根っからの暗殺者、ファンタジー世界を往く【凍結】
1
「おぉい、母さん、また石投げられてるぜ! ボロ屋がどんどんぼろくなっちまってる。そろそろぶっ殺してきても構わねえか! 大丈夫だ、おれが責任もってちゃぁんと後始末までするからよ」
「大丈夫なわけないでしょう……」
魔女は鍋を混ぜる手を休めず嘆息した。その仕草は生まれてこの方飽きるほど見てきたので気にすることではない。
しかし、近所のクソガキ共の執念には脱帽する。近所とは言っても、この家は山の中に建っていて、お隣とは徒歩数十分の距離があるからだ。
「いい加減にどうにかしねえと、アイツら終いには火ぃ点けに来るだろうよ」
続けてつらつら悪態を吐くと、彼女はまた溜息を放つ。彼女はおれに向けて溜息をしているようなところがあるから、放つという表現で間違ってはいない。というのはさて置き。
「わたしも、どうにかしなきゃとは思ってるのよずっと。けどねえ、悪ガキに何を言ってもしょうがないわよ。あなたのその口の悪さだって一向に直る気配が無いもの」
誰に似たのやら、と目当ての薬草を手に取った彼女にハイハイと雑に返事をする。この諦め九割の説教も毎日のことだった。
魔女ことエリダはお人好しだ。拾ったばかりのおれを自らと対等に扱い、嫌がることは決してせず、必要なことは理由をきちんと説明してから強いた。説明されておれが納得しなかったことはないので、本当に良くやるなぁと感心したものだ。
初めて叱ったのは、魔女を捕らえようとやって来た不躾なファッキンを痛めつけて酷く痛めつけて殺してやろうとした時である。
おれは当然何故かと尋ねた。おれの中で、苛ついて殺すのも、害されて殺すのも、仕事だと告げられ殺すのも当たり前だったからだ。
そう懸命に主張する幼子に何を思ったのかは分からない。しかし、エリダはスッとしゃがみ込んでおれの頬を両手で挟み、こう言った。
「駄目なものは駄目なの。どぉしてもこの人にお仕置きしたいなら、わたしが作った下剤をあげるわ」
真面目な顔をしてそんなことを口にするのだから面白い女だった。くつくつと笑い出したおれをもう一度咎めてから、おれのまだできあがっていない細い肢体を強く抱き締めた。
それ以来、いくらゴミ以下の盗賊やら、悪戯の耐えぬガキンチョやらが襲来しても七割五分殺しくらいで勘弁してやることにしたのだ。
「ミュオ、鍋下ろして火を消してくれる?」
「ハァイ。けどなぁ、何度も言ってっけど、切んのも混ぜんのも一から十までおれがやるってーの。意外に手先が細かいってよく言われたもんだぜ」
「誰によ。……いいんだってば。趣味みたいなものだもの。やらなくていいと言われたって、これ以外やることないし」
何より、あなたに刃物はまだ早いわ!
上から見下ろしてきた彼女はカラカラと笑った。
そう、ベラベラと口ばかり回るようになったおれではあるが、まだたったの五歳半だ。食べても食べても脂肪のつかぬふやふやした子どもの肌に、大したものも持てない軟弱な筋肉、すぐに潤み出す瞳、エリダより短くて走らなければ横に並べない脚……今の身体には不満しかない。野郎を伸すくらいはできるとは言っても、この有様では不意打ちでしか対抗できないのが歯痒く、何より防衛手段が無いのが恐ろしかった。
いつ殺すか殺されるかという単純な世界に生きてきたおれは、何の武器も仕込まないまま外出することも就寝することも耐えられず、数ヶ月粘りに粘って小さなナイフの所持だけを許された。
別にエリダの許可が必ずしも必要ではないだろうと脳裏の悪魔が囁いたが、そもそもこの家に刃物は数多くない。調理用、調合用のナイフ、薪割り用の斧。それが一つでもなくなったらエリダが右往左往することは明白で、仕方なく新しいナイフを強請るしかなかったのだった。
そんなこんなですくすく育ち──いくら食べても細身なことは体質で、どうにもならないようだ──魔女との異世界生活は何とか上手くいっている。
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「大丈夫なわけないでしょう……」
魔女は鍋を混ぜる手を休めず嘆息した。その仕草は生まれてこの方飽きるほど見てきたので気にすることではない。
しかし、近所のクソガキ共の執念には脱帽する。近所とは言っても、この家は山の中に建っていて、お隣とは徒歩数十分の距離があるからだ。
「いい加減にどうにかしねえと、アイツら終いには火ぃ点けに来るだろうよ」
続けてつらつら悪態を吐くと、彼女はまた溜息を放つ。彼女はおれに向けて溜息をしているようなところがあるから、放つという表現で間違ってはいない。というのはさて置き。
「わたしも、どうにかしなきゃとは思ってるのよずっと。けどねえ、悪ガキに何を言ってもしょうがないわよ。あなたのその口の悪さだって一向に直る気配が無いもの」
誰に似たのやら、と目当ての薬草を手に取った彼女にハイハイと雑に返事をする。この諦め九割の説教も毎日のことだった。
魔女ことエリダはお人好しだ。拾ったばかりのおれを自らと対等に扱い、嫌がることは決してせず、必要なことは理由をきちんと説明してから強いた。説明されておれが納得しなかったことはないので、本当に良くやるなぁと感心したものだ。
初めて叱ったのは、魔女を捕らえようとやって来た不躾なファッキンを痛めつけて酷く痛めつけて殺してやろうとした時である。
おれは当然何故かと尋ねた。おれの中で、苛ついて殺すのも、害されて殺すのも、仕事だと告げられ殺すのも当たり前だったからだ。
そう懸命に主張する幼子に何を思ったのかは分からない。しかし、エリダはスッとしゃがみ込んでおれの頬を両手で挟み、こう言った。
「駄目なものは駄目なの。どぉしてもこの人にお仕置きしたいなら、わたしが作った下剤をあげるわ」
真面目な顔をしてそんなことを口にするのだから面白い女だった。くつくつと笑い出したおれをもう一度咎めてから、おれのまだできあがっていない細い肢体を強く抱き締めた。
それ以来、いくらゴミ以下の盗賊やら、悪戯の耐えぬガキンチョやらが襲来しても七割五分殺しくらいで勘弁してやることにしたのだ。
「ミュオ、鍋下ろして火を消してくれる?」
「ハァイ。けどなぁ、何度も言ってっけど、切んのも混ぜんのも一から十までおれがやるってーの。意外に手先が細かいってよく言われたもんだぜ」
「誰によ。……いいんだってば。趣味みたいなものだもの。やらなくていいと言われたって、これ以外やることないし」
何より、あなたに刃物はまだ早いわ!
上から見下ろしてきた彼女はカラカラと笑った。
そう、ベラベラと口ばかり回るようになったおれではあるが、まだたったの五歳半だ。食べても食べても脂肪のつかぬふやふやした子どもの肌に、大したものも持てない軟弱な筋肉、すぐに潤み出す瞳、エリダより短くて走らなければ横に並べない脚……今の身体には不満しかない。野郎を伸すくらいはできるとは言っても、この有様では不意打ちでしか対抗できないのが歯痒く、何より防衛手段が無いのが恐ろしかった。
いつ殺すか殺されるかという単純な世界に生きてきたおれは、何の武器も仕込まないまま外出することも就寝することも耐えられず、数ヶ月粘りに粘って小さなナイフの所持だけを許された。
別にエリダの許可が必ずしも必要ではないだろうと脳裏の悪魔が囁いたが、そもそもこの家に刃物は数多くない。調理用、調合用のナイフ、薪割り用の斧。それが一つでもなくなったらエリダが右往左往することは明白で、仕方なく新しいナイフを強請るしかなかったのだった。
そんなこんなですくすく育ち──いくら食べても細身なことは体質で、どうにもならないようだ──魔女との異世界生活は何とか上手くいっている。
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