛錬で少し筋肉はついたけれど、クロエみたいなカッコイイ身体つきにはならなかった。
腹筋も割れてない。
この三年、自分も成長しているはずなのに、さらに差をつけられてしまった事に僕は焦っていた。
「クロエ、どうしたらそんなに背が伸びるの?」
「牛乳とか飲めば伸びるというけど……。アルディリアは可愛いから今のままでいいんじゃない?」
前に身長が伸びない事に悩んで聞いてみたら、そんな答えを返された。
嬉しくないよ……。
その年、僕とクロエはシュエット魔法学園へ入学する事になった。
入学式では第一王子のリオン様が、スピーチを行っていた。
背が高くて、顔は綺麗だけどちゃんと男だとわかる顔つきをしている。
男の僕から見てもカッコイイ人だ。
「王子様、格好良いね」
僕は隣の席に座っていたクロエに声をかける。
「そうだね」
「憧れちゃうなぁ」
僕もあんなカッコイイ男になりたいなぁ。それなら、見た目だけでもクロエと釣り合うのに。
何故かわからないけど、クロエに微妙な顔をされた。
入学式の後、クラス分けで彼女と離れる事になった。
別のクラスになって、とても残念だ。
自己紹介と席順決めが終わると、僕は教室を出た。
クロエのクラスへ行ったけど、まだ自己紹介が終わっていなかった。
まだかかりそうだったので、僕は外へ向かう。
校舎裏で木を見つけた僕は、その木にぶら下がった。
両手で持って、懸垂をする。
腕の筋肉を鍛えるための鍛錬だ。
背が伸びないかな、という期待も少しはある。
少しでも彼女に追いつけるように、僕は時間があれば鍛錬するようにしていた。
でも、十回くらいですぐに力尽きて手を離した。
木に寄りかかって座り込む。
僕はだめだなぁ。
これくらいで手を放しちゃうなんて。
クロエなら、片手の小指だけで体を持ち上げ、空いた手で本を読みながら何十分も続けるのに。
自分が情けない。
これじゃあ、「軟弱者」と呼ばれても仕方ないよ……。
「あれ? 誰かいる? 大丈夫!?」
そんな時、誰かが校舎裏に来た。
明るい赤髪の女の子だ。
僕が座り込んでいたから、気にしてくれたらしい。
「大丈夫だよ」
僕は立ち上がってみせる。彼女はホッと安堵して息を吐いた。
「よかった。気分が悪くなっているのかと思った」
「ごめんなさい。ちょっと鍛錬してて、疲れちゃったんだ」
「鍛錬? あなたが?」
「うん。僕、強くなりたいんだ。だから、時間があったら鍛錬するようにしてて……」
「そうなんだ。えーと、私は、カナリオ・ロレンス」
自己紹介する彼女。
僕はその名前に覚えがあった。
確か、平民なのに強い魔力を持っていて、だから特例でこの学園に入る事が許された少女だ。
魔力は基本的に貴族しか持っていない。
「あなたは?」
「僕は、アルディリア。アルディリア・ラーゼンフォルト」
「よろしく、アルディリアちゃん」
あんまり物怖じしない人だな。
平民は貴族を恐れる人が多いのに。
でも、不快じゃない。
「よろしく。でも、僕男の子だよ」
「えっ、嘘っ!」
驚愕された。
「ごめんなさい! アルディリアくん?」
まだちょっと疑ってるね。
「いいよ。たまに間違われるし」
不意に、僕の体を上ってリスが肩に上ってきた。
「あ、リス! 可愛い!」
カナリオがはしゃいだ声を上げる。
手の平を上にしてあげると、リスがそこへ移動した。
もう片方の手で優しく撫でる。
「僕、よく小動物を引き寄せちゃうんだ」
「そうなんだ。凄いね!」
「そう?」
こんな事ができても、彼女の横に並び立つには足りないんだけどね。
その時だ。
「どーも、カナリオ・ロレンスさん。クロエ・ビッテンフェルトです」
どこからともなく、クロエが飛び出した。
カナリオへ挨拶をする。
「ど、どうも、ご丁寧に、クロエ・ビッテンフェルト様? カナリオ・ロレンスと申します。どうしてあたしの名前を?」
奇襲気味の挨拶に、カナリオは何とか対応した。
僕はその場で硬直した。
何故ならクロエには、どこかかつて「軟弱者」と僕へ言った時と同じ雰囲気があった。
彼女は今、不機嫌なのかもしれない。
なら、何故不機嫌なんだろう?
もしかして、僕が女の子と話していたから誤解して、嫉妬してるんじゃ……。
「さて、それよりなんでアルディリアはまだビクビクしているのですか?」
唐突に、こちらへ声をかけられる。
急の事で戸惑う。
「え、あ、うん。なんでもないよ。僕は、カナリオさんと話をしていただけだからね」
焦りを消せないまま、僕は素直に話した。
お願い、信じて。
彼女はそのまましばらく何か思案する素振りを見せていたが、やがてカナリオに話しかけた。
内容は雑談だ。
僕が焦っていろいろ考えている間に、二人はちょっと打ち解けていたらしい。
クロエからも、どこか彼女と仲良くしようという意図が感じられた。
あの嫌な雰囲気も消えている。
嫉妬しているっていうのは、僕の勘違いだったみたいだ。
恥ずかしい……。
しばらくそこで話し込んでから、僕達は別れた。
迎えの馬車へ向かう途中、僕達は隣り合って歩いていた。
僕はこうして歩く時、いつも自分と彼女の差を実感する。
でも、彼女といる事はとても居心地がいいと思っていた。
何だか、心が落ち着くのだ。
「クロエ」
「ん、何?」
「クロエからは、お日様の匂いがしますね」
匂いがする。というのは少し違うかもしれない。
ただ、彼女のそばはお日様の中にいるみたいに、気持ちの良い気分になる。
だから、なんとなく、本当にただなんとなく思った事を言ってみた。
すると、何か信じられない物を見るような目で見られた。
「アルディリア、それ、会う女の子みんなに言ってるって事ないよね?」
「え、言ってないよ! クロエだけだよ!」
「本当?」
とても懐疑的な表情で訊ねられた。
「本当だよ!」
「ふーん」
なんだったんだろう?
変な所で食いつかれた。
でも、会う女の子みんなにって、それを疑うって事はやっぱり嫉妬してくれていたって事なんだろうか?
もしそうなら、ちょっと嬉しいな。
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