気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

五話 未来に思いを馳せてみる

 その日は、アルディリアが当家へ遊びに来た。

 玄関にて。
 父親と二人で来た彼をお出迎えだ。
 私は黒いドレス姿でお出迎えである。
 クロエのイメージカラーが黒なせいか、家にある私の服はだいたい黒なのだ。

「クロエ。遊びに来ました」
「はい。ウェルカーム」
「え? どこの言葉ですか?」
「アメリカ」
「どこですか?」

 本当はイギリスの方が正解だけどね。

「やぁ、クロエちゃん」

 アルディリアの父親が優しい笑顔で声をかけてくる。

「この度は当家へお越しいただき、歓迎いたします」

 スカートの裾を小さく摘み、可愛らしくご挨拶だ。

「ありがとう。それにしても、君は変わったなぁ。少し心配だったけど、成長すればしっかりするものだね」

 多分、記憶を取り戻す前と比較されているんだろう。
 やんちゃだったからね、クロエ。
 昔の俺は、って感じだ。

「その様子なら、あの話もあながち嘘ではないのかもしれない」
「何の話ですか?」
「前に、男だけの集まりがあったんだがね」
「そんなものがあるのですか」

 男子会みたいなものですかね。
 それともおじ様会?

「ああ。そこに君のお父上と一緒に参加したのだがね。その時、話してくれたんだ」
「父上が? 何を話していたのですか?」
「うちの娘が甘えん坊で、家では「パパ、だーい好き」と甘えてくるのだ。ハッハッハ。と上機嫌に話しておられた」

 うおおおおおおぉ! なんて事だ!
 あれが流出しているだと!

 あんなにめんどくさい様を晒しておいて、なんだその変わり身は……。
 憎さ余って可愛さ百倍か!

 くそぉ、馬鹿親父めぇ……。
 お父さんと私の下着、一緒に洗わないでって面と向かって言ってやるぞ。

「その様子だと、本当らしいね。では、もう一つの話も本当かな?」
「まだ何か言っていたのですか?」

 話の内容によっては、本当に言ってやるんだからな!

「娘に闘技で負けた、と」

 そう口にした瞬間、アルディリアの父親が目を細めた。
 空気が張り詰める。

 なんと言えばいいのだろうか?
 闘気? みたいな物が辺りに充満した。そんな感覚だ。
 父上との鍛錬でよく感じる、酷く攻撃的な雰囲気。
 わかりやすく言えば、バトルの気配だ。

 アルディリアの父親からは、私と戦いたいという気配がありありと伝わってきた。

「本当ですよ。それが、何か?」
「実に興味がある。うちも武家だからね」

 まぁ、そうだと思っていたよ。
 その体つきで文官だったら違和感しか残らないよ。

「一手、手合わせ願えますかな?」
「父上?」

 まだ主人公と遭遇すらしていないのに、なんという少年漫画展開だ。
 このバトル脳共め。

 自分の父親がした私への申し出に、アルディリアが驚き戸惑っていた。
 こういう雰囲気の父親を彼は見た事がなかったのかもしれない。
 一度父親に目を向け、すがるように私へ視線を向ける。

 怯えた姿はハムスターみたいな可愛らしさがある。
 リスだけど。

 そんな彼へ安心させるように笑いかける。
 そして、アルディリアの父親へ言葉を返した。

「いいでしょう。わかりました。受けて立ちます」



 私はアルディリアを立会人にして、アルディリアの父親と庭で徒手の手合わせする事になった。
 武器不使用。魔力行使ありの一本勝負だ。
 武器の使用以外、全てを認めるって奴だ。

 立会人を任されたアルディリアは不安そうにしていた。
 でも、私からすればアルディリアと言えば立会人ってイメージがあるんだよね。
 主人公と戦う時は、いつもアルディリアが立会いしていたし。

 順当に攻略されれば、彼が立ち会うとクロエは負け戦しか体験していない事になるが……。

 試合の間、どっか行っててもらおうかな。

「では、行くよ?」
「はい。どうぞ」

 そのやり取りを合図に、私とアルディリアの父親との戦いの火蓋が切って落とされた。



 端的に言えば勝ちました。
 どう考えてもあの豪腕をモロに受けきれるわけがないので、父上と戦った時同様ヒット&アウェイ戦法で戦った。
 その上で新技・魔力縄クロエクローという魔力のロープで相手を引き寄せ、脇腹の下に連打を浴びせ、最終的にフランケンシュタイナーで頭を地面にぶつけて勝利した。

 一瞬気を失ったアルディリアの父親だったが、すぐに意識を取り戻した。
 タフだなぁ。

 ……すごい男だ。

「いやぁ、お父上の言っていた通りだね。本当に強い」
「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。

 しかし、この戦いで一つわかった事がある。
 父上が、とても強いという事だ。

 正直に言って、アルディリアの父親はあまりにも相手にならなかった。
 動きは全部見えたし、パターンも読みやすい。
 小足見て無敵対空技余裕でしたって感じだった。
 だから相対的に父上の強さがわかって、私は内心とても嬉しかった。

「どうだ。嘘ではなかったろう?」

 不意に声が聞こえてそちらを向くと、父上がこちらへ歩いてきていた。

「ああ。本当だった。流石はあなたの娘だ」
「ああ。自慢の娘だ」

 アルディリアの父親が私に向く。

「じゃあ、クロエちゃん。私は君のお父上と話があるから、あとはアルディリアと遊んでいてくれるかい?」
「はい。わかりました」



「クロエは凄いのですね」

 庭の木に二人でもたれかかって座っていると、不意にアルディリアが私を褒めた。

「何の事ですか?」
「父上に勝ってしまうなんて」

 ああ、その事か。
 もしかして、父親を叩きのめされて、嫌われちゃったかな?

 それはいかん。私にとって彼に嫌われる事は命に関わるのだ。
 回避策その一はまだ続行中なんだぞ。

 私は恐る恐る隣に座るアルディリアの顔を覗き込む。
 しかし、彼の表情に恐れている様子はなかった。
 いたって穏やかだ。
 ちょっと安心する。

「まぁ、闘技の鍛錬をしているからね」
「そうですか……」

 アルディリアは俯いた。何やら思案しているように見える。
 やがて顔を上げる。

「僕も、鍛錬すればクロエみたいに強くなれますか?」

 無理じゃないかな?

 とは言えない。
 アルディリアは、意を決して言葉にしたんだろう。
 表情には少しの不安が見て取れた。
 それだけじゃなく、期待もある。

「本人の努力次第だと思いますよ」
「そう、なんだ……。じゃあクロエ。僕に、闘技を教えてくれませんか?」

 えーと、どうしよう……。
 彼が強くなるかどうかはよくわからないんだよね。
 格闘ゲームではあんまり自分で戦っているイメージ無いし。
 でも、人間一人を跳び越えるくらいにはジャンプ力があるし、常人離れしている方かな。

「いいですよ。ただ、厳しくいきますからね」

 答えると、アルディリアはパッと表情を輝かせた。

「やったーっ! ありがとうございます!」

 両手を上げて、アルディリアは全身で喜びを表現する。
 その表情も仕草もとっても可愛らしい。
 これはちょっとパンツを下ろして確認しないといけないかもしれないな。
 性別の詐称はいかんぞ?

「あ、リス!」

 馬鹿な事を考えていると、アルディリアが声を上げる。彼の足元に、一匹のリスが走り寄って来ていた。

「この前はごめんね」

 謝ってアルディリアはリスに手を差し伸べた。
 手の平にリスが乗る。

 っていうか、それは本当にこの前のリスなのか?
 いや、でも、アルディリアってリスと意思疎通できてる雰囲気があるからな。
 格ゲー的な意味で……。

「あはっ」

 無邪気に笑いながら、アルディリアはリスと戯れる。
 手の平のリスを指でツンツンとつつく仕草は実に乙女だ。
 私では太刀打ちできないほどに女子力が高い。

 しかしなぁアルディリア、考えてもみろ。
 ゲーム中では容姿が変わらなかったが、もしかしたらその後成長して親父さんみたいになるかもしれんのだぞ?

 その時に、今と同じ仕草が似合うと思うか?
 せめて、肩にリスを乗せてホッコリ微笑むくらいが丁度いいんじゃないだろうか?

 などと、未来に思いを馳せながら、私は可愛らしいアルディリアを生暖かい目で眺め続けた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品