女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件
監視(リコ視点)
「今日1日の態度を見て、リコちゃんはどう思う?」
カゲロウの住んでいるマンションの玄関前駐車場には1台のバンが停められていた。霧島リコはそのバンに入っていた。
バンのなかには、ヘビの群れのように配線が入りみだれている。いくつものディスプレイが用意されている。
映されているのは、カゲロウの部屋だ。
勝手に幼馴染の部屋を覗き見ていることに、一抹のヤマシサをおぼえる。これはカゲロウのためでもあるんだから――と、リコはそのヤマシサを追い払った。
「今のところ、白かと……」
柊エマコの質問に、リコはそう返した。
バンのなかには熱気がこもっている。こもった熱気に耐えられず、ブラウスの第一ボタンをひとつ開けることにした。
「私もそう思うわ。スマホも確認してみたんでしょ?」
「朝イチバンに中身を確認させてもらいました。でも、べつに怪しいものはありませんでしたから」
画像ファイルは、縄で縛られた裸の女の写真ばかりだった。思い出すと、なんだか落ち着かない気持ちになる。怪しいと言えば、怪しい画像ではある。が、憑人とは関係ない。
「憑人は警戒して、スマホを複数持っていることはある。だから、それだけでは断定できないけれどね」
「はい」
「朝は、私がすこし尾行してみたわ」
「エマコさんから見て、どうでしたか?」
「顔つきや人柄で言えば、悪魔に憑かれてもオカシクはないと思う。なんだか寂しげだし、顔色も悪かったしね」
人を外見で判断するのは良くないと一般的には言われるが、憑人を相手にするときは別だ。
エマコにはプロファイリングの知識もある。分析には人相もふくまれる。実際、悪魔に憑かれる人間というのは、どこか鬱屈した感情をかかえているもので、屈折した感情が顔に出ている場合も多いのだ。
「私も思いました。今日のカゲロウ。顔色が、あまり良くないんですよね」
「あの総監の息子とは思えない、なんて言うか――こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、不健全さがあった」
「はい。わかります」
と、リコはうなずいた。
「けれど、それはあくまで感覚の話。何か怪しいことをしていたかと問われると、答えは否。ふつうに生活しているだけのように見えたわ」
もちろん今もね、と、エマコはディスプレイに映っているカゲロウを指差して言った。
「はい」
と、リコもディスプレイを見つめた。
いまはスマホを片手に料理にいそしんでいる。
ミオンが泊まりに来ることが多く、カゲロウが夕食をつくることが多い。リコも何度か、カゲロウの手料理をいただいたけれど、とても学生とは思えない腕前をしている。
「なに作ってるのかしらね」
と、エマコは料理が気になっているようだった。
「ブロック肉と大根が置かれてますから、たぶん角煮かなにかじゃないでしょうかね」
「美味しそうね」
「ええ」
「リコちゃんから見て、どう?」
「私も美味しそうだと思います。実際、カゲロウは料理が上手いですから。今はやってないですけど、鉛筆画とか絵を描く才能もありますから、たぶん物を作るということが得意なんだと思います」
そうじゃないわよ、とエマコは笑って語を継いだ。
「憑人として怪しいかどうか――ってこと」
ああ。そっちですか、とリコはつづけた。
「私も今日、カゲロウの後をつけて様子をうかがってみました。なんかオニギリ食べたり、たこ焼き食べたりはしてましたけど、他は別に不審な点はありませんでした」
顔色は悪かったけれど、食欲はあるようだったし安心したというのが率直な感想だ。
「こうして見ているかぎり、部屋でもべつに怪しい素振はないしね。憑人って、スマホに憑いてる悪魔と話すことが多いのよ」
「スマホはイジってます」
「そりゃ普通の人だってスマホはイジるでしょう。でも声に出して悪魔と話さないってことは、たぶん違う」
「盗撮盗聴に気づいてるとか?」
「ふつう気づかないわよ。気づいてる様子もないし。スマホの画面に覗き見防止効果が働いているのが気にかかるけど、それぐらいはねぇ」
と、エマコはディスプレイを見つめながら言う。
「ですね」
電車やバスでも、覗き見防止アプリを使っている人は稀にいる。憑人と断定するのは早計すぎる。
今朝の尾行で素性がバレたんじゃないっスかね――と、クジラがクチバシを入れた。
クジラはカラダが大きいため、バンのなかでは身を屈めるようにしている。
「私の尾行が?」
と、エマコが不服そうに唇をとがらせた。
「ええ。ほら、もしもこのボウズが《死人面》だったら、あの『No.3414』に憑かれてることになるでしょう。『No.3414』とは前に、対峙してますからね。こっちの顔をある程度は、知られてるのかも」
「その可能性はあるかもね。でも、それなら、それで尾行を警戒したり、怖がったりする素振があってもオカシクないと思うけど?」
「かもしれませんが、警戒されてるから、こうして監視しててもボロを出さないんじゃないっスかね」
と、クジラは大きなカラダを屈めて、ディスプレイを覗きこんでいた。
「なによ。尾行したのがマズかったって言いたいわけ?」
「そうは言いませんけど……」
「尾行しないわけにはいかないでしょう。もしも『No.3414』に憑かれてるなら、通りすがりの一般人に洗脳かけたりするかもしれないんだから。警戒しないわけにはいかないじゃない」
「いや、まぁ、そりゃそうなんですけど……」
と、クジラは後頭部をおおきな手のひらでカいていた。
「だいたい尾行に気づいたからって、監視カメラと盗聴まで気遣うような人いないでしょ」
と、エマコはイジけたように言う。
能弁になっているということは、クジラの言葉にも一理あると反省しているのだろう。
なにより――と、エマコは失態をなかったことにするかのように、早口でつづけた。
「この警視総監の息子さんが、『No.3414』に憑かれているなら、リコちゃんにも洗脳をかけているはずよ。だって何度もこの子の部屋に出入りしてるんでしょ? でもリコちゃん、そういう兆候ないでしょ」
「はい」
たぶん、洗脳はかけられていない――。洗脳されているのに、その当人を疑おうとはしないはずだ。
自分は自分の意思で動いているとリコはそう思う。
「だからたぶんこの子が、あの《死人面》だって言うのは思いすごしなんじゃないかしら」
「……わかりません」
と、リコは頭を振った。
そりゃリコだって、カゲロウが《死人面》であって欲しくはない。憑人であって欲しくもない。
だったらミオンのことは、どう説明するのか。
猫山先輩や狸丘ちゃんのこともある。猫山先輩と狸丘ちゃんに関しては、カゲロウと食事をした記憶ないと言い張っているのだ。いかにも怪しい。なにより、あの内気な幼馴染に、女性の影はあまりにも似合わない。
カゲロウが怪しいとリコの直感は警鐘を鳴らしているのだ。
「いちおう総監から許可はもらってるけれど、相手は総監の息子だからね。下手なことは出来ないわよ」
「あの――。最後にひとつだけ、確認したいことがあります」
「なに?」
「私が特務課の協力者だってことを、カゲロウに明かします。そのときの反応をディスプレイで確認してもらえませんか? もしかしたら私にチャームをかけようとしてくるかもしれません」
「ふふっ」
と、エマコは小さく笑った。
「な、何かオカシイでしょうか?」
「いえ。ごめんなさい。幼馴染なのに、ずいぶんと入念に疑うのね? チョットは信用してあげたら?」
幼馴染と言っても、小さいころにいっしょに遊んだ程度の仲だ。空白が長すぎた。リコのほうが父親の殉職があって、カゲロウのほうは中学受験に落ちたという事件があった。それから疎遠になった。
性別の壁もあったのだろうと思う。空白はおおよそ4、5年といったところだ。
その空白は、カゲロウをマッタク違う生きものにしてしまった。リコはそう感じている。
何か大きな闇が、カゲロウのことを包みこんでしまったように思うのだ。
「幼馴染だから疑うんです。そうであって欲しくはないから」
と、リコは言った。
カゲロウの住んでいるマンションの玄関前駐車場には1台のバンが停められていた。霧島リコはそのバンに入っていた。
バンのなかには、ヘビの群れのように配線が入りみだれている。いくつものディスプレイが用意されている。
映されているのは、カゲロウの部屋だ。
勝手に幼馴染の部屋を覗き見ていることに、一抹のヤマシサをおぼえる。これはカゲロウのためでもあるんだから――と、リコはそのヤマシサを追い払った。
「今のところ、白かと……」
柊エマコの質問に、リコはそう返した。
バンのなかには熱気がこもっている。こもった熱気に耐えられず、ブラウスの第一ボタンをひとつ開けることにした。
「私もそう思うわ。スマホも確認してみたんでしょ?」
「朝イチバンに中身を確認させてもらいました。でも、べつに怪しいものはありませんでしたから」
画像ファイルは、縄で縛られた裸の女の写真ばかりだった。思い出すと、なんだか落ち着かない気持ちになる。怪しいと言えば、怪しい画像ではある。が、憑人とは関係ない。
「憑人は警戒して、スマホを複数持っていることはある。だから、それだけでは断定できないけれどね」
「はい」
「朝は、私がすこし尾行してみたわ」
「エマコさんから見て、どうでしたか?」
「顔つきや人柄で言えば、悪魔に憑かれてもオカシクはないと思う。なんだか寂しげだし、顔色も悪かったしね」
人を外見で判断するのは良くないと一般的には言われるが、憑人を相手にするときは別だ。
エマコにはプロファイリングの知識もある。分析には人相もふくまれる。実際、悪魔に憑かれる人間というのは、どこか鬱屈した感情をかかえているもので、屈折した感情が顔に出ている場合も多いのだ。
「私も思いました。今日のカゲロウ。顔色が、あまり良くないんですよね」
「あの総監の息子とは思えない、なんて言うか――こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、不健全さがあった」
「はい。わかります」
と、リコはうなずいた。
「けれど、それはあくまで感覚の話。何か怪しいことをしていたかと問われると、答えは否。ふつうに生活しているだけのように見えたわ」
もちろん今もね、と、エマコはディスプレイに映っているカゲロウを指差して言った。
「はい」
と、リコもディスプレイを見つめた。
いまはスマホを片手に料理にいそしんでいる。
ミオンが泊まりに来ることが多く、カゲロウが夕食をつくることが多い。リコも何度か、カゲロウの手料理をいただいたけれど、とても学生とは思えない腕前をしている。
「なに作ってるのかしらね」
と、エマコは料理が気になっているようだった。
「ブロック肉と大根が置かれてますから、たぶん角煮かなにかじゃないでしょうかね」
「美味しそうね」
「ええ」
「リコちゃんから見て、どう?」
「私も美味しそうだと思います。実際、カゲロウは料理が上手いですから。今はやってないですけど、鉛筆画とか絵を描く才能もありますから、たぶん物を作るということが得意なんだと思います」
そうじゃないわよ、とエマコは笑って語を継いだ。
「憑人として怪しいかどうか――ってこと」
ああ。そっちですか、とリコはつづけた。
「私も今日、カゲロウの後をつけて様子をうかがってみました。なんかオニギリ食べたり、たこ焼き食べたりはしてましたけど、他は別に不審な点はありませんでした」
顔色は悪かったけれど、食欲はあるようだったし安心したというのが率直な感想だ。
「こうして見ているかぎり、部屋でもべつに怪しい素振はないしね。憑人って、スマホに憑いてる悪魔と話すことが多いのよ」
「スマホはイジってます」
「そりゃ普通の人だってスマホはイジるでしょう。でも声に出して悪魔と話さないってことは、たぶん違う」
「盗撮盗聴に気づいてるとか?」
「ふつう気づかないわよ。気づいてる様子もないし。スマホの画面に覗き見防止効果が働いているのが気にかかるけど、それぐらいはねぇ」
と、エマコはディスプレイを見つめながら言う。
「ですね」
電車やバスでも、覗き見防止アプリを使っている人は稀にいる。憑人と断定するのは早計すぎる。
今朝の尾行で素性がバレたんじゃないっスかね――と、クジラがクチバシを入れた。
クジラはカラダが大きいため、バンのなかでは身を屈めるようにしている。
「私の尾行が?」
と、エマコが不服そうに唇をとがらせた。
「ええ。ほら、もしもこのボウズが《死人面》だったら、あの『No.3414』に憑かれてることになるでしょう。『No.3414』とは前に、対峙してますからね。こっちの顔をある程度は、知られてるのかも」
「その可能性はあるかもね。でも、それなら、それで尾行を警戒したり、怖がったりする素振があってもオカシクないと思うけど?」
「かもしれませんが、警戒されてるから、こうして監視しててもボロを出さないんじゃないっスかね」
と、クジラは大きなカラダを屈めて、ディスプレイを覗きこんでいた。
「なによ。尾行したのがマズかったって言いたいわけ?」
「そうは言いませんけど……」
「尾行しないわけにはいかないでしょう。もしも『No.3414』に憑かれてるなら、通りすがりの一般人に洗脳かけたりするかもしれないんだから。警戒しないわけにはいかないじゃない」
「いや、まぁ、そりゃそうなんですけど……」
と、クジラは後頭部をおおきな手のひらでカいていた。
「だいたい尾行に気づいたからって、監視カメラと盗聴まで気遣うような人いないでしょ」
と、エマコはイジけたように言う。
能弁になっているということは、クジラの言葉にも一理あると反省しているのだろう。
なにより――と、エマコは失態をなかったことにするかのように、早口でつづけた。
「この警視総監の息子さんが、『No.3414』に憑かれているなら、リコちゃんにも洗脳をかけているはずよ。だって何度もこの子の部屋に出入りしてるんでしょ? でもリコちゃん、そういう兆候ないでしょ」
「はい」
たぶん、洗脳はかけられていない――。洗脳されているのに、その当人を疑おうとはしないはずだ。
自分は自分の意思で動いているとリコはそう思う。
「だからたぶんこの子が、あの《死人面》だって言うのは思いすごしなんじゃないかしら」
「……わかりません」
と、リコは頭を振った。
そりゃリコだって、カゲロウが《死人面》であって欲しくはない。憑人であって欲しくもない。
だったらミオンのことは、どう説明するのか。
猫山先輩や狸丘ちゃんのこともある。猫山先輩と狸丘ちゃんに関しては、カゲロウと食事をした記憶ないと言い張っているのだ。いかにも怪しい。なにより、あの内気な幼馴染に、女性の影はあまりにも似合わない。
カゲロウが怪しいとリコの直感は警鐘を鳴らしているのだ。
「いちおう総監から許可はもらってるけれど、相手は総監の息子だからね。下手なことは出来ないわよ」
「あの――。最後にひとつだけ、確認したいことがあります」
「なに?」
「私が特務課の協力者だってことを、カゲロウに明かします。そのときの反応をディスプレイで確認してもらえませんか? もしかしたら私にチャームをかけようとしてくるかもしれません」
「ふふっ」
と、エマコは小さく笑った。
「な、何かオカシイでしょうか?」
「いえ。ごめんなさい。幼馴染なのに、ずいぶんと入念に疑うのね? チョットは信用してあげたら?」
幼馴染と言っても、小さいころにいっしょに遊んだ程度の仲だ。空白が長すぎた。リコのほうが父親の殉職があって、カゲロウのほうは中学受験に落ちたという事件があった。それから疎遠になった。
性別の壁もあったのだろうと思う。空白はおおよそ4、5年といったところだ。
その空白は、カゲロウをマッタク違う生きものにしてしまった。リコはそう感じている。
何か大きな闇が、カゲロウのことを包みこんでしまったように思うのだ。
「幼馴染だから疑うんです。そうであって欲しくはないから」
と、リコは言った。
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