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女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

記憶

 学校のなかにいれば、とりあえず特務課からの尾行からは逃れられるだろう。まさか学校が安らぎの場所になる日が来ることになろうとは思ってもいなかった。


 完全に気を抜いたわけでもない。
 リコがいる。


 リコが特務課の協力者とは限らないが、特務課は未成年すら協力者にするということだ。


 つまりリコじゃなくても、別の生徒が、特務課に情報を売っている可能性もあるのだ。いや。あるいは教師のなかに特務課の協力者がいるかもしれない。なにはともあれ、他人を信用しないほうが良い、ということだ。


 大丈夫。オレはもともと学校に友達はいないし、他人と接する時間は皆無だ。


 休み時間。
 別棟3階奥の男子トレイ。


 ここは滅多なことでは人が来ないということを知っていた。掃除が雑で臭いが酷いからというのもあるが、近くに使われている教室がないのだ。


「ここなら心置きなく話せる。声を出しても良いぞ」
 と、オレはリリンに呼びかけた。


「文字でのヤリトリのほうが安全ではないかえ?」


「それはそうだが、文字でヤリトリするのはまどろっこしいからな」


「あの幼馴染が耳をそばだてているやもしれんぞ」
 と、リリンは目を左右に配らせた。


「リコは風紀委員の会議中だ。それに学校なら特務課の連中も入って来てないはずだし、そもそもここには滅多なことじゃ人が来ない」


「ならば良い。ワシもオヌシがヘマして捕まっては、たまらんからのぉ」


「ヤバいと思ったら、お前はインターネットのなかに逃げれば良いだろ」


「そう簡単に言うが、適正のある人間を探すのがメンドウなんじゃ。オヌシほど適任なヤツも、そうそうおらんでな」


「そうかな? たぶんリリンが思ってるよりも、チャームを上手く使ってくれる人間はいると思うぞ」


 人は意外と悪魔的なものだ――と、オレはトイレの突き当たりにあった窓を開けた。


 臭いが酷い。
 ここは3階だ。窓を開けても、誰にも会話を聞かれる心配はない。


「知ったような口をきくではないか」


「オレはオレの主観のなかでしか生きてないから、ほかのヤツがどういう感覚で生きてるのかはわからないけど。それでもまぁ、チャームが手に入ったら警察に自首するより、悪用してやろうと思うヤツのほうが多いとは思うよ。オレの父さんみたいに強く生きていけるのは、ひとにぎりの人間だけだ」


「なんじゃ、よくしゃべるではないか」


「クラスメイトとは、話せるヤツがいないからね。オレが居てもいなくても、クラスのヤツは誰も気づかない」


 オレは、カゲロウなのだ。
 ユラユラ揺らめいて、誰の目にも捕えらない。そういう存在なのだ。


「すくなくとも、オヌシのような寂しい人間でなければ、悪魔はターゲットにせん」


「言ってくれる」
 と、オレは一笑した。


「冗談ではないぞ。言いふらされては厄介じゃからな。『LINE』『ツイッター』『インスタ』『ユーチューブ』なんかで言い広められては困る。リアルの友人や兄弟。そういう連中にも言わず、心のなかにしまっておける人間が望ましい」


「たしかに、しゃべる相手がいないと言う意味なら、オレは都合が良いかもしれんな」
 と、オレは自嘲気味にそう応えた。


「男なら、アイドルと付き合ってると言いふらしたいもんじゃろう。オヌシにはそういう度胸もないしな」
 と、揶揄するように言ってくる。


「そりゃ、ミオンとの関係を上手く説明できないしな。それにアイドルって言えば、恋愛禁止とかそういうルールがあるんだろうし」


「それでも口の軽い男は、言うと思うぞ」


「かもな」


「おっと。そう言えばオヌシも、父親にワシのことを告げ口しようとしたことがあったかな」
 と、リリンは厭味ったらしく言う。


「悪かったよ。オレが間違ってた」


「いいや。オヌシは間違えていなかった。あの時にはまだ、間違えないようとする心があったんじゃろう。どちらかと言うと、今のほうが間違えているんじゃろう」


「悪魔のくせに、オレを諭してるのか?」


「間違えているとわかりつつも、引き返すつもりはないんじゃろう」
 と、リリンはニヤリと笑った。


「ああ。むろん」


 リリンの言う通り、あの瞬間。父さんに相談しようとしたときには、オレは正しく生きようとする心があった。父さんは、オレの心を切り捨てた。瞬間。反動的にオレのなかに、ドス黒い悪魔的な心が芽生えたように思う。


「ワシとオヌシは共犯者じゃ。こうして悪魔と共犯者になれる人間はすくない」


「なるほど」
 で――と、リリンは空咳のようなものをかましてから続けた。


「ワシに何か話したいことがあるのかえ?」


「チャームという能力について、あらためて確認しておきたいことがある」


「今さらかえ? オヌシはもう把握しておるじゃろうが」


「肝心なことだ」


「質問せい。なんでも正直に応えてやるでな」


「オレが知りたいのは、チャームの効果が切れたときのことだ。猫山先輩と狸丘後輩の画像を削除したとき、その効果が切れた。そしてふたりは、オレといっしょに昼飯を食べたときの記憶をなくしていた」


「うむ」


「つまり、チャームの効果が消えれば、そのあいだの記憶は抹消される。この解釈で間違ってはないな?」


「正解じゃ。いかなる記憶も消える」


「するとミオンのチャームが切れた場合、オレと過ごしていた時間は?」


「あのアイドル娘の記憶は完全に消える」


「そうか」
 それはすこし寂しいな、と思ったけれど、感傷に浸るつもりで質問をしたわけじゃない。


 チャームにかけられていたあいだの証言が消えると思えば、むしろ好都合とも言える。


「ほかに、何か尋ねたいことがあるのかえ?」


「チャームをかけられた人間は、どこまでオレの言うことを聞いてくれる? たとえばオレのために人を殺してくれという命令でも聞いてくれるか?」


 面白いことを尋ねるのぉ、とリリンは言った。


「さてはオヌシ、何かやらかそうと思うておるな?」


「たいしたことじゃない。まさか人を殺させようとか、そういうことを考えてるわけじゃない」


 ならば教えてしんぜよう、とリリンはつづけた。


「あのミオンという女ならば、やる。オレのために誰かを殺してくれと頼めば、殺してくれるじゃろうな。しかし他の者は、どうかわからん」
 と、リリンは頭を振った。


「どういう意味だ?」


「勘違いするでないぞ。ワシはサキュバスなんじゃ。チャームという能力は、他人に好意を芽生えさせるという能力。そこに遵守という意味はない。あくまで好意じゃからな。つまりその好意の度合いによる」


 リリンは自分でもどう説明すれば良いのか悩んでいるようで、眉間にシワを寄せて、小難しい顔をしていた。


「好意の度合い?」


「深く愛している人間ならば、オヌシの命令をなんでも聞くじゃろう。じゃが、好き、ぐらいの好意じゃったら、人を殺すぐらいのことは、してくれんじゃろうな。まぁ、してくれる人間もいるじゃろうが、そこには個性が出る」


「なるほど。どれぐらいオレを好きになってくれるか――ってわけか」


「うむ」


「まあ、簡単な頼みなら、チャームをかけてすぐのヤツでも、聞いてくれると思って良さそうだな」


「まぁ、そうじゃな。好きなヤツの頼みを断るヤツは、そうおらんじゃろう」


 窓から風が吹き込んでくる。
 連絡通路を歩いているリコの姿が見えた。風紀委員の会議が終ったのだろう。窓を閉める。教室に戻ることにした。

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